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「俺がお着替えさせてあげるね…?」
「……ぇ、ぁ、ああいや、あの大丈夫…」
いや、まさか着替えにまだ手伝いが必要なほど何もできない箱入り息子というわけでは…――まあスーツなどマナーの多い礼服や着物なんかに関しては、今もじいやに頼ってしまうが――。
……なんて僕が困惑しているあいだにも、後ろから回されているハルヒさんの両手が、ぷつ、ぷつと途中になっていた僕のパジャマのボタンを外してゆく。
「……、…、…」
これは、ただ…着替えを、手伝って、くれている…だけ――それなのに僕の心臓はトクトクと鼓動を速め、僕の肌はざわ…と粟 立っている。
「ハヅキさぁ…」と僕の耳もとでハルヒさんが言う。
「…じいやと俺は…違うでしょ…?」
「……ぇ……?」
するり…パジャマのズボンのゴムの隙間から、ハルヒさんの大きな手のひらが入りこんでくる。
「……っ、…」
ぴく、と反応してしまった自分が恥ずかしい。
違う、これは、着替えを手伝ってくれている、…ただそれだけ、なんだから……。
「……、…、…」
僕はそう考え、あえて大げさな反応を示さないようにじっと耐え、その手を受け入れた。――する…とボクサーパンツ越し、僕の片方の脚のつけ根を彼の手のひらがゆっくりと撫で下げ、そのあたたかい手のひらは僕の前ももを撫でまわす。
「……、…」
感じ、ないように…しなければ、……。
「…ふふ…」とハルヒさんが僕の耳もとで笑う。
「いいの、そんなに無防備で……――ハヅキ、かわいーけど…気を付けないとだめだよ…? 俺の前で無防備なのはいいけど、…他の男の前ではそういうの、危ないからね……?」
「……、…」
む、無防備……? と僕はいぶかって眉を寄せる。
そもそも僕は、ハルヒさんだからこそこうして着替えを手伝われるのを――服を脱がせられるのを――も甘受しているわけで、…少なくともじいやや彼など家族以外にはこんなことを許すはずもないのだが。
「え…? はは…、お馬鹿さん……」
そう妖しい声で言ったハルヒさんは、僕の片耳にその唇を触れさせてくる。
「…ね…俺とじいやは違うよ…? 俺は家族でもぉ…、ほ と ん ど 異 性 み た い な も ん だって思っとかないと……」
「…ぅ、♡ ……、…、…」
僕はぞくぞくとしてしまいながらもぐっと耐える。
ハルヒさんはこうささやき声でつづける。
「だって目の前で無防備に着替えなんかされたら…、そりゃあ俺だってむらむらしちゃうしね……?」
「……ッ♡ …っ? ぇ、?」
む、むらむら…――僕の、着替えごときで……?
「そうだよ…?」とハルヒさんが妖しい微笑を含ませたささやき声で言いながら、僕の生のあばらやみぞおち、腹のあたりを極じっくりと撫でまわしてくる。
「……は…♡ ……っ、…、…、…」
感じ、ちゃ…――だめ、だめだめだめ、…
僕は唇の裏を噛みしめ、斜め下へ顔を伏せる。
「…〝僕の着替えごときで〟だなんて…、君はこんなに魅力的なのに…、ねぇだめだよハヅキ…――俺だって男なんだよ…?」
「……っ!」
さすがに僕は彼の手首を掴んだ。――ズボンの上から、僕の下着越しに陰茎をまさぐってきたハルヒさんのその手を、制止したのだ。
「だ、駄目…――あ、朝から…そんな、…体が…持ちません、から……」
あ、あと…――ほどほどに、しておかないと……。
飽きられてしまう、とか……言うし…、そりゃあ僕が「神の記憶」を取り戻すための「鍵」がそれなのかもしれないが――そう新婚、というか付き合いたての熱い気持ちのままに節度なくしてしまったら、しばらくは燃え盛っていようと、…鎮火、冷めてしまうのだって、きっと早い……。
「ふふ…考えすぎ…」
「……でも…そ、その、僕…――ぁ…飽きられて、しまったら…、その……」
何かハルヒさんを魅了できるだけのテクニックがあるわけでもないし…それでなくとも…魅力に乏 しい体で…いや、そういう自己卑下はやめなければ……。
