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「…はは…それにしても、今日はよく晴れてよかったね。この晴れの日に相応 しい天気だ……」
そう向かいあう母に笑いかけてから、縁側先の春の日本庭園へ顔を向けたコトノハさんはまるで、…――ここで「ええほんとうに」とそれに応えた母がこつ、と僕を肘で小づき、
「…嬉しいのはわかりますけれど、早く食べてしまいなさいね。あなたたちが食べ終わらないと、いつまでも次のお料理が運ばれてこなくってよ」
と僕をやさしく睨みながらほほえみ、いつまでも先付に手をつけない僕、…いやChiHaRuさんを含めた僕 た ち をやさしく叱った。
……僕は「あ、ごめん」とやっと湯のみを掴んでいた左手で、なかば白い紙におさめられている漆塗りの箸をとり、それからそれを袋から抜きとって、箸をにぎった。――また僕がそうしているうちにも、ChiHaRuさんも驚くほど素直に「はーい」とこたえ、ようやくコトノハさんの隣の座椅子に着く。
「……、…」
……まずはこのウニ豆腐から――僕はそれを黒い艶のある箸の先でつまみ、一口でそれを食べてしまう。…塩のよく効いたウニの濃厚なコクが、まろやかながらさっぱりとした木綿 豆腐とまざりあう。ウニには臭みもエグみもない。また食感がやわらかいそれらに、三つ葉のシャキシャキとした食感と独特な芳醇 な香りが、さわやかなアクセントを添えている。
さて…コトノハさんはまるで四十代ほどの、実力と落ち着きを兼ね備えた、清潔感のあるイケメン俳優のような容姿をしている。――その人の肌色は色白とも色黒ともつかない、男性の標準的な肌色である。
またコトノハさんは奥二重の切れ長の目をしているが、そのたれた目尻には柔和げな笑い皺 があり、きっと誰もが一目で彼の優しい性格を見抜くことができる。――ただ顔立ち自体はわりとくっきり、はっきりとしているのだ。特にその高い鼻はもちろん、その整った角度のある濃い黒い眉毛、黒い密なまつ毛、そしてその真っ黒な瞳、真っ黒な長い髪が、その人の顔の印象をより凛々しく引き締めている。
そしてコトノハさんは、顎の下まで伸びた両側のもみあげ以外の黒髪――いわゆる「触角」以外の前髪や後ろ髪、そのすべてを――ポニーテールにしてまとめているので、そのつやのある健康的な額がすべて見えている。そして今日の彼は黒いスーツにシルクの紺のネクタイ、それからオパールだろう宝石のついたネクタイピンをしている。
僕の母も実年齢よりかなり若く見られる美しい女性ではあるが、コトノハさんも一見四十代ほどの落ち着きのある美貌をもった俳優のような、そういった整った清潔感がありながらも、ある種人を惹きつける年相応の色気がある男性だ。――が、実は、彼は五十代前半の母と同年代らしい(正確な年齢は知らないが)。
そしてコトノハさんは、僕が小さいころから僕の母とママ友、パパ友、…ママパパ友? なのである。
かねてより彼もまたシングルファーザーなのだと聞いていた。しかし僕は彼の「息子」を見たことはなかった。コトノハさんは我が家にくるとき、決してその子を連れては来なかったのである。――ただ彼は、『私にもハヅキくんと同じくらいの息子がいてね…』と、よく話にはその子を出していたが。
そして僕が小さい頃からちょくちょく我が家にきては、コトノハさんは僕のことをあたかも実子のように可愛がってくれた。――たくさん褒めてくれたし、たくさん遊んでくれたし、ときどき僕を叱ってもくれた。――僕はよく大好きなコトノハさんの似顔絵を描いた。彼が一番よくあらゆる賛嘆 の言葉をもって僕の絵を褒めてくれる人だったからだ。
しかし彼はあるとき、まだ三、四歳の僕が絵を描いている姿を見守りながら、『すごく上手だね』と僕を褒めてくれたが、
