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「…ふんふ〜〜ん…――♪」
――俺はごきげんな鼻歌を鼻腔で奏でながら、肩からかけた手ぬぐいの端をつかみ、下ろした洗い髪も半乾きのまま、早朝の廊下をるんるんと足どり軽く歩いて、自分たちの寝室へむかっている。
早朝のまだ蒼黒いほの暗さが残るこの廊下には、いつもならば掃除や朝食の用意やに朝早くからせわしなく働いてくれているお女中たちの姿があるけれども、今朝は誰もいない。――きっとあの座敷ではまだ主役不在の祝宴が続いていることだろう。でも、祝宴のおせわをしてくれつつ共に楽しんでもくれたお女中たちは、この朝の朝寝坊を許されているのだった。きっと昼ごろにならなきゃ誰も起きてはこないはずだ。
ちなみにウワハルはというと、きっと今ごろ寝室で俺を待っていることだろう。
俺の横抱きで浴場に、…というよりかその手前の脱衣場についたなり、兄は俺に外で待っているよう言いつけると、俺を置いてひとり脱衣場へ入っていった。――そして十分とかからず出てきたウワハルは、寝室で髪を乾かすから、とほとんど濡れ髪のまま先にそそくさと俺たちの寝室へ歩いていった。
……で、俺も今しがた体のすみずみまで丁寧に洗いきよめてから、楽な黒い浴衣 ――衿は真紅、帯は黒に金の麻 の葉 文様 ――に着替え、…今はさっぱりと風呂上がりのすがすがしい気分で、寝室へ向かっているのだった。
でも、
「…ふんふ…♪ ……、…――。」
俺の鼻歌が止まる。
着いたからだ――俺たちの寝室の襖に。
さあ、…さあいよいよ。…いよいよだ。
――俺は意気込んで、襖の黒い引き手に指先をかけた。
それからすーー……っとゆっくり、それを横に引いて開ける。――ん。
「……、…」
この八畳ほどの広さがある寝室はもうすでに真っ暗だ。ということは、もうこの部屋の雨戸を閉めてくれた誰かしらがいるのだ。まあそれはおおよそウワハルだろうけれど。――それと部屋の中央にいつもはない金屏風が立てられている。その金屏風の裏側がほの明るい。
すると、きっとそれの奥には床 が用意されていて、その枕上 に火のともされた行灯が、もっというと――その整えられた布団の上にウワハルがいるはずだ。
「…ウエー…? お待たせ〜〜」
なんて俺は機嫌よくそこにいるのだろう兄に声をかけながら、その真っ暗な寝室に入り、後ろ手にふすまを閉めて――そして真っ暗な部屋で唯一ほの明るいその金屏風に近づいてゆく。…ちょっとドキドキだ。
「……ウエー?」
でも機嫌よく金屏風の裏を覗く。
それの裏にはやっぱりウワハルがいた。
……彼は白に衿は青紫の浴衣を着て、黒髪は低い位置のまとめ髪、まっしろな布団のうえに凛と正座している。
「……、…」
ウワハルは真顔で腕を組み、目を伏せている。
ただこの金屏風の裏には、ウワハルの他にもうひとり――、
「あらぁシタさま、おはようございます」
と俺を見上げてニヤリとした、見るからにやさしそうで頼もしげな白髪のまとめ髪のお婆ちゃん――朝からピシッと桃色の着物を着た女中長のおツルさんが、布団のそばに端座し、て、…い、る……?
……え…?
「あ、あは、…? ぉ、おはよぉおツルさん…?」
あ、あれ…? え…? なんで?
おツルさん、な、なんでここにいるの…?
