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第7話 見てます

 朝のオフィスは、いつも通りのざわめきに包まれていた。  コピー機の音、電話のベル、同僚たちの笑い声。  そんな何気ない音が、最近やけに遠く感じる。  昨夜の金髪の残像が、頭から離れなかった。  「帰れ」と言った時の、あの表情。  悲しそうでもあり、どこか安堵しているようでもあった。  “俺、総さんの人生の一部ですから。”  あの言葉が、胸の奥に沈殿している。  「秋田課長」  呼ばれて顔を上げると、玲奈が立っていた。 「昨日の件……」 「昨日?」 「金髪の人。……本当に、大丈夫なんですか?」  彼女の声は穏やかだったが、その瞳の奥は警戒に満ちていた。  まるで、俺が“知らないうちに彼に囚われている”ことを見抜いているように。 「大丈夫だ。昔の知り合いだよ」 「本当に?」 「……ああ」  玲奈は小さく頷きながら、  それでも納得していない顔をした。  「……課長、何かあったら、すぐ言ってくださいね」  その言葉に、総は少しだけ救われた気がした。  けれど、昼休み。  ふと窓際の席に目をやると、  ビルの向かい側――  カフェの外のテラス席に、金髪が見えた。  白いシャツに、無造作な髪。  コーヒーを片手に、こちらを見上げている。  “見てる”。  胸の奥が熱くなり、同時に背筋が冷たくなった。  玲奈が視線を追う。  「あの人……また」  そう言いかけた瞬間、  彩芽の唇がゆっくりと動いた。  ——(見てますよ)  言葉は届かないのに、唇の形だけで分かった。  まるで心を読まれたような錯覚。  玲奈の手が、そっと総の肩に触れた。 「……課長、帰り、一緒に帰りましょう」  その優しさが、  どこかで“守られている”感覚と同時に、  “見られている”不安を強くした。  仕事を終え、帰りの駅。  人混みの中で、玲奈が隣に立っていた。  改札を抜けた時、  視界の端に再び金髪が見えた。  ほんの一瞬、  その黒い瞳が玲奈の手を見た。  そして、静かに笑った。  ——冷たい笑み。  総の心臓が跳ねた。  まるで、その笑みが「触るな」と告げているようで。 「課長?」  玲奈の声が遠くに聞こえる。  総は無意識に彼女の手を離した。  まるで、触れていることが“罪”であるかのように。 ⸻  

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