80 / 114
78
――あのじいやが、神じゃ、ない……?
嘘だろ、…僕はそれはそれで――いや、むしろそのほうが――衝撃を受け、思わず眉を寄せながらハルヒさんに小首をかしげる。
「いやでも、だっだって、…昨日…ふ、二 人 が 一 人 ……」
「うんうん…」――するとハルヒさんは神妙 な顔で僕を見ながら、コクコクとその顔を浅くうなずかせる。
「…まあでも、厳密に言ったら、だけどね…? 厳密に言ったらじいやは神じゃない…――けどぉ…」
「…けど…?」
僕が興味津々でそう先をうながすと、ハルヒさんは何か意気込んだようにキリッとした――だのにどこか真剣な顔をしたあどけない少年のような印象の――表情を浮かべ、僕の目をまっすぐに見つめながらこう言う。
「人間でもなくてぇ…」
「……ええ…、……」
神ではない。が、人間でもない……まあそれはそうだろう。ある意味ホッとした僕だ。そもそも人間は「フュージョン」なんぞできやしないのである。
……というか「フュージョン」もそうだが、先ほど天 上 春 命 に戻っていた僕はじいやに「いつの間に瞳の色を戻した?」と聞いていただろう。
実際僕が知っているじいやの瞳の色はたしかに緑だったが、しかし、今会った彼の瞳は血のような紅色に変わっていた。――それも「戻した」ということはつまり、じいや本来の瞳の色はその紅色だったということらしいのである。が、…まぁそれはともかく、いずれにしても人間は、素の瞳の色を自由自在に変える能力なんぞ普通有してはいないのだから、それにしたってじいやが(僕たちと同様に)人間でないことを示す証拠の一つといえるだろう。
「でもぉ…」――ハルヒさんのその濃い灰色の凛々しい眉が、キリリと少しつり上がる。
「あの…神にものすごく近い存在ではあってぇ…――ほぼ神だし…いや、場合によっては神…ではあるんだけどぉ……」
「……、……?」
……、…――は?
神ではない。が、人間でもない。ただし神にものすごく近い存在ではあり、ほぼ神、なんなら場合によっては神。だが、
「厳密に言ったら…神ではない…みたいな…?」
「……、…、…」
僕はそっと目をつむり、ため息をこらえる。
なんというか…相変わらずトンチンカン、というか…いやいや最愛の推しにトンチンカンだなんぞとは失礼にも程 があるが、…少なからず今朝もコトノハさんが恋しくなってくる――ハルヒさんのこの核心を掴めそうで掴めない説明では、余計混乱してくる…――このまどろっこしいハルヒさんの説明に痺れを切らした僕は目をつむったまま、ともかく結論を求める。
「えーと、要するに…じいやは何なんですか…?」
「ん…? 眷属 。」
「……、…」
眷、属…か――と僕は目をつむったまま考える。
なるほど……僕が眷属と言われてまず思いつくのは、たとえば狛犬 や狐 など、神様のお使いとされている神使 の動物たちの存在である。――よく神社の鳥居付近にも、対 になったその神使の石の彫像が置かれているだろう。
ちなみにその神使は「眷属神」と呼ばれることもあるので、ハルヒさんのいう「神に限りなく近い。ただ厳密にいうと神ではない(神に仕えている神同様の神秘的な力をもった存在だ)が、場合によっては神ともされている」という説明にも一致する点が非常におおい。
するとまあほとんど確定的に、つまりじいやはその何かしらの眷属で間違いないのだろうが、…念のため僕は目をつむったままこうハルヒさんに確かめる。
「…要は眷属って…あの、神社によくいる…」
「そそそ…、じいやは牛の眷属なの。で、だからパパとおんなじように目の色も紅いと目立つしって緑に変えられてたし、分霊 もできて……でも、俺と君とは今まで離ればなれだったでしょ。」
とハルヒさんは更にこう説明する。
「かといってじいやも俺たちの〝お世話係 〟のプライドがあるから、どっちかだけの側にいるってのも嫌がって、…だから今までは俺のほうにも一 じ い や 、君のほうにも一 じ い や で側にいてくれて…――で、昨日、離れてお務めしてくれてた二 じ い や が 一 じ い や に 戻 っ た って感じ。十何年ぶりに。」
「……、…」
そうなのか、なるほど…なんだが、じ い や の 単 位 は「じいや」でいいのか……?
