4 / 40

3

              「…ねえってば…」――そう目を伏せていう肌の白い美青年のその声は、(まど)わすような微笑を(はら)んでいる。  ……しかしあめ色肌の美青年は、彼の黒紫に赤牡丹の描かれた帯のほうに顔をむけたまま微動だにしない。…風は()んで、今は空気もじっとしている。   「ねぇ…もう起きてよ…」    とそのうつむきがちな白皙(はくせき)の美しい顔をすこし傾けた彼は、自分のお腹のほうに顔をむけている美青年のあめ色のこめかみをつーと、その白い長い四本指のうち、唯一やや下げたその中指でなよやかに撫でさげ…――そのあめ色の痩せた頬…、そしてそのやわらかそうな細い銀髪の横髪を、美青年の耳にゆっくりと撫でるようにかける。…ふわ…とやわらかくあたたかい風が吹く。   「起きて…僕の片割れよ…」    そして彼のなまめかしい白い中指はつー…と美青年の耳の下の角ばりをなぞり、横へ逸れてうかぶ首筋、真紅のハイネックの肌着をまとったその首筋を撫でさげ…――それから男らしい真紅の胸もとを、すー…となまめかしくなぞり――、……それを見ている僕はその()()()()()()にゴクリと喉を鳴らし、食い入るようにこの場面をじっと凝視している。  ……先ほどは初めてイレギュラーなことが起こったものの、どうやらこの夢はまたいつも通りの流れに、すなわち平常運転に戻ったようである。   「…ふふ…、ねぇ…タ」   「……、…」    ただ…そう――いつも通り、僕は聞き取れなかった。…この色白の美青年が「…タ」と、あめ色肌の美青年を呼んだその名前を、僕はいつもよくは聞き取れないのである。――また同様に、あめ色肌の美青年が色白の美青年をなんと呼んでいるのかも、やはり僕には聞き取れない。  どれだけ耳を澄まそうと無駄だ。最初の一文字がぬけ落ちて聞こえるからだ。そこだけふ…と無音になってしまうのである。   「…ねえ…」――といった色白の美青年の唇、そのピンク味のつよい薄紫の、なまめかしい笑みを浮かべた唇のすき間から、白い前歯の先のかがやきが覗く。  彼の妖艶(ようえん)な白い中指はいつのまにか、あめ色肌の美青年の帯、その黒地に青い桔梗がえがかれた帯をつーー…と撫でさげている。   「今に起きたら…」……そしてその白い綺麗な男の手は、帯の下の黒い前垂れ――黒地に、下部から藤の花と仰向(あおむ)いた鳳凰(ほうおう)がえがかれている――その「鳳凰のくちばしの先」をそっとまさぐる。   「特別に…此処(ここ)で僕を抱かせてあげるのに…」    にわかにビョオオオーーッとひときわ強い風が吹きすさぶ。 「……っ!」    同時にたちまち転がるように起きあがるあめ色肌の美青年、その銀の長髪はえり足からそり返るように跳ねて()い、…ひるがえった真紅のたもとは華麗に(くう)を切り、袖口に等間隔に縫いつけられた青い紐――袖括り用の紐――の終着点、そのたもとの端から垂れ下がっている赤と青の紐も(くう)を舞う、…そして袴、上の桔梗色から下へむけて淡い藤色となる袴は一瞬ふわっと華麗にひろがる。――にわかにあめ色肌の美青年はその真紅の目をかがやかせ、白皙の美青年のほうを向いてベンチに座った。が、   「嘘だ。」としかし、ツンッとそっぽを向いた色白の美青年が即座に、その強風に吹かれて黒髪やら赤い耳飾りの紐やらをたなびかせながらそう言ったせいで、……風がさぁ…と()いだ。 「嘘っ? はっ?」    あめ色肌の美青年がその銀のまつ毛の生えそろうタレ目を見開く。彼のその透きとおったオレンジ味のある赤い瞳は、もちろん疑わしげに色白の美青年のそむけられた顔に向けられている。  ……しかし澄まし顔でそっぽを向いたままの美青年に、あめ色肌の美青年はむっとして、その両目をじっとりと細める。   「え…俺のこと、騙した…?」   「…馬鹿め。真っ昼間のこんな場所で、誰が抱かせるか。」   「……っこの嘘つき…、……っ」    あめ色肌の美青年は濃い灰色の眉をひそめる。  すると強い風が、隣の澄ました美青年のあたりにばかり吹く。――その強風は白皙の美青年の細い体を押し倒さんばかりにすさまじく、彼が「ぁ、…」とふらっとよたつき、ベンチに手を着いて顔をしかめるほどのものだ。が、彼はあめ色肌の美青年をキッと睨みつける。   「……ッ、そんなに強い風を吹かせても無駄だ、…そもそも最初に嘘をついたのは君だろ、狸寝入りをしていたんだから、…」    この美青年はこれでかなり気が強いのだ。  ……いや…――僕は苦笑する。   「……、…」    思えば彼らが僕のご先祖さまであるはずはなかったのだ。――というのもこのエキゾチック美青年は、どうやら「風を吹かせられる」らしいのである。  色白美青年も「こんなに強い風を吹かせても(無駄だ)」と言っていたとおり、どうやら彼は風を吹かせられるという特殊能力――非常にファンタジーなその特殊能力をもっているらしい。  ……もちろん「風を吹かせられる」なんてまず人間技ではない。    要するに、いくらはるか昔の日本には神秘に包まれている歴史が多いとはいえ、人間の僕のご先祖さまが――昔の日本に実在した人間のご先祖さまが――、こうしたファンタジーな特殊能力を有していたはずはない。  ……そりゃあ昔は安倍晴明(あべのせいめい)だの聖徳太子(しょうとくたいし)だのと、そうした特殊能力を持っていたといわれる存在が実在したともまことしやかに囁かれてはいるが、…その子孫の日本人にはそんな能力一つも受け継がれてはいないのだから、それだってきっとある種の神格化に過ぎない――その陰陽師(おんみょうじ)だなんだを直接見て聞いた人がいなくなった現代、誰もが確かなことを知らないはるか昔の歴史なら、結局どれだけファンタジーな神格化をしても許されてしまうのだから――。    そもそもこんな衣装の人物たちが、過去の日本に存在したとはやっぱり考えにくい。…というかこのあとの展開も、なかなかファンタジーな感じなんだった…。    すると――これはしばしばファンタジーBLもたしなむ僕の妄想(ある種の願望)を、僕が幾度(いくど)となく夢に見ているというだけのことなんだろう。  寝ても覚めてもBLとは、…我ながらなかなか筋金入りの腐男子がすぎる。しかも、…とすると僕はまだ()()()()もいない幼少期からこれを見ていたわけだから、やっぱり我ながら根っからの腐男子がすぎる。   「……ぁ、…あぁだめ、この馬鹿、…駄目、…風で脱がさないで、…」    と色白の美青年が恥ずかしそうにその白い頬を赤らめ、胸元に集中している強風にひらひらとはだけてゆく白い衿もとをつかむ。  うわやっぱりえっちだ…――。  しかも彼のもう片手も身を保つためにベンチにあるので、今や手を使っての抵抗は…となればその隙に――にや…といたずらっ子の笑みを浮かべたあめ色肌の美青年が、彼の肩を掴んだ。が、   「嫌だ。」    すぐ色白の美青年がすくっと立ち上がる。  いやデッ…――。   「……、…」    デッカ、やっぱり…背が高い…――。  そうなのである。座っているとわかりにくいが、その実彼らはかなり背が高い。なお僕の背は175センチと数ミリなのだが、彼らはその僕よりも目測で十五センチほどは高く見えるので、するとおおよそで彼らは190センチ近い背丈があるということになる。  ……それでいて二人とも顔は小さく(あし)は長いのだから、本当に非現実的な絶世の美青年、それこそ「二次元的美青年」といって過言ではない。  ただ…こうして彼らを見上げると、僕はまた別の意味でときめいてくる。――僕がガチ恋している推し・ChiHaRu(ちはる)さんも大体190センチ、身長188センチもあるスタイル抜群の美青年なのだ。…すると実際にChiHaRuさんに会ったらこんな感じなのかなぁなんて……。    いやっやっぱりBL的にも、…  ……色白の美青年が立ち上がったなり強風をおさめたあめ色肌の美青年は、ややあってからすっと立ち上がった。彼の背丈と色白美青年の背丈は同じと見える。――そして彼はふわ…と今度は優しいそよ風をふかせ、そのそよ風で色白美青年の黒髪をゆるやかに波打たせながら、その人の白い頬を片手で包み込む。   「…あぁなんて綺麗なんだ…。私の風ほどそなたの美貌を引き立てるものはない…、そうだろう…?」   「……、…」    目を伏せている色白の美青年は、しかしその顔の不機嫌そうな厳しさをすこしゆるめる。――するとどこか儚げな物憂(ものう)さがまとわれるその白皙の顔は、その繊細な美貌を引き立てるようにたゆたう彼の長い黒髪によって、事実僕の目にもぞっとするほど美しく映るのだ。  ……ちなみになのだが、彼らは時折こうして一人称を「私」とすることがある。  色白美青年はほとんど「僕」と、あめ色肌の美青年はほとんど「俺」と自分を称しているのだが――何かしら彼らの中で法則でもあるのか(もしやかっこつけたいときに、なのか?)、そうして一人称を「私」としているときには二人称も変わり、何なら口調まで変わるのだ。――しかもそのときには、もしや二人して二重人格なのか…なんて思うくらい、何となく彼らの性格まで変わっているような気さえする。    顎を引いている色白の美青年が、上目遣いにちら…とあめ色肌の美青年の微笑を見やる。  その静かな青白い瞳とあたたかい真紅の瞳が出会った瞬間、おもむろに真紅の着物の袖が上がり――白い着物の袖も上がり――二人はゆっくりと抱きあう。  ……あめ色肌の美青年のわきの下からその背に回された白い手が、背中側から青年らしい肩をつかみ――その肩に口もとを押しつけている美青年の、そのとろんとした伏し目の黒い長いまつ毛は、ふるふると可憐にふるえている。 「……、…、…」    ……ア゛ッ尊い、…  しかもそう…――実はこの色白肌の美青年にも、ある特殊能力がある。  まばたきだって惜しいくらいこの二人から目を離したくはないのだが、僕は確認のため、ふとこの藤棚の藤の花にチラリと横目をやる。――やはりいつも通り(イレギュラーなし)、にょきにょきと(つぼみ)状態の藤の花が生えて垂れては、ふぁ…とそのつぶつぶとした薄紫の花の一つ一つがたちまち開いてゆく。そうして藤の花がより増えてゆく。    いつもこの場面となると、このようにこの藤棚はより豊かな豪華絢爛(ごうかけんらん)なものとなってゆくのだが――こうして藤の花を増やし、咲かせているのはそう、実はこの色白美青年なのである。   「…ふふ、そなたはわかりやすいな…。機嫌が良くなるとすぐに花を咲かせてしまうんだ……」    しかしあめ色肌の美青年にそう耳元でささやかれると、色白の美青年はそのつり上がり気味の黒眉をもっといからせ、さっとあめ色肌の美青年から離れる。そしてベンチに座る。   「君だって人のことは言えないだろ。すぐに風を吹かせるんだから」   「……はは、怒ったの…?」    と言いながらあめ色肌の美青年も彼のすぐ隣に腰かけ、ツンとそっぽを向いている白い頬に、その高い鼻先を向ける。