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センセー、帰れないや⋯

――あれから、数日が経った。 連絡先は交換したものの、返事はそっけない。 「うん」「そう」「はい」――そればかり。 (⋯⋯嫌われたわけじゃない、はず) 夜道で出会ったあの日。 からかわれて、欲望に身を任せて体を繋げた。 好きとも愛してるとも言った。 彼の闇を垣間見て、救いたいと思った。 だから、俺が生きる理由になると言った。 『責任取れよ』 翔太はそう言ってくれた。 だから、一生かけても責任を取ると誓ったのだ。 ――なのに、こんなにも素っ気ないと不安にもなる。 (もしかして、また公園でお酒飲んでないよね⋯ あれ絶対補導されるからやめた方がいいのに) 『うるせぇ⋯俺の楽しみだぞ。取り上げんな』 この前、そう言われてしまった。 (⋯⋯また、バイト帰りに公園見に行くか) そう思って、帰路についた。 しかし―― 「⋯⋯⋯なんで、ここにいるの?」 直の家の玄関前にしゃがみ込んでいる翔太の姿があった。その小さな体には、不釣合いな大きいリュックを背負っている。 目が合うと気まずそうに目を逸らす。 「⋯⋯⋯⋯母さんが」 短い吐息のような声。 言葉を切って、リュックの肩紐をぎゅっと握る。 「⋯うん」 「母さんが⋯自分の彼氏、家に住まわせやがったんだ」 「⋯⋯えっ?」 しれっと翔太の口から闇が深いことを言われ、直は返す言葉を失う。 「あんなキモイのと一緒に暮らせねぇよ! だ、だから⋯家出てきた⋯⋯」 言葉は乱暴なのに、視線は子どものように不安げだった。 (⋯⋯とっても、ややこしいことになったな) けれど、答えは最初から決まっている。 「そっか⋯とりあえず中、入ろっか」 直がドアを開ける。翔太は部屋に入るのを一瞬躊躇うが、ゆっくりと靴を脱ぎ、足を踏み入れる。 廊下を歩き、リビングに着くと、翔太は背負っていたリュックを下ろす。ドンッと鈍い音がする。 「⋯いっぱい持ってきたんだね」 「あんな家帰りたくねーから詰めれるもん全部詰めてきた⋯教科書とか沢山あってクソ重かった」 「よかった。お酒とか入ってたらどうしようかと思ったよ」 「そこまでアル中じゃねーし⋯」 バツが悪そうに頭を搔くと、リュックを開ける。 「ほら、見ろよ!ちゃんと服とか教科書とか入ってる!」 ちらりと見ると、乱雑に教科書とか服がごちゃごちゃに詰まっている。 「あーあー⋯ぐちゃぐちゃに詰め込むからシワがついてるじゃないか⋯」 「いいんだよ、どうせ安物だし」 「安物でも俺が良くない⋯触っていい?」 「おう」 許可を得ると、乱雑に入っているそれらを引っ張り出す。 シワだらけのTシャツ、ズボン、角が潰れている教科書類、表紙が破れているノート、ゲーム機、ノートパソコン⋯ 直はため息をつきながら一つ一つ、並べていく。 その中のリュックの底の方にあったシワだらけのTシャツを手に取る。 「これは、取れないな⋯あとで洗濯するよ、これ」 「はぁ?いいよ、やんなくて」 「俺がやりたいからやるの!こんなクチャクチャなの俺の部屋では絶対着させないよ」 「チッ⋯わかったよ。センセー⋯」 「センセーはやめて。俺には直って名前があるんだから」 「はいはい⋯わかったよ、直!⋯これでいいだろ!!」 「うん、よくできました。花丸あげようね」 「ガキ扱いすんな!!」 翔太は真っ赤になった顔を隠すようにそっぽを向くと、ソファにドサッと倒れ込む。 「⋯何が花丸だよ。おれはこんなナリでも酒は飲めるし、パチンコも打てるし、保護者の同意もいらねぇんだよ」 「そうだね、あんなにベッドの上で可愛らしいなら、立派な大人だよね」 「なっ!!??⋯⋯ばっ、馬鹿かお前!!」 翔太はソファから跳ね起きて、クッションを直に思いっきり投げつけた。 