……ウワハルが呆れたようにぐるりと青白い瞳を回し、そして俺を「馬鹿」と罵 りながら厳しく見上げる。
「君、忘れていたんだろう」
「……、…? ……??」
忘れてたって何を……俺はなんだかよくわからないけれども、とりあえず兄の前にあぐらをかいて座ろうとした、…が、…おツルさんが「んんっ」と咳ばらいでそれを咎める。
……なんか、よく、わからないけれど、…俺は慌ててピッと背筋を伸ばし正座した。ウワハルの対面に。
するとおツルさんはニヤニヤとしながら俺を一瞥し、それから正座している脚の横にある三方の上の銚子を取ると――その銚子は大小ふたつある――、同じく三方の上にある紫の盃へ神酒を注いでゆきながら――、
「こんな老いぼれが、新婚のお坊っちゃま方のお邪魔をしてすみませんねぇ…――このばあは〝床盃 〟を見届けましたら、すぐ…」
「……んぁ゛!」
……あーそうだった…――床盃、
そう。俺たちの「婚姻の儀」は一応この「初夜」までが含まれている。で、「床盃」というのはつまり、夫夫として情交をする前に盃を交わす儀式だ。
え、でも、…なんか前に聞いてた内容的にその、…いくらほとんど祖母みたいなおツルさんの前とはいえ、…というかだからこそ、や、やりにくい、んだけど……?
まあ正直にいうと、俺はウワハルを抱きたいあまりにその儀式のことなんかすっかり忘れていた(藤棚の下で兄を襲いかけたくらいだし)。
「……、…」
でもウワハルも忘れていたんじゃないの…? なんて俺はじとっと兄を見つめる。
……だってさっき俺を拒んだ理由が「初めては寝室で丁寧に」とかだったじゃん。
「……、…ふん、…」
兄は頬をちょっと赤らめ、きまり悪そうにぷいっとそっぽを向いた。
やっぱりウエも忘れてたらしい。
「おほほ、初々しくてよろしゅうございますねぇ。…さあではまず…ウエ様から……」
とおツルさんのしわしわな手が、ウワハルに紫の盃をうやうやしく差し出す。――兄は軽く頭を下げつつそれを両手の指先で受け取り、俺の目をじっと見つめながら、それを三度に分けて飲み干す。
……そして兄はそれを一度おツルさんへ返し、また神酒を注がれたその盃は、今度は俺に差し出される。
俺も兄同様に頭を軽く下げながら両手の指先でそれを受け取り、兄の真剣な青白い瞳を見つめながら、こくん、こくん、こくんと三度に分けて飲み干す。
問題はここからだ。
……思うだけで耳が熱くなる。
さっきとは違う銚子からそそがれた神酒が盃に満たされ、そしてそれはウワハルに手渡される。
……ウワハルはその紫の盃を見下ろし、左手の中指の先で金のふちをくるー…と一周、右回りにおもむろになぞる。…するとその盃には兄の神氣が満ちて、あわい赤色にひかり輝く。――ウワハルはその赤い光をはなつ酒をぐっとあおり、その盃をおツルさんに手渡したのち、
「……、…、…」
おツルさんが見守るなか、膝立ちになって対面の俺に近づき、俺の両頬をてのひらで包み込んで上げると――恥ずかしそうな目をきゅっとつむり、俺の唇にその唇を押しつけてくる。
……俺も目をつむって口を開き、彼の口から流れ込んでくる酒を素直に嚥下 した――さっきの酒とは違ってこれはめっちゃ苦い――そのあと、俺はウワハルの口の中にそろりと舌を差し込み、兄の舌のすみずみにまで自分の舌を絡めたり、彼の口内をくまなくなめ回したりする。
「……、…、…」
「……、…、…」
う、このにゅる…ざら…としたやわらかくぬるついた熱い舌の感触、やば……おツルさんの前で変な気持ちになりそう、…それに、なるだけ音を立てないように気をつけていてもくちゅ…くち…と音が、…恥ずかしい…、いや、ちょっとみだらな接吻のようだけれど、これも儀式の正統な手順の一つなのだ。
――こうして夫の口の中に残る苦酒を一滴ものこらず飲み干すことで、これから夫夫として清濁 併 せ呑 むことを誓う、みたいな意味があるらしい。
「……、…は……」
ウワハルがうす赤い顔をしながら唇をはなし、うつむきながら後ろへ引きつつ、また正座する。