まあいっか、…僕はここでふと目を開け、また隣のハルヒさんへ顔を向けながら「と、すると……」
「…天上春命 と…恐らくはその、ハルヒさん…というか、天下春命 の眷属が、じいや…――ということですか…?」
「うん。でも、ちょっとだけ違う」――ハルヒさんはふるふる、とちょっとムッとしたその顔を小さく横に振る。
「……え? ……??」
僕たちの眷属…というのは合っているが、ちょっとだけ違う……?
ただそれの回答の前に、可愛らしくその珊瑚 色の唇を少しとがらせているハルヒさんは、
「てか俺、ハヅキがまだ眷属のこと思い出してないかもっておもって先に説明してあげたのに、さっき俺のことトンチンカンだなんて思ってたでしょー…?」
なんて不服そうなんだが、…その拗 ねた顔がまたなんとも可愛らしいのだ。
「はは、…すみません…」
可愛くってたちどころに心がとろかされてしまう……僕はまだ夢を見ているような気分である。やっぱりこんなに可愛い最愛の推しと結婚できた、だなんて……。
「俺だって説明くらい上手くできるからね?」と意地になってちょっとムッとしたまま、ハルヒさんがこうやや早口に説明する。
「要は結論を先に言えばいーんでしょ。じいや、道真 さんの眷属だったの、元は。で、今も半分はまだ道真 さんの眷属なんだけど――道真 さんのところにいたじいやを、ちっちゃい頃の俺たちが〝欲しい〟って言って、だから今は半分俺たちの眷属でも……」
「待っ…み、道真 、さん…っ?」
って…僕は目を瞠 った。――やたら親しげに「道真 さん」なんて彼は呼んでいるが、…道真 公、まさかあの菅原 道真 公…じゃ、ないよな……?
するとハルヒさんが僕を見て目を丸くする。
「え、そうだよぉ? その道真 さんだよ…――俺たち、ちっちゃい頃からお世話になってるじゃん。…それこそ俺たちがオシクモネとして神デビューするってとき、学問の神としてもやっていきたいな〜ってなって、それで、そのとき学問の神様としても造詣 が深かった道真 さんに色々教えてもらったりとかさぁ……」
「……、…、…」
え、そ、そうなの……?
……まあ僕は、天春 春月 としても道真 公にお世話になったにはそうなんだが――もちろん会ったことはないものの、…いや、「会った」といってもいいのだろうか?
というのも僕は、道真 公が祀 られている近所の神社に幾度か参拝 したことがあるのだ――道真 公は学問の神様としてかなり有名だが、生前詩を詠 むのに長けていたことから芸術の神様でもあるので、僕は漫画家になりたいという折に公が祀られている神社に参拝し、漫画家になれますようにと願掛けをしたことがあるのだ――が、それは「会った」に入るのかどうなのか……。
「うんうん…」とハルヒさんが微笑しながら頷く。
「それはちゃんと〝会った〟だね…、神の分霊はもちろん神社にいるし、結局お詣 りっていうのは神に会いに行ってるんだよ。」
「…へえ……」
なるほど、するとなおその節は大変お世話に……という感じの気持ちになる。何か不思議と。
しかしということは、僕はもちろんハヅキとしても道真 公にお世話になったが、…いや、ひょっとすると漫画家としてやらせてもらえている今もお世話になっているのかもしれないが、…ハルヒさん曰 くのところウワハルとしてもお世話に…――といって…さっきは自然とウワハルに戻っていたものの、どうも今はまたハヅキとしての僕の自我が強くなっているようで、ハルヒさんにそう言われても道真 公の記憶はちっとも思い出されない。
「……、…」
僕としても気になるし、思い出したい…、思い出したい、が…――なんとかウワハルとしても会っていた(らしい)道真 公のことを思い出そうとしても、…だめだ……。
