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センセー、俺って便利なだけですよね?

「じゃあ、翔太。俺、一限あるからもう出るね」 玄関で直は翔太に向かって言う。 「お弁当作ったからお昼になったら食べてね? あ、あと合鍵渡すから出る時、鍵かけて。 インターホン鳴っても出なくていいからね? あと――」 「わかったって⋯早く行けよ。ガキじゃあるまいし」   「だって、こんなに可愛い子が一人だなんて心配にもなるよ!!」 「過保護野郎⋯生徒が旅立つのを見守るのもセンセーの役目だろうか」 「うっ、一理ある⋯あーでも心配なんだよ!それはわかって!!」 「わかったよ!!さっさと行け!!」 直を急かすように言った翔太に、直は苦笑いをして靴を履いた。 「わかったよ⋯じゃあ、行ってくるよ」 そう言うと翔太の唇に触れるだけのキスをする。 「⋯⋯なっ!!?」 「ごめん、新婚さんみたいだなって思ったら⋯」 「っ〜〜〜⋯行けよ、馬鹿野郎!!!!!」 「ははは!ごめんって!!」 (やっぱ可愛いなぁ⋯翔太) 「死ね!!」 バタンッとドアが閉まる。 廊下を駆けていく足音が遠ざかり、部屋はシンと静まり返った。 「⋯⋯クソッ!なにが新婚だ!!」 言葉とは裏腹に、にやけている口元を隠すように覆う。 (嬉しくなんかねぇ!そんなの、まるで付き合ってるみたいじゃねぇか!俺らは⋯あれだ、セフレだろ?⋯冗談言いやがって!!)   ――そうだ、期待したら⋯裏切られたとき苦しいだけ (母さんのときで懲りただろ⋯) 『お母さんの友達と遊びに出かけるわよ』 ――父さんと別れてすぐ、母さんはそう言った。 楽しみだった。だって母さんの友達は皆いい人で遊んでくれたから⋯ インターホンが鳴り、幼い自分は無邪気に玄関を開けた。  でも、そこにいたのは女の人ではなく、男の人。 意味がわからなくて、混乱して、母さんを見た。   『ほら、翔太?母さんの友達よ』 その瞬間、わかった。 (⋯嘘つき) ――期待したら、裏切られた時にショックを受けるのは自分なんだと。 (そうだ⋯だから、期待するな。あいつの口から一言でも恋人になってくれと言ったか?言ってねぇだろ⋯俺だけが思って違ったらとんだお笑い草じゃねぇかよ) 胸元をぎゅっと握る。 胸が熱い、なのに心は冷えきっている。   (⋯だから、嬉しがるな。あいつのペースにのせられるな) そう自分に言い聞かせ、ソファに寝転がる。 ピコンッ   スマホが震え、画面が光る。 画面を見ると、大学の知り合い――橘たちばな 茂しげるからだ。 『翔太ー!!今日の三限、テストなんて今知った!!頼むからノート移させてくれ!!』 「⋯⋯⋯知らねーよ」 溜息をつき、髪をかきあげる。 文句を言いつつも、返信をする。 『はぁ?遼に頼めよ』 遼とは一緒に授業を受けてる知り合いの一人だ。 すぐに返事が来る 『もう頼んだよ!!でも嫌だって言われたんだよ!!頼む!お前だけが頼みなんだ!!』 「だろうな⋯」 中園 遼(なかぞの りょう) 要領が良くて、頭も良い。けど言う時は言うし、やらないやつはバッサリ切り捨てる。 俺が羨むものを全部もっている正直いけ好かないヤツ。 深くため息をつくと、返事を返す。 『わかったよ』   『マジ感謝!!俺二限あるから、昼に食堂でお願いしまーす!!』 「俺もたいがいお人好しだな⋯」 そうぼやきながら、『OK』と打ち込む。 スマホを置き、天井を睨む。 (なんで俺、応えるんだろうな⋯友達なんかじゃねーのに⋯) 『友達』と言うには関係が浅すぎる。 授業一緒に受けて、昼ご飯を一緒に食べて、宿題一緒にして、ノートやレジュメの貸し借りをする―― (外で一緒に遊んだことねーし⋯それ、友達じゃなくね?なのに放っておけーねー⋯⋯わかんねーな) 髪をぐしゃりとかきむしり、画面をまた見る。 今度は違う知り合い――本山 健(もとやま けん)からだ。 『えっ、茂から聞いたけど今日の三限テストなの?知らんかったわ⋯翔太ノートよろ〜』 「こいつにだけは見せたくねー⋯」 (こいつは他力本願すぎる⋯!!なんでこんなやつが三年に進級できてんだ!!) 指を動かし、返事をする。 『遼に頼めよ』 『え?遼に頼んだら断られてんの目に見えてんじゃーん。だから翔太にお願いしてんの』 「それがものを頼む態度かよ!!!」 スマホの画面に向かって叫んでしまう。 「もう知らねー⋯」 スマホの画面を切り、既読スルーする方向で行こうとする。 しかし、直ぐに返事が来た。 『茂に聞いたんだけど、昼に食堂でノート見せるらしいじゃん?俺も行くわーよろ〜』   「ポンコツがっ⋯!!余計なことを!!」 (なに素直に教えてんだよ!!クソ野郎が!!) 昼はポンコツ二人の世話をすることが決まり、ソファに顔を埋めて、項垂れる。 (結局⋯俺って友達じゃなくて都合のいい便利屋ポジションなんだな) 通知がまた鳴る。 『あ、今度ご飯奢るね〜翔太どうせ金欠だろ〜?俺に感謝しろよ』 「死ね!お前が感謝しろや!!単位落としちまえ!!」 悪態をつき、スマホを投げようとするも、すんでのところで止める。 「⋯⋯落ち着け、健のあれはいつものことだろ⋯三年間であいつの性格をよーくわかってんだろ」 出会った時もそうだった―― 『あっ、ちっちゃい子いる〜大学の見学?俺が案内してあげようか〜?中学生からえらいね〜』 初対面から失礼だった。 オリエンテーションの教室に入った瞬間、健が俺に向かってそう言った。 『っ⋯!!俺は中学生じゃねー!!新入生だよ馬鹿野郎が!!』 怒鳴り返す俺を見てケラケラとおかしそうに笑った。 ――そこから、一緒に授業受けるようになり、茂や遼ともつるむようになった。 (あー⋯今思い出してもムカつく⋯でもあいつのおかげで大学で一人になってないんだよな⋯⋯いや、一人の方が良かったな!だってこんなことしなくていいんだし!! ⋯⋯あー考えんな!!忘れろ!時間まで寝る!!) アラームを十一時に設定すると、ゴロンと寝転がる。 (二度寝⋯サイコー⋯) 頭の中はまだざわついている。 けれど、そんなこと睡魔の前には無力だった。 「⋯⋯馬鹿どもが」 そう呟くものの、数秒後には眠りの世界へと旅立っていた。 

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