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第4話 動く側

数日間総からの返信は無かった。  通知の無いスマホを眺める時間が、胸の奥で静かに痛むに変わっていく。    講義を受けていても、大学の友人と話していても、頭のどこかで〝総〟の事を考えていた。    ——俺は、何処かで間違えたのか?あの日のカフェでの言葉が、総さんを怖がらせたのだろうか。    テーブルの上に置いたマグカップを、彩芽は無意識に指でなぞった。  冷めたコーヒーの表面の光が揺れる。   「おーい、彩芽聞いてる?」    大河が、顔を覗き込んでくる。   「またスマホ見てるし。彼氏でもだきたの?それとも彼女?」   「……彼氏でも彼女でも無い」     短く答えた声が、自分でも驚くほど低かった。  大河が笑いながら言う。   「そいつ、彩芽のこと放置してんの? やめときゃいいのに」    「放置……じゃない」  無意識に睨むような口調になる。  大河は一瞬たじろいだ。 「……悪い、冗談」  その沈黙が、余計に胸を締め付けた。  ——俺の何を知ってる。  総さんの何を知ってる。  スマホを掴み、立ち上がる。  彩芽は授業も友人も、どうでもよかった。  外に出ると、空は曇りで灰色だった。  雲の隙間から光が滲み、風が彩芽の頬を撫でた。  歩きながら、彩芽は一つの決意をした。 「……待つの、やめよ」  次の瞬間、親指が画面を滑る。 『総さん、今日、仕事終わりに少しだけ顔を見せてください。  俺、総さんと話したいです。』  ——送信。    その言葉は、嘘だった。  本当は——  “ただ話すだけ”では足りない。  声が聞きたい、触れたい、  あの紫の瞳に映りたい。  スマホを握る手に力が入る。  総からの返信は、やがて届いた。 『今日は忙しいから。  また今度にしよう。』  短い一文。  その冷たさに、彩芽の胸が静かに軋んだ。 「……また今度、か」  金髪が風に揺れる。  彩芽の黒い瞳は、もう笑っていなかった。  あの人が逃げるなら、  俺が追う。  理性なんて、とうに壊れている。  追えば追うほど、愛は熱を増していく。  その夜、彩芽は初めて“待つ側”ではなく、  “動く側”になる決意を固めた。  

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