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俺は何もいわず、あの座敷からウワハルの骨っぽい手首をしっかと鷲掴みにして、そのまま強引に兄を広い裏庭へと連れだした。――そして今ズカズカと大股な俺の足が向かう先は、その庭にある藤棚 ――俺とウワハルの藤棚だ。
……ただ、ウワハルは俺にほとんど無理やり手を引かれ、なかば引きづられるようにして俺の後ろを着いてくる――着いてくるしかない――なか、…さっきから何度もこうして、
「……っ、シタハル、…シタ、っ何なんだいきなり、…」
と後ろから文句の口調で俺に呼びかけ、どこに行くとも、なんの用で、とも俺の説明がないことに対して不服そうに、俺にしきりにその説明を要求してくる。――でも俺は答えてあげない。
……藤棚が見えてくる。
初冬ともあって、藤棚にからまったその藤の木はすっかり落葉し、今は幾重もの重厚な乾燥した枝ばかりになっている。またその枝からは茶色くなったそら豆のさやのようなもの、つまり藤の種が詰まったさやがいくつも垂れ下がっている。
ちなみにこの藤の木は俺たちが生まれた日に芽を出し、そして俺たちと共に成長してきた、いわば俺たちにとってはもう一人の兄弟のようなものなのだ。
「っおい、シタハル…っ!」
「……、…」
思うと懐かしいな――俺たちはこの藤でよく花を咲かせる練習をしたものだ。
俺とウワハルは春の神だから、もともと小さな頃から花を咲かせる力――いうなれば才能――はあったけれども、神としての務めを果たすためには、当然その技を磨くための練習をする必要があった。
というか、そもそも俺たちははじめ、雑草ともいえるような小花をちょっと咲かせるくらいのことしかできなかったのだ。
それで早いうちから練習――その幾度とない練習は、俺たちが子どもの頃から遊びながらしていたことだったのだが、その初めからしばらくは、必ずこの藤の木が練習台になってくれたのだった。
『えいっ…』と人間でいうところまだ六、七歳くらいの小さいウワハルが、真剣な顔をして、まっしろな子どもの両手を、まだ一メートルちょっとの――当然まだ藤棚にも届かない――若い一本の藤の木にむけて広げ、つき出す。
昼下がりの陽光に照らされた緑色の葉をしげらせているその若い藤の木は幹 もまだ細い。
『えい…』と俺も兄の隣で同じことをする。
『えいっ…』――兄がもう一度手のひらを突き出す。
俺たちの後ろでこれを見守ってくれている両親が、…父は優しい声で『いい感じだ、だがもっと息を揃えて』と言い、母はというと『もう少しだわ…もう少しなんだけれど…』とハラハラしている。
『……、…』
『……、…』
俺たちは真剣な顔を見合わせ、うなずきあった。
そして再び、同時に藤の木をまっすぐ見据える。
『『えいっ…――!』』
俺たちの息が合う。
ウワハルは緑色のつぼみの房 へ、俺は地面から木の幹、枝の先へ、各々自分の神氣を精いっぱい、集中して送りこむ――すると…――みるみるうちに、たった一つだけ、けれども見事な薄紫色に染まってゆく藤の花が――いよいよふわぁ…とその房の花びらを全て開いてゆく。
そうしてたった一房だけ――でも初めて俺たちは、藤の花を咲かせることに大成功した。
『……は、…』
とウワハルが歓びに俺の隣で息を呑み、
『……ぅ、…、…』
俺は嬉しすぎてうるうると涙目になった。
でもすぐに、
『『っやったーー!』』
