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                   ここでコトノハさんが「要するに…」と、僕の困惑を読みとって代わりにこう説明してくれる。   「私たちは何も、人間に転生したわけではないんだ。…神だ。――確かに人の子たちに(まぎ)れ、あたかも人の子を装ってはいるが…――私たちは高天原(たかまがはら)という、いわば天上に在る本体から分霊(ぶんれい)…体を分け、そうして神のままこの地上…〝現人神(あらひとがみ)〟としてこの日本に降り立ったんだよ」 「……、…」    しかしそれは「テレパス会話」についてではなかった。おそらくハルヒさん以外の彼らは、神とはいえ僕の思考を読めるわけではないのだろう。  そしてコトノハさんは「したがって」と、聡明な目色でつづける。   「君たち二人は今も、私たち夫婦神の子神(ししん)ということで間違いない。ましてや〝生き神〟として…」 「…〝生き神〟って、…なんですか…?」  話の途中に聞くのは失礼かとすこし思ったが、といってコトノハさんと僕はそれくらい許される間柄である。――「ああ…」と彼は浅くうなずく。 「〝生き神〟というのは要するに、寿命がある状態の神のことだよ。…昔は私たち神も経験を積むため、よく寿命のある肉体をもって地上に降りていたんだ。…まあこれもある種の転生だが、人間に転生していたわけではなく、寿命のある神の肉体をもって地上に生まれなおしていた、というのが正しい。――それは寿命がある人の子たちと同じ経験をすることで、より彼らのサポートを充実させるためのことだったんだが…もちろん死したら私たちは天上へと帰り、また不老不死の神に戻るんだ。」 「……、…」  なるほど、…としたら――ひょっとすると先ほどの女将さん、…(ハルヒさんの言うことが本当なら)保食神(ウケモチノカミ)が一回は切り殺されていながらも「生きていた」のは、彼女が「生き神」だったから、ということなのかもしれない。 「それで」とコトノハさんが真剣に僕を見すえて続ける。 「話を戻すが、今回私たちは〝生き神〟としてでもなく、またあるいは人間の肉体を用意してここに来たわけでもない。…つまり私たちのこの体は、いずれにしても新しく用意したもの、というわけではないから、君たちの実の親は今も昔も私たちには違いないんだ。…」   「……、…」    というか、…ということはひょっとして…――僕、仮にこの話が本当なら…――不老不死、なのか…?  人間に転生したわけでもない。また寿命のある「生き神」とやらでもない。――ではその「現人神」というのは、寿命とか老いとかそういうの……。  ……「うん、ない。」とハルヒさんがしれっとそれを肯定する。   「……、…、…」    僕は(今にも驚愕(きょうがく)に叫びそうながら)静かに動揺しているが、…コトノハさんはそれを察するでもなく、「ただし」と冷静な目色でつづける。   「()()()()()()、ということにはなっている。…ちなみに、その戸籍は偉大なる創造主のお力によって、なかば無理やりにも捏造(ねつぞう)したものなんだが…――つまり()()()()、私と君、彼女とハルヒには血の繋がりがない…ということにしてある。…いわばそれだけのことなんだよ。」   「……、…」    ああ…だからさっき彼、「半ばは当たっている(が、半ばは外れている)」と言っていたのか…って、戸籍ねつ造しておいてそんなしれっと「それだけ」と言うのも何か……。      ただ……――と僕は首を傾げる。     「……? ですが……」    しかし…もしこの話が本当なら、また別の疑問が出てくる。――最近BL界隈でも流行っている「転生したら〇〇でした」的な異世界転生的な作品、それをよく読む僕にも「前世が神」ならばまだ理解はできたかもしれないのだが――そもそも神様って、目には見えないんじゃ…?   「はは…神様は目に見えないとかって…それはさぁー」――目を伏せているハルヒさんが、(勝手に僕の箸を使って)和栗の栗きんとんのかたまりを口もとに寄せながら、   「ただのぉ…人間の子たちの、勘違い。…」と言ってすぐ、その栗きんとんを口のなかに詰め込む。   「…え。」   「…ふふ…」母が僕の隣で困ったように笑う。   「そうだぞウエ」と祖父がニヤリとした横顔で言う。   