「そっか…、じゃあこれ、この記憶は?」とハルヒさんが確かめるように、神妙な目つきで言う。が、
「…ははは…っ」
なぜかハルヒさんがすぐ可笑しそうに目を細めて笑う。
「ちっちゃい頃に会ったときは穏やかなひとだったけど、なんか怖いひとになっちゃったんじゃないかな〜ってふたりで思ったって話、…はは、ほんと、教えを乞 いに行ったときはおじさん変わっちゃったんじゃないかなーって不安だったな…――だって怨念がどうとかって噂 されてたでしょ。」
「……あぁ…、……」
道真 公の怨霊 化――わりと有名な話である。
学者の家に生まれ、若い頃から群を抜く冴えた頭脳をもち、まさに天才であった菅原 道真 公は、学者としても政治家としてもその手腕をいかんなく発揮された。また公は大変な努力家でもあったそうだし、詩人としても白眉 の才能をもっていた。
しかし、道真 公の有能さを妬 み失脚をもくろんだ藤原 時平 に無実の罪を着せられ、左遷 されたその地で冤罪 が晴らされることもないまま亡くなられる、というような憂 き目 に合われ――そして、その憂き目に自分を貶 めた裏切り者への強い怨 みから、公は怨霊になってしまわれた…とか。
というのも、道真 公が亡くなられたあと、災害の多発や疫病 の流行、関係者の死が相つぐなどの不幸がたて続けに起こったのだが、すると人々は「これは道真 の呪いに違いない…!」なんて、その不幸と公の不遇な死とを結びつけて考え――そして怨霊化してしまった道真 公の魂を鎮 めるという目的のもと、つまり畏怖 心からその人の御霊 を丁重に祀った。
……はずが…しかし――祟 り神であったはずの道真 公は、今や「天満 大自在 天神 」、というものすごいパワーのあるめっちゃすごい有名な神様になられ――今となっては日本各地に、神様としての道真 公を祀る神社がそりゃあもうたくさんあり、こと学問の神・天神様として有名な公の神社は、毎年受験シーズンともなると混みあうほど……すなわち道真 公は、今や怖がられる怨霊どころか、日本人によく慕 われる一柱の神様になられたのであった。
ただ、どことなくまだ「(怒らせたら)怖い神様」というようなイメージがあるような気もするが……ハルヒさんはちっとも畏 れていない――むしろ親しい親戚のおじさんの話をしているかのような――柔らかい笑顔で、こう言うのである。
「でも、行ってみたらやっぱり変わんなくて、めっちゃ優しいひとだったじゃん。…ていうか怨霊化なんてそもそもしてなかったし…――だって死ぬまで世の中のこと考えて、誠実であり続けた人だよ? ただ、天はほんとうに道真 さんを見てたってだけ。」
「……、…」
道真 公は左遷されたのち、世を儚 み、あらゆる人間には失望していたとされている。
ただ無実の罪で左遷された公だが、もはやそれはほとんど理不尽な流刑であり、その土地のあばら屋で十分な食事も与えられず、衣食住もままならないでみるみる衰弱してゆくなか――それでも天は恨まず、自分の心にやましいことなどない、しかしそれを知っているのは天のみだ、との詩を詠 んだそうなのである。
……しかし道真 公は、そんな悲惨な状況下に置かれていても投げやりにはなっていなかったらしい。それでも世の中が良くなることを切実に願い、そして離ればなれになってしまった家族のことを憐 れに想ったまま――そして自身の誠実な信義を貫いたまま――最後は太宰 府のあばら屋で、静かに息を引き取られたそうだ。
ここでハルヒさんは少し寂しそうに、その銀の長いまつげを伏せた。
「もともと道真 さんは神だったけど、世を変えるために菅原 道真 っていう人間として地上に降りて、お務め果たして…――そのあと道真 さんは、道真 さんとして神にならなきゃいけなかったんだって。創造主様がもともとそう運命 られてたらしーよ、大人たちいわく……」
