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第72話
清蓮は掛け物の下うずくまって、ひとしきり泣いていると、不意に扉が開いた。
扉から差し込む光と人の気配がしたが、またすぐに扉は閉じられ、部屋は闇に包まれた。
ほどなく、どこからともなく静謐な香りが漂いはじめ、それは清蓮の嗅覚にも届いた。
清蓮は心地よい香りを吸い込むうちに、体中が優しく包み込まれるような錯覚を覚えた。
掛け物から顔を出すと、深呼吸を繰り返していくうちに、瞼が自然と重くなる。
扉が再び開いた。
清蓮は意識の片隅に人の気配を感じた。
優しく涙を拭う指——。
額に感じる柔らかな温かさ——。
清蓮は穏やかな気持ちで眠りについた。
どれくらい経っただろうか。
清蓮が目を覚ました。
「いつの間にか、眠ってしまった……。ふぅ、我ながらよく眠るな」
清蓮は身を起こすと、不意に額に触れた。何かが優しく触れたような気がしたのだ。
「気のせいかな……。それにしても、また夢を見た……」
清蓮が見た夢は、壮年の男性と五歳くらいの男の子と自分の三人が楽しそうに話している夢だ。
幼い男の子を真ん中に両端に清蓮と壮年の男性がいて、それぞれ男の子の手をとって森の中を歩いている。
三人ともとても楽しそうだ。
壮年の男性は長い黒髪をゆるく編んでいて、陶器のような白い肌、切れ長の目、立ち姿からして光聖にそっくりの美しい男性だ。
男の子は聡明さのなかにも子供らしさがあり、愛らしくも美しい、光聖がそのまま小さくなったような男の子だ。
清蓮はというと十歳くらいだろうか。
「思い出した。そうだ……、あの男の子は光聖で、あの男性は仙術の師匠だ。ずっと思い出せなかったのに、なぜ今になって思い出したんだろう」
清蓮はある一時期、友泉や臣下の子息たちと仙術を学ぶため、竜仙山と呼ばれる霊山の麓にある修練場で修行していたことがあった。
清蓮は誰よりもよく学び、よく鍛錬した。
しかし、修練場で高熱を出してしまった。
すぐさま宮廷に戻り、十日ほど生死を彷徨った挙句、ようやく目が覚ました時には、修練場で過ごした記憶がごっそり抜け落ちてしまっていたのだ。
それは一緒に修練した友泉も同じで、修練場で身につけた仙術は覚えていても、そこで出会った人たちのことは何一つ覚えていないのであった。
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