微笑んでいる彼の眼差しはやさしいが、藤棚の影に(かげ)ったその瞳はより暗い真紅に見える。――色白の美青年は顔をそむけたまま、しかし不安げな表情をうかべる。   「ねえ…タ」   「ん…?」   「僕は今…実はとても恐ろしいんだ……」   「何が…?」――あまりにも優しいそよ風のような声が、白皙の美青年の恐れを明らかにしようとする。   「…我々にとって、何よりも恐ろしいことは…」と色白の美青年が、不安げなかすかな声でいう。   「我々が…我々であるということを、忘れてしまうことだ……」   「…違うよ…」    と銀髪の美青年がニヤリとする。   「ねえ…エ」――その笑みをうかべた珊瑚色の唇が、白皙の美青年の名を呼ぶ。やはり僕には聞き取れない。   「…あの世で悲しい歌を聴きたくないなら、今すぐ君から俺にキスしてよ」    そうだった。  ちなみに彼らがご先祖さまなわけがない、というのの理由の一つに、この「キス」発言もあったのだった。もちろんキスとは英語だ。――昔のそれの言い方とは、接吻(せっぷん)口吸(くちす)いなんかじゃなかったろうか?    またこのあとの展開でも、彼はやけに現代的な和製英語を口にするのである。  まあ見るにこのあめ色肌の美青年は、外国人と見まがうようなエキゾチックな美貌をもっている。するとあるいはハーフか日本語が流暢(りゅうちょう)な外国人かもわからないが、それこそピアスに関しては渡来の物とすればまあ無理にも納得できなくはないにせよ、のちの「ジーパン」や「Yシャツ」なんかの和製英語に関しては、もはや昔の外国人としてもおかしい。  すると、いよいよ確信……この夢、そして彼らは、明らかに現代を生きる「寝ても覚めても腐男子」の僕(の願望)が生み出したストーリーとそのキャラクターたちでしかない――。  僕のご先祖さまかも、なんてのは、今となっちゃ馬鹿らしい悩みだった。     「ねえお願いだよ…エ、…ねぇ、俺に悲しい歌なんか歌わせないで……」    とこのあめ色肌の美青年がそう色っぽい、しかしどこか可愛らしい柔らかな声で言うと、白皙の美青年はもの憂げに目を伏せたまま、ゆっくりと甘えた顔の青年へ顔を向ける。  ……そしてつぅ…とその黒い長いまつげを上げた彼は、切ない眼差しで自分を見る真紅の瞳を見る。   「…あぁ可愛い我が弟よ…我が片割れよ、我が親友、我が恋人、我が夫、…どうぞ我が君――ご存分に…」   「……ふふ…、……」    あめ色肌の美青年の銀のまつげがそっと伏せられ、その勝ち誇った笑みを浮かべる彫りの深い顔が、ゆっくりとかたむき――その半開きの珊瑚色の唇が、白皙の美青年のなまめかしい青味のある桃色の唇に寄ってゆく。が、   「御前(おまえ)の優しい声で…どうぞご存分に、悲しい歌を歌っておくれ。」    と色白の美青年が、またふいっと顔をそむける。  すると、もちろん不満げに濃い灰色の眉を寄せたエキゾチック美青年は、   「っええー…なんで…? なんでそんなこと…――なあ俺の愛しい我が君よ、どうか俺を悲しませないで……」    と唇を尖らせる。…可愛い…(推しそっくりというのもあれど、普通に可愛い)。    しかし――白皙の美青年は、儚げな伏し目でこうぽそりとつぶやくように言った。   「…僕はあの世で、君の未練が聴きたいんだ…――そうして確かめたいんだ…、君の愛を……」   「……、…」    あめ色肌の美青年の顔からは不満の色が消え、なにか隣の彼を(あわ)れんでいるような顔になる。  白皙の美青年のその青白い瞳がふと遠く前方を眺めやる。   