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63 ※微
あのあと俺は――めっちゃ怒られた。
母上に、…どころか家族会議にまでなっちゃって、座敷の一室で祖父二人、父上、母上と並び座っている前、正座してうなだれた俺は、当然みんなに詰められた。
「シタハル」――と父上がめずらしいほど冷たい声で俺を呼ぶ。
「…〝婚姻の儀〟を終えるまで、色事にまつわる行為は我慢するように、と…私たちは常々君に言ってきたね。」
「……はい…」
「……それで、君は今回何をしたのかな。」
「……、…う、ウエを…襲いかけましたぁ……」
と俺が許しを乞う上目遣いで「罪」を告白すると、…はぁぁぁ…っとあきれ返った表情の両親が同時に、重たいため息をつく。
「シタ、確かに君たちはまだ若い神だし、その気持ちはわかるが…」――でも父上がその青白い瞳にちょっと同情的な色を見せ、そう言いかけたところ、すっと彼の胸もとの前に白い華奢な手のひらをかざした母上は「あなた、いけないわ。ここは甘やかさないで」
そして母上がその細い美麗な眉をつり上げながら、橙色の鋭い瞳で俺を見て、
「ほんっとうにどうしようもない子ね…、ほらご覧。わたくしは言いましたでしょうシタハル、…あなた、あのときはまだいまいちピンと来ていなかったようだけれど…」
と言う「あのとき」とはそう…――俺が十年前母上に「結婚したら絶対接吻しなきゃだめなの?」と聞いたときに彼女が、「絶対ではないけれど、あなたはきっとウエちゃんと接吻したくなるに決まっているわ(でも結婚するまで我慢しろよ)」と返した、そのときのこと。
「なんならあなたはあのとき、〝我慢なんて冗談でしょ、まさか自分がウワハルなんかに接吻したくなるはずがない〟なんて思っていたんでしょうけれど…」
「……、…」
俺、ときどき母上が怖くなる。と俺は膝頭を心もとなく掴み、うなだれながら思う。いや怒るといつも怖いけれど……。
……でも魂が俺と繋がってるウワハルならともかく、…なんで俺のことを何でもかんでもそんなにお見通しなの…!?(でも母上いわく、「それはわたくしがあなたの母だから」らしい。よくわかんないけど…)。
「こうやって。…あなたが我慢の一つも出来ないほど、いつかはウワハルに接吻したくてたまらなくなること、…母はわかっていました。」
「違いまーす母上。」とウワハルが母上の左うしろで小生意気に言う。
「それどころか、こいつは僕に、恐ろしいけだもののように襲いかかってきたのです。…危うく純潔を散らすところでした。」
「…ええそうね。…シ・タ・ハ・ル…」
「…はい…」
俺はうなだれたまま、口をへしゃげている。
まあ俺が悪いんだけどさ、…それにしてもムカつくあの兄、
「こいつ反省していません母上。今〝それにしてもムカつくあの兄〟と心の内に思っています。」
「まったく…、…それに…あなたまさか、〝別に一回失敗してもやり直せばいいじゃ〜ん〟なんて、軽々しく考えていたんじゃないでしょうね。」
「……、…、…」
ほんと、なんでそこまでわかんの母上…怖いんだけど……。
……で、このあとどうなったかって……。
「…図星なのね。――シタハル、お仕置きです。しばらくお女中たちのお仕事を手伝いなさい。…掃除洗濯草むしり、お料理お裁縫、それから……」
「えっ…で、でもさぁ、…」
俺、自分の神の仕事もあんのにっ!