ただ…最初はあんなに求めてくれたのに、だなんて…じわじわと傷ついてしまうのは、きっと間違いなくそうだから…――という僕の不安を、ハルヒさんがもう一度「ううん、ほんとうに考えすぎ。」と微笑の声で制する。
「ハヅキは綺麗だよ…。すごく綺麗な体をしているし、すごく色っぽいし……何より俺、ウワハルと夫夫になってから何千年も…ほとんど毎日、ウエを抱いてきたんだよ…? しかも義務とかじゃなくて…――飽きるどころか…定期的に抱きつぶしちゃうくらい、毎日、毎日……」
「……、…」
あ……そうだった。
いや、『そうだった』と僕は不思議に確信している。つまりこのハルヒさんの言葉は間違いなく事実であると、僕は今疑っていない――つまり僕のその『そうだった』は、ウ ワ ハ ル ら し い 安堵のそれであった。
……やっぱりどうも順調らしい。ただ、すると「鍵」の件でまた別の不安が戻ってくるのだが……。
「というか俺、いわばDNAレベルで君にしか惹かれないし…――だからハルヒとしては昨日まで童貞だったし…、ファーストキスも君との昨日のあれだしね…、だから、心配いらないよ……?」
「……え、…そ、そうなんですか、…」
僕はびっくりした。
なぜって、昨日のハルヒさんはあんまりにも「上手かった」からである。――しかし彼は「うん」とのんびり鼻を鳴らすように肯定する。
「俺はシタハルの記憶、もう全部自由に思い出せるから……」
「……、……ぁ、そういうことか……」
少し考えたが、そうか。
何というか、異世界転生モノのあのチ ー ト 知 識 のような理屈ということか。――要するにその「何千年分の毎日」のシタハルの記憶、そのおびただしい経験の堆積 を今や自由に思い出せるハルヒさんは、童貞とはいえそれは肉体的なものばかりの話で、(一般的な童貞のように)何も知らない状態で僕を抱いた、というわけではなかったのだ。
……つまりハルヒさんは「手練 の童貞(だった)」というわけである。
「そそ…――へへ…、でも、うれしいな…」
とハルヒさんが幸せそうなやわらかい声で言う。
「俺、憧れてたの…。運命のひとである君に、自分の〝初めて〟を全部あげて…――君の〝初めて〟も、全部俺がもらうっていうのに…、実はずっと、憧れてたから…――その長年の夢が叶って、今ほんとうにしあわせ…。ありがとハヅキ……」
「……はは…、………」
ただ僕は「襲い受け」を演じるなど、途中まで「手練」のふりをしてハルヒさんを騙してしまっていたのだが…――もし彼のその憧れを先に聞いていれば、あるいはある段階で、正直に「初めて」であることを意地を張らずに打ち明けられていたかもしれないな…――。
「いーの、結果オーライでしょ…? えへへ…――でも俺、ほんとつくづく怖いなぁ……」
「……? 何がですか…?」
と僕が尋ねると、ハルヒさんは僕の体をぎゅうっと抱きしめながら、僕の耳もとでこう言う。
「君のこんなに綺麗で色っぽい体見たら、俺だけじゃなくて…みーんなむらむらしちゃうと思う…――だから、もう俺の前以外ではお着替えしちゃだめ…。…ハヅキ…もうちょっと、危機感もと…?」
「……、…」
いや、…それはむしろ逆では…?
同性愛者のほうが少ない世の中、ハルヒさんが僕の着替えくらいのものでむらむらしてしまうというのなら、これからはハルヒさんの前以外では着替えをしてはならない――ではなく――、これからは、ハ ル ヒ さ ん の 前 で は 、着替えをしてはならない……というほうが正しいのではないか?
……すると僕のこの思考を読んだハルヒさんは、「もう〜」とまたすねた。
「……俺だってそこまでけだものじゃないもん…」
「……、…」
今しがたまで僕を襲いかけていたひとがよく言う……。
「いーよじゃあ…――今回だけはほんとうにお着替え手伝うだけにしてあげるからぁ……」
「……?」
今回だ け は…? 手伝うのだ け に…?