初めてうまく花を咲かせられた俺たちは、ぴょんぴょんとび上がってそれを喜んだ。――そして手をつなぎ、誇らしい笑顔を見合わせ、それから自分たちの後ろにいた両親のもとへ駆けよって、――もちろんすぐしゃがんでくれた二人に抱きしめられ、『すごいすごい』『よくやった、よくやった』とたくさん頭を撫でられながら、たくさん褒めてもらった。
……あのときは父上も母上も、喜びのあまり笑いながら涙ぐんでいたな…――。
「…………」
……種から育てられたこの藤の木が、今じゃこうして藤棚の全体にすっかり枝を絡みつかせるほど成長し、そして毎年その豪華 絢爛 な薄紫色の花を――俺たちが――たっぷりと咲かせられるようになったのだから、…俺たちがもう結婚さえできるほど成熟した男神になったのも当然だった。
藤棚の下に入る。俺は強くつかんでいるウワハルの手首をぐっと引き、藤棚の下に置かれた木製の長椅子へ、なかば彼を投げ飛ばすように無理やり座らせた。
「……っ!」
兄はほとんど尻もちをついたようなその衝撃に顔をしかめたが、
「っ一体何なんだシタハル、何の説明もなくいきなりこんな寒空の下に連れ出して、…」
と威勢よく俺を睨みつけながら、反抗するようにまたすくっと椅子から立ち上がる。
そうして俺とウワハルは結果的に向かいあう形になったけれども、…兄はその美しい顔を怒ったような険しいものにしている一方、俺のほうは自然と眉尻が下がってしまう。
「……俺、君を待ってただけだよ……」
君を、俺、ずっと待ってた、だけ。
君の気持ちが俺に振り向いて、色っぽくほほ笑んでくれることを――君の気持ちが、そろそろ俺と恋仲になってもいい、とそう決めてくれるときを――ただ花が咲く春の日が訪れるそのときを――俺、ずっと君を待っていただけなのに。
「白椿を殺す必要なんかない。…君の俺への恋心を、君は殺す必要なんかないんだよ。」
――根が同じ? 枝が同じ?
俺はふと左後ろへ顔を振りむかせる。
この藤棚の枝ばかりの藤に探すと、…いや、探さなくてもいくつもあった。――枝から垂れ下がるこの茶色く枯れた藤のさやの中には、もちろん種がいくつも詰まっている。
いつか、いや、そろそろこのさやは勢いよく爆発するのだ。…藤はそうして種をまき散らす。――今はまだこのさやも俺も我慢しているけれど、まるで俺の兄への想いのように、そろそろこれは爆発してしまう。
「…ね…藤は根が同じだろうが、枝が同じだろうが、…自分の花粉だけでこうして種をたくさんつけるでしょ…――そうでしょ、ウエ……」
と俺はまた、対面にいるウワハルにまっすぐ顔を向ける。…彼はまだ気の強さが抜けていない表情で、でも俺を見るその青白い瞳を小刻みにゆらしながら、俺の目を見ている。
「それに藤の花は、どんな花よりもうんと近い距離で隣り合って咲いてる。…でもその真隣の花の花粉で、ちゃんと受粉――ちゃんと惚れ合って結婚するんだ。…」
俺はウワハルを見据えたまま、彼の冷たい両手をその指先からすくい上げて取った。そしてきゅっと握った。
「俺の言いたいこと、君ならわかるでしょ。」
「…わからない」
険しい顔をしたウワハルは、意地になったように即座そう否定した。
――「わからない…」しかしもう一度そう言った兄の、俺を見てくるその透きとおった青白い瞳はゆらぎ、じわりと潤む。…と、と彼は一歩さがり、俺の手の中からその両手を引かせて逃げ、力なく長椅子に腰かけた。
……その長い黒のまつ毛を伏せたウワハルの、その青ざめた薄桃色の唇が声もなく、『もう…わからない…』とつぶやく。
「俺…結婚する前に、恋してみたかったな」
あてつけ。そう、これはあてつけだ。
