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「おかしなことって……」
僕はコトノハさんのいうその「おかしなこと」とやらに、僕にしてみたらよっぽどこの状況やら「真実」やらのほうが「おかしなこと」だがな、なんて頭の隅ではちょっと皮肉に考えつつ――ただ、彼のいうそれが何かただならぬことであるような気もしたので、
「それってその、何か…まずいことなんですか…」
とコトノハさんに慎重に尋ねた。
――彼は僕を心配げに眺め、それに頷こうか否か迷っているようにわずか頭をゆらしながら、短いあいだ沈黙した。…しかし結局うなずきはせず、顎を引きながら目を伏せる。
「まずいかどうかというのは…その実今 後 の 展 開 次 第 、としか言えないことだろう…。しかし私個人としては、今日この日を無事に迎えられたというだけでも、これからの未来は十分に明るいものだと…――いやごめんねウエ…、私は何もこんな意味深な言い方をして、君を弄 んでいるわけではないんだ。…ただ、何も覚えていない君に一から説明するには、…」
コトノハさんがふとハルヒさんを見やる。その人の眼差しはどこか呆れたように冷たい。
「……順序が…大切だ。と、事前に、君以外のこの五人でしかと話し合っていたものだからね。」
「……、…」
僕は右隣のハルヒさんに顔を向けた。
先ほどまではきちんと着ていたはずの黒いスーツのジャケットを、彼はいつの間にか脱いで、上は白いワイシャツと青いネクタイ姿になっている(ジャケットは近くの畳にぐちゃ…と捨て置かれている)。――そしてうなだれている彼は、何がそんなに面白いんだか…やっぱりネクタイの末端を指先でこすり合わせるのに夢中になっているのである。
……しかも、今あからさまに父に嫌味を言われたというのに、多分この様子では何も聞いていない。
「ね…そうだったね、シタハル…?」
パパ・コトノハ、静かに「おこ」なのだが――彼のその厳しい視線を向けられているハルヒさんはというと、うなだれて手遊びしながら「ん? うん」と、多分かなりてきとうに返事している。
……すると母もふぅ…とため息をついて呆れつつも、コトノハさんに同情的な声で「あなた」と呼びかける。…彼女の横顔は諦めのそれである。
「この子、もう完全に飽きていますわ…。この状態になったこの子はもう、どれほど言葉を尽くして叱ったところで、なんにも耳に入らなくってよ……」
要するに『もう諦めましょう(放っておきましょう)』と言いたい母に、コトノハさんはシワの寄った眉間を指先で押さえながら、
「はー…今や馬の耳に念仏 か、全く……」
と、つぶやいた。
「…………」
「…………」
「…………」
僕たちは何となく、このだんまりの中で同 じ 感 情 を共有しているようだった。
……するとロクライさんのガーーッ、ガーーッという大きないびきが、馬鹿みたいにこの『藤の間』に鳴りひびく。
「ここにゃあ馬 と鹿 がおるようだなぁ…」――祖父がぽそっとそうつぶやいた(ど う い う 意 味 か までは深追い無用だが、今この場で酔いつぶれている人の名前は「鹿雷 」である)。
……(今度はネクタイの端をピロピロ揺すりはじめた)ハルヒさん以外の三人と僕は、テーブルに突っ伏すロクライさんの、そのよだれを垂らしながら爆睡ぶっこいているまぬけ…いや、…やけに気持ちよさそうな赤い寝顔を、じと…と眺める。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………、さて…そうだ…」――コトノハさんがそう仕切り直したのを合図に、僕はふとななめ左の彼に顔を向けた。彼も僕に真剣な顔を向けている。
「おかしなこと…――気になるだろう。」
「…はい」
コトノハさんは「それはね」と、真剣な眼差しで僕の目を見すえながら、
「君が今日この日にも、まだ〝神の記憶〟を取り戻していないこと…なんだ。」
とそう言って、目を伏せた。
その切れ長の上まぶたに翳 った青い瞳は、深刻げなほの暗いものを宿している。
