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「……? ――…っ!」
ふとその影を見上げた俺は、ドキッと恐怖から心臓が縮こまり、たちまちまた涙目になってしまった。
「おいガキ共、こんなところで何してやがる…?」
俺たちをニヤニヤと見下ろしているその男二人は、きっと山賊だった。
見るからに荒くれ者という感じの男二人組、日に焼けた泥だらけの鬼のような大きい顔、黄ばんだ白目、ボサボサの汚い髪、ビリビリのボロ切れのようなくすんだ着物、腰には帯刀までしている。――俺が怯えて目を伏せた先にあった、その泥まみれの毛羽 立った草履 を履いている大きな足、むき出しの浅黒い両脚は古傷だらけで、さらにゴツゴツとしたその筋肉の凹凸 が恐ろしい印象をより深めていた。
……俺たちは一見して公家の子どもと思われるほど身なりがよかった上に、子ども二人だけでこんな人気 のない村郊外にいた。山賊にとって俺たちは好餌 に他ならなかったのだ。
「…ガキ、此処が誰の領分か…」と一人がガラガラの酒やけしたような低い声で言っているさなか、すくっと立ち上がったウワハルは、怯えてガタガタと震えている俺の前に立った。
そして俺の兄は――俺を守るために――バッと両腕を大きく広げ、
「貴様らがどこぞの者とも知らないが、この枇杷の木は、近くの村に住む弥助 とおつるという夫妻のものだ。ぼくらは彼らに頼まれてこれを取ったのだ。…貴様らにつべこべ言われる筋合いなどない。」
と、声変わり前の少年の声で、相手は体格の大きな男二人にもかかわらず、堂々とした態度で言った。
すると一人の男――片目に黒い眼帯をつけている――が地響きするようなほどの大声で、
「おい、女はすっこんでろ!!」
とウワハルを威圧した。兄はビクリともしない。
しかし――もう一人の、顔に大きな古傷がある男がウワハルをしげしげと、なめ回すようないやらしい目でニヤニヤと眺めながら、顎をさする。
「いいや権兵衛 、待て。やたら男勝りな女だが、しかしこいつ、なかなか可愛い顔してるじゃねえか」――男のいやらしい、鋭い目がつーと隣の相方に目配せする。
「小生意気に男装なんぞしておるが、なかなかの上物だぜ…? どうする…」
すると、その目配せを受けとった眼帯の男のほうもにんまりと悪く笑い、
「おお、ついでにとっ捕まえて売るか…」
……ただ俺の兄はそれに怯えるような少年じゃなかった。彼は威風 堂々 と男らにこう言った。
「貴様らの目は節穴か? ――ぼくは男子 だ。」
「…ああ?」すると眼帯男が疑わしげに兄を見る。
もう一人の顔に傷がある男もウワハルを見て、でも彼のその言葉を身を守るための嘘だと思ったらしいその男は、ニヤリとした。
「それならどれ見せてみろ、どうせなぁんにも付いちゃ…」
「いいだろう。……」
ウワハルは手なれた動作で青紫の袴 を脱ぎ、なんのためらいもなくそれをパサッと地面に落とした。
「さあ、刮目 せよ。」
……それどころかウワハルは、きっと股間を――褌 のち い さ い 膨 ら み を――隠している狩衣の裾までまくり上げ、自分を女子 と勘違いしている男ら二人に、堂々と「男子の証明」を果たしているらしい。
「……、…」
「……、…」
男二人は目を見開いて愕然 としている。
それからウワハルの女顔と、ウワハルの「男子」とを上下に見比べ、
「ほ、ほんとに付いてやがらぁ…」
「…ぉ、おめぇほんとに男か、? 褌んなかになんか入れてんじゃねえのか、…」
「馬鹿め、こ こ に 入 っ て る の は 僕 の お ち ん ち ん だ け だ。――言っておくが、恥をかいたのはぼくではないぞ。…赤っ恥をかいたのは貴様らだ。」
ふん、と鼻を鳴らしたウワハルは、また手早く袴を穿 きなおす。――そして下ろした手でぐっと拳をつくる。
「さあかかってこい。…貴様らくらい、ぼく一人で十分だ…――。」
……で、このあとどうなったかって――。
たしかに体格差でいったらウワハルは完全に不利だった。だって大人の大男二人、それも山賊とくれば戦いにも慣れ、また男たちは帯刀までしていた。
ただし、一見ウワハルは線の細いか弱そうな美少年に見えるが、これでも武神・建御雷神 と経津主神 の孫なのだ――それに俺たちはこの頃から、祖父たちから少しずつ武道を教わりはじめていた――。
ましてや彼はまさか本物の十歳の少年ではなく、実際は男らよりもうんと年上の、何百歳の神だったのだ。
でもそんなことなど知る由 もない男たちは、――男子とはいえ――九、十歳の少年と見れば当然、ウワハルのその威勢を「虚勢」だと嘗 めてかかった。
それだから刀を抜くでもなく、ニヤニヤとしながらからかうように、まずは古傷の男が、ウワハルのみぞおちに逆さまの無骨な拳を突き入れようとした――が、…ウワハルはその動きを見切ってさっとかわし、男の空振りした拳がむなしく天を突き上げた隙に、男の腰にあった小刀を抜いて奪った。
「……隙あり」
