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第2話

「申しわけありません、イズメイさま……。確かにお毒味はいたしました。なんら、問題はないと思ったのですが、気づかなかった私に非があるのでございます。どうか裁きを……」 「イズメイ、イザベラをおこら、ないで……」 (えっ、僕がしゃべった?)  確かに自分が声を発したのだが、それは、あどけない幼児の声だったのだ! しかも自分の意志とは裏腹に、だが自然に……?  そこまで芝居を見ているような感覚だったのだが、その芝居に自分も参加し始めたのだ。しかも、その役は子ども……。着せられている衣装というか寝間着もレースとフリルで縁取られた、ひらひらしたものだった。頭には優美なひもがついたキャップを被っている。 (な、なんだこれ?) 「ああ、リュシアンさま、お労しい……」  イザベラと呼ばれた女性は寝台の足元にひざまずいて泣いている。  「そなたの沙汰はフレデリックさまが決められることだ。ああ、フレデリックさまが来られた!」 「リュシー!」  そこへ駆け込んできたのは、イズメイと呼ばれた彼と同じくらいの年頃の少年だった。この場にいる誰よりも豪華な宮廷服を着ている。肩までの金髪をなびかせ、思い詰めたような目は、深い青だった。彫刻のような顔立ち……とても美しい少年だった。 「なんということだ。水晶が何も見えなくなって動揺していたのだ。だがそんなことは今はどうでもよい、リュシー!」  涙が溜まった目で涼星を寝具の上から抱きしめ、何度も額にくちづけている。涼星は彼の腕にすっぽりと収まっていて、さらに彼に腕を回した……短い、子どもの腕だ。 「にいさまあ……!」 「リュシー!」  涼星とその少年は抱きしめ合って泣いている。 (もしかして僕は、この子に生まれ変わった? でも、僕の意識は残っているから、こういうの、なんていうんだっけ)  数冊程度だが、読んだことのあるライトノベルを思い出した。もっと昔のアーサー王伝説に似た世界が舞台だった。題材が英国ものだったので手に取ったのだ。事故で亡くなったはずの主人公はその世界で目覚め……そして。 (騎士に転生したんだ……)  彼にはもとの世界の意識があり、世界観の違いに戸惑いながらも騎士として成長していった――。  別荘のベランダから転落して死んだと思った。まさか自分の身にそんなことが?  涼星は幼い声でしゃくり上げながら、「にいさま」「にいさま」と金髪のゴージャスな少年に縋りついている。 「フレデリックさま、リュシアンさまはまだ、お身体が弱っておいでです。そのように興奮されるのはよろしくないかと存じます」  黒髪の少年が、淡々と間に割って入った。すると、金髪の少年はおもむろにブーツを脱いだかと思うと、涼星が、いや、「リュシアン」なのか? 横たわる寝台に潜り込んできた。寝具に入り、涼星(リュシアン?)に添い寝してきたのだ。 (えっ、ええっ!)  美しすぎる貌が近づいたかと思うと、涼星(リュシアン?)は彼の胸に心地よく抱かれていた。頬にさらりと金髪が流れる。 「さあ、イズメイ、これでよいだろう。リュシー、これでいつも通りだ。私が側にいるゆえ、安心して眠るがいい」 「はい。フデデリックにいさま……」  幼いリュシアン、リュシーは安心したのか、しゃくり上げたあと、穏やかにまどろみ始める。だが、涼星の意識は起きていた。  金髪の少年はフデデリック、いや、フレデリックというらしい。彼らの会話から察するに、フレデリックと黒髪のイズメイは主従関係にあるのだろう。  イズメイは、床にひざまずいたままのイザベラに目を向けた。イザベラは高校生くらい? 二人の少年より年上だが身分は下なのだろう。さしずめ、リュシアンの侍女という感じ? 「今回、リュシアンさまのお食事に毒が混ざっていたと思われます。おそらくキノコ類の毒ではないかと薬師は申しております。イザベラはリュシアンさまの食事のお毒味をする役目でありながら気づかなかったとは……。お役目を怠ったか、取り調べの必要があると考えますが」  イズメイの言葉に、フレデリックはイザベラを冷たい目で見た。凍りつきそうな目で、イザベラは震え上がっていた。 「元はといえば、私が水晶の変化に気を取られ、リュシーから目を離したことが原因だ」 (えっ、そっち? 彼女のせいじゃなくて? それにさっきも言ってたけど水晶って……?) 「イザベラの訴えでリュシーの様子がおかしいことに気づき、早くに毒を吐き出すことができたのであろう? これから、毒味は私が行おう。今まで以上に私はリュシーの側にいて、世話をいたそう。イザベラはその補助だ。下女の扱いとする。よって、報酬は今より百リカール減といたす。私が側にいられない時は、イズメイ、おまえがリュシアンを守るのだ。それでよい」 「はっ、下がれ、イザベラ」  イズメイの命により、イザベラは顔をエプロンで覆いながら退場していった。 (本当に、何これ……)  フレデリックという金髪の少年は、眠るリュシアンを自分の腕の中に収めて悲痛な目で抱きしめる。 「リュシー。おまえを絶対に死なせはしない」  その決意には、確かに愛が感じられた。  ――死なせはしない。  それは、この子が死ぬ可能性があるということなのか。 (どうしよう。なんだか大変な事情のところに来ちゃったみたいだ)  フレデリックに護られて眠る幼児の姿で、流星は途方に暮れていた。  それから数日、寝台から出ることが許されるまで、リュシアンとしての涼星は常にフレデリックに添い寝され、まるでらぶらぶの恋人たちのように過ごした。  フレデリックが席を外すことがあれば、(にいさま、おそいなあ、はやくきてほしいなあ)と胸を焦がし、まるで置物のように姿勢を崩さず座っているイズメイに訊ねる。 「ねえ、イズメイ。どうしてにいさま、きてくれないの?」 「フレデリックさまは、このエヴァンス王国の大切なお役目を務めておられるのです。我慢なさいませ」 「やだー!」  そうして手足をばたばたさせてわがまま放題だが、ここで涼星はひとつ情報をゲットした。 (ここは、エヴァンス王国というのか)  世界史には存在しない国だ。ということは、十六世紀イングランドに似ているが、違う国、言語も英語ではない。つまり、ここはやはり異世界――。  一方、やだやだ言っているリュシアンに、イズメイは無表情ながら圧のある声で釘を刺す。本当に小学生くらいの年齢なのか? と思うくらいに落ち着いている。 「リュシアンさま。フレデリックさまは、わずか十二歳にしてこの国の重鎮として務めておられるのです。あなたも第八王子といえど、兄上を誇りに、しゃんとなさいませ」  新しい情報ゲット!   リュシアンはエヴァンス王国の第八王子だということがわかった。兄弟姉妹が多いのだろうが、十六世紀くらいであれば、ひとりの王に多くの妃というのはめずらしいことではなかったから納得だ。フレデリックとも、おそらく母親が違うのだろう。それにしてもフレデリックが十二歳というのは驚きだった。よほど優秀なのだと考えられる。  リュシアンの身体でそんなことを考えているが、当のリュシアンは寝台に腹ばいになり、イヤイヤと手足をばたばたしている。毒を盛られたのだからもう少しおとなしくした方がいいんじゃないのか?  そのあとは、諦めたのか疲れたのか、寝具に横たわってむくれている。その目に映るのは天蓋の内側だ。そこには幼い天使たちの優美な刺繍が施されていた。

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