「それの何がおかしなことなのか、というと…私は先ほども言ったが、――君たち二人においては、しばし人の子として生きるという学びを終 え て か ら …――〝現人神〟としての役目を果たすべし、…と、そう天上で高皇産霊尊 と約 してのち、この地上に降り立っているためだ。」
「……、…」
僕はなぜかドキッと痛んだ胸が、たちまち霧 がかるように不穏げに曇るのを感じ、その奇妙な罪悪感から目を伏せる。
何か責められているような気持ちになったのだ。しかしコトノハさんの語調は、別段僕を責めているというわけでもない。
「〝お役目〟…そう、それは君ならば漫画、このシタハルならば歌…――とはいえシタハルに関していえば、〝神の記憶〟を思い出す以前からその〝お役目〟に取りかかり、それの途中で〝神の記憶〟を取り戻してはいる。だが、シタハルのそれに関しては予定通りだった。」――コトノハさんは落ちついた静かな声で説明してゆく。
「今もなおウワハルのほうが何も思い出していないことはおかしなことだが…しかし実をいうと、〝記憶〟を取り戻していようがいまいが、天上で決めてきた〝お役目〟を果たすことはできる。――これをもう少し詳細に言えば、君たちが天上で高皇 産霊 尊 と約してきたその運命 たるは、」
そしてコトノハさんは、厳かな鷹揚な調子でこう続けた。
「人生におけるある定められた地点で〝神の記憶〟を取り戻し、その地点をもって人の子としての学びを終え――すなわちその地点を、人の子と神との切り替えのターニングポイントとして――改めて自分が今まで経験してきたこと、やってきた活動の意味、そして自分が〝現人神〟として担う神聖なる〝お役目〟の意味を思い出すこと……」
「……、…」
僕は依然叱られているような気分でうなだれている。黒いスラックスを穿 いた自分の両方の膝頭 にそれぞれ両手をかぶせ、テーブルの影で余計に青白く映るその自分の手の甲をぼんやりとながめながら、コトノハさんのこの説明を――何ともしれない反省の心もちで――ただ聞きおいている。
「ひいては自分が人の子ではなく…この地上に降り立った〝現人神〟であり…――神としてこの地上に降り立った理由を、その理由たる〝お役目〟を、その地点からは神として果たしてゆくこと…、つまり…」
そして彼はなにか、落胆したような重い声でこう僕に告げた。
「君は本当なら…今日この日までに、天上 春命 としての記憶…その〝神の記憶〟を取り戻していなければならなかった。…というよりか、本来はそういう予定だったんだ……」
「……その…」――僕は目を上げ、目を伏せているコトノハさんを見た。
「予定…? じゃあ僕、いつ頃その…思い出さなきゃいけなかったんですか…?」
僕の質問に、コトノハさんがふと冷静な目を上げて僕を見る。
「…これは言ってもいいことだろう。――君が二十二歳の頃だ。」
「……、…」
僕が二十二歳の頃…――僕は目を伏せて考える。
その頃はちょうど、僕は漫画家を目指してとにかく頑張っていた頃だ。またちょうどその年に、僕はデビューしたてのChiHaRuさん…ハルヒさんに、画面越しに出逢ったのだった。
しかも僕はChiHaRuさんの動画を見た約一週間後、翌年に読み切りでプロ漫画家デビューすることが決まった。――たしかにあの年は、僕の人生におけるターニングポイントとなった年に違いない。
「……、…」
ふとある直感がおりてくる。
もしかして僕は…――ChiHaRuさんのあの動画を観たあの瞬間に、「思い出す」べきだったんじゃないか?
彼の歌にはこうした歌詞がある。――『僕はここにいるよ そう祈るけど あなたにはまだ届かない まだ届かないの? 僕のこの歌も まだ届かないの? 僕のこの夢も 君にはまだ届かない』――僕はあの夜、そう歌っている彼を観ながらこうつぶやいた。
『……ちゃんと、届いているよ……』
と…、そして僕は「今すぐに貴方の元へ行きたい」とほとんど無意識にも、届くはずもないデスクトップPCの画面上に映るその人に手を伸ばし、…当然阻まれた。
僕のこの言動、それの元となったその「気持ち」がもし仮に天上春命 のそれだったとしたら…――少なくとも僕はあのとき、多少なりとその「神の記憶」を取り戻しかけていたのではないか……?
