10 / 15

センセー、否定してください!

「ほらよ」 食堂に着くなり、翔太は茂に向かってノートを投げる。 「ありがとう!!翔太!!感謝!!」 満面の笑顔で茂はノートを受け取る。 「わぁー、ありがとー翔太。茂、俺にも見せて」 健は当然のように隣へ滑り込み、ノートを覗き込もうとする。 「お前に見せるわけじゃねーよ!!帰れ!!」 茂と健の間に割って入り、ノートから距離を取らせようとする。 「そんな!翔太、そんな!俺たち友達だろ?」 大袈裟に肩を組み、健は泣き真似をする。 「都合のいい時だけ友達って言ってんじゃねーよ。俺は思ってないから」 「ケチッ!⋯⋯茂〜俺たち友達だもんな!それ、一緒に写させてくれるよな〜」 今度は茂に肩を組み、頬ずりをする。 「ん⋯⋯⋯?⋯⋯⋯⋯⋯うん、いいぜ!!」 「お前のノートじゃねーだろ馬鹿茂!!そんなんだから単位落としまくるんだよ!!」 「⋯⋯ごめんよ翔太ー俺が不甲斐ないばっかりに⋯」 しょんぼりと項垂れ、ちらりと上目遣いで翔太を見る。 (うっ⋯くそっ!この小動物のような目に弱いんだよな⋯あざといのが余計なタチ悪い!!!) 「うわぁ〜可愛いと可愛いがガッチャンコしてんじゃーん!ここの間に入りてー」 「入ってくんな!さっさと帰れ!!そして単位落とせ!」 「で、でもよ⋯健だって最近サボる頻度少なくなってるから見せてあげようよ」 「そうだそうだ!茂の言う通りだ!」 「⋯⋯⋯⋯はぁー」 深く、深くため息をつく。 「⋯⋯貸一つな。絶対だからな!!」 (こうでも言わないと、ただの便利屋だからな!) 「貸⋯?なに貸すの?」 「あー茂。お前はバカでちゅね〜貸一つの意味もわからず学ぶとか可愛いな〜」 「?????」 「茂⋯そいつの言ったことは聞かなかったことにしろ。お前はそのままでいてくれ⋯そんで、いいからさっさと写せ!!」 「いえっさー!」 おちゃらけて、敬礼をする健。 「い、いえっさー!!」 茂は健の姿を真似するように敬礼をしたあと、急いでノートを写す作業に入る。 健も同様に意外と真面目にノートを写している。 「ったく⋯」 「翔太?」 「っ!?」 後ろから聞き覚えのある声が聞こえて、反射的に振り返る。 そこには、案の定直の姿があった。 「友達と一緒?」 「いや⋯あ、あぁ⋯」 友達ではないが、適切な言葉が見つからず言い淀む。 「こ、こいつらがノート写させろって言うから仕方なく⋯」 「⋯⋯うんうん、偉いねー友達のために行動するなんていい子だなー」 「だからガキ扱いすんな!!それに友達じゃ⋯」 「あれー?教育学部の王子様じゃん。翔太知り合いなの?」 ノートから顔を上げ、直の顔を見て健は言う。 「王子様ー?」 訝しげな目で尋ねる。 「知らないの?眉目秀麗、成績優秀、温厚篤実。嗚呼、彼こそが理想の王子様!⋯らしいよ?サークルの女の子から聞いた」 「ふーーーーん⋯⋯」 改めて直のてっぺんからつま先まで見る。 サラサラの髪に日焼けひとつない白い肌、程よくついた筋肉に女子ウケする整った顔立ち。 (確かに⋯王子様って言われてもおかしくねぇか。 まっ、そんな王子様も俺の前じゃただの世話焼きセンセーのショタコン野郎だけどな!!) 謎のマウントを取り、ニヤリと笑う。 「王子様!?すげー翔太、王子様と知り合いなんだ!ところで王子様ってなに?」 「茂〜お菓子やるから黙ってノート写そうか〜。お前は馬鹿だから話に混ざるとややこしくなるから〜」 健はポケットからお菓子を取り出すと茂にそっと渡す。 「わーい、ありがとう!わかった、俺、黙る!!」 (それでいいのか⋯茂) 「もーその王子様ってやめてよね。ただでさえ友達にからかわれて恥ずかしいのに」 「ふぅーモテる男はかわし方も鮮やかだな〜あっ、俺、本山 健って言います。よろ〜そうだ、ここ空いてるんで座ります?」 空いている席を指差し、座るよう健は促す。 「えっ、申し訳ないよ。それに俺、一人友達の分も確保しないといけないし」 「いいっすよ。王子様が座るなんて役得っすよ! それに俺らノート写してる間、翔太が暇になっちゃうんで翔太の相手してやってくださいな。あと一席余ってるし、友達の分も大丈夫っすよ」 「でも、勉強中だろ?悪いよ」 直は申し訳なさそうにに首を振る。 (なんだよ、座れよ⋯大学でも世話焼けよ) 翔太は、むすっとした顔をして、貧乏ゆすりをし、わかりやすく機嫌が悪い態度を取る。 そんな翔太の態度に気づき、直はくすりと笑った。 (わかりやすいなぁ⋯可愛い) 「⋯⋯⋯じゃあ、お言葉に甘えて」 そう言うと、翔太の隣に腰を下ろした。 「なっ⋯!か、勝手に座るなよ!!」 口では突っぱねながらも、翔太の耳は赤くなっている。 「本当は嬉しいくせに素直じゃないな」   「はぁ!?思い上がりもやめろよな!」 「わかったわかった。そうだ、翔太お弁当忘れず持ってきた?」 