わからない、と、わからないふりをしたウワハルへのあてつけ。…でも嘘じゃない。――俺はずっとウワハルと恋仲になりたかったのに、結婚する前に、俺はウワハルと恋仲になりたいのに。
「…好きにしたらいいじゃないか」
兄は虚ろに目を伏せたままそう静かに答えた。
「…僕らは夫夫となることを運命られているとはいえ、別に恋仲になるということまでは運命られていない。――つまり僕らは、他の者と好きに恋をすることまでは禁じられていないのだ…――だから…君も好きにしたらいい……」
「……俺は…」
俺の眉が寄る。
俺はじっと、諦め顔のウワハルを睨み下げるように見下ろしたまま、…心の「蓋」を取った。
「――俺は、ウワハルが好きだ。…きっとこれからもずっと、ウワハルだけが、好きだ。」
きっと、今までちゃんとこう君に言わなかった俺も悪いんだ。――わかってる。
もう、俺はわかってる。
俺はウワハルが好きだ。ウワハルだけを愛している。きっとこれからも俺は永遠に兄だけを愛し続ける。――だってそれが俺の、俺たちの「運命」だから。
もう恥ずかしくなんかない。こんなの全然恥ずかしいことじゃなかった。俺が、俺の兄を、親友を、片割れを――俺の許婚を、俺の未来の夫を愛すること、その愛を君にきちんと伝えることなんか、本当は全然恥ずかしいことじゃなかったのに。
それは決して「負け」なんかじゃなかったのに、俺は子どもみたいな意地を張っていた。
けれども――ウワハルの伏し目は俺を見ない。
彼の儚げな表情は晴れない。…冬の透明な陽光は、彼のなめらかな肌を蒼白く照らしている。
「……僕なんかより…」とウワハルは、かすかな声で言った。
「…美しい神は、いくらでもいる…」
「……え…?」
何、言ってんの……俺は目を瞠 った。
俺はそんなことない、と心ではすぐ否定したのに、あんまりうろたえてしまってそれを口に出せなかった。――あのウワハルが、「僕以上の美神 なんかいない」と毎日のように自信満々に豪語してきた自惚れ屋のウワハルが、…俺はこんなに卑屈になった兄を初めて見たのだ。
ウワハルは目を伏せたまま弱々しく笑った。
「……いいや、…僕には…、魅力がない…――結婚をしても…、どうかな…――僕は本当に、…君に抱いてもらえるんだろうか……」
「……っそ、それは、…別に…」
俺はすぐ「全然、心配要らないけど…」と続けようとしたのだ。…でもすぐにウワハルは涙目で俺を見上げ、その目元を無理やり勝ち気なふうに強ばらせ、
「シタハルが愛する美神は、一体どんな顔をしているのだろう、…きっとその神は、僕よりもうんと美しくて色っぽいのだろうね、…まあ少なくとも、僕より可愛げがあることは確かだろう、…」
「あ、あのさっウエ、…俺さっき、…」
俺はちょっと怒りそうだ。
……だって、…君が好きだってさっきはっきり言ったじゃん!? なんで信じてくれないの…?!
――ウワハルはまたその潤んだ目を伏せ、斜め下へ瞳を向けながら、自分の白い羽織りをまとった二の腕を震えている手でつかむ。
「……信じられないのだ…、とてもじゃないが、もう信じる心を持てない…。…君は〝待っていた〟というが…――これまで君を〝待っていた〟のは、よっぽど僕のほうだ……」
「……、…それは……」
……俺は自分の黒紫の羽織りを脱ぎながら、彼の隣に腰かける。そしてウワハルの肩に自分の羽織りをかけながら、
「それは、どういうこと…?」
と優しく尋ねる。
ウワハルはふいっと俺から顔をそむけた。
「……、いつまで、君は〝わからない〟のだ…と…――いつか、恋仲になろうと君が言ってくれることを、…僕はこの十年、ずっと、…ずっと待っていたんだ……」
「――…っ!?」
え。――え゛っ!?
