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第70話
自分が受けた傷と同じものが、光聖の胸にもあまたはずだ。
清蓮は光聖の腕や背中をくまなく探すが、あるのは鍛え抜かれた美しい上半身だけだ。
「ここにあったはずなのに……」
自分が鏡の前で傷を確認している間に消えたというのか。
清蓮は傷があった場所を指先でそっとなぞった。
光聖の胸筋が一瞬ぴくりと引きつった。
「あっ、ごめん! 」
清蓮は慌てて手を引っ込めると、光聖を見上げた。
光聖は唇の両端を軽くあげると、低音の落ち着いた声で尋ねた。
「気は済んだ? 」
光聖は何事もなかったように、手際良く身を整えた。
「えっと、そうだな……」
清蓮は正直どう答えようかと迷った。
あれは見間違いなんかじゃないかない。
なんらかの方法で自分の傷を移したに違いない。
光聖は医術も仙術も並外れたものをもっている。
傷を自分に移すなどとは奇術でしかないが、それでも光聖なら、いとも簡単にできそうな気がする。
清蓮は知りたかった。
傷のこと——
何より光聖のこと——。
君は一体何者なのかと。
すんなり答えてくれそうな気もするし、はぐらかして終わるような気もする。
清蓮はなるようになれと腹を括った。
「光聖、君に聞きたいことが——」
「清蓮、その前に肌衣を着たほうがいい。体が冷えたら大変だ」
「えっ! 」
鏡台の前で体の傷を確認した後、上半身裸のまま光聖の前に現れたことを忘れていた。
清蓮は茹でたこのように顔を赤らめた。
見ず知らずの者に上半身裸の姿をさらすなど、皇太子という身分からはあってはならないことだった。
「つい慌ててしまって! あの、すまない、みっともない姿を見せてしまった」
光聖控えめに微笑むと、無言で真新しい肌衣の袖口を清蓮に向けた。
「ありがとう」
「うん」
清蓮は光聖の差し出す肌衣の袖口に右腕を通す。
光聖は清蓮の背にまわると、左腕も通しやすいように反対の袖口をそっと広げた。
光聖は清蓮の前に立つと、肌衣をきれいに整えた。
その手つきはどこまでも優しく丁寧だ。
侍従たちが恭しく清蓮の身の回りの世話をするのとは何かが違う。
光聖は自分を宝物のように、大事に扱ってくれるのだ。
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