41 / 70
39
いつも当作をお読みいただきありがとうございますm(*_ _)m
また更に高評価などリアクションでの応援をしてくださる方々、いつも本当にありがとうございます! めっちゃ嬉しくって励みになりまくっております〜〜!
さて、以前ハルヒ(シタハル)の荒御魂姿&鬼神姿を書いたとき、該当部分を修正、翌日に変更の旨そのページに追記しておりましたが、あらためまして、最初よりも荒御魂姿&鬼神姿のデザイン設定をより凝ったものに変更しておりますので、その旨ご承知いただけますと幸いです。
ではでは、今後ともぜひ応援よろしくお願いいたします(*・ω・)*_ _)ペコリ
🫎藤月 こじか 春雷🦌
◇◇◇
「…ゆるさない…」
うつろな顔をうつむかせながらそう低声 で言ったハルヒさんの、その頭頂部の生えぎわ――彼のうっすらと紫がかった銀髪のその根本が黒く染まり、その漆黒は毛先へむけて、じわじわと黒雲 の影が銀の月光を侵 すように広がってゆく。
のみならず、ガタガタガタ、とこの部屋の家具、たとえば黒いスタンドにつり下げられた行灯 型のランプ、たとえばそれの隣のベッドサイドテーブル、たとえばこの部屋の丸窓のある障子 、…それらがまるで今地震でも起きているかのように動揺している。――そしてチカッ、チカチカッと、この部屋の天井の中央にぶら下げられた和紙造りの照明も、なぜか不穏げに激しく点滅していた。
「そうだ…」――不明瞭なハルヒさんのかすれ声がそう言う。彼は何かに思いあたったらしい。
……彼はうつむいたまま、その銀のまつ毛に彩られた両目を見開いて、しかしその小刻みにゆらぐ紅い瞳は僕は見ずに下方をじっと見つめている。
「君をいじめた奴らを全員ぶっ殺せばいいんだ…」
「……え、…」
僕の胸がその危険な気配を察して曇る。
……ハルヒさんの髪は今やその毛先まで真っ黒に染まり、すると今度はその髪の毛先が空中にふわ…と浮きあがって、彼の黒髪は漂いながらするすると伸び広がってゆく――彼は目を見開いたまま、…その見開かれたまぶたの中の瞳に深い濃い赤色を渦 まかせながら、…歪に笑ったその唇から白い歯を覗かせる。
「…そうしたら俺と結婚してくれるよね…? ねぇハヅキ…――だってそいつらがこの世からいなくなれば、君が婚姻届に名前を書けない理由も無くなるんだもん…――みんな死んじゃえばいいんだ…、みんな死ねば、君はきっと全部、全部全部忘れられる…――だから…俺が今すぐそいつら全員、悶 え苦しみながら死ぬようにって、呪い殺してあげるね……」
「だっ駄目ですそんなこと、やめてください、…」
僕は直感した。だから制止の言葉を口にした。
――この部屋の「異変」はきっとハルヒさんが起こしているものだ。
「……っ!」
僕の頬にビュオッとまるで「拒否」の突風が突きあたり、それにのせられてやってきた桜の花びらが僕の頬に張りついたまま取れない。
そしてにわかに暴風がこの部屋の中に吹きすさびはじめ、僕はいよいようまく目を開けられなくなる。この嵐のような強風にガタガタと家具の動揺も激しくなっている。
「……ッ、…、…、…」
一体どうしたものか、この状況で自分が取るべき行動の正解は、…そうだ、…僕は急ぎ太ももの上のクリップボード――婚姻届ののせられた黄色いクリップボード――とペンをベッドの上へ放りだし、…この部屋の出入り口である木製のこげ茶いろの扉を見やった。
誰か、家族――母なりコトノハさんなり祖父たちなり、…そのうちの誰でもいい、彼らならきっとこうなった彼の対処法を知悉 しているはず、…とにかく誰か呼ぼう、
僕は慌ててベッドから降りようとそちらへ身を乗り出した。だが、
「何処 へ行 くのだ我が君よ…」
にわかに僕の肘が捕らわれ、引き留められる。
「……っ?」
僕は自分を引きとめたその人に振り返った。
だが、
「……ぇッな、…ッうわぁあ…っ!」
……手、…じゃない――僕の白いワイシャツの肘に太い黒蛇が絡みついている。…僕の肘を掴んで引きとめたのはハルヒさんの手ではなく、なんと太く長い体をもつ黒い蛇だった。