だが、そこまでには至らず…――いや、あるいはそうじゃないのかもしれないが、単に一目惚れのガチ恋をしたので、まして深夜ともあり、恥ずかしいロマンチックモードに陶酔 していただけのことかもしれないが…――そもそも僕が本当に天上 春命 なのかどうか、僕はどうもそれ自体からまだ完全に腑に落ちてはいない。
「いずれにしても…」とコトノハさんが沈んだ声で言う。
「……、…」
僕はその声に顔を上げてコトノハさんを見た。彼は深刻げな眼差しで僕を見つめている。
「今日この日までに、君が〝神の記憶〟を取り戻していないこと…――それはおかしなことでもあるし、何より、何かとまずいことになりかねないようなことでもある。」
「……え…」
コトノハさんが困ったような陰りの目をまた伏せる。
「…まず…君でいえば天春 春月 としての意識、すなわち〝人間の自我 〟と――天上 春命 としての意識、すなわち〝神の自我〟…――君とシタハルの中には、人間と神、その二つの自我が存在しているんだが、…それはね…――君とシタハルにおいては、一旦は〝神の自我〟を忘れた上で、人の子として生きねばならなかったからだ。――よって君たちの中に、ハルヒやハヅキとしての〝人間の自我〟が芽生えたこと自体は、何もおかしなことではない。…むしろそれは当然と…」
「でも、死んだようなもんだったな…」
……ハルヒさんがそう沈んだ声でつぶやく。
案外話を聞いているのか、たまたま今は聞いていたのか、あるいは(都合が悪いことは)「聞こえていないふり」をしているだけなのか…――。
するとコトノハさんが「そうだね…」とやさしく、彼を見やりながらそれに応える。
「確かに…あの〝忘却の海〟に身を投げたことは、ある種君たちにとっての〝死〟ではあったことだろう…。神としての〝自我〟を魂の底に封じ込める…すなわち〝神の記憶〟を忘却するということは、一時的にとはいえ、名に命 と付く神としての〝我 〟を失う、ということでもあったから……」
「……、…」
そういえば僕の夢で、天上春命 はこう言っていた。――『死ねば何もかもを忘れてしまう御前 の、その私への未練無くして…どうして我ら、再び巡り逢えよう…』と…――死ねば何もかもを忘れてしまう御前の……それとはなるほど、不老不死の神である彼らの肉体がほろびる(ひいては一度死んでから転生して生まれかわる)という意味ではなく――「(記憶を失い)神ではなくなる」ことをあらわした比喩 、だったらしい。
……そうして神としてのアイデンティティを失うということは、彼らにとって「死」にも値 するほど悲しいことだったのだろうか?
「ましてや…」とコトノハさんが続ける。
「君たちが〝神の記憶〟を失うということは、片割れであるお互いのことさえも忘れる…――いうなればそれは、一時的に自分の半身であるお互いを失う、ということでもあった。…すると君たちにとって、それこそは死にも近しい痛み、いや、凄 まじい痛みを伴 う恐怖であったのだろう…――それだからシタハルは、鬼神とまで……」
「……、…」
ただ僕はちょっとした疑問がある(関係ないといったらない話なので聞くに聞けないのだが)。
……ここにいるハルヒさん、ひいては天下 春命 は「分霊」、つまり高天原という天上にいる本体から切り分けられた――いうなれば分身のようなものなんだろう。
となると、彼の本体はおそらく今もなお高天原で天上 春命 と離れずにいるのだろうから――僕の夢の中でああして離れることを寂しがっていた彼らは、つまり分霊されたこのハルヒさんと……(やっぱり信じがたい、と抵抗感があるが)この僕、ということなのか…?