俺はびっくりして目を見開いた。
ちょ、ちょっと待って、…
「もう十分待った、…」とウワハルがちょっと泣きそうに声を張るのだが、…ちが……。
俺から顔をそむけたままの兄の白い耳の上あたりが、じわりと赤くなっている。彼は俺が肩にかけた黒紫の羽織りの衿 もとをぎゅっと掴み、「違くないっ」
「…しかし、君が半年後に婚姻を控えてもなお恋仲になろうと言い出さないから、…僕はもう諦めようと思っていたんだ、――君に、愛してもらうことを……、君にとったら僕なんかきっと魅力がないんだろう、…まだ色気の欠片も、感じられないんだろう、…っ」
「……、…、…」
俺はただただ血の気が引いてゆく…――。
ウワハルは俺に勢いよく振り返り、キッと俺を涙目で睨みつけてきた。
「努力したのにっ…! もっと美しくなろうと、色っぽくなろうと、…そうしたらシタハルが、いつか僕に振り向いてくれるんじゃないかと、――みんなが言うのだ、…僕を極楽の花のように美しいと、たまらない色香が漂っていると、…下劣なからかいさえ受けるのだ、…清廉 なくせやたら劣情を誘うと、あまりにも色っぽいからと、…酒の席で一晩を申し込まれたことだって、――それなのに君ときたら、…誰よりそう思われたかった君だけは……っ!」
「ま、待って、…あ、あのさウエ、…」
……俺、…勘違い…してたかも……?
ウワハルが眉をひそめる。
「何の勘違いだ、…っだが、ふん、…だが別に無理なら無理で構わない、…とにかく、別に僕は構わない、」
と――また別の勘違いをしている――ウワハルはふと悲しげに目を伏せ、俺からやや顔をそむける。
「結婚したあとでも、君は好きな神と、好きに恋をしたらいいよ…。…僕も…そうするつもりだ……」
「……ん、わかった。…」
とにかく――俺はウワハルの肩を抱き寄せる。
「…じゃあ…俺の大好きな君と、好きに恋するね。……」
可愛げがないだって。
たしかに兄にいつも可愛げがあるだなんて、さすがにそうは言えない。たしかにウワハルは相変わらず高慢ちきだ。高飛車で気が強くて素直じゃなくて皮肉屋で自惚れ屋で、近頃はかててくわえてやけに潔癖だし――まあそれも「一晩を申し込まれた」と聞いたらそりゃあ当たり前、むしろありがとうって感じに思い直せたけれども――、…ただ俺のことを想うあまり卑屈になってしまったこの兄は、めちゃくちゃ可愛かった。
それどころか諦めて身を引こうだなんて、自分の恋心を殺すと決心して――俺と恋仲になることを諦めきってから俺と結婚すればきっとまだ楽だから、だなんて、なんて健気 で可愛いんだろう。
それにあの自惚れ屋の兄が、俺のせいでこんなに卑屈に変わってしまっているというのは、なんだか俺にちょっとした嬉しさを覚えさせる。――それは性格が(きっと不安から)真反対に変わってしまうほど、ウワハルが俺のことを強く想ってくれている証拠だ。
とても変わりそうには思えない軸のしっかりした兄を、こんなにも憐れな気持ちにさせてしまった俺は、兄の中でそれくらい影響力のある大きな存在だ、ということだ。――もちろん自分の悪いところは反省しているし、不安にさせてしまったことは謝りたいけれども。
「ごめん」
俺はまずウワハルに謝った。
俺が心に「蓋」をして隠しちゃってたからいけなかったのもある。まあそれはお互いさまだけど――俺がもう少し早くウワハルに心を開いていたら、きっとこんな十年もかからず、俺たちはもうとっくに恋仲になれてたんだろうな。
「あのねウワハル…、俺、勘違いしてた……」
十年前、あの崖の上で――俺は君に「恋仲になりたい」と言った。
「……、は?」
ウワハルが怪訝 な顔をして俺を見る。
「うん。言ったよ。確かに言った。――でも…」
俺はウワハルにも伝わるように、頭の中であのときの自分の目線の記憶を再生する――夕陽のなか、遠のいてゆくウワハルの白い着物の背中に向けて、俺は確かにこう言った。