「…神が人の目には見えん存在だ…、というのはまぁ、しかし必ずしも間違ってはおらんが…――ただそれはね…私ども神が、便宜(べんぎ)上そうしているというだけのことよ…」   「……、…」    それはまた何で、と僕はこの場においても結局頼りにしているコトノハさんを見た。彼も困り笑顔を浮かべている。   「私たち神という存在が、仮に人の子の目に見えたなら…――人の子はきっと、私たちに頼り切りになることだろう。…けれども、それではならない。」    コトノハさんは「私たち神々の間でもそう決められている」と言ってから、そっと目を伏せる。その伏し目には、なにか慈愛に満ちた優しさがやどっている。   「…人の子は私たちにとっての愛しい我が子だ。…君は〝()御霊(みたま)〟というのを覚えているかい?」   「……? いいえ、すみません…」    僕が(覚えていないというよりか)知らないと首を横に振ると、コトノハさんは目を伏せたまま「いいんだ」とやさしくそれを許してから、「実は…」   「…人の子の魂は…私たち神の魂を、小さな一つに切り分けたものなんだ。それを〝分け御霊〟、というんだが――すると彼らは私たちにとって、血を分け、肉を分けた我が子と同等の存在…ということになる」   「……、…ぁ、…あぁ……」    だが、…なぜだ…?  僕はたしかに「知らない」というのに、何か直感的にわかる――いや、『そうだった』という懐かしい感覚があるような気がする。  コトノハさんは目を伏せたまま、やさしい微笑みをたたえてこう続けた。   「もっと言えば…私たちは皆、それはそれはとても膨大な()()()なのだ」   「…大家族…」   「そう…」とコトノハさんが僕のそれをやさしく肯定する。   「少し難しい言い方をすれば…――大いなる神の魂を分けて一柱の神が成り、二柱、三柱と次々神が成り…そうして生まれいでたその神々もまた魂を分け、更なる無数の、八百万(やおよろず)の神々を生み出し……そして、その八百万の神々もまた魂を分け、そうして八百万の人の子の魂が生み出された…――。」   「……、…」    なぜだろう…彼のこの「少し難しい説明」さえ、僕は何となく直感的にわかるのだ。    まず――宇宙ほどものすごく巨大な神様が一柱(一人)いる。    その神様は自分のそれはそれは大きなその魂を分けて、一柱の神様を生み出した。巨大な神様は次々と魂をわけ、そうして二柱、三柱…と次々神様を生み出した。――そしてそのように生まれた神様たちは、今度は自分たちがその大きな魂をわけて、次世代の神々を次々とたくさん生み出した。    そうして八百万の神々となった。  その八百万の神々は、元をたどれば同じ祖先――宇宙のように巨大な神様――をもっている。    そして八百万の神々は、また自分の大きな魂を分けた。すると今度は、神様たちの魂ほど大きくはないが、尊い小さな魂が生み出された。    ――それが人間の魂だ。    そのようにものすごく巨大な神様の魂から枝分かれして神様が生まれ、その生まれた神様からはまた新たな神様が生まれて、そうした無数の神様たちからは人間の魂も生まれた。――つまり人間の魂は元を辿ればそのものすごく巨大な魂、ものすごく偉大な神様の魂でもあり、すなわち人間の魂は「神様の魂」なのだ。    と、いうのが…――多分この文脈でいうところの「分け御霊」の概念だろう。    それはあたかも人間の「家系図」にも似た構造をもっている。何となくこういうイメージだろうか。  曽祖父母(そうそふぼ)(ものすごく巨大な神様)から祖父母(神様A)が生まれ、祖父母(神様A)からさらに父母(神様Aの子どもの神様)が生まれ、そして、その父母(神様Aの子どもの神様)から子どもたち(人間)が生まれていった――またこの祖父母(神様A)には兄弟があるので、そこにおいても無数に枝分かれしている――。    つまりコトノハさんが言いたいのは、神様から見た人間たちはみな、自分の子どもなり孫なり曽孫(ひまご)なり、いずれにしても血の繋がった子孫のようにかわいい、ということなんだろう。   「…今の君には少し理解が難しいかもしれないが…、とにかく私たち神と人の子は、皆血の繋がった家族のようなものなんだ…――するともちろん、私たち神にとって人の子は皆可愛い存在だ……」    コトノハさんはそう慈愛の目を伏せたまま言ったが、「しかし…」と寂しそうに笑って僕を見る。   「自分の子孫であればこそ、甘やかすだけではならない…――私たち神は親…あるいは親類として、子である彼らを成長させてやらねばならない役目を担っているんだよ。」   