「死ねば何もかもを忘れてしまう御前の、その私への未練無くして…どうして我ら、再び巡り逢えよう…」    小さな蝶が飛びかうのどかな池、春の日本庭園――彼はそこを憂鬱に眺めながら……、   「御前は妙なところ楽天家だから…、私のことなどすっかり忘れても、御前は案外私なくして、楽しい人生を謳歌(おうか)するだけかもわからない…――私に対する未練など、やがてその楽しさに色褪(いろあ)せて、いずれ欠片(かけら)と残らず消え失せてしまうかもしれない…――ならば、このような小さな未練を積み重ね、御前の魂に未練というものを少しずつ刻み込んでゆけば……」   「私が何よりも恐ろしいことは」と彼の横顔を真剣に見つめている、あめ色肌の美青年がさえぎって言う。   「片時とはいえ、そなたと離れ離れになってしまうことだ。――私の(ほう)は、忘れることなんかちっとも恐ろしくないよ。」   「それはどうしてだ」    白皙の美青年は前方を眺めたまま静かに問う。  あめ色肌の美青年は、まっすぐな眼差しを物憂げな白い横顔にむけて、屈託なくほほ笑む。   「…必ずや思い出せるからだ。我々は我々であることを忘れても、しかし我々には違いない。…忘れるとは、失うことではない…――ただ箪笥(たんす)の奥に仕舞(しま)っておくだけのことだよ。――確かに我々があの世でその箪笥の抽斗(ひきだし)を開けたなら、そりゃあパッと目につく手前の方には、TシャツだYシャツだ、ジーパンだなんだと、そういった洋服が詰まっている。」    あめ色の大きな指の長い黒い手のひらが、両ももの合わせ目で指をかさねる白い手に重なる。   「けれども…」とあめ色肌の美青年がやわらかく目を細める。   「その抽斗にある洋服を全て引っ張り出して、奥の奥に手を伸ばしたなら…――今我々が身に着けている、この装束が必ず入っている。…そうして取り出せばいいだけのことだ。――だから私は、忘れてしまうことなんかちっとも怖くはない。」    そう屈託なくほほ笑むあめ色肌の美青年の端整な横顔はしかし、ふとくもる。   「しかし、私が何よりも恐ろしいことは…――我が片割れである、そなたと離れてしまうことだ…――私が愛しいそなたを失えば、私は我をも失ってしまう……」   「……それは私も同じこと……」    とおもむろに言う白皙の美青年が、ふとあめ色肌の美青年に顔を向ける。――彼らはお互いに真顔でお互いの目を見あったが、…しかしあめ色肌の美青年は、くすっと目を細めて笑った。   「私がそなたへの未練を失うだって? ふふっ…可愛いことを言うじゃないか――けれど…どれほど高尚(こうしょう)な者であろうと、誰しもが〝(われ)〟というものにだけは執着している。そうだろう、我が君よ。」   「…いかにも」    と白皙の美青年が目を伏せ、自分の白い勾玉をつまみ上げる。全くの同時、あめ色の美青年も目を伏せ、自分の黒い勾玉をつまみ上げる。  そして彼らは寸分たがわない一致した動きで、その二つの勾玉を合わせ――丸い陰陽マークにしたそれらを見下ろしながら、声を揃えてこうつぶやく。   「そなたは私の我である(御前は私の我である)」  すると…彼らが見下ろしているその二つの勾玉がじわー…と光りはじめる。白い勾玉は青白く、黒い勾玉はオレンジ味のある赤い光をたたえ――白と黒が見えなくなるほどその二色の光が満ちたとき、その青と赤の光は(まる)い勾玉の中をぐるぐるとお互いを追いかけるように回り、やがてまじり合って、薄紫色の光が一つの丸に満ち満ちる。  ……それを認めたなり、彼らはそっとその陰陽を引き離し、自分たちの胸に各々の勾玉を丁寧にもどした。す…とやがて白と黒に戻る。   