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              「まぁしかし、せっかくの御馳走(ごちそう)だからね…」と祖父がこの場のみんなを見わたしながら、その柔和な美貌に落ちついた笑みをうかべる。   「(みな)食べながら話そう。お前さんも食べながらお聞き、ウエ」   「……ぅ、うん…、……」    とは言ったものの、…ChiHaRuさん…改め、ハルヒさんが僕を後ろから抱きすくめて離してくれないのだ。――と思った矢先、彼の右手が箸置きに安置された僕の箸をとる。…そして彼はその箸で、三つ葉と醤油のジュレがのった鴨ロースの手まり寿司をつまみ、「あーん…?」と僕の口もとに運ぶ。   「……、…、…」    推しにあーんまでされる僕って、ひょっとしてやっぱり死…「むぐ、…」口の中に突っ込まれた。   「さあウエ、まずはじいじをご覧」  と祖父が僕に呼びかける。僕は手まり寿司をもぐもぐしながら彼を見る――シンプルに肉寿司なのでめちゃめちゃ美味しい。この引き締まった鴨肉の旨味って、他の種類の肉よりなぜか濃いよな――。  そして祖父はなかば僕のほうへ上体を向けながら、やや体を前にたおし、 「本題に入る前にな…ちょっとした報告があるよ」    と……そう言ったあと――白く大きな左手の甲を、その整ったきつね顔の横にかかげる。  キラン…その白く長い薬指の根本には、いつの間にか輝く銀の指輪がはまっている。   「事後報告になっちまってすまんのぉウエ…――実はじいじ、()()()()()()()()()()んだ。」    そう言いながらにっこりしている祖父がちらり、対面のロクライさんを横目に見やった。  ――ちなみに彼は昔からロクライさんを「おタケ」、ロクライさんは彼を「フツ」と呼んでいる。   「……んぐっ…!?」    えー…!?  ま、ママじゃなくて…ママとコトノハさんが結婚するんじゃ、…なくて…?   「ほぉれ見ろウエ! これでワシも、今日からお前の正式なじいじじゃ!」    とロクライさんも、そのゴツゴツと大きな左の手の甲を見せる。…その小麦色の太い薬指の根本にはやっぱり銀の指輪…――結婚指輪がはまっている。   「……、…、…」    えーそれはちょっと予想外だったなぁ…――。  ごくんと口内の手まり寿司が僕ののど元をくだる。   「でも…あれだけバチバチやって……」    と言う僕はにわかには信じられない気持ちである。   「なぁにお(たわむ)れよ」と祖父がロクライさん見る。   「あれとて愛し合っていたに過ぎん。なぁおタケ」   「おおーいかにも。」   「……はあ…そんなもnむぐ、…っ」    ……ハルヒさんにまたローストビーフを口に突っ込まれた僕は、…特別感まんまんに金粉までのってたってのにまた雑な、いや……しかしなぁ…まさかこうなるとは…と目を伏せる。      ちょっと長い話にはなるが――二百年以上の歴史をもつ『呉服 あまがさ』は、僕の祖父天春(アマカス) 香月(カヅキ)の代で大躍進を遂げた。  現代は日常的に和服を身に着けない人が圧倒的に多くなった。この現代において呉服屋は変化もやむなしである。のみならず、呉服屋に関わりのある職人たちもこのままでは廃業待ったなしである。  そこで祖父はまず社名をわかりやすい『きもの 天駆紗(あまがさ)』に変えると、いち早く外国人が多く訪れる観光地に店舗をかまえ、また数種の外国語を話せるスタッフを全店舗に置くことで、よほど日本人より和服というものを特別視してくれる外国人向けのレンタルサービスをはじめた(もちろん日本人に対しても貸しだしているが)。    また祖父は、日本好きな外国人の多い国にも『きもの 天駆紗』の店舗をかまえたが――国内外ともに販売用の和服には、もちろんこだわりの反物(たんもの)は使いつつ、洋服のように簡単に着られるよう改造されたものも数多くおいている。  しかしそれを着た姿はあたかも完璧な和装そのものである。これが日本好きな外国人に大ヒット、さらには着物を着なれない日本人にも大好評なのだ。  更に祖父は、もともとファッションデザイナーだった母・天春(アマカス) 玉妃(タマキ)に新規事業を任せた。――それが高級アパレルブランド『AMAgasa Japan』だ。母はブランド設立の際に同じ社名の子会社を設立した。ただ社長になったのはデザイナーを兼業しながらチームリーダーとして実権を握る必要があったためで、経営に関しては経営学に造詣(ぞうけい)がふかい祖父を頼りつつやっている。    ――『AMAgasa Japan』は職人が丹精こめて造りあげた反物を贅沢に使用した、和装にとどまらないおしゃれなファッションアイテムを販売している他、顧客の家に眠っている着物など好きな生地を、そのファッションアイテムの反物部分に替えて仕立てなおし、唯一無二のそれにする事業も取り扱っている。    