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第67話

ほどなくすると、静かに扉が開いた。 涼しげな目をした美しい女が、赤子を抱いて居間に入って来た。 国王夫妻はその女と赤子に深々と一礼した。 清蓮(せいれん)は驚いた。 臣下が国王夫妻に頭を下げることはあっても、国王夫妻が誰かに頭を下げることなど見たことがなかったのだ。 清蓮は驚きで身動き一つとれずにいた。 それに気づいた国王は、清蓮の肩にそっと手を置く。 清蓮は国王を見上げ、小さく頷くと、女に向かって一礼した。 「光聖様だ」 女が厳かに伝えると、国王夫妻は再び一礼した。 女は清蓮に近づき、そっと赤子を差し出した。 赤子は規則正しい呼吸を繰り返し、気持ちよさそうに眠っている。 みずみずしい白肌に目鼻立ちの整った顔は、赤子ながらどこか大人びて見える。 (この子が特別なお方? ) 清蓮は赤子を急に差し出され、どうしていいのか分からない。 救いを求めるように国王夫妻を見ると、二人ともぎこちない笑顔で頷いた。 清蓮はぎこちない手つきで赤子を両腕に抱くと、「こんにちは」と優しく微笑んだ。 本来なら清蓮の柔和な笑顔は、見る者を魅了する。 しかし、この赤子は生まれながらに気難しいのか、清蓮には見向きもせず、天井を見つめて微動だにしない。 赤子を前にして、清蓮など存在していないかのようだ。 赤子が何の興味も示さないということは、清蓮は”お気に召さなかった“ということだ。 国王夫妻はそれぞれに落胆の色を隠せない。 一方の清蓮は、国王夫妻の落胆をよそに、一向に気にする様子はない。 慣れない手つきで、よしよしと赤子をあやした。 (無愛想で、ちっとも赤子らしくない。でも、可愛い……、とっても可愛い。 名凛も生まれた時とても小さくて、可愛かった。この子も、こんなに小さくて、柔らかくて、甘い香りがする―― ) 清蓮は思わずぎゅっと赤子を抱きしめると、赤子の額に自分の頬を擦り寄せた。 すると赤子は嬉しそうに目を細めたかと思うと、目を見開いて清蓮を見つめた。 この時、初めて清蓮を認識したようだ。 驚きと歓喜の眼差しを清蓮に向けると、先程までと打って変わって、花が一瞬で咲いたように、明るい笑顔を見せた。 愛らしく声を立てて笑い、小さな手をぱちぱちと合わせて、喜びを体現した。 清蓮と赤子は互いに見つめあうと、目が離せなくなった。 清蓮はその類まれな美しさと愛らしさをもつ赤子をもう一度優しく抱きしめ、その額に唇を押し当てた。 赤子の温もりは清蓮の唇から全身へと、あっという間に駆け巡り、清蓮は感じたことのない温かさに包まれた。 清蓮は赤子を抱いたまま気を失った。 国王がすぐさま赤子ごと清蓮の体を受け止めると、女はそっと赤子を受け取り、そして、厳かに言った。 「皇太子殿下に祝福を! 」 国王夫妻は女の言葉を聞くや否や、女の前に跪き、涙を流しながら何度も何度も拝礼した。

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