それもその真紅の瞳をもつ黒蛇は、シュルシュルと真っ赤な舌を出し入れしながら、みるみる螺旋 の動きで僕の腕全体にその太い長いからだを巻きつけはじめ、…僕はもう声も出ない。
「……ッ! …ッ!」
ともすると命にも係 わる危険性の強いその生物に慄然 としながらも、僕はとにかくその蛇を振り払おう、逃れようと必死に腕を暴れさせ、――頭の隅では蛇に噛まれる可能性に怯えながらも――もう片手では、腕に巻きつく蛇の硬く引き締まった筋肉質な胴体を引き剥がそうと試みる。
「……ッ! ッぁ、…ゃ、……は、ハルヒさ、?」
しかし…そうして決死の覚悟で暴れる僕のからだを、後ろからハルヒさんがそっと抱きしめ――僕の耳もと、やたらと甘い妖 しいささやき声で……、
「大丈夫だ…そなたには危害など加えぬ…」
「……、…、…」
僕はハッとして、つい固まってしまった。
……まるで人が変わったかのようなその妖しい低い声は、しかしハルヒさんの声で間違いなかった。
ただそうして僕が彼に気を取られているうちに、いつの間にか僕の体には何匹もの細い、あるいは太い黒蛇が絡みついてしまっている、…すっかり僕の両腕、両ひざ、両もも、両ふくらはぎは、這いまつわるその蛇たちの体に拘束されてしまったが、…そればかりか、――ひんやりとした、ややざらざらとしたその蛇の細い体がおよそ二本、僕の首にまで巻きついてくる。
「――ヒッ…!」
僕は絞め殺される、とせめても本能からとっさ顎を上げ、――すると僕の晒 された喉の前面を、ハルヒさんのらしい尖った爪先がつー…となで上げてから、僕の顎の下はひんやりとしたその人の手のひらに優しく掴まれる。
そして彼は引き寄せた僕の片耳へ、こう妖しい低い声で囁いてくる。
「…あぁ我が君…もう何処へも行くな…――」
「……、…ぇ…、…、…」
僕のわき腹にあるハルヒさんの手指に執念の力が込められ、その人の五本の爪先が鋭利な棘 のように僕のそこに浅く突き刺さる。
「俺の正気の在 り処 とはまさにそなた…――故 に、そなたはもう永久 に俺の側から離れてはならぬ……」
「……、…、…」
これ…きっと…――僕は顔を仰向 かせたまま目を伏せる。
鬼神 …、僕は何かそう直感した。
ハルヒさん、なぜか…鬼神化して…――。
「ふっ…否、鬼神ではない…――まだ荒御魂 よ…」
「……ッ?」
僕はビクッと体を跳ねさせる。
ひんやりとした蛇のなめらかな鱗の身が、僕の開かれたワイシャツの胸もとから中へ――僕の胸板を這い、
「……ッん、♡ ぁ、♡ …〜〜ッ」
ビクッと僕の腰が反れる。思わず甘い声をあげてしまった。自分のその呑気 さを恥じ、僕は唇をぎゅっとひき結ぶ。
蛇がその舌でチロチロと速く僕の乳首を舐 ってくるのだ、――明らかに今は感じている場合じゃないというのに、…僕は眉をひそめながら、半泣きで身をよじる。
「…〜〜ッん、♡ …っン、♡ ッや、やめ…て、…」
「…ふ…何と可愛い声を…――我が君、しかしどうぞ怯えるな…。俺はただこうして、愛しいそなたを可愛がっているだけのこと…――そなたが大人しく俺にその身の全てを捧げれば、何もこの蛇共とて噛み付きやしない……」
「…〜〜〜ッ!」
怯えるなとはまた無理な話である、…
このすさまじい危機感は身がすくむよりも先、男の僕に相当な膂力 を与えているはずなのだが、僕の両腕に、僕の両脚に絡みついている無数の黒蛇のその拘束力には到底敵 わない。
……脚の付け根に、僕の股間へむけて蛇が這いよってくる感覚があり、僕の体はぞくぞくと悪寒に慄 える。
「我が最愛の君よ…、さあ…俺にそなたの全てを捧げよ…。もっと善 がって見せてくれ…」
「やっ…いや、嫌だ、やだ、や、……っ、…」
スラックスのファスナーの上から絡みつくように這うその蛇の細い体に、僕は恐怖から子どものように泣きじゃくりながら四肢に力を込める。しかしやはり敵わない。