『しかしハヅキくん…』と真剣な顔をした。
リビングのテーブルで絵を描いていた僕はなんだろ、とふと彼を見上げた。彼は真剣な顔のままこう感嘆 した。
『なんということだ、君は本当に天才だね。将来は漫画家さんかな…、それか画家さんか、イラストレーターさんかな…? 私もハヅキくんの将来が本当に楽しみだよ』
ただコトノハさんは『けれども…』と言って、青いクレヨンを一本手にとった。
『その〝天才の技法〟を他の人に奪われてしまわないように、少なくとも自分のお部屋以外では、こうして描いてみようね。…こうだよ…』――と、そうしてコトノハさんは僕の絵の才能を一番最初にみとめ、僕に「秘密の絵の描き方」まで教えてくれたのだ。
そうして僕が描きあげたコトノハさんの似顔絵を見せると、彼はいつも、
『わぁ…すごく上手だ。ありがとうハヅキくん』
と満面の笑みを浮かべてよろこび、僕の頭を撫でてくれた。また彼は、いつも僕が描いた似顔絵を家に大切そうに持ち帰ってくれた。
――そして母と彼は「パパママ友」であったくらいだ、彼の息子と僕は同じ小学校だったのだろう。
コトノハさんは僕の運動会などの行事にもよく一緒にいてくれて、母や祖父と一緒に僕を応援してくれたし、一緒にお昼ご飯を食べたりもしたので、いじめられていた僕は彼らの顔を見ると涙ぐむほどほっと安心できた(ただ彼の息子はなぜかその場にいなかったが)。――そうして涙ぐんだ僕を見たコトノハさんは、すぐに『おいで』と微笑んで自分の隣をたたき、『すごかったねハヅキくん、よく頑張ったなぁ』とそこに座った僕の頭をそっと優しくなでてくれた。
またコトノハさんは差し入れでかき氷を持ってきてくれ、僕はそのいちご味の赤いかき氷に涙を落としそうだった。すっきりとしたそのありがたい甘みに、僕の「渇 き」はすこし癒えた。
――また僕が不登校児になり、コトノハさんが来ても挨拶程度で部屋に引きこもりがちだったときにも、彼はずっと遠くから僕のことを気にかけてくれていた。
それこそ、僕が母や祖父と和解したのちにもまだ部屋に引きこもっていたときには、僕は彼から何通も心配とはげましの手紙をもらった。――それはいずれも非常に達筆な手書きの手紙だった。
そして初めてもらったそれの内容は、こうしたものだった。
『
―― ハヅキくんへ
昔よく遊んでいた言葉 おじさんです。突然のお手紙で、おどろかせてしまっていたらごめんね。
ハヅキくんのお母さんからお話を聞いて、私にもなにかできないかなと思い、こうして君にお手紙を書いています。
ハヅキくんはきっと、今はとてもつらいことでしょう。
きっとハヅキくんは、大人という存在にも、ほとほと失望してしまったことでしょう。
けれども、ハヅキくんがどんなにみんなを嫌いになっても、私もふくめて、君のお家にくる人たちはみんな君を心配して、みんな君を大切に想っているんだよ。みんな君が大好きなんだ。
だから、みんな君に幸せでいてほしいし、笑っていてほしいんだよ。誰も君の不幸なんかとても望んでいません。
けれども、君はもうそこにいてもいいんだ。
無理に笑わなくてもいいんだ。ハヅキくんはもう安全な場所にいていいんだよ。
よくがんばったね。本当につらかっただろう、怖かっただろう、悲しかっただろう……私は君のお母さんから話を聞いたとき、この胸が張りさけそうでした。思わず涙がこぼれました。君のようなよい子が、どうしてそんなつらい目に合わなければならなかったんだろうか。
生きていてくれて本当にありがとう。
ハヅキくんは本当に立派だよ。きっと私なら五年も耐えられなかった。君は本当にすごいんだ。ハヅキくん、私は君を、心から尊敬しています。
気が向いたらまた、私にハヅキくんの絵を見せてくれるかい?
