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第69話

清蓮の目を引いたのは、腕や背中にある無数の傷で、極めつけは左胸にある傷だ。 それは清蓮が負った左胸の傷と同じ場所にあった。 清蓮ははっとなって、肌衣を少し広げ、胸の傷を見た。 「ないっ! 」 清蓮の美しい鎖骨の下には、薄紅色の蕾が控えめにあるだけで、肝心の傷はというと、完全に消えていた。 清蓮は何かの間違いではないかと、寝台の横にある鏡台の前に立つと、上半身裸になった。 鏡に映し出されたのは、引き締まった上半身で、首筋に残る小さなあざのようなもの以外、体の傷はやはり跡形もなく消えている。   光聖が傷の手当てをした時、あっという間に腕の傷が消えてなくなったのは覚えていた。 背中の傷も見えはしないが、恐らくあの時すでに消えていただろう。   だが左胸の傷は化膿していて、思っていたよりひどかった。 清蓮は胸に手をやると、目を閉じた。 清蓮の白肌を敬うように優しく這う柔らかい唇。 膿を吸い出す時に感じた身悶えするような感覚。 すべてが鮮明に清蓮の脳裏に蘇ってくる。 「あぁ、まただ……」 清蓮の体は、再び燃えるように熱くなった。 清蓮は熱いため息を吐くと、鏡身映る自分を見た。 薄紅色に上気した頬。 半開きの唇。 潤んだ目。 恍惚した表情。 首筋の痕も薄紅色に染まっている。 「なっ……」 清蓮は鏡に映る自分から思わず目を逸らした。 なんてはしたないんだ! そこに皇太子としての高貴な姿はない。艶めく色香を漂わせる一人の男がいるだけだ。 清蓮は見たこともない自分の姿に恐怖さえ感じた。 色ごととは無縁だった自分がまさか、このような状況下で、恍惚とした顔をするなんて! 清蓮は頭をぶるぶると左右に振った。 丹田に手を当てると、目を閉じ、深呼吸を繰り返す。 邪念を振り払うには精神統一が一番だ。 清蓮は深呼吸の合間になにやら呪文のような言葉を呟くうちに、体の火照りは次第に弱くなり、そして消えていった。 「ふぅ、こんな時に何を考えているんだか、私は。それよりも、傷のことを彼に聞かないといけないのに」 清蓮は勢いよく扉を開けた。 清蓮が気持ちを落ち着けている間に、光聖はすでに着替えを済ませていた。 全身藍色の衣装に身を包み、洗練された大人の色香を醸し出している。 光聖の美しさには圧倒されるが、それはさておき、すぐに行動に移した。 清蓮は一足飛びで光聖に近づくと、襟元を掴んで、「脱いで」と言った。 光聖は清蓮の言葉に意表をつかれたのか、形の良い眉を片方軽く上げた。 「何故? 」 「いいから、見せてくれ」 光聖は清蓮の真剣な表情を見て、観念したのか、小さなため息をついた。 「君の好きにするといい」 「ありがとう」 そうは言ったものの、清蓮は傷を見せてもらいたい、事実を知りたいという一心で行った行為だったが、後悔の波が押し寄せてきた。 清蓮は小さく震える手で、光聖の襟元を広げた。 「そんなっ! 」 透き通るような白肌に清蓮と同じく薄紅色の蕾をもつ胸には、清蓮が見たはずの傷はなかった。

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