……すると僕の陰茎は揉まれるように刺激され、僕の乳首は両方チロチロと高速でねぶられ、生肌の胸板はもちろん、服の上から体中を這いまつわる無数の蛇に――まるで体中に無数の虫が這っているかのようなおぞましさに戦慄してもいるというのに――、…僕は否応なしに快感を覚えてしまう。
「…ぁ、♡ …っあぁやだ、♡ ぁう、♡ んうぅ、♡ …やだ、やだぁ…っ、やだっ…やめて、」
「…ふ、そう嫌々言っても、そなたは端 から俺の物…。俺に一度その身を征服されてしまえば、そなたも快楽の酔いの内、そのことを身を以 て知悉するに違いないのだぞ…? 大人しくしていたほうがそなたの身の為だ…」
「や、だめ、…お願い、やめてくださいっ、…っやめて、! やめてっ…お願いします、…」
恐怖心に呑まれている僕はなりふり構わずほとんど悲鳴のように叫び、ともかく制止を何度も訴えた。――どこを噛まれるかもわからない、毒蛇だったならいよいよどうなるかわからない、…
「…〜〜〜ッおねがい、…やめてぇ…――っ!」
――怖い、…
するとハルヒさんが、少し落ちこんだような小声でこう尋ねてくる。
「……怖い…? もしや我が君、荒御魂の俺はお嫌いか…?」
「……っ、…」
嫌い、?
……僕は恐怖と混乱のさなか、ぎゅっと目をつむった。…そうじゃない、――「嫌いじゃ、ありません…」そう小声で言った。
「…す、好き…、…どんな貴方でも、僕…――貴方を、…貴方の全てを、僕は受け容れたいんです、…僕は今の貴方のことも好きだ、…ただ、……っ」
ただ…僕が今怖 れているものは、…
そう…僕が今怖ろしいものは…――まず猛獣に類されて間違いないこの無数の黒蛇たちだ。
僕が怖れているのはきっと厳密にいったら荒御魂のハルヒさん、というかシタハルさん…? ではない、…どうしたって生理的な恐怖心が湧いてしまうのは、噛まれたら、毒を持っていたら、絞め殺されたら、とその獰猛 性が計り知れない、…この数も数えきれないほどの黒蛇たちだ、…
「だ、抱くなら、普通に抱いてください、…荒御魂でも何でいいから普通に、…蛇は、…」
「……そうか…成程 …、これは失礼した、我が君…」
「……、…、…」
すると…しゅるしゅる、たちまち僕の体を拘束していた黒蛇たちがあっさりと引いていった。――僕は脱力するほどのひとまずの安堵感から、うなだれながらベッドに両手をついて、はぁ、はぁと呼吸を整える。
「しかしこの蛇共は俺の一部…、これらが勝手な真似をし、我が君に悪さをすることなどありませぬ…」
「……はぁ、…そ…なんです、か…、……」
僕の激しく動悸した胸からはまだ危機感の名残りが失せないが、…確かに、なんて妙に腑に落ちるところはあった。
首に巻きついてきたとき、そのまま絞め殺されるかと思ったが少しも気道を圧迫されるようなことはなく、…全身を拘束はされていたが、といって噛まれるようなこともなく、…まあそれは何をもって危害とするかにもよるが――拘束はそれに含まれているような気もするが――、…少なくとも僕は黒蛇たちに痛い思いをさせられたわけではなかった、か。
まあ、それも聞くに「僕が大人しくしていたら」との条件付きだったので、…ともすればハルヒさんが何かをきっかけにカッとなっていたらわからなかったのだろうが……。
いつの間にか家具の揺れや灯 りの点滅はおさまっている。風もない。今はかすかなチョロチョロとした平穏な水の音ばかりしか聞こえない。
「…はぁ…、…あの、ハルヒさん、…」
多少落ちつきを取り戻した僕は、ふっと背後のハルヒさんにふり返る。どうして突然荒御魂に、と聞こうとしたのだ。
「……、…」
しかし言葉を失った。
……僕は少し驚いたが、今あぐらをかいて僕を見ている彼に改めて向かいあい、おもむろに端座する。
荒御魂の姿――彼はこの異形 の姿をそう呼んでいた。
先ほど僕の体に絡みついてきた無数の黒蛇、その真紅の瞳をもった黒蛇たちの正体は、その人の髪、だったようである。――それはまるでメドゥーサのように――頭から髪のようにその無数の黒蛇たちが生え、今もそれらはうねうねとその細長い、あるいは太い黒い体をくねらせている。