目を伏せているハルヒさんが「ううん」と僕のその推測を否定する。
「天上で分霊するわけないじゃん…あれは本体…。だけど分霊の俺たちと別人ってわけじゃないし、俺たちが経験していることは、本体も同時に経験してるの」
ハルヒさんは見下ろす青いネクタイの末端をくるくると丸めてゆきながら、
「全 部 自 分 だから…――たとえば神は各地の神社に分霊してるじゃん…、で、そこにいる分霊が見たり聞いたりしてることは、分霊とつながってる本体も全部同時に見たり聞いたりしてる状態で…――それこそ分霊の経験は個々のものでも、本体はその分霊が経験してることを同時に経験してるんだよね…」
「……、…」
とすると…――下手したら何万の経験を、同時に体験している、と……?
「そうそう…」とハルヒさんがコクコクうなずく。
……これもまた人知におよばぬ超能力的な神っぽい話である。まあそれが普通の神だから大丈夫なんだろうが、それにしても僕の感覚でいえばかなり混乱しそうに思われるが。
とはいえなるほど、つまり「本体」たちもまた経験する痛いほどの別離であったからこそ――自分たちもそのお互いを失う別離の痛みを経験することになるからこそ――彼らはああしてその別れを寂しがっていた…というわけか……、しかし自 分 た ち の ほ と ん ど は一緒にいるんだろ。とすると何か大げさな気もしないでもないが。
まして、するとまた新たな疑問が生まれる。
ハルヒさん、というかこの分霊の天下 春命 は、四年間も「鬼神」になってしまったという。――ただコトノハさんは「分霊だから大事 にはならなかった」と言っていたのだ。
だが、分霊の経験は本体に同時に共有されているというのなら、その本体もまた「鬼神化」してしまったのではないのだろうか?
「ううん…」――ハルヒさんはネクタイピンの位置まで丸めたネクタイを、今度は広げながら小さく首を横に振る。
「本体は鬼神になってないよ…? 俺、本体もコントロールできない荒御魂になっちゃったの…。経験は共有してるけど…、エネルギー状態はまた別…――たとえば神社でさ、同じ神でも、荒御魂を祀ってるとこと、和御魂を祀ってるとこがあるじゃん…。あれ、エネルギー状態がそれぞれ別だからできること……」
そして彼はネクタイをもてあそぶのにも飽きたか、それをパッと手放し、テーブルの端に直 で置いていた(僕の)箸を手にとりながら、
「だから本体は鬼神になってなくて…――本体は困ってても、俺みたいにエネルギーのバランス崩してたわけでもないから…、だから、人間の子が困るような悪いことは起きなかったんだけど…――落ち着くまでに四年もかかったのは…、だってハヅキ…おれが側にいなくても幸せそうだったんだもん……」
ハルヒさんが右手ににぎった箸へ目を伏せたまま、むすっとその珊瑚色の唇を尖らせる。
「自分があんなこと言ったくせに…」
「……、…」
……あぁ、あの夢の中で天上春命 が言っていたこれのことか――『御前は妙なところ楽天家だから…、私のことなどすっかり忘れても、御前は案外私なくして、楽しい人生を謳歌 するだけかもわからない…』――そう言っていた彼が、…というかこの文脈でいえば僕が、ハルヒさんなくしてもやけに幸せそうに過ごしていた、と。
たしかに四歳ごろの僕は、それこそ周りの大人にちやほやされて、それはそれは幸福な男児だった。
「んむぐ、…」
僕の口に金箔 ののったやや肉厚なローストビーフが突っ込まれる。――それをした犯 人 を見やる。してやったりと勝ちほこった笑みを浮かべているハルヒさんが、
「おれのローストビーフ、大好きだからハヅキにあげたの。えへへ…」
「……、…、…」
僕の推し『えらいでしょ?』とでも言いたげなんだが、…(子どもっぽいやや迷惑な)単純な好意なのかはたまたいたずらなのか、もしくは「ちょっとした報復」なのか――いやまあどれにしても結局可愛いから許してしまうんだが……。
「すまないが君たち…そろそろ話を進めてもいいかな…?」
