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俺はウワハルの首筋に顔をうずめた。
……本当はまず接吻がしたかったのだけれども、今それを「禁忌」だと戒 めているウワハルの口もとに唇を近寄せたところで、当然兄は激しく抵抗をして、とにかく俺の唇からなんとしてでも逃れようとすることだろう。――それはともすれば、まるで生死を懸けて抵抗する獣かのように、俺の唇に獰猛 に噛み付いてでも。
でも首筋への接吻なら、今や膂力には自信がある俺は、たとえウワハルに本気で抵抗されたところで、彼の細身くらい容易に押さえ込むことができる。
……といってこれは、俺の念願がやっとひとつ叶った瞬間でもあった。
何より、何より――俺がずっと憧れていた兄の、このいつも気高く立てられたまっしろな首、この色香の濃いやや華奢 な長めの首筋、このなまめかしい喉仏、この馨しい薔薇の魅惑的な香り!
もちろん俺は、ウワハルの美しい肉体にならきっとどこにだってそそられるだろうけれども、日ごろから特に、特に俺は、兄のこの気高い白百合 のような首に密かに欲情していた。――近ごろはいつも端雅 な身なりをもって潔癖なほど守りを固くしている兄であっても、その気高く伸ばされた首もとの生白いなめらかな肌ばかりは当然昼も夜も隠しようがなく、するとかえって、その守りの固ささえもがやたら彼の首もとから放たれる色香を濃くしていたのだ。
清廉なくせやたら劣情を誘う――いつの間にか俺の知らないところで、そんな卑 しいセリフで兄をからかった輩 に俺は少し腹を立ててはいるけれども、…ただその一方、その言葉には納得せざるを得ないところもあった。
とはいえ、言わせてもらうが「清廉なくせ」ではない。
――清廉だからこそ、潔癖な兄だからこそだ。
高貴や無垢や純潔やと、とにかく貞淑の象徴とされがちな百合ほど、香りの濃い花もなかなかないものでしょう。
無垢な、端然 とした貞淑の白百合の佇 まい、なのにそそり立つめしべからはたっぷりと蜜をしたたらせ、そして濃い色香をはなつその花の白い無垢な花びらほど、蠱惑 的なものもないのだ。
ああ、もうたまらない、…
俺はまずはウワハルの首もとの薔薇の香りを堪能した。…スンスンと犬のように鼻を鳴らして小きざみに嗅 いでみたり、それからすーっと深く、胸の奥の奥まで吸いこんでみたり――。
「っはぁ……!」
なんていい匂いなんだろう! この薔薇の香りだけでもすごく色っぽい心地になってくる――「んん…」と兄はくすぐったがって小さい声をもらしたが、彼のそれはまだ官能を帯びてはいない。…ただ、俺にとってはそれさえ色っぽいと感じられる声だったけれども。
「し、シタハル、……ぁ、」
俺は兄のあたたかくしっとりとした首の皮膚 に、ふに、と唇をやさしく押しつけた。俺の唇にしっとりと吸い付いてくるこのキメの細かい肌!