って顔を上げたさき、母上も父上も冷ややかな目で俺を見ていた。それどころか、
「口答えなんかおよし」とフツのじいじがピシャリと言う。
「っとに、バカタレが。」とタケのじいじまで呆れている。
……なのにウワハルは母のうしろ、勝ち誇った顔で、べ〜〜っと舌を出していた。
で、…家族会議の結果、あくまでも未遂ではあるけれども、たしかに事実俺はウワハルを襲いかけてしまったので――今後そういう「間違い」が起こらないようにと、俺たちは「婚姻の儀」まで特別な口布をする、という制約を課されることになった。…ちなみにウワハルは念のためだ。
……それは接吻はおろか「それ以上の間違い」を犯せない、というまじないが込められたスケスケな藤色の口布だった。
でも……俺たちはあのとき、あれでも念願の恋仲になれたのだ。
それこそ俺は怒られた直後はウワハルに腹が立っていたけれども、そんなのほとんど兄弟喧嘩の程度で、一晩寝て起きたらそんなことはすっかりどうでもよくなっていた(お仕置きに関しても別にお女中たちと楽しくできたし、何ならお仕置きは大体このお手伝いなのと、そもそも手があいていたら日頃からお手伝いすることなんかよくあったし)。――それよりずっと恋仲になりたかったウワハルと、まさにその関係性になれたというその歓びのほうが、俺の中には色濃く朝まで、いいや、うんとしばらく色濃く、色濃く、喜ばしく残ったのだ。
ただウワハルはしばらく俺のことを軽蔑してはいた――自分が(いくら好きな人とはいえ)俺の「ヌきネタ」になっていた、それも毎日、という事実は、貞淑も潔癖がすぎるほどの兄には衝撃、かつ侮蔑するべき事実だったらしい――が、…彼のそれをもかき消すような「お達し」を、俺たちは伊弉諾 と伊弉冉 の大お父様・大お母様から受けることになる。
それというのは――半年後の「婚姻の儀」、ひいては「初夜」の日まで――自慰にはげめ、という(「ツンケン淫らだ魔」の兄には特に)衝撃的なお達しだった。
……でも、もちろんそれは単なるスケベな命令なんかじゃない。――俺たちがこれから迎えるその「初夜」の日までに、絶頂を迎えない寸止めの自慰にはげむことで、お互いにお互いの神氣を高めて溜めておく、というのがその自慰の目的だった。…俺たちは情交をすることで「統合」しなきゃなのはもちろんだったが、そうでなくともその行為で、お互いの神氣を補給しあわなければならないからだ。
あともう一つおまけとして、お互いに自分のからだを慰めることで、各所の感度を高めておくとなお初夜が滞 りなく楽しいものになるから、という理由もふくまれていた。
……すると、さすがに大お父様と大お母様からの「お達し」ともあっては、ウワハルは自分でヌいている俺のことを渋々でも許さざるをえなかったし――なんなら結局、俺が自分以外の神を「ヌきネタ」にするのもそれはそれで嫌だ、とも言っていたし――それどころか、兄は生まれて初めて自慰をしなければならない、という事実に直面した。
それで……ほんと、…ほんと変なところ無防備なウワハルは夜ごと、二人の寝室で――静かになった俺のとなり、大お父様に教わったとおりに――布団のなか、自分のからだを撫でまわしていた。
兄はいつも俺がもう眠ったと勘違いしていたのだ。…そして、もちろん潔癖なウワハルのその自慰ははじめこそ嫌々、渋々、よくわからない、なんて全くノリ気じゃないものだった。けれども…日を追うごと彼のそれはどんどん艶 めかしさを帯びてゆき、
「は……、シタ……ん…♡ シ、タぁ……」
近頃では、そう小さな声で俺の名前をくり返しなまめかしく呼びながら、ウワハルは寝間着の胸もとをはだけさせ、乳首の先をカリカリとしてみたり――勃起した陰茎を、くちゅ…くちゅ…としごいてみたり…――「はぁ……っ」と腰をうかせ、その細身をくねらせながら、濡れた膣口を撫でてみたり……まああくまで憶測だけど、これはかけ布団の動きから察するに、というだけ。
俺はいつも薄目を開けて兄のその艶姿 を盗み見ていた。もちろんめっちゃ勃 った。毎晩毎晩。
「…はぁ…、……」
ウワハルは反対に顔を向けている――俺の顔を見ながらはやっぱりはばかられるんだと思う――。枕に長い黒髪は落ちていて、見えているその頬や耳は赤い。
でもウワハルは自分のからだをあちこち愛撫しながら、いつもこう思い悩んでいた。
