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第16話 幸せな朝
朝、目を覚ますと、
部屋の中にかすかな音がした。
カチャ、カチャ、と金属の触れ合う音。
キッチンの方から漂ってくるのは、
少し焦げたトーストの匂いと、焼きすぎたベーコンの香り。
総は目を細めて、
隣にいない温もりに苦笑した。
「……起きるの早いな、彩芽」
⸻
寝ぐせのついたままキッチンへ行くと、
エプロン姿の彩芽がいた。
金の髪が朝日を受けて光っている。
慣れない手つきでフライパンを振りながら、
真剣な顔つきでベーコンをひっくり返していた。
その表情が、
あまりにも可愛くて、
俺は思わず立ち止まっ笑ってしまった。
「……なにしてるんだ」
「っ、総さん!? 起きてたんですか!?」
「まぁな。朝からいい匂いがすると思ったら……」
「えっと……朝ごはん、作ってみようかなって」
焦げたベーコンを隠すように皿で覆いながら、
恥ずかしそうに笑う。
⸻
「俺がいない間、ちゃんと食べてたか?」
「たぶん……食べてたと思います」
「思います、ってなんだよ」
「元々は、コンビニのパンが一番うまいって思ってました」
「はぁ·····」
最後の一言を小さく呟く声に、
胸の奥が少し熱くなる。
「ほら、貸せ」
俺は彩芽の手からトングを取って、
火加減を弱めた。
「ベーコンは強火でやるとすぐ焦げる。こうやって、弱火でじっくり」
「……なるほど」
「あと、パンは……焼きすぎ」
「焦げてない部分もあります」
「言い訳すんな」
「でも食べられます」
「……まぁ、そうだな」
笑いながら、俺は焦げたパンを半分に割って口に運ぶ。
想像以上に苦くて、
それでも、不思議とおいしかった。
⸻
「……どうですか?」
「うん、悪くない。努力点、百点」
「味は?」
「三十点」
「ひどい」
「でも、気持ちは満点だ」
そう言うと、彩芽が嬉しそうに笑った。
「じゃあ、次は味でも百点狙います」
「その時は、俺も手伝う」
「いいんですか?」
「あぁ。一緒に食べる朝飯の方が、うまい」
その言葉に、彩芽は少しだけ頬を染めた。
⸻
食卓に並んだのは、
焦げたベーコンと半生の卵、
それに黒くなりかけたトースト。
見た目は完璧とは言えなかったけれど、
不思議とどの料理より温かかった。
「総さん」
「ん?」
「こういうの、いいですね」
「こういうの?」
「……“ただいま”の次に、“おはよう”が言えるの」
その一言で、
胸の奥に温かいものが広がる。
「……そうだな」
「これからも、言っていいですか」
「好きなだけ言え」
「おはようございます、総さん」
「おはよう、彩芽」
⸻
ふたりで笑い合う朝。
湯気の向こうで、
焦げたパンの香りが、やけに心地よかった。
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