顔は可哀想なぐらい真っ赤で耳まで赤い。 「うるさい、うるさい!!!お前がやったんだろ!?死ね!!」 翔太はクッションを受け止めると、苦笑いをする。 「ごめんって、からかいすぎたよ。 ⋯でも、翔太が悪いんだからね。服ぐらいシワがつかないように畳んで、身なりを整えて。俺の部屋にいる時は、テキトーは禁止」 「⋯⋯⋯⋯わかったよ」 不貞腐れて、不満ですという顔を隠しもしない顔で返す翔太に、直は小さくため息をつく。 「それで、どうして俺ん家に来たんだっけ?」 直の問いかけに、翔太は視線を逸らす。 「さっき言ったじゃん⋯母さんが、彼氏家に住まわせたって」 「それは、わかったけどさ⋯どうしてそうなったの?」 「知らねーよ!!昨日、家から帰ってきたら母さんが、急に一人増えるからねって言ったんだぞ! なんだよそれ!犬猫みたいに言うんじゃねーよ! 嫌だって言ったら、もう引越し業者呼んでるとかこっちに拒否権ねーじゃん!!あのクソババア!!」 吐き捨てるように、感情的に怒鳴りあげる。 しかし、肩は小刻みに震え、目には涙が溜まっている。 「⋯⋯なんだよ、俺のことはどうでもいーってのかよ。 実の子どもが彼氏以下って何なんだよ⋯ そのくせ、出てくときには心配しやがって⋯わかんねーよ、母さんが⋯⋯」 言葉と一緒に溢れ出しそうな涙を必死にこらえる。 拳を握り、小さく震えるその姿は、強がっている''子ども''を彷彿とさせる。 「⋯⋯そっか」 「彼氏もキモイんだよ!!なんで親子で暮らしてるところにしれっと来るんだよ!頭おかしいんだよ!!」 翔太の声がリビングに反響する。耐えきれずに、涙が頬を伝っていた。 「そっか⋯⋯それは、当たり前の叫びだね」 「⋯だよな!俺、間違ってないよな!!」 縋るような目で、翔太は直を見る。 お願いだから、俺を肯定してくれと言っているのがわかった。 「間違ってないよ。普通そんなのありえないよ⋯辛かったね」 ソファに座る翔太に近づき、頭を撫でる。 「⋯触んなよ。子ども扱いすんな⋯⋯」 口ではそう言うが、その手を振り払おうとはしなかった。 「子ども扱いじゃないよ、俺はただ好きな人をなぐさめているだけ」 「⋯⋯⋯そーかよ、ショタコン野郎」 「そのショタコン野郎が君も好きだろ?」 「うるせぇ⋯だから、ここに来たんだよ」 ぷいっとあさっての方向を向く。 「ふふっ、相思相愛だね。俺たち」 腕を回し、そっと抱き寄せる。 「ちげーし⋯お前が助けてくれそうな優男だからだし」 「それでも俺を頼ってくれて嬉しいよ」 「⋯⋯⋯だって、他にいないし。頼れる人」 その言葉に直は動きを止めた。 ――なんて言った?この子は⋯ 「⋯⋯⋯ホントに?」 「⋯⋯うん。父さんには新しい家庭があるし、親戚とも疎遠だし、泊めてくれる関係の友達もいねぇーし」 直は息を呑む。 (嗚呼⋯⋯君が寂しそうな理由がわかったよ) 胸の奥が締め付けられる。 「公園で過ごすかって思ったけど、そんな勇気なくて⋯そんなときお前の顔が浮かんだ⋯俺、お前に断られたらどうしようって⋯」 「⋯⋯翔太」 強がっていた少年が、出した『本音』に思わず声が詰まってしまう。 「そんで家に戻って⋯甘ったるくて気持ち悪い、吐き気のする二人の会話を聞きながら日々を過ごすかと思うと⋯っ、怖くて、嫌で⋯でも、母さんを嫌いになれなくて⋯⋯⋯ごめん。俺、何言ってんだろ。忘れてくれ」 直の体に顔を押付けながら、言葉を絞り出す。 声は震え、かすれている。 直はそれを聞くと、背中を撫でた。 「忘れない」 強く断言する。 「君から出た本音の言葉を、俺は忘れないよ」 耳元で囁くと、翔太はびくりと震える。 「⋯⋯そうかよ、優しいな⋯お前。吐き気がするほど」 言葉は荒いが、直の服をぎゅっと強く握りしめていた。 「君にだけだよ」 そう言い、よしよしと頭を撫でる。 