……唾液に濡れてつやつやとし、普段よりふっくらと見えるウワハルの薄桃いろの唇の、その猫のような曲線がまたなまめかしい…っていや、…おツルさんの前だからここはまだ淡々と、…
で……今度は俺の番――。
◇◇◇
俺がウワハルに自分の神氣をこめた神酒を口移しし、そしてウワハルの舌が俺の口の中をくまなく舐めとったあと――それを最後まで見届けたおツルさんは「確かに。…改めておめでとうございます、ウエさま、シタさま。それでは…」と、盃や銚子やを載せた三方を持ってすくっと立ち上がった。
ただ彼女は最後に俺を振りかえり見てニヤリとした――彼女の酸いも甘いも噛み分けたその両目は『お励みください…いいえ、お 楽 し み く だ さ い ませ』とでも言いたげに、あきらかにちょっと俺をからかいつつ応援していた――が、…すぐそそくさと、これ以上の新婚夫夫のお邪魔はこのばあも不本意だとでもいうかのように、さっさとこの寝室から退出した。
ただ、おほほほ…なんて意味深な高笑いを残して…――。
で…――正直俺、さっきウワハルの舌を初めて舐めたせいで、もう目が熱く潤んでいる。
つまりもうかなり「そういう気分」に切り替わってしまっている、ということ。
だからもう我慢が効かない。と俺は、タン、とふすまが閉め切られたその音を皮切りに、
「……ぁ、」
どさっ…早速ウワハルを布団に押し倒した。
もう我慢できない、とウワハルの薔薇の匂いがほのかに香る首筋にむしゃぶりつく。やっぱりほんのり甘い。…ちなみに前にも「甘い」と思ったけれど、これ気のせいじゃないらしい――運命られた夫夫神の俺たちは、お互いの体液が美味しく感じるようにできているらしいのだ。
「あっ嫌だ、し、シタ、…」
というかもう俺我慢しなくていいんだから――思うとこの半年間ほんとうに俺はよく我慢したと思うのだ、…褒められるべきだとさえ思う。
だって俺のそばで夜ごと自分を慰めるなまめかしいウワハル、…我慢。そのあと恋仲らしく兄とあまぁいいちゃいちゃ…我慢。――もちろん俺だって大お父様と大お母様のお言い付けどおり、寸止めの自慰を浴場なんかでほぼ毎日やっていた…我慢。
我慢、我慢、我慢、我慢、我慢――その半年間毎日毎日毎日毎日毎日の我慢の末のこの床入りだ!
もはや俺は我ながら腹減りの犬みたいなものだった。――だから兄の麗しい白い体にむしゃぶりつき、浴衣の上から彼のひらたい片胸を揉みしだいて、…あまつさえさっさとその青紫の衿を開こうとした、…けれど、ウワハルは激しく身をよじって抵抗し、
「…ぐ、いっ! 嫌っ…嫌だシタ、…っシタ、! おいっ…シ・タ・ハ・ルっ! ――ぃや、めろっ! この馬鹿っ!」
……と挙げ句、また俺の顎あたりをぐいーっと斜め後ろへ押し上げてくる。…すると俺の顔が、首筋がおかしくなりそうなほど反れる。
「…っんぐっ…な、なんで …っ?」
今度はなんだよもう〜〜っ…なんて俺はまた「おあずけ」を食らい、ちょっとムカついた。
……でもウワハルは怒ってこう言った。
「この…っけだものめ…っ! 恥を知れ、…母上はお前にけだものになるなと仰言 ったはずだ…っ! ――僕を〝抱く〟のではなく〝襲う〟ような真似をするなら、今に母上に言いつけてやるからな、…」
「……、…」
……ああ、まあ、…そうだった……。
でも「けだもの」って、それは言い過ぎ…――ウワハルのこの潔癖はきっと母上のせいもある。
ただ母上はかねてよりウワハルに、『自分の体を、自分を大切に、未来の夫(俺)に操 を誓うように』との貞淑の教えを説いてはきたけれども、…そもそも母上が兄にそれを説きはじめた理由は、簡単にいえば兄があんまりにも美しく色っぽい男神に成長したので、モテすぎてしまっていたせいだ。
それこそ十年前、兄は俺に「ある若い男神に夜呼び出されて、愛の告白をされた」と当てつけてきたけれども――そしてそのとき俺は、母上にそのことをほんとうに言いつけたけれども――、なんと兄のそれは悔しまぎれの嘘ではなく、本当のことだった。