〝『でもっ…今日の君は、…君、凄く今日は色っぽかったよ、…それに、それに今日は凄く、…凄く綺麗だウワハル、――俺、…俺だから多分っ、…』〟
俺は、どんどん遠くなってゆくウワハルの背中にすがるように、精いっぱいこう言ったのだ。
〝『俺、多分っ、…ウエと、こっ恋仲に、…っなりたい、…』〟
けれども、あのとき君は『今、なんて……』としか返さなかった。…俺ははにかみから、君が動揺しているだけかと思ったんだ。――でも多分君は、あれが聞こえてなかったんだね。
「……、…、…」
ウワハルは目を見張り、その青白い瞳を揺らして俺を見ている。
「で、俺…そのあと君を抱き締めたとき、君が〝でも、このままでいたい、しばらくは〟と言うから、…てっきり断られたんだと思って…――だから、君の気持ちが固まるまで待っていてあげようと……」
ましてやその直前もそのあとも、君は俺を「弟扱い」してきたし。
「ちっ違う、…あれは……!」
ウワハルは目を見開いたまま、じわりとその頬を赤らめた。――『僕が〝しばらくこのままでいたい〟と言ったのは、…〝こんなに体は大きくなったのに、君はいつまで経っても甘ったれの弟のままなんだな〟…そのあとに続く、
〝でも……〟そのあとに続いた僕の言葉は、…
その弟がこんなにぎゅうっと男らしく強く抱きしめくるなんて、――ときめいてしまう……。
だから、好きな人である君に……』
「っ幸せだったから、…だから君に、…愛する、君に、…もうしばらく抱き締めていてほしいと、…僕はそう言っただけだ……!」
「……、…、…」
不意打ちで――めっちゃ可愛いこと言われた。
俺まで赤面してしまう。ウワハルも恥ずかしそうに目を伏せた。
「…それに、君を弟扱いをしたのは、…僕が君の前で兄であろうとしたのは…――まだ少年だった君が、突然色気づいた兄など気色悪がるんじゃないかと……」
付け加え、ウワハルが口の中で「ただ…この頃はほとんど意地になっていただけだが……」とボソボソこぼす。
「……はは、…」
俺たち、お互いにめっちゃ勘違いしてたみたい。
で、…真逆なようで、やっぱり双子、片割れ、似た者同士――めっちゃ同 じ 感 じ だったみたい。
――俺は照れくさくって破顔した。
「…あはは、…とにかく…、…とにかく…ウエは可愛いし、どんな神よりも美しいよ。…それに、とても……」
「……、…」
不安げに、冬の昼間の陽光に艶めくその伏せられた黒く長いまつ毛、その儚げなまっしろな白い整った横顔――高い位置で結われた長い黒髪にあらわなその蒼白い首筋、そのまっしろな、まっしろなうなじ――兄の艶美な黒い髪が俺の吹かせるあたたかい風にゆら、ゆらと揺れる。
そのあわい薄紫色に近い薄桃の唇、艶のあるその色っぽい曲線のある唇――俺はウワハルの片頬を手のひらで包み込み、こちらを向かせた。
「それにウエは…ものすごく、色っぽい…――。」
俺は目を伏せながら、そっと唇を寄せてゆく。
……でも、ぐっと兄は俺の胸板を押し返す。
「……、…、…」
ウワハルは目を伏せたまま、その頬をうっすらと桃色に染めている。
「っふ、ふさげるのはよせ、…」
「…ふざけてなんかないよ」
「……っな、ならない、こんなこと、…」
「どうして…?」
俺はとぼけた。
わかってる。――俺たちは「婚姻の儀」を終えなければ、接吻してはならないのだ。
ウワハルはその白い顔をうっすらと全体赤くしながら眉を寄せ、もう少し俺の胸を押してきた。
「…ぼ、僕たちは、…儀式を終えてからでないと…」
「……俺たち、どうなっちゃうんだろうね…。…このまま…このお互いを愛する気持ちのまま、今接吻したり…――このまま、目合 ってしまったら……」
俺は本気だ。
――「運命」なんてクソ食らえ。