「っ、うるせぇ⋯⋯」 小さくそう呟いた瞬間―― ぐぅ〜〜 お腹の鳴る音が響いた。 「ははっ⋯お腹空いた?」 「⋯⋯⋯⋯おう」 静かな空間でお腹を鳴らしたのが恥ずかしかったのか翔太は顔を赤くして、素っ気なく言う。 「俺もお腹空いちゃったな。ちょっと時間かかるけど夕ご飯作るから待ってて」 直がキッチンに向かう。 (待っててって言われても⋯) 他人の家など、落ち着かない⋯ この家に入るのは二度目だが、あの時は状況が状況だけにほぼ初めてのようなものだ。 (つーか、前は襲われてほぼベッドで過ごしてたし⋯) 視線を一瞬寝室に向ける。そうだ、あそこでヤった。 自分が自分だとわからなくなるぐらい、ぐちゃぐちゃにされた。喘ぎ声を出して、めちゃくちゃにされた。 そして、約束してくれた場所―― (考えるのやめよ⋯⋯) 頭を振って意識を逸らす。 今度は壁際に置かれた本棚を見る。本棚には教育学や心理学の専門書が背表紙の高さ順に並び、横には絵本が差し込まれている。 (絵本⋯⋯?) ガキみたいだと思い、眺めていた時 (あ、母さんが読んでくれた本だ⋯) ソファから立ち上がり、その本を手に取り、ページを開く。 『おほしさまにおねがい』 おほしさまは子どもたちの願いを叶えることが使命。 子どもたちは、おほしさまにいろんな願い事をした。 おもちゃが欲しい・お菓子が食べたい・ヒーローになりたい――皆叶えてきた。それが使命だから。 ある時、おほしさまは寂しそうな孤独な少年に出会う。 少年はおほしさまに言った 『ぼくには、かぞくがいないからかぞくがほしい。ひとりだとさみしいよ』 おほしさまは困った。生命を新しく作れないから―― だから、おほしさまは少年の願いを叶えようと人の姿になって少年の元に現れた。 少年は初めて独りじゃなくなって、孤独から救われた。 少年は初めて笑顔を見せて、人になったおほしさまに抱きついた。 おほしさまは思いました。 この子の願いを叶えるために僕は生まれたんだと。   こうして――少年とおほしさまはいつまでも幸せに暮らしましたとさ。   ――そんな話だ。 (⋯⋯嫌なこと思い出した) この絵本が好きだった。 星に願えば、叶えてくれると思った。だから、昔願った。 『お父さんとお母さんが、もう一度一緒に暮らせるようにしてください』 結果はご覧の通り。 父さんは別れて数年後、新しい家庭を持った。 母さんは父さんのことを忘れて、彼氏を作る。 でも、覚えている 『翔太、この本が好きなの?』   『うん!おれのねがいごと、おほしさまにねがったら、かなえてくれるかな?』 『ふふっ、かなえてくれるわよ。いい子にしてたらね』 『おれ、いいこにしてるもん!』 『え〜?おもちゃ片付けない子はいい子じゃないんじゃない?』 『うぅ〜⋯片付けるもん!!』 『ふふっ。翔太、偉いわよ!』 ――あの時の母さんの笑顔を今も覚えている。 だから、嫌いになれなくて苦しい。 ページをまためくる。 少年と人になったおほしさまが抱き合うシーンが出てくる。 (いいな、お前は⋯叶えてもらって――でも俺には、おほしさまなんて、いない) 「翔太?」 肩がびくりと跳ねる。 「な、なんだよ」   顔を上げると、直がキッチンからこちらを見ていた。 「その本、好きなの?」 「っ⋯別に。子どもの頃、好きだっただけ」 すぐに本棚に戻せばいいのに、何故か戻せなかった。 それを見て、直はにこりと微笑む。 「そっか⋯それ、今でも子どもに人気なんだよ?」 「⋯⋯へぇ」 「実習で保育園に行った時に、子どもたちに読み聞かせする時間があったんだけど、皆その本読んでって言ったんだよね。 皆言うんだ。おほしさまに自分の願い事叶えて欲しいって⋯俺もその本好きだから、なんか嬉しかった。」 「⋯⋯⋯⋯そう、なんだな」 「母さんに何回も読んでってお願いしてたなー」 直が懐かしそうに言う。    