はむ、はむと唇でやさしくそのやわ肌を食む。……当然俺の陰茎はトクトクと、うずくような快感の脈動とともに少しずつ膨らんでゆく。
「は…っ」とウワハルは吐息をもらし、その肌をざわ…と粟立たせ、ぞくぞく…と体を小さくわななかせた。
「……嫌…し、シタ、…」
そして俺が掴んでいるウワハルの両手首が抵抗するけれど、押さえつける。――いや、こんな力しかないのなら片手で十分……俺はウワハルの両手首を片手でまとめて掴み、兄の頭上に押しつける。
……そして見下ろしたウワハルは、うす赤い顔をして、俺をキッと涙目で睨みあげてくる。
「こっこんなこと、許されない、…」
「…やり直せばいいだけ。そうでしょ…?」
いいながら、俺のもう片手は長椅子の縁に折れてかかるウワハルの膝の裏をすくい上げ、その長椅子にいよいよ兄の体を横たえさせた。兄はその脚では抵抗しなかった。――俺はまたウワハルの、その薄桃色の唇に唇を寄せてみた。
ぷいっとやっぱり顔をそむけてそれを嫌がる兄に、俺はまたその逸れた首筋をあむ…あむと唇でゆっくりと食む。
「…ん、♡ やっ…やめ、…」
兄の腰がぴく、とわずかに跳ねた。
……ウワハルの――あんなにいつも強気で涙も見せない兄の――そのいつもの制止の声、なのに初めて聞いたその弱々しい甘い声、…先ほどから快感が脈打っている俺の陰茎がツーンとした。
「く、くすぐったい、…」
「……ふふ、…」
俺は多分本能で――運命られた本能で――彼の薔薇の香りの濃い首筋をちろりと舌先で舐めた。ほんのりと甘い、気がする…。兄は「…っ♡」と、ひくんっと体を跳ねさせた。が、…俺はたまらずペロペロと彼の首筋をつぎつぎ舐める。
「…や、♡ やめっ…んっ…♡ ぉ、おいっやめろってば、…犬じゃあるまいに、…やめないか、何故舐めるんだそんなところ、汚いだろ、…」
「……、…はは、…何故って……」
……まあ俺はそれ以上は何もいわず、さらにウワハルの首筋をペロペロと舐める。
「……ふふ、……」
おいしい。
これがウワハルの肌の味……薔薇の香り、ほんのりと甘い、甘じょっぱいような…――気のせいかな? ほんとうに甘い気がする。
「は、お、美味しい…? 僕の肌が…?」
「…うん…、すごくおいしい……」
俺は兄の耳に唇を寄せた。
「で…ウエ、俺と恋仲になってくれるんだよね…?」
「……そ、それ、は…、……、…」
俺の唇に、彼のしっとりとした熱い耳がわずかに縦にこすれる。こく、とかなり浅くとも、ウワハルが頷いてくれたからだ。――俺は嬉しくなって、すると、やっとウワハルと恋仲になれたというその歓びは、俺のことを余計に興奮させた。
だからちょっと大胆に、俺は彼の藤色の着流しの上から、その片胸をやさしく撫でまわす。
「……ぁ…、……?」
でもウワハルのこの「ぁ」は、…残念だけれども、艶めかしい善 がり声ではない。
……兄はいぶかっているのだ。『なぜこいつ、僕の胸を撫で回して……』
「……? ふふ、そりゃあもちろん…、…ねぇウエ……今自分が何されてるか、わかってるよね…?」と俺はウワハルの胸をまさぐりながら、彼の耳に目いっぱい妖しい声をつくって囁いた。
「……、…」
するとウワハルは小さくコクンとうなずく。
「…君に、胸を撫でられている…。」
「まあ…そ、そうなんだけどさ……」
その事 実 以 上 の 事 実 を、わかってる…?
「……? 事実以上の事実…?」
「……、…」
ま、まあいいや……。
俺はウワハルの両手首を彼の頭上に押さえつけたまま腕を立て、その藤色の衿 もとからそっと片手をしのび込ませる。
「……、…」
……なのにウワハルは何かすっきりしない、どこかいぶかしそうな顔で俺を見上げている。