私は君のイラストが本当に大好きなんだ。君にはすばらしい才能があります。これからたくさん楽しく絵を描いてくださいね。けれども無理はせず。
本当はつらいだろうに、いつも私に挨拶をしてくれて本当にありがとう。
それじゃあ、きっとまたお手紙を書きますね。お返事は書かなくてかまいません。ただ、ここにも君を心配している大人が一人いるということを、どうかこのお手紙でわかってください。
追伸
あとは大人たちが全部なんとかするから、ハヅキくんはなんにも心配せずに、毎日安心して、おいしいものをたくさん食べ、たくさん遊び、毎晩心やすらかにぐっすりと眠ってください。
今ハヅキくんの気持ちがとても苦しいのなら、無理に挨拶もしなくてかまわないから、今は自分の心の傷を癒やすことだけに、どうぞ専念してくださいね。
私にもできることがあれば、喜んで尽力します。
祁春 言葉 』
そう…彼の本名は――祁春 言葉 …つまり――、
おそらくコトノハさんは、ChiHaRuさんの「父」である。
……僕は緊張からめちゃくちゃな推測をしてしまった。
というのもコトノハさんは、(旧知の仲でもなきゃ「怪しい人では…?」と訝 りそうになるほど)たくさんの名前と肩書きをもっているのだが――本名の「祁春 言葉 」名義でテレビでもダイナミックなパフォーマンスを披露する書道家を、「見透視 」名義でその美声を活かしたナレーターを、「マトカタ」名義でよく当たると有名な占い師を、…などなど…実は他にもあと五、六はあるのだが(小説家だのエッセイストだの、彼はその「言葉 」の名のあらわす通り、言葉にたずさわる仕事は何だってやっている印象がある)――ただ、そのいくつもの肩書きのうち一そう強く際だっているのが、彼が「KOTONOHA」名義でやっている「作詞家」である。
作詞家「KOTONOHA」は、ChiHaRuさんの曲の作詞にもたずさわっているほか、国内外問わずして有名な歌手たちの曲の作詞にたずさわっている、世界的にもかなり有名な作詞家なのだ。
そうなのである。コトノハさんもかなりすごい人なのだ。――ただ小さい頃から彼くらい著名な人々とよく会っている僕にしてみると、何かおそらくこれは一般的な感覚ではないにせよ、それこそ「普通」といったらそのような感覚でつい接してしまうのだが。
そしてそう…僕はそうした仕事上の縁故で、この場にChiHaRuさんとコトノハさんが並んでいるのでは、…なんて(緊張から)つい荒唐 無稽 な勘違いをしてしまっていたのである。
「……、…」
さらに…――とりあえず「車えびとイカのだしジュレあえの車えびをつまみつつ(また上品なだしの控えめな塩気が車えびの甘さを際立てている)――僕はコトノハさんの隣、…僕の祖父と楽しげに(バカデカ声で)談笑しているロクライさんを見る。
「何じゃ何じゃ! まぁったく、祝いの席でくらいもうちっといいだろう、なあ!」と耳を澄ませないでもはっきりと聞こえる大声で笑っているロクライさんに、
「お前さま、もうおよし。ここで酔ったらなぁんにもならんよ」と祖父が何か、これ以上の彼の飲酒を諌 めている。
「……、…」
イカもコクがあって美味 し…――じゃなかった、…ロクライさんはとにかく「デカい」。
まず小麦肌の彼の輪郭は角張って見える。
何となし六角形を思わせるような輪郭である。その顎はたくましく太く、またエラもゴツゴツと張っているというものあれど、もみあげから顎までをおおうその直毛の黒い髭が、その「角ばり」を際だたせている――その男らしい無骨な輪郭を際だたせるよう、その髭の先が直線的、直角的にまっすぐカットされているためである。ただ顎髭だけは少し長めで、それこそ六角形の尖りのように、鋭角なワンポイントになっている――。
で…二回目だが、そう繰り返したくなるほどロクライさんはとにかく「デカい」――。