「俺、小さい頃は引っ込み思案だったから、いつも母さんにくっついて読んでって言っててさ。好きすぎて、一日に何回も読んでってお願いしてた」 「っ⋯」 (羨ましい⋯) 胸がちくりと痛む。 (そうだよ、俺もたくさん読んでもらった⋯何回も読んでって⋯でも――)   子どもの頃の記憶がより、鮮明になる。 『おかあさん、これよんで』 『お母さん忙しいの⋯またあとでね』 いつ頃からか、母さんは幼い俺を置いて外出することが多くなった。 ――今ならわかる。不倫相手と会っていたんだ。 (やめろよ⋯もう忘れようとしてんのに⋯⋯) 『翔太を置いてどこに行ってたんだ!!』 ――⋯喧嘩すんなよ 『翔太、これからお母さんと二人で一緒に暮らすのよ』 ――お前のせいだろ⋯ 『この人はね、ママのお友達よ。仲良くしてね』 ――友達、ね? 『晩ご飯作ったから食べてね。お母さんこれから友達と遊んでくるから』 ――どうせ、次の日帰ってくるんだろ 『母さん、高校どこ行こう⋯』 『翔太の人生なんだから、翔太が決めてちょうだい。お母さん忙しいから』 ――俺のことを構ってくれるのに⋯どうして、俺のことを突き放すの? 「っ⋯⋯」 胸がざわつく。息が苦しくなってくる。 (結局、大学決める時も同じこと言われたよな) ――同じ「母親」なのに⋯何が違うんだよ⋯ おれ、なにか悪いことしたのかな? こんな⋯社会の底辺みたいな人間になっちゃったからかな? ⋯そうだよな。こんな、母さんに愛されようといろいろ頑張ったけど、結局諦めたやつに⋯⋯来るわけないよな、おほしさま。 下手くそなりに皿洗いしたり、洗濯したり、掃除したり⋯でも、そんなことやったって褒めてくれなかった。   『翔太はやらなくていいのよ?外で遊んできて』   ⋯⋯関心はぜーんぶ、男の方にいってた。 ――だから、やめた。全部。すべてがどうでも良くなって堕ちていった。 テキトーに勉強して、テキトーに学校行って、テキトーにバイトして、テキトーに生きていく⋯ そんな道を選んでしまった俺は⋯所詮、クソ野郎なんだ   その時、キッチンから温かい声が届いた。 「ご飯できたよー」 ふわりと漂う出汁の香りで、一気に現実に戻される。 顔を上げると、机の上に丼を置き、こちらを見つめる直の姿があった。 胸の奥がぎゅっと締め付けられる。 だけど、ほっとして無駄に力が入っていた体が緩む。    「⋯⋯なに、作ったんだよ」 「親子丼だよ。お腹空かせた子がいるからすぐ出来るもの作ったんだ」 翔太はちらりと丼の上に乗ったものを見る。 ご飯の上には、ふんわりと半熟卵がとろりと広がり、照りのある鶏肉が顔を覗かせている。 甘辛い出汁の香りが湯気にのって、翔太の食欲を刺激する。 「ふーん⋯」 興味無さそうな素振りを見せるが、視線は一向に親子丼から離れない。 「ははっ!早く来なよ」 直が笑いながら手招きする。 「子どもじゃないから言われなくても行くし⋯」 口を尖らせながらも、翔太の足取りは軽い。 椅子に座ると、目を輝かせ今か今かとそわそわしだす。 その光景に直は小さく笑い、翔太の目の前に丼と箸を置いた。 「召し上がれ」 「⋯⋯⋯おう」 箸を手に取り、親子丼を一口食べる。 もぐもぐと何も言わず、咀嚼し続ける。ごくんと飲み込むと、また親子丼を口に含む。 咀嚼、飲み込む、そして親子丼をまた食べるを何度も繰り返す。 直はそれを見てニコニコ笑うと 「美味しい?」 そう聞く。 「⋯⋯別に、母さんの方が美味いし」 「え?美味しくない?」 少し寂しそうな顔をすると翔太は慌てたように叫ぶ。 「はぁ!?誰が不味いって言ったんだよ!!わ、悪くはねぇよ!!」 照れを隠すように翔太は丼をかきこむ。 寂しそうな顔から一転、くすりと直は笑みを浮かべる。 「ありがとう⋯お母さん、料理が上手なの?」 「⋯⋯上手いんじゃねぇの?料理本とかよく読んでたし、彼氏にも、よく作ってたし」 「⋯⋯そっか。