俺はもちろんそのまま、あたたかい兄の平たい生の胸をやさしくまさぐる。…ぞくぞく、とそれだけで彼のそこは粟立つ。
「……は…、ぁ……ぁ…♡」
するとウワハルは色っぽくそのツリ目をきゅうと細め、軽く腰を浮かせる。
「し、シタ……シタ、…な、なんだか、嫌…」
「へへ…何がやなの…?」
俺のゆっくりと撫でまわす手のひらの中、兄の可憐な乳首がどんどん粒だってゆく。…これがウワハルの肌、あたたかくてしっとりと手に吸い付いてくる。
これがウワハルの乳首、ころころと俺の手のひらの中でやわらかく転がされるハリのある乳頭、きゅっと縮まって少しざらついた乳輪…――俺ももちろんどんどん勃起していっている。
「……ぁ…♡ …よ、よくわからない、…」
とウワハルは、恥ずかしそうに顔をふいっと横へそむけた。――『きっとこれは……これは、よくないことだ…。…それなのに……』
「は……、ん……♡」
そっと目をつむった兄は、ふるる、と体を震わせた。――『なんだか…気持ちが、いい…。ぽうっとした幸福な気分になってくる…。それ、に……』
俺はウワハルの乳首をやさしく、ゆっくりと親指の腹でころがす。――「ん、♡」ぴくんっ…兄の薄い胸が官能的に反応する。
――『なぜ…お腹の下のほうが、きゅうっとする…。…もっと、もっと触れてほしい……』
「……ふ…、…んぅ…♡ …いや……いやだ…、だめ……」
そう力なく言うけれど、ウワハルのそのうす赤い横顔は、なまめかしい苦悶の表情を浮かべている。
けれどもすぐ、ウワハルは弱々しい顔をして俺を見上げたのだ。
「……っ! いやっ…嫌だ、シタ、…」
俺がウワハルの衿もとをはだけさせたせいだ。
すると冬の陽光に照らされてあらわになった彼の、その雪のようにまっしろな平たい胸、その薄桃色のツンと尖った小さい乳首――。
「…っは、…、…、…」
兄は泣きそうな顔を羞恥に真っ赤に染めた。
「……綺麗…、ふふ……」
俺はにんまりと笑いながら――もっと恥ずかしい思いをさせたくて――ウワハルの片手を取り、「ほら…」と自分の「男」に触れさせた。
わかってよ。俺、ほんとうはずっと君にこうしたかった…――俺、ずっと色っぽい君に欲情してたんだ。…嘘じゃない。ほんとうに、ほんとうに。
彼の指の背はたしかに俺の硬さに、熱さに触れた。その行為は俺が――そのことを疑っていた――ウワハルのその体に、官能の魔力を感じていることの証拠になったはずだ。
「……っ!」
ビクンッと驚いて怯えたウワハルの片手、逃げようとするその手首を力強くつかみ、俺は彼の泣きそうな顔を見下ろして微笑む。
「ほら、ちゃんと触って…?」
「……、…、…」
……すると――やたら従順に――目を伏せたウワハルは俺の勃起した陰茎に、あらためて恐る恐ると触れてきた。震えている逆手に、確かめるように、さす…さす…と。
「……、……?」
そしてウワハルがその真っ赤な顔に心配を漂わせ、ふと俺を涙目のまま見上げる。
「し、シタハル…、こんな…こんなに、…大丈夫なのか…?」
「…ん〜〜、まあ…ある意味大丈夫ではないかも、へへ……」
なんて俺がニヤけると、ウワハルのその顔は明確な心配一色となった。
「…やはり…痼 になっているものな…。こんなに大きく腫れて、…いつの間に…? 昨夜まではこんな状態じゃなかっただろう……」
「……え」――俺は愕然とした。
「痛むのか…?」
「…ぇ、? えーとウエ…勃 起 っ て 知 っ て る ? 」
俺は思わず聞いてしまった。
もしかしてさっきビクンッと怯えたのは、はにかみからじゃなくて、…病的な意味の「腫れ物」だと思ったから、…じゃないよね……?