顔のパーツもとにかくデカい。
なお彼は、今はもうサングラスを外している。
二重幅広めの――というよりかハーフなのだろう、かなり彫りが深いため、外国人のようにその眉骨との段差が二重に見える――目もデカい(瞳の色はオリーブグリーンっぽい)。目の周りに笑い皺があるので余計デカく見える。高い鼻もデカい。口もデカい。
なんなら身長が203センチもある僕の祖父より、背も多分10センチほどはデカい。横にもデカい。ただし、その体格の太さに詰まっているものは全て筋肉なのだ(彼は今流行りの写真をアップするSNSでも、その筋骨 隆々 とした体をしばしば自慢している)。いうなればずんぐりむっくりとした、ガチムチプロレスラー体型である。
ちなみに腰ほどまでの黒髪――ゆるいウェーブがかかっている――を、彼は僕の祖父とまったく同じ髪型、すなわち長髪の上澄みと前髪を頭頂部でおだんごにして、後ろ髪はそのまま下ろしている。
そして今日は、水色地に大きくピンクのフラミンゴと緑のモンステラが描かれたアロハシャツに、白い半パン姿だ。黒茶のサングラスはシャツの胸もとの裂け目にかけられている。
そしてロクライさんがニカッと整った大きい白い歯を見せて笑うと、よりその大きな口は目立つものの、それがまた何とも人好きするような笑顔なのだ。彼の大きい犬歯は肉食獣のように尖ってはいるが。
ただ――その黒眉と目との距離は外国人ばりに近く、悪くいうと真顔なら怖そうな人にも見えなくはないが、なんとなし若い頃は精悍 な美青年だったんだろうな、と思わせるような顔立ちの整った人でもある。
で…ロクライさんという人は、対面するととにかく「デカい」という印象ばかり抱きがちではあるが(ともすると声も怯えそうになるほどバカデカいが)、内面的には明朗 でおちゃめでオープンマインド、少々馴れ馴れしいが決して悪い人ではない。
それこそロクライさんは僕が小さい頃から我が家へちょくちょくやってきては、僕の祖父と将棋や囲碁を打ってみたり、はたまたチェスなんかもやってみたり…と、とにかく祖父と戦うのが好きな「好敵手 」というような人ではあるのだが――また実は事業的な意味あいにおいてもそうなのだが――、しかし祖父のよい飲み友だちでもある人だ。
ちなみに僕は小さい頃、祖父やロクライさんのあぐらをかいたその脚のあいだに座って、よく二人の囲碁や将棋の勝負を眺めていた。――もちろん僕にはちんぷんかんぷんだったが(いや、今もちんぷんかんぷんだが)――二人はそうした知能戦をやっているわりに僕と話しながらやってくれたので、特に退屈はしなかった。
いや、かえって僕はその時間が好きだったし、楽しみだった。…なぜなら普段母が「おやつは一日一回」と決めていたなか、二人はその時間、母の目がないからと僕に『ママには秘密だぞ』と美味しいお菓子やジュースをたんまり与えてくれたからだ。ロクライさんがお菓子を持ってきてくれることなんか毎回だったし(それがまた上等なものでおいしかった)、…なんだかんだ言って僕は今も昔もロクライさんが大好きだ。
また彼はよく小さい僕を抱っこしてくれ、よく「高い高い」もしてくれた。
そのとき僕は『もっと上にあげて!』と彼にまでせがんだらしいが、ただ動作が荒っぽく(調子に乗ると)やりすぎるところのあるロクライさんが『おぉ〜可愛いのー可愛いのー、どうだウエ、どうだ高いだろう?! 楽しいかぁー!?』と小さい僕を高い高い――それも軽くぽ…っと上に投げて僕をキャッチする、という少々手荒な高い高い――してくれたとき、そりゃあもう僕は楽しくってたまらなかった。
が、…心配性の母は、ロクライさんがうっかり小さい僕を二メートル以上の位置から落とすんじゃないかとピリピリして、よく「もうおやめくださいませ」とものすごい鬼気をまとわせて言っていたものだ。一方の僕はキャッキャと喜んでいたが。