「……、…」
たしかに、神といわれて疑いの気持ちが起こらないほど優秀かつ誠実な人だったそうだが、そうだったとしても…――誠実な無実の人が悪い人間のせいでああした悲しい最期を迎えた、ということは、いくら大昔の人であったにしても、なんというか…胸糞 の悪い話である。
ハルヒさんは目を伏せたまま、静かにこう言う。
「でもおじさん、なんにも怨んでなんかないし…、別にほんとうは全然怖い神じゃないのにね…――特に努力している人間の子たちなんかには熱入っちゃって、お節介なくらい、…はは…まあ厳しい側面もあるけど、それだって愛してるからだしさ…――ほんとうは〝よく頑張ったな〟って頭ポンポンしてくれるような神なのに……」
「…………」
道真 公は今、天上でどんな生活をされているんだろう…? なんてぼんやりと考える。
せめて天上では穏やかに暮らされていたらいいんだが…――それこそ愛する梅の花でも眺めながら、大好きな詩を好きなだけ好きなときに詠んで、美味しいものをたくさん召し上がられて……。
「ってハヅキ、」と目を上げたハルヒさんが目を丸くして僕を見、小首をかしげる。
「やっぱ、いまいちピンときてないよね…?」
「あぁ、はい……正直、全然ですね……」
残念ながら全く初耳、という感じである。
……するとハルヒさんが「へへ…」と意味深に、その美しいタレ目を妖しく細める。
「じゃあ、ちょっとテ ス ト してみよっか…?」
「……? テスト…?」
って…何、…何のテスト…? と僕はきょとんとしてしまったが、その僕の顔を、たちまちうっとりとした色っぽい目つきで見つめてくるハルヒさんに、…察する。
「あ、あの朝からそういうことは、…ッ♡」
しかし僕が絶句した原因は、ふとその長い銀色のまつ毛を伏せたハルヒさんの唇が、不意に僕の耳をはむはむと…――僕はぞわわ…と震える肩をすくめるが、…彼は低い声でこうささやいてくる。
「ふふ…ちがうでしょ…、俺がハヅキにやらしいことをしたいわけじゃなくてぇ……これはあくまでも、ハヅキが気持ちよくなると君の〝記憶〟、ほんとに戻るのかなーっていう…――テスト、だよ…?」
「…ぅ、♡ …〜〜っ♡」
ほ、本当だろうか、…だが囁 かれるだけで僕の子宮が甘くピクピクとする、…ハルヒさんの手のひらがそっと、白いパジャマの薄い布越しに僕の胸板をゆっくりと撫でまわしてくる。
「……は…♡ …っ、♡ …は、ハルヒさん…っ」
だ、だが、…下でじいやも待ってくれているし、朝からまた、…なんて…――僕、仕事も溜まっているし、…たしかに昨日店で気を失ってから、僕はここまで何も口にしてはいないし、…
「…だからぁ…これはテストだってば…、ほら、ちゃんときもちよくなるのに集中して……?」
ハルヒさんはそう囁いてきたのち、くち…と音を立てながら、その熱くぬるついた舌先で僕の耳の穴をくちゅくちゅとほじくってくる――僕のツンと乳頭が勃 ってしまった胸を撫でまわしながら…――。
「ぅく、♡ …っんふ、♡ …〜〜〜っ♡♡」
あ、頭…くちゅくちゅ…こんないやらしい音で満たされて…――胸もぞわぞわと気もちいい、彼の手のひらに乳頭が引っかかって転がされるたび、ツーンとした快感がそこから子宮や陰茎やに通じてしまって、
「……ふ…♡ ん…、ぁ…――♡♡♡」
頭が…とろーんとしてくる…――はぁ…と僕の濡れた耳に熱い息を吐きかけてきたハルヒさんは、その唇を僕の耳に触れさせたままこうささやき声で尋ねてくる。
「ね、ウエ…、道真 さんは今…――天上で、どんな生活をしてるんだっけ……?」
「……は…、……――。」
……道真 公は…――今……。
ともだちにシェアしよう!