――『僕はなんて淫らなんだろう…。本当は、こんなこと……それなのに僕の体は、どんどんはしたない、淫らな体になっていく…。…わかるのだ…、近頃、わかるようになってきた……』
「…はぁ…、はぁ……」
――『今や僕の体は、その体中…シタハルの指を、唇を、舌をもとめている…。シタハルに触れられたい、シタハルに口付けられたい、…求めるあまりどこもかしこも感覚が鋭敏になってうずき、僕の体はどこもおかしくなったかのように熱くなる……あぁ、また…また奥のほうから、とろとろといやらしい蜜があふれて……僕の玉茎は、こんなに大きく、硬く……』
「…ぁ…♡ ぁぁ……♡ シタ、シタ……」
――『それに…僕はてっきり、女神のふくよかな胸ばかりかと……あのときの僕は、シタハルにああして胸を撫でられたとき、なぜ男神の僕の胸をまさぐるのかと不思議だった。…だがシタにとっては、男神の僕の平べったい胸もきっとなまめかしいものだったのだ。…知らなかった…女神の胸ばかりかと……とにかく、今はあの大きな手でもう一度こうして撫でられたい、こうして胸を揉みしだかれたい、…』
「……ぁ、♡ …〜〜〜っ♡」
――『玉茎とはこするとこんなにも、…あぁシタハル、シタ、シタ、…あのあめ色のたくましい肉体を想うと、たとえそれがあの美しい体のどこであろうと、僕の子宮は重く熟れてゆく…。奥のほうから濡れてくる…〝欲しい〟と思ってしまう…。頭の中が、シタハルの玉茎のことばかりになる……、自分のもののこの硬さ、太さを知ればより思ってしまうのだ、…シタハルに、…挿れてほしい……だが、』
「……は…、……」
――『もうよさないと……。〝気をやる〟というのも〝イく〟というのもよくわからないが、〝あともう少し〟と思えたなら手を止めよと大お父様が……――あぁ、もどかしい…。苦しい…。あのとき…、あのまま……あのまま…弟に、身を許していたら……どうなって、しまったんだろう…? 僕は近頃、心のどこかであのとき弟を拒んでしまったことを、淫らにも後悔している……』
「はぁ……はぁ……――兄がこんなに……淫ら、でも…、愛してくれる、シタ……?」
「……、…」
俺はちゃんと心に「蓋」をした。
ウワハルの自慰が終わるまで見ていたいから。
その上でこう思った。――愛するに決まってるっていうか、…むしろもっと好きになっちゃう、そんな可愛いこと言われたら。
……ただ、たまに俺が起きているとウワハルにバレることもあった。
「……、…シタ…――もしや、君…起きて……」
「……っ」
もちろん俺はヤベッと思い、ビクッとしてしまう。
俺に自慰していることがバレたと知れれば、ウワハルはまぁた顔を真っ赤にして怒り狂い、下手すればまぁたポロポロ泣いてしまうんじゃないか、なんて、最初はそう思った。だから更なる狸 寝入りを決め込もうとした。
……でも、そうじゃなかった。
「……ふふ…、…ねぇ、シタ……?」
ウワハルがとろけるような甘い声で俺の名を呼びながら、する…と俺のかけ布団の中に入ってくる。――俺の脚に、兄の細長い生脚が絡みつく。
……俺が薄目を開けると、口布をしたままのウワハルがうす赤い顔で、うっとりと微笑んでいた。…まだ胸もとがはだけたままだ。
「……シタ……」
まだその可愛く甘える猫のような目は潤んでいる。
……近頃の夜のウワハルは、発散の機会を与えられない自慰のせいか、俺に甘えたいとろけた気分のまま、いうなれば恋仲的に盛り上がった気分のままだったのだ。…いくら情交はできずとも、ちょっとでも俺に触れていたい、みたいな気分の高まりがあったというか。
――ましてやいくら潔癖な兄でも、この自慰は「お達し」があっての行為だから、そのぶん恥じらいや後ろめたさみたいなものは軽減されていたらしい(本能的、獣的ないやらしい行為というより、あくまでも偉い神様方の言いつけどおりの行為だったからだ)。
……だから俺にバレていようがいまいが、という感じで、…仮にバレていても「お言い付け通りにやっていただけ」だと言えるし、なんて、兄はちょっとだけ大胆になっていた。
兄はうっとりと微笑んだまま、…いっそ「事後」をも彷彿とさせるその色っぽいうす赤い微笑み顔のまま、熱い手で俺の手を取り、俺たちの顔の間できゅう…と握った。
「……今夜は、小さな頃のように…こうして、手を繋いで眠ってもいい…?」
「……ん、うん…、へへ……」
ちょっと可愛すぎない?