「……なるほど……」    これは人間の親子と同じ道理であるらしい。  コトノハさんは微笑したまま「うん」とうなずく。   「そりゃあ可愛い子の頼みなら、私たちだって、どんな願いでもすぐさま叶えてやりたい気持ちは山々だが…、しかしそれでは、人の子の成長の妨げになってしまう。…望んだものが簡単に手に入れば子たちは努力を忘れ、感謝を忘れ…そしてやがては(おご)り、我儘(わがまま)になり――そうしていつかは何もしないようになる…、つまり、(なま)けてしまうようになるんだ。――だが、それでは子のためにはならない…、そうだろう」   「……はい……」    なんて子どももいないくせ同意する僕だが、しかし不思議と納得しているのである。   「ましてや辛いことだが、」とコトノハさんはその通り、つらそうに目を伏せる。   「私たちは心を鬼にして、人の子たちに試練を課すことも多くある。…その子の成長のために、時に試練を与え、時に厳しく叱り、時に挑戦を課す…――自然災害なんかも結局は…――はは…結局私たち神という存在は、人の子に崇められ、(すが)られ、愛されもするが…同時に深く怨まれもするのだ…」   「……、…」    僕はなんとなくコトノハさんの心痛が伝わってくる感じがあり、何とも言えないまま次の彼の言葉をまった。――彼は目を伏せたまま、苦々しく笑ってこう言った。   「いずれにしても人の子は、この世にいる限りは成長し続けねばならない定めにある。…そしてそのために私たち神は、彼らにとっての善も悪も、また幸運も不運も与えることによって、愛しい我が子の成長を促している…――しかし…そのような人知に及ばぬ力を持つ神々が、あたかも人の子と同じように存在していたら……」   「…あ…破綻(はたん)する、んだ…」    僕はそうつぶやいた。  人間という種族の世界はもちろん、その「人間」だけで構成されている。そして人間にはもちろんできること・できないこと、(かな)うこと・敵わないこと、その両方がある。また、その「できること・できないこと」は、運だのなんだのを抜いた小さいスケールでいえば、個々の能力で人それぞれ違う。    しかし――そこに何でもできる超能力をもった、あるいは何でもできる魔法の力をもった存在が、確かな姿で存在していたら?    たとえば各々できること・できないことがあるからこそ、人間は各々の能力を活かしてお互いに補いあっている。また各々が自分の目の前のやるべきことをこなしているからこそ、人間の社会はうまく回っているのだ。    ところが、そこに「全知全能の存在」が現れてしまったら――人間はきっと、できないことは全てその存在にやってもらうようになる。できることに関しても、「別にやらなくていいや(あの人がやってくれるから)」と怠けてやらないようになる。  もともと力を合わせて、あるいは知らず知らずに補い合いながらも暮らしている人間たちは、きっと協力することもしなくなる。その全知全能の存在にだけ頼っていればいいからだ。    しかし――神様たちはそれを望んでいない。  神様たちは、あくまでも今の人間の営みのバランスのなかでこそ生じる出来事をとおして、力を合わせることやときに衝突すること、またさまざまな苦労や努力、試練を乗り越えながら、その中で人間たちに学びを得てほしい――そうして「成長」してほしいのだろう。     「そう…人の子の世が破綻してしまうんだよ。」とコトノハさんが、真剣な顔を浅くうなずかせる。   「だから私たち神は普段、神としては人の子の前に姿を現さない。…いや、あえて目に見えない状態で側に寄り、日々人の子の成長を見守っているんだ。…しかし実は…――こうして人の子のふりをしてなら、割にちょくちょく現れてはいるんだけれども」    そう冗談っぽく顔をほころばせたコトノハさんが、「つまり」とすぐ真剣な目をして僕を見る。   「そうして私たちは人間に転生したのではなく、〝現人神〟…つまり神としてこの地上に降り立った。…といってももちろん、(いたず)らにやって来たわけではないよ。――高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)から勅命(ちょくめい)を受け、そのお役目を(おお)せつかってのことだ。」   「……、お役目って……?」      僕は首をかしげた。      

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