70 / 71

第70話

自分が受けた傷と同じものが、光聖の胸にもあまたはずだ。 清蓮は光聖の腕や背中をくまなく探すが、あるのは鍛え抜かれた美しい上半身だけだ。 「ここにあったはずなのに……」 自分が鏡の前で傷を確認している間に消えたというのか。 清蓮は傷があった場所を指先でそっとなぞった。 光聖の胸筋が一瞬ぴくりと引きつった。 「あっ、ごめん! 」 清蓮は慌てて手を引っ込めると、光聖を見上げた。 光聖は唇の両端を軽くあげると、低音の落ち着いた声で尋ねた。 「気は済んだ? 」 光聖は何事もなかったように、手際良く身を整えた。 「えっと、そうだな……」 清蓮は正直どう答えようかと迷った。 あれは見間違いなんかじゃないかない。 なんらかの方法で自分の傷を移したに違いない。 光聖は医術も仙術も並外れたものをもっている。 傷を自分に移すなどとは奇術でしかないが、それでも光聖なら、いとも簡単にできそうな気がする。 清蓮は知りたかった。 傷のこと—— 何より光聖のこと——。  君は一体何者なのかと。 すんなり答えてくれそうな気もするし、はぐらかして終わるような気もする。 清蓮はなるようになれと腹を括った。 「光聖、君に聞きたいことが——」 「清蓮、その前に肌衣を着たほうがいい。体が冷えたら大変だ」 「えっ! 」 鏡台の前で体の傷を確認した後、上半身裸のまま光聖の前に現れたことを忘れていた。 清蓮は茹でたこのように顔を赤らめた。 見ず知らずの者に上半身裸の姿をさらすなど、皇太子という身分からはあってはならないことだった。 「つい慌ててしまって! あの、すまない、みっともない姿を見せてしまった」 光聖控えめに微笑むと、無言で真新しい肌衣の袖口を清蓮に向けた。 「ありがとう」 「うん」 清蓮は光聖の差し出す肌衣の袖口に右腕を通す。 光聖は清蓮の背にまわると、左腕も通しやすいように反対の袖口をそっと広げた。 光聖は清蓮の前に立つと、肌衣をきれいに整えた。 その手つきはどこまでも優しく丁寧だ。 侍従たちが恭しく清蓮の身の回りの世話をするのとは何かが違う。 光聖は自分を宝物のように、大事に扱ってくれるのだ。

ともだちにシェアしよう!