可愛すぎ――だけど、…つらすぎ。
なるほどね。…生殺しってこういうこと。
……俺までうっとりとした気分になってきた。だからウワハルのその可愛い涙目を見つめながら、こうささやき声で尋ねた。
「ウエ…俺のこと、好き…?」
「……ん…? ふふ…、……」
ウワハルは照れくさそうに目を伏せ、そのままそっと目をつむってしまった。「好き…」と微笑した唇から、かすかな声で言い残して。
ただ、朝になるとまたあの高慢ちきに戻るウワハルだったが、…近頃は夜中になると、たまにこうして俺と恋仲らしく――でも口布のせいでお互いどこまでも純潔に――いちゃいちゃしてくれる。
そして、近頃の俺はウワハルの自慰をする艶姿をたっぷりと盗み見たあと、こうして兄と恋仲らしくいちゃいちゃする時間があんまりにも幸福で、ついつい毎晩狸寝入りをしてしまうのだった。…ただ最初にバレたその一回目以降、兄に「起きてる?」と言われたなり、俺はすぐ「うん」と起きるようになったのだ。
で……ウワハルと眠気が来るまでちょっといちゃいちゃする。
睦言 を交わしあったり、見つめあったり、頭や髪、肩や二の腕、腰のあたりを撫であったり――抱きしめるのは許されていたので、腰を触るくらいはまじないがかかっていてもできた――、…俺たちはこの半年間、最高潮とまで色っぽい恋仲らしい気分が高まっていった。
あと実は……我慢しきれずにこっそり、布団の中にかくれて、口布越しに唇同士を合わせてみたり。これもできた、には、できたのだ。
「……ん…」
とウワハルはちょっと甘い声をもらしたが、…ただ、やっぱり薄いとはいえ、このシャリシャリが二枚もあると、いまいち彼の唇のぬくもりや柔らかさは伝わってこなかった。きっと兄もそうだっただろう。すっごい邪魔だ…って、まあその「邪魔をするために」ある布なんだけれども。
……唇を離すと、ウワハルは悪戯に目を細めて笑った。
「…ふふ…、やっぱりこれじゃ…本当の接吻ではない、んだろうな……」
「……うん…、でも、なんかドキドキしない……?」
「うん…、はは…」
可愛いはにかみ笑いを浮かべた兄の、そのうっとりとした色っぽいツリ目が俺の目を愛おしそうに見つめてくる。…あぁ〜〜、うう、…うううっ!
「……ううぅ゛…っ!」
「ははは、うなってどうした…?」
「……早くウエ結婚したい゛、…」
辛 いーー! 我慢がつらいっ!
そう…この甘い甘い恋仲っぷりがまた、俺の半年間の「つらさ」を増幅させたのだけれども…――。
でも念願だった幸せな、ほんとうに幸せな幸せな半年間をウワハルと過ごせて――そうしていよいよその日はやってきた。
そう、いよいよ俺たちの「婚姻の儀」の日がやってきたのだ。
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