するとちょっとした騒ぎになってしまったのだが、ただその男神は兄に俺という許嫁がいることも、また「運命」のこともほんとうに知らなかったので、のちのち俺を含めた家族に「それとは知らず…」と謝罪をしてきた。幸い、彼に関してはただウワハルに惚れたというだけの、なんら罪深いところのない良い男神だった。
……ただ天上には悪神もいる。それで母上はウワハルのその無知ゆえの無防備さを危惧し、『未来の夫(俺)に操を立てるように』と、それでその貞淑な価値観を兄に説きはじめたのだ。――要は俺と結ばれる前に「奪われて」しまわないよう、気を引き締めて自分の操を守りなさい、ということだったのだ。
ただだからって別に、彼女も兄が性的な情報に触れるのを制限してきたわけではない。――かえって母上は無知ゆえに無防備になっているウワハルを心配していたのだが、まあといってウワハルも若い男神、時とともにその「無知」は自然とわき出る好奇心から緩和されることだろう、まして俺との結婚を控えれば大お父様と大お母様からそれに関して教わりもするし、…なんて考えていた母上が間違っていたのだ。
何を取り間違えたのかウワハルは、母上の説いた貞淑をもとに自ずから性的なことを「淫らだ! いやらしい! 汚らわしい!」と忌み嫌うような潔癖になってしまい…――でウワハルは無知なままの、こういう「箱入り息子のお花ちゃん」になってしまったってわけ。
ただ幸いウワハルは性的な話題になど一切耳を貸さない貞淑、貞淑なその厳しい潔癖のおかげで、大お父様と大お母様から教わった必要最低限の知識しかないけど、幸い無防備ではなくなった。
……警戒しないでいい弟の俺の前以外では。
といって、大体みんなして兄を蝶よ花よと育ててきたのだ――ウワハルが自惚れ屋になった原因は周りの大人にあるといっても過言じゃない――母上は愛するウワハルのその潔癖っぷりを、なかなか高嶺の花である兄にふさわしい態度だ、とも捉えていた。
すると母上はこのあいだ、ウワハルにこう言い聞かせていたのだ。
『いいことウエちゃん? 決してけだものの勢いに流されてはなりません。我が子ながら、ことシタはその気 が強いような気がするの…、けれどどうか忘れないで。あなたは誰よりも大切にされるべき、気高き美しいお花ちゃんなのです…――いくら相手がシタハルとはいえ、そんな安上がりな目合いを許すようなことがあってはなりませんわ。…あなたほどの高嶺の花は大切に…宝物のように、優しく…優雅に…そぉ………っと愛されること…――そうして、愛の目合いをたんとお楽しみなさいね。』
……ちなみに母上は、俺にもこう言ってきた。
『シタちゃん。…そしてあなたは、いくらウワハルが欲しい欲しいと思えども、決してけだもののようにウエちゃんを貪ってはなりません。特に、あなた方はお互いが初めてなのだから…、ウエちゃんのことは大切に…宝物のように…やさぁ…しく、優雅に…そぉ………っと愛すること…――いつものように意地悪なんかしてはいけませんよ。兄弟であることには変わりませんけれど、褥 の中ではお互いが大切な唯一無二の夫なのです。――元より楽しむのは結構ですわ。それに、もちろんあなただってウエちゃんに大切に…宝物のように…やさぁ…しく、優雅に…そぉ………っと愛されるべきですけれど、何より初めが肝心。初めこそきちんと愛を確かめ合う目合いをなさい…、よくってね?』
で、それでなくとも母上の説いた貞淑な思想を誇大解釈した結果潔癖になったウワハルのことだ。
多分ウワハルはまた、この母上の「大切に…宝物のように…やさぁ…しく、優雅に…そぉ………っと」を、彼女が思っていた程度から何倍にも強めて解釈しているに違いない――けれども、…母上に言いつけられても面倒だし、…あと大お父様と大お母様の「教え」もある程度は守んないとウワハルがうるさいだろうし(正直「教え」は儀式とは違って絶対厳守ではない、お二方も「ふうふそれぞれの形があるから、必ずしものことではない」とおっしゃっていた)、…ここは俺が大人になってあげよっと、しょうがないから……。