すると、ウワハルは怒った顔を余計真っ赤にしながら、軽蔑した目を見開いて俺を見上げてくる。
「なっ…!? 君っ、なんて淫らなことを、!」
「…あぁ、知ってるんだ…」
よかった、…でも、じゃあなんで「痼」とか言ったの。
兄は「当然だ!」と不服そうに声を張る。が、…目を伏せ、ゴニョゴニョとこう言う。
「っその、…男神が、み、淫らな気分になると、…ぁ、だ、そ、…あのっそのっ…ぎょ、玉茎 …が、…あの……立派な、立 派 な 大 樹 に な る 、と……」
「……。まさかとは思うけど…、まさかウエ、それを文 字 通 り だとか思ってないよね……」
いや、聞いたけど、絶対ウエはそう勘違いしてる。
俺たちはまだ元祖・運命られた夫婦神である伊弉諾 と伊弉冉 の大お父様と大お母様から、情交についての教えは受けられていないのだ――もちろん半年後に「婚姻の儀」を控えていれば、運命られた夫夫とは、夫夫になるための、夫夫になってからの、夫夫としての務めについての――ご教授を受けはじめてはいるのだけれども、情交についてはまだ。
……とはいえ、近ごろ俺たちの周りは結婚、結婚、結婚と俺たちの婚姻の話題でほとんど持ちきり、すると周りの誰もが、何かにつけておせっかいなくらい毎日毎日口々に「夫夫になったら…」とか、「夫夫たるもの…」とか、そんなことばっかり俺たちに言って聞かせてくるのだ。
ともなれば当然、大お父様・大お母様からの正確なご教授ではないにせよ、俺たちは情交についての話だってしばしば周りの神々から聞かされてきた――そもそも俺たち神は、(もちろん神にはよれど、潔癖が過ぎるウワハルのほうがむしろ少数派といえるくらい)人間の子たちよりもうんと気軽に性的な事柄について話す――。
……で、ウワハルは多分、他のお上品な女神か誰かから「比喩的な」そういう話を聞いて――それを鵜呑 みにして――なんと勃起という現象を、陰茎が立派な大樹の「ように」硬く大きく膨らむ、というふうに捉えていたのではなく、…男神が勃起をすると、その陰茎がそのとおり「立派な大樹になる」、…なんて文 字 通 り 捉えていたに違いない。
……でも、ちょっと考えたらわかりそうなものだけど。仮にもそんなことになったら、どうして誰かの体内にそんな全く巨大なものが入るというのか。
「……え…?」とウワハルがチラリ、『違うのか…?』と俺を上目遣いに見やる。
俺はほとほと呆れながら、
「…あのさー…、興奮するたび股間に大樹なんか生えちゃったらいろいろ困るでしょ。…それに、そんなのよっぽど女陰 に入るわけ……」
と説明してあげようとするも、兄はモゴモゴとこう謎の反論をする。
「だが、…そ、その…そ こ は、海のように広く寛大だと、聞いた…。殊 情交の際にはよく広がり、まるで玉茎を包み込む大海原のようになると……」
「それだって喩 えだよ。はぁ……」
まあ人間たちならばいざ知らず、そもそもいかようにも変化 が自在な神だからこそ、情交の際にも自由自在に体が変化するものと思い込んでいたんだろうけれど。
ウワハルは恥ずかしそうに「そうなんだ…」と目を伏せた。――とはいえ、つんつんケンケン「淫らだ魔」のウワハルだって立派な男神だ。
「でもウエ、したことないの? 勃起とか、自慰とか。」
「……な、無い…。って何を僕に言わせ、」
「嘘。でもムラムラしたりするでしょ? 勝手に勃起しちゃうとか、朝勝手に硬くなってるとかあったでしょ」
と俺が首をかしげると、兄は顔を茹 で蛸 とまで真っ赤にしながら俺を見上げ、目を見開いてパクパク口を動かしている。
でもすぐ、彼はこう言った。
「…っそ、そんなの、…なぜ、何故それを知っているんだ、…っまさか、――みっみっ…みっ…みみみ見たのか!? 見たのかシタハル、ぼ、僕の、…僕のその、…あ、朝の、…っ勝手に、!? まさか僕が寝ているときこっそり、」
「…ん〜〜、いやてか、見てはないけど、…みんな知ってるとおもう。男神なら。」
というか、(人間の子たちを含めた)男なら。
ウワハルは涙目で俺を睨みつけてくる。
「っそんなはず、…そんなはずはないっ! だって大 樹 に な る 前 に 治まっていたんだ、…君が見ていなきゃ知っているはずがないっ!」
「……違うって…だから大樹にはなんないし、…てか俺、ほんとに見てないよ? でも、男はみんな同じだから知ってんの。」