たとえば華やかな反物をつかったパーティードレス、丹頂鶴(たんちょうづる)が優雅に飛びたつバッグ、三毛猫の描かれた革のジャンパー、黒に松が描かれたアシンメトリーのスカート、黒に赤い牡丹(ぼたん)のパンプス…――しかもこれらすべてが仕立てなおし可能だ――特に売上がよいのが、反物をつかった和風ウェディングドレスだ。先祖から受け継いだ着物を『AMAgasa Japan』でウェディングドレスに仕立てなおし、それを着て結婚式をする……というのが一時期流行(はや)ったくらいである。    また『AMAgasa Japan』のアイテムは、今や国内外に二百店舗以上をかまえる『きもの 天駆紗』でもレンタル可能だ。――特別な日だけ身につけたい、高級ブランドだからこそ気軽に購入できない、また大切な着物をそれに仕立てなおす前に着心地や仕上がりを確かめたいなど、顧客はまず身につけて気にいるかどうかを判断したい人も多い(なお仕立て直しの依頼は郵送でのやりとりの他、じっくりと相談可能な『きもの 天駆紗』の実店舗でも受け付けている)。  それに、しばしばバズる高級ブランド『AMAgasa Japan』のアイテムを安価でレンタルできるともなれば、こちらのほうも売上は上々だ。    また母は『若い女の子たちにも気軽に〝和〟を楽しんでほしい』という思いから、『甘娘(あまがる)』という新規プチプラブランドも立ち上げた。  ――こちらもアパレル系ではあるが、コスメシリーズが一番の売れ筋だ。プチプラのわりに和柄のちりめん生地が貼られたケースや、日本画風の彫刻のされた口紅が「()える」とか「高見えする」とかと、若年層のみならず全世代に人気なのである(なおもちろん機能性にもこだわっている)。    そうして祖父の機を読む才と手腕と、母の女性たちへの想いと愛と才能によって――二百年前の創業時こそ小さな呉服屋であった『呉服 あまがさ』は、今や『きもの 天駆紗』と(母が代表取締役社長である)『AMAgasa Japan』とを包括した、世界的な躍進を遂げつつある『Amagasa Company』として上場を果たした。    しかし『Amagasa Company』に対抗するライバル社があった。    それがこのロクライさん――祁春(チハル) 鹿雷(ロクライ)が代表取締役会長に据えられた、ファストファッションブランド『雷玄(ライクロ)(通称ライクロ)』だった。…ちなみにロクライさんは、ChiHaRuさんも所属する大手芸能事務所『雷神g(ライジング)』の経営もしている。    ――『ライクロ』も国内外に二百店舗はかまえている上場企業である。  ……『ライクロ』は「電撃が走るほどおしゃれなアイテムを、誰もが玄人(くろうと)のように着こなせるお手頃アイテムに』をモットーに、高品質かつ手ごろな価格帯のファッションアイテム(日常的に使いやすいものから目を見張るほど個性的なものまで)を販売している。    で…実は少し前に、『AMAgasa Japan』のスカートが世間でバズった。それは和柄の猫の反物を使った、絶妙にスタイルが良く見えるシックなミモレ丈のものだった。  火付け役はロクライさんの事務所に所属する美人女優だ。もちろん両社の合意の上、彼女が人気ドラマの中でそれをカッコよく着こなしていたため、世の人たちがそのスカートにも憧れたのである。  またその「バズり」を皮切りに、世の中では「和柄をつかったファッションアイテム」の良さが再認識され、結果そういったアイテムを求める人たちが急増した。  そしてその「バズり」をきっかけに、『AMAgasa Japan』はもちろん、そのブランドのアイテムがレンタル可能な『きもの 天駆紗』の売り上げも伸びたが――何せそのスカートは一着十万もしたので、バズったといってもなかなか手を出せない人たちが続出した。    するとその流れを読んだ『ライクロ』はまもなく、「生活をちょっとはんなりに」とのキャッチコピーを掲げた「お手ごろ価格の和風ファッションアイテム」の新規ラインを発表した。  ――それも『雷神g』の人気タレントたちを広告につかって、大々的にそのラインを宣伝した『ライクロ』に、当然高級路線である『AMAgasa Japan』の売り上げはかなわず落ちてしまった。  しかし祖父はそれに対抗し、相手がファストファッションならば、と、プチプラアパレル&コスメラインの『甘娘』の宣伝をあえて芸能人を使うのではなく、いわゆるインフルエンサーたちに商品を提供し、彼ら彼女らを広告塔とした。――今の時代はテレビよりかスマートフォンだ、と。  ……すると若年層を中心に『甘娘』の売上はふたたび伸びに伸び、またそのブランドの親元である『AMAgasa Japan』も最注目・最評価されはじめ――更にはもとより安定的であった『きもの 天駆紗』の売上も、相乗効果でよく伸びた。    が、今度は『ライクロ』が更なる次の一手を、……といった感じで、もはや延々とこういったことの繰り返しなので、もうこれ以上はやめておく。    そうして(とら)(りゅう)のように睨みを効かせ合っている僕の祖父とロクライさんは、長いこと(飲み友のくせに)ライバル関係なのであった。  