ということで――俺たちは一旦布団の上に座り直した。
まずは優しい接吻から、まだお互いにどこにも触れ合わない。
……大お父様と大お母様に教わったとおり、まずは唇を重ねあわせるだけ。ふに…とやわらかい唇を押し付けあって、
ちょっと離れてうっとりと見つめ合い――。
「ウエ、綺麗だよ…」
なんて、あまーいささやき声の艶言 も欠かさず、とにかく兄の美貌を褒めたたえる。「可愛いよ」だとか「綺麗だよ」だとか、「美しいよ」だとか――大お母様いわく、『抱かれる者の体は、艶言によっても夫を受け容れるための状態へと整えられてゆくものなのです』だそうだ。
するとウワハルはうっとりと満足げに微笑み、自らも俺の唇に唇をふに…と押しつけてくる。
そしてふと唇を離したなら、頬をじゅわりと紅潮させ、俺の目を照れくさそうに見つめながら、
「す、好きだよ、シタ…」
とはにかみ混じりの小さな声で言う。
――『抱く者は、抱かれる者がはにかみのあまり何も物言わぬと、たちまち不安になるものだ』とは大お父様いわくのことだ。
だから兄はその「教え」のとおり、――また角度を変え、唇を押し付けあって…離れ、じっと見つめあうなか……、
「はぁ…、愛する君に抱いてもらえるだなんて…僕、嬉しい…」
と、震えた可愛い小声で素直な気持ちを言葉にしてくれる。
「はは…可愛い、ウエ…。俺も君を抱けるだなんてめっちゃ嬉しい…、愛してる……」
「……、…」
ウワハルが恥ずかしそうに目を伏せる。
……こればっかりは「教え」様々かも。
だってウワハル、めちゃくちゃほんとうに可愛いもん…――。
それで…そういう接吻や艶言ばかりの時間をしばらく過ごし――お互いにあまーい気持ちになってきたところで、今度は唇をあむ…あむと食みあう。
まずは小さい範囲をゆっくり、はむ…はむと――息を合わせてじっくりとやわらかい唇をはみ合い――やっと俺はウワハルの耳を親指の腹でかすめるように撫でたり、そっともんだりと愛撫をはじめる。すると、
「ん……♡」
と兄がかすかな甘い声をもらす。かわいい……。
……俺は唇をはみ合いながらさりげなく、する…と彼の耳から首筋をなで下げ、ウワハルの浴衣の衿をそっと開こうとした――が、
「……おい、」
とウワハルは顎を引いて俺を睨みつけ、俺のその手首を掴んで止めた。
「この無礼者。まだ僕はそんな気分じゃない。」
「……、…、…」
この、…高慢ちき、…
…いや、でも大お父様いわく――『抱く者は、抱かれる者の従者であれ。すると角が立たぬ。』とのことだ。……ここはぐっとこらえてへらぁと笑い、「ごめんね…?」と上目遣いでウワハルに媚びた。
ウワハルは何だかんだいっても俺の上目遣いには弱いのだ。
すると今度も兄は仕方なさそうにふぅとため息をつき、
「…いいだろう、許してやる。」
「…ありがと…、……」
で、…気を取りなおし、俺たちはまた唇をはみ合う。
……少しずつ食む範囲を広げながら――ウワハルの浴衣の上から、そお…っとまずは彼の肩を、あばらを、やわらかい宝物を傷つけない手つきで撫でながら…――んーもどかしい。
するとウワハルの手も、同様の手つきで俺の首筋や耳、肩までをゆっくりと撫でてくれる。…ただ性器や乳首にはまだ触れない。
「……、…」
あ〜〜もどかしい、…――俺はもどかしい思いをしながらも、そうして兄と唇をはみ合いながら、浴衣の上から体をまさぐりあった。
……太ももやふくらはぎ、肩や二の腕、首筋や耳、腰や背中などを、布の上からお互いにたっぷり、じっくりと…――でも、いわく『じれったいくらいが愛をより高め、深めるもの』らしいのだ。
それで…俺はもうそれだけで完全に、というくらい勃起し――はみ合う唇の動きもあむあむと少し激しく、自然と舌を絡めあうようになったころ、俺はやっとウワハルの胸に触れた。
いや触れたとはいえ、まだ浴衣の上からだけれども――その平べったい片胸をそお…と撫でまわす。
「……ッん、♡」
するとウワハルはビクンッと大きく胸を跳ねさせ、俺のその手首を熱い手でゆるく掴んでく…と離しながら唇も離し、真っ赤に染まったうつろな顔をうつむかせる。