ただその蛇たちはどうもかなり長いようで、その蛇たちの頭のある程度はその人の体のまわりの空中を泳いでいるが、そのほとんどは白いベットの上にその無数の黒い身をくねらせながらうじゃうじゃとたむろしている。
今はあぐらをかいている188センチの彼が立ったなら、ほとんどその人の足首まで届くか届かないか、というほどに長い蛇たちなのではないか。どうりで背後からでも僕の体を拘束できたわけである。
また、その人の銀の長いまつ毛に彩られたタレ目は今白目が真っ黒にそまり、瞳は深く暗い真紅となっている。
そして眉間上の三つ巴の上、その額には二重円――黒い鱗が貼りついた生えぎわ近くの上部が開いている、外側が青、内側が赤の二重の円、赤い円の真ん中には蛇の縦長の瞳孔を中央に据えた蒼い瞳――がある。
さらに彼の濃い灰色の凛々しい眉の上からその額の円形の周りを飾る、赤と青の蔦 もようのような雲もようのような、そういった紋様もそのあめ色の額にうかんでいる。
それに――今彼の唇は真っ黒だ。
また、ワイシャツの開かれた白い襟もとから覗く、そのあめ色の首筋から頬にかけては、毛細血管をふくめた血管が浮き出ているような、ひび割れのような濃い灰色の模様も浮き出ている。そして頬骨やもみあげあたりにも、黒蛇たちと同じつやのある黒い鱗が貼り付いている。
それからふと下を見ると、今あぐらをかいた内ももに腕をかけているその人の、そのあめ色の手の甲にも血管の形に炭で描いたような模様が浮かんでいる。――またそれでなくとも長いその指は、今は真っ黒な艶のある鋭利な爪が長いせいでより長く、またより大きな手に見える。
「……俺が恐ろしいか…?」
僕のことをその落ちついた真紅の瞳でじっと見ながら、そう尋ねてくるハルヒさんだが、…
「……、…」
こうして今は明らかに異形の姿のハルヒさんが、しかし白いワイシャツと黒いスラックスを着ている――それがまたやたらと奇妙である。
だが…それだけだった。
「…いえ…別に怖くはありません…、……」
僕は対面の彼から目をそらさずにそう言った。
この荒御魂姿のハルヒさんに、僕は不思議とおぞましさや怖ろしさといったものを感じない。
かえってこの姿の彼は彼で格好良いかもしれない、…RPGの美形のラスボスっぽいかも…――なんて呑気なことを考えられるくらいには、僕は早くもこの「異変」に順応してしまっているようだった。
「…ただ…どうしてその、荒御魂に……」
僕が恐る恐るそう尋ねると、
ふとその銀色の長いまつ毛が伏せられ、彼の真紅の瞳は僕の隣――僕が先ほど放りだした婚姻届とペンをうつろに見やる。
「……あと少し…、あともう少しだったというのに……」
忌々しげにそうその黒い唇がつぶやく。
「…赦せぬ……」
婚姻届を見下ろす彼の眉目が狂気的なほど険しくなり、彼はにわかにその黒い唇から尖った白い歯を――上下とも鋭利に先が尖った、こと犬歯は牙のように尖った白い歯を――むき出しにしてこう怒鳴った。
「邪魔だ! 我々の邪魔をしやがって、…俺は決して赦さぬぞ……っ!」
「……、…」
僕は少しぞくっとしたが…そうか、…
――僕が婚姻届を書かなかった…いや、僕がそれに名前を書けなかったせいで、彼は何かその怒りやもどかしさから、荒御魂の姿になってしまった…のか……。
「あのすみません…僕、書くつもりは本当にあったんです…。貴方と結婚することに、もう迷いなんか少しもないのに…どうしてかな…、……」
ふと目を伏せる――どうして書けないのか……。
僕は本心でハルヒさんと結婚すると決めた。
そこにはもう迷いなどない。彼との未来はきっと明るく幸せなものになるに違いないと――彼とならどんな困難だってきっと乗り越えてゆけると――、その少なからぬ幸福の予感は僕に、この結婚をすると前向きな決断をさせたはずだった。
もちろん今もなおその決断に揺らぐものなどない。かえってどんどん、なかば意地になるように、僕の結婚への決意は強まっていくばかりなのだ。
「……、…」
だというのに、なぜだ……?
