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第63話

「傷の手当てをしよう」 男は清蓮が逃亡中に怪我した背中や腕の傷の手当をするため、脱ぐよう言ったのだ。 誤解していた清蓮は、 「はは……。私は君の親切を勘違いして、本当に君に失礼なこと言ったね。許してくれ」 男の意図は分からないけど、どうやら宮廷に連れ戻そうとしているわけではなさそうだ。 きっと温蘭(おんらん)の町中での騒動の時に、私を見かけたのだろう。 それなら辻褄が合う。 でも、なんで私が怪我してることを知ってるのかな? 仙術といい、医術といい、神がかっている……。まぁ、姿見も神々しいから、彼が自分は神様だと言ったら、信じてしまうかもな) 清蓮は今度こそ男に聞かれないよう、心のなかで思いを巡らした。 清蓮は男の言う通り、怪我の手当をしてもらうことにした。 懐から短剣を取り出し、手元に置いた。 次いで豪奢な衣装を脱ぎ、肌衣だけになる。 清蓮は男に背を向け、さらに肌衣を脱ぐと、手拭いに包まれた米が二つ、男のほうへ転がった。 「あっ、これはね、そのなんというか……」 慌てふためく清蓮をよそに、男は清蓮の肌の温もりが残る米の包みを拾うと、「もう必要ないだろう」と傍に置いた。 「君には恥ずかしいところばかり見られているな。その米は、少しでも女性(にょしょう)に見えるようにと思ってやったんだ。 そんなことで誤魔化せるはずないんだけどね」 「それなりに女性に見えたよ」 男は目を細めた。 「それなりに? 」 「うん。それなりに……。他の者たちを誤魔化せるくらいにはね」 清蓮は男に背を向けているため、男の表情を窺い知ることはできない。 だがその声の調子はことのほか楽しそうだ。 「はは……。少しでもそう見えたのなら、良かったというべきかな」 清蓮はすっかり安心しきって、男と背を向けたまま話を続ける。 清蓮の背中にある傷は、かさぶたが残るだけだった。 男が薬を塗り、手でゆっくり塗り広げていく。 「光聖(こうせい)……」 「えっ? 」 「名前、私の……」 「こう……せい、こうせい……殿。いい名前だ。君に、ぴったりの名前だね」 男は、「光聖でかまわない」と言った。 清蓮はやっと男の名前を知ることができて嬉しくなった。 「うん、分かった。こう……せい」 清蓮も、「もう知ってるかもしれないけど」と前置きし、自分の名を告げる。 「私のことも清蓮と呼んでくれ。親しい人はそう呼んでるから。それに今、殿下と呼ばれるのは困るから」 清蓮が言った最後の言葉を聞くと、光聖と名乗った男は手を止め、小さく「うん」と頷いた。 背中を向けている清蓮からは、男の表情が見えなかったが、清蓮はつまらないことを言ってしまったと、慌てて話を逸らした。 光聖は何も言わず、薬を塗り、傷口に手をかざしていく。 清蓮の背中を撫でる、ひんやりとしたその手は、火照った清蓮の体温と溶けあい一つになっていく。 そのうち傷は消え、清蓮の引き締まった背中と透き通った白い肌が、光聖の目の前に現れた。 腕の傷も同じように手当を済ませると、光聖はこちらに向くよう清蓮に言った。

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