とコトノハさんが困っている。
僕はハッとして彼を見、「むぐぐ…」と謝ろうにも謝れないで、ただコクコク頷いてみせる。――すると彼は困り笑顔を浮かべながら「いいんだよ。それでね…」
「とにかく君たちの中には、〝人間の自我〟と〝神の自我〟とが存在している。…」
「……ん…? いえでも 、…」
僕は首をかしげ、…とりあえず片方の頬にローストビーフを押しやる。
要するに「人間の自我」とは僕、おそらくこの天春 春月 としての意識だ。だが、僕はもちろん「僕だ」としか思えない。――つまり僕は今、自分が天上春命 だ、とはとても思えない意識状態だ。
したがって、僕の中に天上春命 の意識、その「神の自我」とやらがある…とは、とてもじゃないが思えない。
「僕、これだけお話しいただいておいて申し訳ないんですが、とても自分が神だとは……」
「いや」コトノハさんが硬い表情で否定する。
「君は自覚していないのだろうが、しかし今日この日に合わせて、予定通り天上春命 の〝神の自我〟もまた相応に――つまり〝人間の自我〟と同じだけ――、君の中で目覚めているはずなんだ。」
「……?」
そんなまさか…僕は眉をそっと寄せながら、ローストビーフを咀嚼 する。
あまりにも信じられないことだった。なぜって、仮にそれが本当のことならば、少なくとも僕は『いやいや、まさか自分なんかが神であるはずがない』などと、こう何度も訝 しくはなっていないはずである。
――せいぜいそれらしい兆候が現れたのは、それこそ十年前のあの瞬間…ChiHaRuさんの動画を観たあのとき、…だがそれっきりだった。
「……、……?」
僕はふとこの『藤の間』の縁側へ顔を向けた。
来たばかりのときよりもう少し日が傾き、その立派な藤の木が植えられた日本庭園は、夕陽に差しかかりはじめた陽光に照らされていて、少しノスタルジーな眺めとなっていた。
……何か、気配を感じたのだ。しかし誰もいない。いや、誰かがそこにいるはずもないのだが。
「みんな心配そうに見守ってるね…」――ハルヒさんがそうつぶやいた。…え、と言う間もなく、コトノハさんがこう続ける。
「ちなみにシタハルにおいては、今やその二つの自我を一つ…――いうなれば二人分あった人格を、〝一人の人格〟に統一している。…それは何故かというと、この子は〝神の記憶〟を完全に取り戻しているからだ。――そして…」
僕はゴクンと口内のものを飲み込みながら、コトノハさんに顔をもどす。その人はやはり僕を真剣な顔でみている。
「君も本当ならば、今日この日までに天春 春月 としての〝人間の自我〟と、天上 春命 としての〝神の自我〟とを、統一していなければならなかった。――だが君の場合、今はそれとこれとが乖離してしまっているんだ…」
「……、…」
あ、そうだ、その「乖離」とやら、僕はそれも気になっていたのだった。――コトノハさんは少し眉を曇らせ、「先ほどはまだ時期 尚早 と思い説明しなかったことなんだが、」
「これはつまり…本来は同一人物、人間としてのウワハルから生まれたハヅキの意識と、君本来の神であるウワハルの意識が…まるで別人かのように君の中に二つ存在してしまっている、ということ…――だから君は、夢で自分…ウワハルの姿を見ても、〝別人〟だとしか思えなかった……」
「……、…」
コトノハさんは「それどころか…」と難しそうに目を伏せる。
「おそらく君は今、その二つの自我が乖離してしまっているばかりか、〝人間の自我〟で〝神の自我〟を抑圧までしてしまっている…――それだからスムーズに〝神の記憶〟を取り戻せず、また、いまだ〝神の自我〟を表 にも出せないまま…――つまりそのせいで君はまだ、〝現人神〟たる天上春命 に戻れないままでいるんだろう。……ただ……」
彼は「それの原因はもうわかっている」と僕の目を悲しげに見すえて言うのである。
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