どうなったって別に大丈夫。何度だってやり直せばいいだけ。…伊弉諾 と伊弉冉 の大お父様と大お母様も一度「失敗」したけれど、正しい形で儀式をやり直したら上手くいったのだ。
別に「失敗」なんか恐れることじゃない。
ふと上がった兄のツリ目が、俺を軽蔑して睨みつけてくる。
「ふん、…妙な気の迷いだ。…というか好きだのなんだのと言うが、…毎日毎日一緒に風呂に入っているというのに、君は毎晩僕の全裸を見ても唆 られていないじゃないか、――もう兄をからかうのはよせシタハル、…儀式の前にそんな馬鹿げた禁忌 は、…」
「え…? ふふふ…――」
ウワハルは「ぁ…っ」と声をあげた。
俺がウワハルを木製の寝椅子に押し倒したせいだ。
「俺、ずっと我慢してただけだよ、ウエ。」
「……、…、…」
ウワハルは驚いた顔をして俺を見上げている。
しかし彼はすぐに俺をキッと睨みつけた。
「っ何をするんだ、冗談が過ぎるぞ、…」
「…なーんだ? へへへ…」
「ふざけるな、退 けっこの馬鹿弟、…」
……ウワハルは勝ち気な顔をして、退け、と俺の胸板をぐっと押し上げた。――びくともしない。
「……ふ、…ねぇウエ…俺、もう昔みたいな子供じゃないの。…わかってるでしょ」
――もう兄が俺の力に敵うはずがない。
今や俺自身も自負しているとおり、俺はウワハルよりもうんと雄偉 な肉体を得ている。
悪いが今の俺にはもう兄を征服するのなんか朝飯前なのだ。…それも身一つで二人きりならなお、ウワハルなんて到底俺の敵ではない。――同じ男神、それも兄とて日々怠けず鍛錬に励んでいるとはいえ、兄より優位に頑健 な肉体にめぐまれた俺の前じゃ、彼を非力といったって過言にはならない。
……それこそ、たとえば俺が邪心を持っていて、男神である兄をこのまま無理やり辱 めようとしたなら、いくら兄が本気で抵抗したところで、それは俺の思うままに強行されてしまうことだろう。
まあ、もちろんそんなことはしないけれど……。
「……、…、…」
ウワハルは自分の非力さ――自分のそれと対照 的な俺の屈強さ――に屈辱を覚え、かあっと赤面しながら、悔しそうな顔をした。
「……ね、ウワハル…、俺、ずっと我慢してたんだよ……?」
と俺がウワハルの頬を指先で撫でると、ぴくんっと肩をすくめた兄は――ぞくぞくしてしまった、俺の口角が上がる、…だって初めて見た、…いつも気が強いウワハルは――怯えたような、怖がっているような弱々しい顔をしたのだ。
彼の顔は物語っていた。もう弟の力には勝てない、悪ければ僕はこのまま、弟に…――。
俺は兄の顔に顔を近づけた。
ビクンッと怯えたウワハルは、「やめろ、」と唇の初心 を守ろうと慌てて顔をそむけながら、俺の口もとに片手をかぶせようとする。俺はその手首をつかむ。
するとウワハルは困惑した横顔のその青白い瞳を動揺させ、もはや俺を見ることすらできない。
「……、…、…」
「…はは…もしかしてウエ、怖いの…? 弱虫で、泣き虫で、意気地なしの俺が……?」
――俺はちょっと得意になってしまった。
昔は俺がこうして兄に簡単に馬乗りになられていたのに、今はまるで逆――。
「…ち、違うっ怖くなんか、…」とウワハルは虚勢を張り、俺を睨みつけた。
得意になった俺はやすやすとウワハルのもう片方の手首をつかみ、長椅子にその両方を押し付けてやった。…そうされても兄は俺を睨み上げた。
「…本当だ、怖くなんかない。っシタハル、僕はやめろと言っているんだ、離せ、…さもないと…ッ」
「……やだ。……」
俺はウワハルの首筋に顔をうずめる。
◇◇◇
皆さま、活動報告でもご挨拶させていただきましたが、あけましておめでとうございます〜!
本年もどうぞよろしくお願い申し上げますっ♪
皆さまにとって本年がめっちゃ幸せで楽しい、素晴らしいものになりますように(* 'ᴗ'o♡o
鹿♡
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