……なんて僕は多少の危機感というものを学びつつ、…このあと本当にハルヒさんに手伝われて着替えを済ませたのだった。…はーい脱がすよぉ、はーい袖を通してぇ、はーいズボン上げるよぉ…――といった感じで、まるで幼児のそれのように………。
なおハルヒさんには、「今日から毎日俺がお着替えさせてあげる〜…♡」なんて甘ったるく言われたものの、…それに関してはやんわりとお断りしておいた。
さて、僕たちの寝室から出た先は、まるで新築の和風モダンの旅館の趣 によく似た廊下であった。
床は濃い茶色のつややかなフローリング、白い漆喰 の壁には足もと付近に等間隔に暖色のライトが取りつけられており、朝の今においてもそれは灯 っていた――また壁上部にはやはり等間隔に、アンティークなうつむいた花型の照明も取りつけられている――。
またなん部屋あるのやらもわからないが、僕たちの寝室の左隣にも部屋の扉――というかハルヒさんいわく真隣がトイレ、その隣が浴室――があり、更にはその三部屋までで曲がり角となっているようでは、どうもこの家は随分広いようである。
それでなくとも昨日いきなり(知らない間に)引っ越しました、なんて衝撃事実を打ち明けられた僕は、ちっとも知らない家の中の上にこの広さでは、いよいよ家の中で迷子になるのではないか、と不安になるくらいであった。
するとハルヒさんは「だいじょうぶだよぉ」とへんにゃり(可愛く)笑って、僕と指をからめて手を繋いだ。「俺がいるじゃん」と――しかしいつまでもハルヒさんの案内に頼るわけにもいかないので、きちんと覚えなくては、と覚悟した僕である。
そうしてひとまずのところ、ハルヒさんと手を繋いで――彼に案内してもらいながら――部屋から出てすぐの右手側の階段を一階ぶん下り、いくらか同じような景色の廊下を歩いて、…
……ただ実はその道すがら、僕たちは何と三 人 の じ い や …――三 じ い や ――に出会った。
いや、じいやは眷属――つまり分身(分霊)するのも可能な存在なのだとは、さすがに僕ももう理解してはいるのだが、
しかしどうしても驚いてしまった、
「うぉああああ!?」とゾンビに遭遇したかのごとき悲鳴をあげてしまった、「なっなんで、だって、さっき、!?」――さっき廊下で大きなゴミ袋二つを両手に提 げたじいやと「お〜お手々を繋がれて、朝から仲がよろしいですなぁ〜」なんて冷やかされながらすれ違ったばっかりなのに、…なんでここにも、なんで白いオカンたらしいかっぽう着にハタキを持ったじいやが、廊下の壁にかけられた絵画のほこりを落としているんだ、と、
……するとその(オカンスタイル)じいやいわく、「いやぁウエ様も順調に思い出されていることですからなぁ。これで心置きなく分霊し、家事や雑事の同時進行がかないます」とのことである。
い、いつかは…僕も慣れるんだろうか、このじいやの分身にも……――。
さて…――そうしたこともありつつ、ようやっと僕たちはこの家のダイニングルームへまでたどり着いた。
ダイニングは明るい雰囲気の広い洋室だった。
床は明るいベージュ色のフローリング、壁は白い。また室内に広めのダイニングキッチンがあり、キッチンカウンターのなかに冷蔵庫などが置かれている。
またそのキッチンカウンターの対面には、広々とした十人がけのダイニングテーブルと十脚の椅子――こげ茶色の木製と黒いパイプでできたダイニングテーブルセット――が置かれている。
……そしてそのテーブルの真横にはひらけた空間があり、そこは今はカーテン代わりの簾 がひらかれた壁一面のガラスから射し込む陽光が、ペルシャ絨毯 のうえに日だまりを作っていた。
部屋の隅には観葉植物も置かれているが、何よりそのガラス向こうにある日本庭園――小砂利の上、中央には陽光に神々しく照らされた大きく立派な松が植えられており、石灯籠のほかに鹿威しもある――が、なんとも癒やされる眺めである。…ただ僕の家族が著名人ばかりであるためか、その日本庭園は高い自然っぽい岩肌の壁に囲われているようだった。
そして僕はいま窓辺側、ダイニングテーブルの端から二番目の席に座り(一番端の席である僕の右隣にはハルヒさんが座っている)、――四 じ い や 目 のじいやに――配膳された鯛 めし、みそ汁、塩さば、煮もの、なんて感じの純日本人的……いや、純 日 本 の 神 的 な朝食(ただ、いわくこれらのいくつかは昨日料亭でもたされたお土産だそうである)を食べながら、
「…………」
「…………」
僕の斜め右方向に座って目をつむり、どうも瞑想をしているらしいコトノハさんを見守っていた。
……ところで、ハルヒさん…――?
「……ん…?」
「……んぐ、…あの、手を……」
離してくれ…食べにくい…あと行儀が悪い……。
そう…僕の右手は今もまだ、ハルヒさんの左手と指をからめて繋がれたままなのであった。
「やぁだ…離れたくないんだもん。……」
しかしあっさり(目玉焼きトーストにかじりついている)ハルヒさんに断られてしまった。
「……、…」
離れ……いや、手を繋いでおかなくとも僕、別に今ご飯も食べているし、離れやしないんだが…――食事中に断りなく席を立つとママに叱られるし…(まあママは今ここにはいないけど)――。
……と、ここでカッと目を見開いたコトノハさんが、
「――わかったよ!」
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