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第22話 沈黙の日々

 総さんがいなくなって、  もう何日経ったのか、数えるのをやめた。  スマホの画面を開いても、  “新着メッセージ”の通知は一度も光らない。  メールも、電話も、どれも。  「転勤中は、連絡は取らない」  そう言って、彼は彩芽の頭を撫でて言った。  優しい手のひらの温度だけが残って、  音もなく、時間が遠のいていく。 ⸻  最初の一週間は、まだ耐えられた、 ベッドの横にまだ彼の匂いが残っていた。  コーヒーを淹れるたび、  総のマグカップを手に取ってしまう。  でも、二週間目に入ると、  現実が静かに牙を剥いた。  寝ても覚めても、総の声が耳に残る。  笑う顔。  怒る声。  触れた時の指の温度。  全部が消えない。  なのに、もう総には届かない。 ⸻  大学にはちゃんと行っている。  行かないと、あの人ととの約束(繋がり)が切れてしまいそうで怖いから。  講義のノートを取っていても、  頭の中では“彼の声”が繰り返される。  ──「お前が生きていけるように」  ──「卒業したら、迎えに行く」  その言葉だけを胸に抱いて、  ただ毎日をやり過ごしていた。 ⸻  夜になると、窓辺に座る。  携帯を手のひらに乗せて、  画面を見つめたまま、何も打てない。  “おやすみ”  “元気ですか”  “会いたい”  どの言葉も、  総の願いを汚してしまいそうで。  だから、何も送らない。  ただ画面の明かりに、自分の涙が反射するのを見ていた。 ⸻  ある日、ふと気づく。  連絡が取れないということは、  “信じるしかない”ということだ。  彼を信じて、  自分を信じて、  そして“約束”を信じる。  総さんが教えてくれた“生き方”を、  今、俺がやらなきゃいけない。 ⸻  窓の外に月が昇っている。  あの人も今、どこかで同じ空を見ているだろうか。  「……総さん、俺、ちゃんとやってますよ」  小さく呟く。  返事はない。  でも、それでいい。  いつかこの沈黙の時間が終わるとき、  あの人に胸を張って言えるように。  “俺は、約束を守りました”と。

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