「…は…、…し、シタ……」
「…はは、気持ちよかった…? かわい…。ね…じゃあそろそろ直 に触って……」
としかし、その衿もとから忍びこませようとした俺の手を、ぱし…と力なくはたいたウワハルは俺を、潤んだツリ目でキッと睨みつけてくる。
「……ま、まだ嫌だ…、君、まだ僕を褥にやさしく寝かせてもいないくせに、もう脱がせるつもりなのか…?」
「……、…、…」
はいはい……俺はぐっっと我慢し、た、けど、…
ただうす赤い顔をしているウワハルは、そのたっぷりと潤んだツリ目をとろんと伏せた瞬間、とさっ、そしてくたぁ…と……。
「……?」
俺の胸板に片手を添え、そして俺の鎖骨に片耳を寄せる形でもたれかかってきた。
「……ウエ…?」
「…はぁ……はぁ……」
ウワハルはやたらとはぁはぁしていた。
俺はもたれてくるウワハルのからだを抱きしめ、彼の頭を撫でる――けれども、なんだか心配になってくる。だって確かに欲情したら「はぁはぁ」するものではあるが、…少なくとも俺はまだそこまでではないし、ウワハルだってたったこれだけでここまで息を切らすのはちょっとおかしい気がするのだ。
なんなら病気みたい…――熱でもあるんじゃ…?
「ウエ…大丈夫…?」
でも、熱があるんなら「おあずけ」かなぁ…。
いやっそりゃそうなったら残念だ。でも、まさか病気の兄を抱くつもりなんか俺にはない。もちろん。もちろん我慢する。
……俺のこの心の声を聞いたウワハルが、「ふふ…」と俺の胸もとで何か嬉しそうに笑う。
「…違う…病気じゃない……」
「……、でも…じゃあどうしたの…? まさか、…そんなに気持ちよかった……?」
……としたら、ものすごく可愛いし嬉しいけど。
ウワハルは俺の鎖骨の上、ふる…ふると首を小さく横に振った。
「ごめ…はぁ…、体に…力が…入らないんだ……」
「……だ、だからさ、それ、病気…」
ところが兄は「違う…」とやはり言い張り、そして、色っぽい吐息まじりのか細い声でこう言うのだ。
「媚薬 が…効いてきて、しまった…ようで……」
「……ぇ、媚薬…?」
何それ、…と俺は目を見はった。
いや、もちろん俺だって「媚薬」が何なのかくらいはわかっているけれど――ウワハル、まさかそんなものを飲んだの…?
……との俺の心の声に、ウワハルが俺の鎖骨の上でこく…とうなずく。
「は…さっき…おツルさんに…相談したんだ…。あまりにも緊張しているから…、その…シタを、きちんと受け容れられる状態に…なれないかもしれない、と……そうしたら…――みんな…初めはそうだと…、…そのための、薬が…あると…、…それで…それを……」
「……、…」
ゴクンと俺の喉が鳴る。
なるほど、おツルさんの「おほほ…」な「ニヤリ」は――俺が来る前に、ウワハルが媚薬を飲んでいたから、だったんだ。
「そうしたら……はぁ…、熱い……頭が…ぼうっとして…――からだに…力が、入らない…、はぁ…、…このままじゃ、おかしくなってしまいそうだ…、…は、…飲まなければよかった……」
「…………」
あの潔癖のウワハルが、媚薬なんて淫らな薬を自ら進んで飲んだだなんて…俺はめちゃくちゃな衝動に駆られた。
……思わずドサッとその衝動のまま押し倒しそうだった、…けれどもここはぐっと我慢――しないと、まぁたこのけだものめ、なんて「おあずけ」を食らいかねない――、…なので俺はそお…っとやさしく、ウワハルの肩を押して……そっと、彼を布団のうえに押し倒した。
「……は、…ぁ……」
ただ今の兄はあんまりにも無力だった。
俺のほんの優しい力にも一切の抵抗の膂力はなく、彼の白い浴衣をまとった細身はくたぁ…とあんまりにもたやすく布団の上に横たえられた。…こてん…と斜め下へ向けられたウワハルのうす赤い顔は、ぽうっとしてうつろだ。
「…はぁ……はぁ……」
「……、…、…」
ゴクッとまた俺の喉が鳴る。
――据膳 食わぬは男神の恥だ。
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