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僕は自室の仕事机についたまま、ハルヒさんからのメッセージを開いた。
ちなみにそのメッセージは十八時十一分に届いていたものらしい。
『お仕事終わったよ〜〜! お疲れさま、ハヅキはどう? お仕事順調?』
ただその前にも三通――『今お昼食べてるんだ〜』とマルゲリータピザの写真付き、『休憩中〜。ハヅキのお仕事がはかどりますよ〜にっ』というのが十五時三分に、そして『今日予定通りに帰れそう!』と十七時ごろに…――僕は案の定仕事中はハルヒさんのメッセージを見てはおらず、断りを入れていたとはいえ、ちょっと申し訳なさを感じつつも、こう返信した。
『お疲れさまです。案の定気が付いてなくてすみません(汗) 僕も今仕事終わりました! 今日、久しぶりに凄く順調に進んで無事ネーム脱稿! 久しぶりに楽しかったです!』
すると僕のそのメッセージにはすぐに既読がつき、さらに三十秒とかからずハルヒさんからの返信があった。
『お疲れさま〜。おお〜! よかったね〜!』
そして『気にしないでね』とにっこり笑った黒い馬のスタンプを送ってくれたハルヒさん――僕は自分のスマホに映し出されたそのトーク画面をニヤニヤしながら眺め下ろし、…はぁ、とため息をついた。
……信じられない…僕、推しと連絡先を交換したばかりか――推しと連絡を取り合っている…、しかもこんな何気ない会話を、普通にしている……っ!
「……、…、…」
ニヤニヤが止まらない。
……とここでまたハルヒさんからメッセージが届く。
『そうだ。見た?』
『何をですか?』と僕は返す。
『結婚発表。もう公開したよ〜』
「……、…」
その返信に僕の心臓がにわかにドクドクと騒ぎ出す。――別に不穏な何かを感じ取っているというわけでもなく、単純な緊張で――僕は途端に冷えはじめた震える指先でトーク画面を閉ざし、自分のスマホに入っているニュースアプリを開いた。
それのトップ画面にはあらゆる最新ニュースの記事タイトルが羅列している。そしてその中には「あった」が、…僕は一旦気を落ち着かせるため、なんとなく暴露系配信者の記事を開いた。
『有名暴露系配信者「トミザキ。」、某朝ドラ主演女優の裏の顔を暴露し…………』
「……、…、…」
あぁ駄目だ、しかしまるで内容が頭に入ってこない……。
ただただその記事に掲載された「トミザキ。」というその暴露系配信者の、動画内の一幕を切りぬいたニヤけた顔写真――日焼けたにきび跡だらけのボコボコとした肌、四角いゴツゴツとした顔、ヘアワックスでテラテラと脂っぽく光っている茶髪、つり上がった細眉に、何かいやらしい目つきのくっきりとした二重まぶたの両目…――が、「なんか悪い陽キャっぽい感じの人の顔」として僕の視界に入ってくるばかりである。
……まあそもそも僕は、この「トミザキ。」とかいう配信者は好きでも嫌いでもないのだが、ただその「暴露系」というジャンル故かよくネットニュースになっている人でもあるので、たまにこうして彼に関する記事を暇つぶしに見ることはある。という程度の関心のため、一旦気持ちを落ち着けるにはうってつけかと思われた…――が、…どうでもいいと言ったらそうであるせいか、この「トミザキ。」の記事を最後までスクロールしたところでも、それらの情報は少しも僕の頭にも気持ちにも入ってはこなかった。
ここは潔 くトップに戻る。
――『公式の送るね〜』とハルヒさんのメッセージの通知がきたが、僕はもう『〝電撃結婚宣言〟のシンガーソングライター・ChiHaRu(28)、一般男性と交際0日婚!』というある種扇情 的なタイトルの記事をタップしていた。
「……、…、…」
その記事の内容は要約するとこうだった。
――昨日の配信中に「恋人はいないが近々結婚はする」と「電撃結婚宣言」をしたChiHaRuさんが、今日本当に結婚をした、との報告をファンに向けてした。
その公式発表によると――お相手の方は一般男性である。
まずは昨日の自分の未熟かつ不配慮な発言のせいで、応援してくれているファンやお相手の方、また関係者の方々をお騒がせし、不安にさせ、ご迷惑をおかけしていること、大変申し訳なく思っている。
今後はそのようなことがないよう、より一層気を引き締めて活動を続けてゆく。
なお、自分が配信中ファンへ向けて言った「今は恋人はいない」という言葉は嘘ではなかった。
実は先日初めて会ったその方に自分は衝撃的な一目惚れをしてしまい、「自分はこの人と結婚しなければならない」と強く感じたために、つい先走ってあのような発言をしてしまった。
そのため、当然あの時点ではお相手の方は自分の恋人ではなく、お互いに好意を持ちあってはいたが、まだ友人関係にあった。
ただあの配信後改めてプロポーズしたところ、そのお相手の方も自分のプロポーズを受け止めてくれ、この度結婚する運びとなった。
しかしお相手の方は一般人であるため、くれぐれも詮索は控え、そっと見守ってくださるようお願い申し上げる。――
……といった感じの、いわばほとんどが公式発表された文章を転載したような記事であった。
「……、…、…」
僕の手は冷えきり、ガタガタと震えている。
そのまま何も考えず、ほとんど無意識に下へスクロールし…――僕はついその記事のコメント欄まで見てしまった。
二万件以上もコメントがついている。