……しかしいずれにしても、僕が婚姻届に名前さえ書き込めれば、ハルヒさんは心の平穏を取り戻せるのではないか。
僕は強い意志をもった。そして白いかけ布団の上に放置されていた、その婚姻届がのったクリップボードと黒いペンを取り、片手ではそれを掴んだまま、そして左手には黒いペンをにぎる。
――それから深呼吸ののち、…あらためて名前を書こうと婚姻届を見下ろしながら、その空白の氏名欄にペン先をかざす。
「……、…、…」
だが……やっぱりペンを握る僕の左手は、ガタガタと慄 えながらも硬直してしまう。
僕の胸中に不安げな暗雲がかかる。
そして僕の耳の奥から聞こえてくる、この呪うような恐ろしい声――。
お前は決して
彼と幸せになっては いけない…――。
そうか、…と僕は目をつむった。
「……、…、…」
これ…これは――呪 い だ。
……呪いだ…、呪い…――では、誰がその呪いを僕にかけているのか――誰が僕の幸福を阻み、そして僕の不幸を望んでいるのか?
「……僕だ…――。」
僕だ…――僕を呪っているのは、僕自身だった。
自分の幸福を阻み、自分の不幸を望んでいる――いや、これまでそれを望んできてしまったのは、僕だった。……コトノハさんは言った。
鏡に映る自分にはなるべくポジティブな言葉をかけてやるように、と。
――なぜなら僕が、…神だからである。
僕が言霊の力を使える神だからである。
いくら今はまだ神の力が弱まっているとはいえ、僕はこの二十年以上、幾度となく鏡に映る自分のことをこうして呪ってきてしまった。
このブス。このブス。このブス…――こんな見るに耐えない不細工のお前 なんかが、誰かとの恋愛で幸せになれるはずがない。
恋愛は何も容姿ばかりではない?
内面で選んでもらえるかもしれない?
容姿が拙 くとも内面を愛してもらえばいい?
いつまでもいつまでもうじうじと過去に囚われたままの、こんなに卑屈で根暗なお前 がか?
こんなブスが誰かに愛されるはずがない。
こんな顔をしているお前 には、誰かを愛する資格すらもない。
このまま恋愛を諦め、身の程をわきまえ、そして日の当たらない、お前 の顔を光で明らかにしない日陰の中を大人しく生きてゆきさえすれば――恋愛における幸せなど求めなければ――お前 は十二分な幸せを得られたまま死ねるが、身の程知らずに恋だの愛だのを求めた途端、お前 は破滅する。
不細工のお前 が恋愛で幸せになれるはずもないからだ。お前 は恋愛なんぞしても、どうせ不幸にしかならない。
陰湿な暗がりがよく似合うお前 なんかが、太陽の下でなお光り輝く彼を愛するなど烏滸 がましい。求めてはならない。光を求めてはならない。彼との幸せなど求めてはならない。彼の愛など求めてはならない。…お前 はその不細工な顔を、彼の視界にひと目でも映すことなど到底許されない。
お前 は彼に愛されない。
お前 の愛は彼を不幸にする。
お前 は彼と幸せになってはならない。
お前 の幸せは彼の不幸だからだ。
彼はお前 のことなど求めない。
求めるはずがない。――誰もお前 など要らない。
醜い化け物のお前 のことなんか、誰も愛さない。
愛されない。愛されるはずがないだろう。
お前は過去その醜い顔で愛する家族を不幸にしたのだ。お前は世の中にとって恥ずかしい存在なのだ。お前は見るもおぞましい醜い化け物なのだ。
お前 には幸せになる権利などない。
お前 には愛される権利などない。
お前 は、一生結婚などするべきではない――。
二十年以上…――積もり積もったこの「呪い」は、きっと僕自身が自分にかけてきてしまったものだった。
もはや怨念とさえ成り果ててしまっている感情なのかもしれない。…母も言っていた。もはや名を呼ばずしても、口に出さずとも、強い負の感情はそれを心のうちに思うだけで、「呪い」――「呪詛」になってしまうのだと。
「……、…、…」
僕を傷付けた人たちではない。
やっと気がついた。僕が誰よりも一番ゆるせないのは――誰よりも自分の幸福を望んでいないのは、誰よりも自分の幸福をゆるせないのは――僕自身だった。
ともだちにシェアしよう!