ちなみに母もその「睨み合い」の中に含まれてはいるのだが、孫の僕から見るに、ロクライさんがライバル心を燃やしているのは祖父だけなのだ。何より母が全く相手にしていない。――まあ祖父も「あいつにだけは負けていられないからね」と闘志を燃やしがちだが、…これが要は()()()()()()()()()()だったとは……。    ……と、口から鮎の南蛮漬けをはみ出させながら思う僕である。   「……、…」    もしゃもしゃと口だけでそれを口の中へおさめてゆく。……しかし我が祖父ながら美貌、ロクライさんも系統は違えど美貌…――お互いに認めあった切磋琢磨の好敵手、唯一無二のライバル関係がいつしかかけがえのない愛情関係に発展した虎と龍的おじBL…ならぬおじMLか…うんまあ、僕はもう腐男子になってからとうの昔に倫理観なんぞ捨てたので、…アリだな。この二人のカップリングは割にアリだ。   「……んく、…おめでとう」    僕がにやけた「そういう目」で二人を見ながら結婚を祝福すると、二人は目を見かわしてうむ…と何も言わずにうなずきあった。――まあ年齢が年齢というのもあるのか、早速熟年夫夫(ふうふ)という感じである。それがまた何かこう(とうと)い。 「じゃあ次はわたくしたちの番ですわね…――ねぇウエちゃん…」    と母がきもち僕に膝を向け、少し照れくさそうな微笑みをうかべる。   「驚かないで聞いてね…、実はママ――このコトノハさんと結婚しま…」   「ぁうんおめでとう」    それは知ってた知ってた。  ちなみに――この日本では連れ子同士でも血縁関係がなければ結婚はできる。  すなわち僕の祖父とロクライさんが結婚する、となったとき、僕の母とこのコトノハさんは一応彼らの連れ子、つまりそれぞれが祖父たちの継子(けいし)となるわけだが、法律上、(血が繋がっていなければ)その連れ子同士が結婚することは認められているので、つまりコトノハさんと母の結婚においても弊害となるものは何もない。   「あら」と母が目を丸くする。   「驚かないの…?」   「…いや何を今更…」    今更すぎるだろ、何のどこに驚く要素があると?   「えぇ〜ママ、ちょっとはあなたに驚いてほしかったわ…」    母がそうかわいくむすくれる。   「あぁ…うわー。びっくりしたー。」    はいはい…と僕が(ご期待にこたえて)棒読みで驚いたふりをすると、母はふん…と拗ねて、「もうっ」と僕の黒スラックスの腿をぺち…と撫でるように叩いてから、つんっと前を向く。   「ちなみにママもパパともう籍を入れましたからね。…でも…ちょっと聞いてちょうだいよ…」  しかし…彼女はにわかにポッと頬を可憐に染め、その頬を片手でおさえると、 「…あのねウエちゃん…せっかくだから、結婚指輪は我が社のデザイナーに個別で発注しているの。だからまだなのよ…――けれど、結婚式までには間に合うように依頼していてね…それがとっっても素敵なの…――あぁ、楽しみだわぁ〜〜…」  とほほえみながら幸せそうに長い黒のまつ毛を伏せる。   「…あぁ……」    結婚式するんすね。え、ていうか今息子の僕に惚気(のろけ)ましたママ…?  ――まあ女性は特に憧れるもんなんだろうな、結婚式。   「…おれたちもする…? 結婚式…」とハルヒさんが僕の耳に囁いてきたので、僕はぞわわ…としながら肩を跳ねさせ、同時ふっと顔をそむける。   「ぅえ、? あぁいや、…」    僕、そういう結婚式とかはちょっと、…いやっていうか、――ま…マジで結婚、するの…?  ChiHaRuさ…ハルヒ、さんと、僕が…?   「そうだよぉ…だっておれたち、〝運命られた夫夫〟なんだから…――こらハヅキ…おれと結婚、しなきゃ駄目でしょ…?」   「……?」    謎に優しく叱られたっぽいんだが、…ところでなんだその「運命られた夫夫」とやらは――?  ……僕はあからさまに怪訝(けげん)な顔をしていたのだろう。それを見ていた僕の祖父が「まぁ要するに」   「その祁春(チハル) 春日(ハルヒ)は、簡単に言ったらウエ、お前さんの〝婚約者〟だ。…この結婚は、お前さんたちが赤ん坊の頃から決められていたんだよ…――よかったねぇウエ…お前さん、これで大好(だぁいす)きなハルヒと結婚出来るんだ。…ほっほっほっ…」   「…へェェ…っ?!」    そ、そんなこと、…ある…っ?  ガチ恋していた推しが、まさかの自分の「婚約者」とか、――んなことある!?   「さあて…〝前置き〟はもうこれくらいでよかろ」    と祖父がコトノハさんを見る。  彼は落ちついた顔をしてこく…と一度うなずき、それから穏やかな眼差しで僕を見すえた――え、ていうか今のもなかなか衝撃的だったんだが、これ全部「前置き」だったの…――。   「それではハヅキくん…そろそろ本題に入ろう。――君に告げなければならない真実、その一つ目はね……」   「……、…」      僕は息を()んでその言葉の先をまった。    

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