『正直とても驚きました。チハルくんが一目惚れするようなお相手……どれほど美しい男性なんでしょう? 私は応援します!』
『本当に結婚したのかよ笑。まあ配信のアレに関してもいつものチハルって感じだったからなぁ笑。僕はいいと思いますよ。おめでとうございます。』
『この時代に男性と結婚してLGBTQの仲間入りか。海外ウケもっとよくなりそう。』
『えービックリ! でもおめでとうございます! 私なんかただの主婦ですけど(上から目線に見えたらゴメンナサイ)、世間に何言われても負けないで! ChiHaRuさんの歌に救われた一人として、彼の幸せも全力で応援したいです。きっとお相手の方はイケメンなChiHaRuさんにお似合いの、とっても素敵な美青年なんでしょう。どうぞお二人で幸せな家庭を築かれて下さいね。これからも応援してます!』
『芸能人とはいえ、プライベートは個人の自由だ。一人の青年が誰かに恋をし、結婚した。これは只 それだけの事である。配信の発言は不用意だったと思われるが、この多様性の時代、相手が男だろうと、私達がとやかく言う事では無い。』
『一目惚れ!? ちーたん(ChiHaRuさんの愛称である)に一目惚れされてプロポーズされるとか、お相手前世でどんだけ徳積んだ方なの!?』
『正直昨日の配信の時からずっと悲しいです、、、まだ気持ちの整理が追いつきません、、、でも、いつかはまた心から応援出来るのかな、』
『ちーたんの夫になれるのうらましい』
『ち〜〜た〜〜ん! おめでと〜〜! めっちゃビックリしたけど、ちーたんが心で選んだ人ならいいと思う! お幸せに!』
『おめでとうございます。ちはるくんだって、若い一人の男性です。それに、彼は、もう28歳ですよ。好きな人くらい出来て当然ですし、結婚だって、普通の男性と同じように、したいでしょう。ただ、お相手が男性だとは思わず、それは、ビックリ! しましたが。』
『ゲイだったんだChiHaRuくん。それが一番ビックリ。てっきりクール系美女と結婚するかと思ってた。多様性の時代って感じ。』
『おめでとうちーたん。今度のツアーのチケット販売そろそろ始まるね。これで売上減らないといいんだけどねぇ。私は旦那さんができてからのChiHaRuくんがとっても楽しみですよ。きっともっと色っぽくなって素敵なんだろうなー。抽選当たって欲しい、、ちーたんに会いたいよ〜〜、、』
『駄目なのはわかってるけど、お相手の方の顔めっちゃ気になる…! ちーたんが一目惚れして結婚決めるってどんだけの美男子なんだろ? 勿論詮索はしませんが。』
「……、…、…」
僕は――ガタガタと震える手でニュースアプリを閉ざし、…やっとの思いでスマホを机に置くと、動悸の乱打が起こっている心臓を押さえ、前のめりに背中を丸めた。
「…っはぁ、…は…、…、…、…っは、…」
息が苦しい、上手く呼吸ができない、…冷や汗がとまらず、僕の鼻先から汗がしたたり落ちる。
見るべきではないとわかっていた、――だのに僕は、愚かな僕は、自らそれを見てしまった。
「……は、……、…、…」
いや――違うのだ、僕は今傷ついているわけではない。…あれでは傷つきようもない。
あの記事に投稿されていたそのコメントは、そのどれもが決してハルヒさんや僕を責めるようなものではなかった。――そもそもこのニュースアプリのコメント欄は、誹謗中傷と思われるコメントをAIが自動で削除するシステムが組み込まれている。
だから、そういうハルヒさんや僕やを傷つけるようなコメントは、そもそもが見えなくなっているのだろう。
つまり今僕が見たコメントはそのほとんどがこの結婚を容認し、何なら、その驚きの中にも祝福、応援してくれているような内容のものも多かった。――それに有り難く思う気持ちだって、安心した気持ちだって僕にはあった。
……したがって、間違っても僕は今傷ついているわけではないのだ。
「…はぁ、っは…、…、…、…」
ただ…――世間が、
僕の、顔を…気にしている。
世界に誇る日本の有名なシンガーソングライター・ChiHaRuの夫――その人が一目惚れをした、という僕の顔を、…
「ぅ゛、…ぅぐ、……っ!」
僕は戦慄 く両手で口を押さえた。
吐きそうになっている。――怖い、
頭ではわかっている、あのコメントを書いた人たちは何も悪気などない。まさか無理やりに暴こうとしているわけでもない。あんなのは単純な、それもきっとちょっとした好奇心に過ぎない。むしろ、好意だ、好意的なそれなのだ、…
……しかしあの二万件以上にも達しているコメントは、その数だけの僕の顔へ向けられた「視線」のように感じられた。――自意識過剰だ、…わかっていても、僕の顔に、数え切れないほどの視線が張り付いているような、そんな凄まじい恐怖が今僕を襲っている。
「……っは、…、は、…、…」
僕の震えている手は、自分の長い前髪を必死にすいて下ろしてゆく。――顔を、隠してゆく。
人の目が、…顔、見られたら…どうしよう、…
……どう、しよう、ハルヒさんを、不幸に…傷つけられ…僕、また不細工だと…失望…嘲笑 われ…、不名誉…家族が、安全じゃなく…、怖い、…
「っはぁ、っはぁ、っはぁ、――。」
「っハヅキ、…ハヅキ、? 大丈夫…っ?」
「……っは、…――?」
……僕の肩を掴む手――ふと横に顔を向けた先、目を瞠り、しかし心配そうな顔をして、僕の顔をのぞき込んでいるハルヒさんがいた。
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