そしてウワハルはすぐ男のがら空きになったわき腹を舞うように斬りつけ、その男がぐぅっと痛みにそこを押さえ、後ずさりしながらしゃがみ込んだあいだにも――只者 ではない、と刀を抜いたもう一人の眼帯男に、その血濡れた小刀の尖先 を向ける。
「…子ども相手と嘗 めていた癖に、そう易々 と刀を抜くとは、なんと情けないやつらなのか。――どうせその鈍 らを抜くのなら、はじめから抜けばよかったものを。」
「……ッチ、このガキ、只者じゃあねえ、…」
べっと脇にツバを吐き捨て、脚を大きくひらき、草履で地面を踏みしめた眼帯男が、刀を両手で構えてウワハルを睨む。――もう一人のしゃがみ込んだ古傷の男もまた、切り裂かれた着物のわき腹から赤い血を流しながらも、血まみれの手で刀を抜く。
しかし刀を構えた臨戦態勢の男二人と対峙してもなお、ウワハルはちっとも億せず、かえって男たちをにらみ返す。
「…今すぐこの場を去れ。そうしたら深追い無用、許してやってもいいぞ。」
「嘗めたこと抜かしやがってガキが!」
眼帯男が、うおおおお、と雄たけびをあげながらがむしゃらに斬りかかってくる。…ウワハルはさっと身をかわしながら、男の力いっぱい走ってきた脚に構えた小刀で、自然と男の太ももを斬る。――もう一人の古傷の男が振りおろした刀、それをもぴょんっと飛び退いて避けたウワハル、…ウワハルはその上がってゆく刀の背につま先で立ち、古傷の引きつれた驚き顔の男を見下ろす。
「おろかな貴様らは知らぬようだから教えてやろう。――ぼくらは、神だ。」
ウワハルの黒いポニーテールの髪が風に揺れ、その白い小さな手が握っている小刀の先から、ぽと、と赤い血がしたたり落ちる。――兄の青紫の草履が細い刀の背の上を、綱わたりにしてはあまりにも簡単そうに歩き、ガタガタと震え、怯えながら見開いた目で自分を見つめている男に歩み寄ってゆく。
「地獄は本当にあるのだぞ…。…ここらで心を改め、地獄の責苦を少しでも軽くしたほうが身のためだ……」
「…神だあ…っ? ふん、今更神殺し程度で臆するとでも思ってるのか、…」
先ほど太ももを斬られた、ウワハルの白い狩衣の背を血走った目で見ている眼帯男が、虚勢に荒々しく声を張る。
「……知らないようだが…、神は死なない。」
とウワハルが男に背を向けたまま静かに言った。
「なら試してみようじゃねえかぁっ!」
男が刀を振り上げてウワハルのほうに向かう、…刀の背に立ったままふと振り返った兄は、「馬鹿め」と冷ややかに言いながら刀からぴょんと下り――当然ガキンッと仲間の刀同士がしたたかにぶつかり合うと、怯えていた古傷の男の手からは力が入っていなかったために、…その手からは刀が抜け、あらぬ方へ吹きとんでいく。
「やめよう、なあもうやめよう権兵衛、…こいつ、こいつぁほんとに神さんだぜ、…」――刀を手放したなり腰を抜かし、尻もちをついたその男が言う。
「……っ、…、…、…」
ちなみに一方の俺はというと、顔を両手で隠して、でも指の隙間から兄の奮闘を見守って――恐ろしくって腰が抜けていた。枇杷の木の下にちいさく座ったまま動けなかった。ましてや兄と共に戦う勇気なんかなかった。
……俺は本当に弱虫だった。
「死ねええ!」
眼帯男がまたウワハルの背に斜めから斬りかかる。
大振りのその剣筋に振り返りつつ、その身を軽々後ろへ飛びのかせてさっと避けたウワハルは、…男の「大事なところ」をじいいっと凝視した。
「……見たくなかったのに……」
「んおおお゛…っ!!」
すると刀さえ手放し、股間をおさえて内また、眼帯男は悶え苦しみながらしゃがみこむ――あとで聞いたところ、ウワハルはこのとき、「男の大事なところ」を棘 のある薔薇のいばらでギチギチに縛りつけてやったらしい…(男からしたら恐ろしすぎる攻撃だ)――。
「…ふぅ…、……」
ウワハルは小刀を片手に持ったまま、自分の足のつま先の前に回りたどり着いたその刀を取り、おもむろに男らへそれの尖先を向けた。
「降参か。…もしまだやりたいというのなら、いよいよこのまま斬り殺してやる。」
「…ひっ…! ゆ、許してくれ、命だけは、…」
「…頼む、悪かった、…悪かったからよ、…」
そう冷や汗をかいて拝むように両手を合わせる男らに向け、ウワハルは冷ややかな顔をしてこう言うのだった。
「そういえば…ここらは貴様らの領分なんだったな。…ならば今このときから、ここらはぼくらの領分だ。――もう二度とこの地に足を踏み入れぬと誓うのなら、命だけは助けてやってもいいぞ。」
「わかった、わかったよ、…」
「…もうこんなところからは出ていくと決めた、そう決めたからよ、…」
「そうか。…ならばもう二度とその汚い面 を見せるな。――行け。」
顎をしゃくった少年に、刀さえ置き捨てて尻尾を巻いて逃げてゆく男二人――結果はウワハルの圧勝だった。
「……、…はぁ…――。」
俺は安堵し、ほっと胸をなで下ろした反面――自分の情けなさへの失望、兄の頼もしさへの尊敬の念、…いろんな感情がごちゃまぜになって、また泣いてしまった。
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