「我々はたとえどの世に身を置こうとも…」とあめ色肌の美青年が真剣な横顔で、伏せられた黒い長いまつげを見ながらいう。 「否応なしに強く惹かれ合い…引き寄せ合うに違いない。それとは一つが二つに分かれ、引き離れてしまった深い未練が故…――我への強い執着が故…――ははは、…そう…そなたはまた考え過ぎなのだ。」  とあめ色の肌の美青年は何か困ったように笑った。  彼の珊瑚色の唇から犬歯の目立つ白い歯がのぞく。すると白皙の美青年も目を伏せたまま「ふふ…」と困り笑顔をうかべる。  そしてそのあめ色の大きな片手は、そっと色白の美青年の頬にそえられる。ふと黒いまつげが上がる。――燃える太陽のような赤味の濃いオレンジの瞳と、青白い月光をたたえた月のような瞳は、お互いを真っ正面から照らしあう。  そうして見つめあったまま、彼らは(おご)かな声を揃えてこう言った。   「「我は一つにならねばならぬ運命(さだめ)なり――。」」      そして――彼らの上まぶたがゆっくりとゆるまり、伏せられてゆく…――惹かれ合う二つの美しい唇は、出逢う前に……。   「咲き誇る藤の花…」――青みのある桃色の唇がそうささやく。   「その藤の香を春風が運ぶ時…」――次いで珊瑚色の唇がささやく。     「「――我々は、必ずや再び…巡り逢う……。」」      そ…と優しい抱擁(ほうよう)を果たした二つの唇――ざああとこの藤棚の下に幸せな春風が吹き抜ける。  なびいて波打つ黒髪と銀髪、舞いおどる小さい粒のような藤の花びらと日の光は、目をつむった彼らの横顔を流れてゆく。        藤の香りがひときわ濃い――銀髪の美青年は念願の口づけに、ご機嫌な鼻歌をふんふんと歌った。        涙出てくるくらい尊い、…     「……っうわ、!」    唐突に僕の体が後ろへ傾く、…なにか後ろから強く引っ張られているような、――僕はぞっとした、…      ……怖い、…落ちる、落ちる、…死ぬ…――っ!      助けて、…僕は後ろへ倒れてゆきながら前に両手を伸ばす。美青年たちは唇をはなし、近い距離で見つめ合っている。もちろん僕には気が付かない。  落ちる、僕は恐怖から目をつむった、…突然ばちばちと僕の顔が豪雨に打たれ、…と認識したのも束の間、    ――バシャァン!   「――…ハルっ!」    誰かが何かを叫んだ。しかし僕は同時バシャンと背中から水の中に入ってしまった。  危機感からパッと目を開ける。泡の浮いた水面が青白く光りゆらめいている。すんで僕の白い片手を誰かの日に焼けた手がぐっと掴んでくれていた。僕は水の中でその人の手を強く握りしめ、すがり、とにかく水面から顔を出そうともがく。   「……っ!」    嫌だ、…いや、…嫌…――。            ――〝この愚か者。〟           「……、…」    水中だというのに…――君のご機嫌なハミングが聞こえる。       「……ふ…、……」        僕は微笑し…――彼のそのあめ色の手を、自らそ…と手放した。…落ちてゆく…深い暗い場所へ…――。     「……、…」      青白く光る水面が遠のく、あめ色の手が落ちてゆく僕のほうへ精一杯伸ばされる。だがもう手は届かない…どんどん暗い場所へ落ちてゆく…――しかし君の歌声はちっとも遠くならない。離れていても君は僕の側にいる…そして僕も、永久(とこしえ)に君の側に…――その重力に身をまかせ、僕はそっと目をつむった。            ――〝いつになったら、君は思い出す?〟                君の歌声が聞こえる。    

ともだちにシェアしよう!