「わ、忘れるわけねぇだろ!!ほら!」 カバンから直が作ってくれたお弁当を取り出し、ドンッと机の上に置く。 「あっ、良かった。ちゃんと持ってきてくれたんだね。嬉しい」 「ふんっ!腹減ったから食うぞ!!」 「うん、召し上がれー」 蓋を開け、中身を見る。 容器の中には、ふんわりとふくらんだ黄色いオムライス。端にはミニトマトとブロッコリーが添えてあった。 「ちゃ、チャラチャラしやがって!!」 「そう?でも美味しいよ?食べて?⋯それとも食べさせてあげようか?」 「たっ!?け、結構だ!!一人で食える!!」 フォークで卵を割ると、中から真っ赤なチキンライスが顔を出す。 一口頬張ると、ケチャップの優しい味が口の中に広がる。 「⋯⋯わ、悪くねぇな!!」 そう言いながらも、食べるては止めていない。 「ふふっ、ありがとう」 「へ〜〜〜〜⋯」 面白いものを見つけたかのように、健が二人を交互に見る。 「な、なんだよ!!」 「いやー仲良いなって。ていうか作ってもらったの?それ」 「つ、作ってもらってなんか⋯」 「そうだよ?作ってあげたんだ。一緒に住んでるしね」 「えっ!?マジ!!」 「えっ!?翔太ほんと!?⋯あっ、喋っちゃった⋯」 約束を破り、声が出てしまった茂は、咄嗟に口元を抑える。 「んなの気にすんなよ茂!!こんな面白い⋯いや、愉快な情報、声も出したくなるわ!!」 「ざけんな!どっちも同じ意味じゃねーか!!てか、直なんで言った!」 「⋯?事実を言っただけだよ?それに翔太の友達には言っといた方がいいじゃないか」 「バカっ⋯!!余計な気を使いやがって⋯」 翔太は耳まで顔を真っ赤にし、机に顔を伏せる。 「これ確定!ただの同居じゃねぇ!同棲だ!!わぁ〜いいね〜!俺、こういうの好きよ?滾るわ!とにかくおめ〜!お祝いに赤飯でも買ってやるよ」 「なんで赤飯?」 茂が難しそうな顔をして健を見る。 「お祝い事には赤飯だって決まってんだよ」 「へぇー⋯じゃあ俺も買う!翔太の彼氏できた記念に俺、炊く!!」 「茂えらいでちゅね〜でも、米炊けないお前が出来るわけないだろ〜素直に買え」 「お前ら!!いい加減にしろや!!周り見ろ!注目集めてんだよ!!」 ざわざわと周囲の学生たちは何事かと翔太たちを見ては、ひそひそ話をしてる。 「赤飯ってお祝い事ー?」 「彼氏?⋯てか、あれ鳴神くんじゃない?」 「結婚って言った!?」 「言ってないよ!同棲だってさ!」 「結婚式?学生結婚ってこと!!」 「⋯⋯ふっ!話が曲解してるけど注目の的じゃねーの!!良かったな、翔太!!」 「お祝い事は皆でするとハッピーだもんねー翔太おめでとう!!」 二人揃ってパチパチと拍手をして祝うが、翔太には煽りにしか見えない。 「ご、誤解だ!!こ、こんな⋯うぅぅぅ⋯」 手を握りしめ、机に突っ伏して、恥ずかしさのあまりとうとう泣き出してしまう。 (泣いてる姿も可愛いな⋯ホントに結婚したいぐらい可愛い) 「あっ、健。翔太泣いちゃったよー?」 「んー?泣くほど嬉しいってやつだろ?茂、励ましてやれ」 「励ます⋯?あっ!翔太!王子様くんのお嫁さんに行ってもノート見せてね!」 とんでもない大声で翔太に言う。 「っ⋯!それは励ましじゃねーよ!!煽ってんだよ、バカ茂!!」   ガバッと顔を上げ、茂を親の仇のように睨みつける。 その表情が恐ろしすぎて、しどろもどろになりながらも慌てて手を振って否定をする。   「えっ!?な、なに?ご、ごめん翔太ー!!」 「も〜茂はしょうがねーなー⋯茂のそういうところが馬鹿で可愛いんだよな⋯いいぞもっとやれ」 「聞こえてんぞ!!茂を使って俺を遊ぶな!!」 「失礼な。遊んでねぇーよ、面白がってるだけだ」 「それを!遊ぶって!言うんだよ!」 「翔太。落ち着いて、可愛い顔が台無しだよ」 「お前はなんでそう落ち着いてられるんだよ!!」 「え?だって言わせておけばいいじゃん。俺は気にしないよ?それよりお弁当食べよ?あーんしてあげようか!」 「ふざけんなっーーー!!!!」 翔太の怒声に周りの学生たちはくすくすと微笑ましそうに見ている。 その輪の離れた先ところ―― 「⋯⋯近づきたくねー」 トレイを手にした理人が立ち止まっていた。 眉間に皺を寄せ、喧騒を横目で一瞥する。 (なんだこのバッカップルな空気?てか、あのちっさいのさっき言ってた同居人?直のやつ趣味悪!) 直を見る。 顔を真っ赤にして喚く翔太を見つめながら、ニコニコと楽しそうに、嬉しそうに微笑んでいた。 (⋯⋯ま、本人がいいならいいか。だけど、俺は知らねー!あんなうるさい空間で飯が食えるか!!) くるりと背を向け、反対側の空いている席を探しに歩き出す。この場をすぐ退散したいのか足取りは軽かった。 「一生やってろ。王子様」 皮肉屋なクソ野郎は吐き捨てるように呟いた。

ともだちにシェアしよう!