……そうしてロクライさんは、僕のもう一人の祖父のような人なのだった。――いまだに大きな大きな手で僕の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれ、いつも「よぉー元気しとるかーウエ!」と(バカみたいにデカい声で)笑いかけてくれる。
で…――実はそうしたおちゃめで根っから明るいロクライさんも、仕事となるとズバズバなシゴデキ人間である。
ロクライさんは代表取締役社長(か会長)として二つ会社をもっているのだが、そのうちの一つはChiHaRuさんも所属する大手芸能事務所である。
……それなのでてっきり僕はその縁故で、このロクライさん、コトノハさん、ChiHaRuさんがここへ揃って来たのでは…――なんて馬鹿な推測をしてしまった。
そもそもコトノハさんに対してもそうなのだが、僕は幼少期から今に至るまで、彼のことをロクライさんロクライさんと親しげに呼んでいたばかりに、うっかり忘れていた――そうだった、ロクライさんの名字、…彼の本名は……、
――祁春 鹿雷 である。
するとおそらくロクライさんは、ChiHaRuさんの「祖父」ではないか、と思われる。
ひいてはコトノハさんの父だろう。――まあ少なくとも彼ら三人は親類には違いない。祁春 という名字はあまりにも珍しいものなので、同姓の他人同士ということはほぼ間違いなく起こるまい。
……そもそも「両家顔合わせ」だろうこの場に、仕事上の繋がりでこの三人がつどうはずもなかった。仲人 役だったとて一人でいいはずである。
「……、…」
いやしかし、とすると僕は…――ゆり根ともずくの酢の物は、ほくほくのゆり根にからんだ甘酸っぱいもずくがまた、さっぱりとさせながらもゆり根の上品な甘みと旨みを引き立てている――と、各々話が弾んでいるらしいコトノハさん、ロクライさんを交互に見ている僕を見つけたChiHaRuさんが、
「あぁ…パパとじいじ?」と僕の右隣で首を傾げる。
「…っん゛ハ゛ァ…ッ!」
僕は彼に上半身を向けながらもとび上がりそうなほど驚き、思わず母のほうに背を引いた。とん、と母の肩に僕の背が軽くぶつかる。「あっごめん、」とすぐ謝るが、彼女は「もう…」と笑ってそれを許してくれた。いや、…
「おっおおぉ…っ! …いっいつの間に、!?」
いやお、推しがいつの間にか僕の隣に戻ってきてるんだが…ッ!? ――ふと対面の小鉢三つを覗きみるに、どうやらもう彼は先付を食べきったようだ。
……しかし僕の驚きっぷりにか、ChiHaRuさんはその銀の長いまつ毛をぱちくりさせ、
「おれずっと隣にいたのにー…、そんな驚くことなくない…?」
と何か少し心外そうにその珊瑚 色の唇をとがらせる。ん゛ーかわいい、…――で、…そうかやっぱり、と僕は顔を伏せる。
コトノハさんはやはりChiHaRuさんの父(パパ)、ロクライさんはやはりChiHaRuさんの祖父(じいじ)、との僕の読みは当たっていたようだ。
となると、やっぱり…――。
「…はーーなるほど……なるほどなるほど…、……」
僕は最後のゆり根のかけらを口に入れ、箸置きに箸をおいて、もぐもぐしながらうんうんとうなずく。
まずこの度、僕の母とコトノハさんがめでたく結婚する。
いや…息子の僕から言わせてもらえば、「やっと」彼らはこのたびに籍を入れる運びとなったわけだ――彼らはそれこそ昔から、まるで別居している夫婦かのように仲睦まじかった――。
……そしてコトノハさんの息子であるChiHaRuさん、コトノハさんの父であるロクライさんが、また母の息子である僕、母の父である祖父がつどったこの場は、やはりきっと「両家顔合わせ」に違いない。――しかしその関係性を僕の目線で見るなら、ChiHaRuさんの父コトノハさんは僕の義理の父となり、またロクライさんも僕の義理の祖父になる……。
いや、それに関してはなんの問題もない。