じゃあ、俺も翔太の舌を唸らせるようにたくさん作らないとな!」 「ふん!せいぜい頑張れよ」 そっぽを向きながらも親子丼を食べる。 箸を動かす手は止めずに、丼の中はどんどん減っていく。 そして、最後の一口を食べるとふぅと、息を吐く。 「⋯ごっそさん」 素っ気なく言うが、満足そうに口元を舐める。 「ありがとう」 穏やかに感謝の言葉を述べる直に、翔太は顔を赤らめ、そっぽを向く。 「⋯⋯また食ってやってもいい」 「!⋯うん、作るね。明日の朝ご飯も期待して」 「俺、明日三限からだから朝いらねーよ。昼まで寝るし」 「駄目!そんな不健康な!⋯俺と暮らすんだったら朝はちゃんと起きること」 「うっ、めんどくせぇー⋯」 「面倒臭くてもやるの!⋯あっ、そういや一緒に暮らす上で話しときたいんだけど、家賃はどうするの?」 途端に翔太の視線が泳ぐ。 「どうしよ⋯金のこと忘れてた。か、金⋯昨日、パチで擦った⋯」 「えっ⋯いくら?」 「せ、先月の⋯バイト代全部。十二万ぐらい⋯飛び出した時、そんなの考えずにここ来たから⋯ない」 「もー⋯⋯」 直は頭を抱えた。 「パチンコやめようってこの前言わなかったけ?」   言った。体を繋げた日、行為が終わった後に、パチンコの話になってやめようねと諭した。 「⋯⋯だって、今逃したら負けると思って⋯突っ込んだら倍になって返ってくると思って」 「でも負けたんでしょ?」 こくりと頷く。 「も〜⋯仕方ないな。しばらくはいいよ、お金」 「えっ⋯で、でも⋯」 「君が路頭に迷うよりかはいいよ。俺、仕送りもあるから一人増えても何とかなるよ」 「で、でも⋯お、俺が言うのもあれだけど⋯こんな穀潰しにお金なんか使うの⋯もったいないじゃん。お前、俺よりすごいやつなんだから自分のことに使えよ」 「こら、自分を否定しない!翔太は穀潰しじゃないよ⋯それに君と暮らすことにお金をかけるのは、俺にとって苦じゃないからいいの。その代わり、パチンコはやめること!これも約束!!」 「⋯⋯⋯⋯わかった」 不本意そうに、小声で答える。 「よろしい。あとは家事も分担しようか。翔太はどのくらい家事できるの?」 「⋯⋯料理は米炊くのと卵焼きだったらできる。洗濯機回すのは全然できる⋯干すのも苦じゃない。でも畳むの嫌い。皿洗いも嫌い。」 「あー⋯OK。最初は一緒にやってこうね」 「⋯⋯一緒に?」 「うん。最初は洗濯からやっていこ?そうやって徐々に慣れたら分担もできるよ」 「⋯⋯うん」 (優しいな、こいつ。⋯母さんだったら忙しいから自分でやって!って突き放すのに⋯) 「うん、返事できてえらいね。花丸あげる」 「だからガキ扱いすんな!」 「ごめんって⋯つい癖であげちゃうんだよね」 「そんな癖、俺にだけは今すぐやめろ」 「努力はするよ。さてと⋯」 直も食べ終わると、空になった丼を手に持ち、キッチンに向かう。皿を洗いながら翔太に尋ねる。 「お風呂入る?入るんだったら沸かすけど」 「あー⋯⋯シャワーでいい。風呂入るのだりぃ」 「そっか。じゃあ俺もシャワーでいいや」 「⋯⋯別に俺に合わせなくていいんだけど」 「合わせてないよ。俺が今日そういう気分なだけ」 「⋯⋯あっそ、じゃあ、先入るぞ。玄関入ってすぐそばだよな、風呂。」 「そうだよ。タオルは風呂場にあるからそれ使ってね。それと、シャンプーも好きに使っていいからね?あとは――」 「あーっ!!わかった!うるさい!!」 勢いよく叫ぶと、リュックから寝巻きを取り出し、浴室の方へ足速に向かう。 その背中を見送りながら、くすりと直は笑う。 「やっぱ、可愛いな⋯」 洗い物を片付けながら直は呟いた。 シャワーの音が聞こえる間、一人静かな時間が流れていった。

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