……一周まわって可愛くなってきたかも。
だから貞淑貞淑も大概にしろって言ったのに、とはまだ思うけれども、…なんかここまで来るといっそかわいいかもわからない。
「…みんな、おなじ…?」と兄はきょとん。
「…そう。で…こ れ が 勃 起 。」
俺はウワハルの手のひらに「勃起」をこすりつけた。…今度の「ビクンッ」は、いよいよ(やっと)はにかみのそれだ。
「な、なぜ、?」と兄は泣きそうな上ずった声で、その顔で言う。
「…ぇ。それ説明要る…?」
「……、ぼ、僕、…シタハルに、…じゃあ、」
真っ赤になっているウワハルの黒い秀眉 が弱々しい八の字になり、…ひ、と彼は小さくしゃくり上げる。
「な、…何故、でも、なぜ? 僕、…だって、いつも君に裸、…見慣れているだろ、…そ、それに僕、まだ少ししか脱いでいない、…」
「……、…」
……ウワハル、「淫らな感情」は裸にしか抱かないものと勘違いしているみたいだ。違うって……。
「悪いけど俺、見慣れてないし…、なんなら毎日のようにウエの体で自慰してるから。――あと…」
なんて言いながら、俺はウワハルの着流しの合わせに忍び込ませた手でその太ももに触れる。「はっ? やっ…やだ、」と泣きそうになりながら身をよじって抵抗するウワハルは、
「は、…ぼ、僕に、? ぼ、ぼく、僕で、? い、いやっ、どうせ他の美しい神の裸でも思い描いて、…」
俺に内ももも際どいところを撫でられながら、半泣きで混乱している。
「ううん。俺の今までの勃起は全部ウエのせい。」
「――…っ!」
するとウワハルは衝撃を受けて両目を大きく見開き、
「そんな、……っひ、…」
……俺は兄が泣いたところを見たことがなかった。
――俺は初めて見たのだ。
ウワハルは弱々しくしかめた顔を真っ赤にして、涙目だった。いや、…そのつったまなじりから、彼はほろ、と涙をこぼした。
「……っこ、こんなっこと、…許され…、っ結婚、してから、……なっなっ…なんて、…なんて淫らな、…僕を、…じゃあお前は、っ僕をこれまで淫らな目で、!?」
「…ぇ、でも…さっき君、俺に淫 ら な 目 で 見 ら れ た か っ た って……」
ウワハルは泣きながらこう叫んだ。
「〝淫らな目〟と色っぽいと思うのとは違うっ!」
「……ぇ、えぇえ〜〜…?」
ちが……う、のかぁ……?
「僕、…っ僕、…こ、この…っこの、」
もうだめだ、ウワハルは険しい顔でポロポロ、ポロポロ涙を次々こぼしている。きっと混乱もしている。
「…ご、ごめん俺、」――いやさすがに泣かれたら慌てる、…もうやめよう。
さすがに俺だってそこまで無理やりウワハルを襲っちゃうつもりは、
「ごめんウエ、もうやめる、もうしないから、」
「酷い、…このっ…このけだものめ、!」
でもウワハルはポロポロと泣きながら、そう俺を真っ赤な顔で睨みつけてきた。
……その瞬間だった。まるで怒っている兄に加勢するかのように、
「…っいって、!?」
俺の頭にバチンッバチンッとぶつかってきたものがある。――藤のさやがこの瞬間に弾け、なかの種がバチバチ俺の頭にあたったのだ。
これ天罰かも……まあ天 は こ こ だけど。俺は慌てて後ろ頭を両手で守る。
「痛い痛い痛い…っ!」
「……っ!」
そのすきにウワハルは俺の下から逃れた。
彼はすぐさま体を起こして立ち上がり、逃げ出そうとする。
でも俺も「待って、」と立ち上がり、彼の手首を掴んで引き留める。
「ごッごめんウエ、でも俺、…」
「……っ、…」
立ち止まったウワハルは、泣き顔で俺に振り返った。で、
「…お前なんぞぶっ殺す、!」
「……っんぐ、」
そして兄は、俺の頬をバチンッと思いっきりぶっ叩いた。平手で。
ひ、ひ、としゃくり上げながら。
そしてウワハルは衿もとを掴んで胸を隠しながら、ガタガタ震えているもう片手で俺を指さし、真っ赤な泣き顔で睨みつけてくる。
「…っお、お母様に、い、いいいい言いつけてやる、…っお前に穢 されかけた、…っいいや! お前に穢されたと! っ母上に言いつけてやるからなっ! うんと、うんと悪しざまに言いつけてやる、…覚えてろこのけだものめぇっ!」
「…えっ、…待っ……!」
そしてそう――昔の俺みたいに――吐き捨てて、ウワハルは全力で駆けて行ってしまった。
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