そもそももう三十二の僕では、義理の祖父も父も何も、さして彼らにはその家族の役割を果たしてもらう必要性もないことだろうが――しかし何より僕にとっては、母のこの結婚を機に――もともと父のような人だったコトノハさん、祖父のような人だったロクライさんが、これで正式にそのポジションにおさまる、ということでしかない以上、今僕には「これから真新しい家族ができる」というような不安な感覚はちっともない。
……いわば「やっと収まるべきところに収まったな」というような感じである。
……ただ問題は…――ごくん、と甘酸っぱいねっとりとしたゆり根を嚥下 する。
「……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛…っ」
と僕は深い嘆 きから頭をかかえた。
「てことは僕、まさかの推 し と 義 兄 弟 に な っ ち ゃ う ってことかよぉーー…っ!?」
なぜ僕が嘆いているって、…
……そりゃあ大好きな推しとある種の家族になる、ひいては近くで推しを拝 める、ということは、オタクにとって人生最大というほどの幸運には違いない。――ただ……、
「……、…」
これは僕にとっては、人生最大の不運かもしれなかった。
あの生配信中の「結婚宣言」が本当であれば――ChiHaRuさんは近々結婚するのである。
するとこの機に僕と彼とが義兄弟、すなわち家族になるということは、なにも同居まではしないにせよ、僕がガチ恋している推しとその人の結婚相手との関係を、時折にでも間近に見守らなければならない…――ともすれば二人の結婚式にさえ出て、涙をこらえながらその二人の結婚を祝福しなければならない…――ということを意味している。
「……、…、…」
いや神、僕に試練与えすぎでは…――?
天国に上げて落としやがるよな地獄によ……。
――まあ…そもそもあの衝撃的な「結婚発言」の真偽からどうなんだか知らないが、ChiHaRuさんは嘘なんか言わない人だろう、きっと本当……、
「うん。本当」
とChiHaRuさんが僕の片手を取る。
……………そんな不幸ってあるだろうか…?
「……っは、……ッ」
やっぱり本当なんだ、…と僕はまたしゃくりあげそうになる。
ガチ恋している推しの結婚、それを画面越しのニュースだなんだで傍観するのならばまだしものこと、義理でも家族となってしまったら、余計につらく……。
ChiHaRuさんが僕の片手をすくい上げ、僕の手の甲の中指のつけ根にちゅ…と口づける。
「ハヅキさん、おれと結婚してください」
「…………」
ホーホケ、ケキョ…ケッケキョケキョ…――。
……庭のほうからまだ若いのだろう鶯 の未熟な鳴き声が、いやにはっきりと聞こえた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
わ〜〜みなさま! 早速リアクションやお気に入りでの応援ほんとうにありがとうございます(;´༎ຶД༎ຶ`)♡♡♡
皆さまの優しさに鹿の目からは歓喜の涙が止まりません…っ!! 本当に本当にありがとうございます〜〜っ!!!( っ_ _)っ♡♡♡
めちゃくちゃがんばれる、皆さまの元気玉でめちゃ元気になります、本当に皆さまには感謝してもしきれません……皆さまアイラビュー大好きサランヘヨジュテームがマジで止まらない(真顔)。もうバラの花束ひっさげプロポーズ寸前(真顔)。
ひき続きがんばってまいりますので、これからも応援のほうぜひよろしくお願いいたします§:›)┓ペコリッ
ビタミンCいっぱいとって、いつも元気&幸せぽっかぽかでお過ごしくださいますよう!
皆さまがお幸せでありますように〜〜♡♡♡
マジで超絶ありがとう鹿♡
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