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僕は今、この自室のベッドの縁 に腰かけたハルヒさんに向かいあい、彼の太ももの上にまたがり、そのうなじに両腕を回して抱きついていたが…――ようやっと落ち着いてきた呼吸に、ふと少し離れて彼の顔を見た。
いつの間にか帰宅していたハルヒさんは先ほど「大丈夫?」と、椅子にかけたまま呼吸もままならなかった僕の顔をのぞき込みながら、そう心配してくれた。
僕は彼の顔を見たなり少しの安堵を覚えたが、しかし焦りもまた同時に感じた。――ハルヒさんの心配に応えねば、という気持ちになったのである。
それで僕は、自分がこうなってしまった経緯を彼に説明しようとはしたのだが、…動悸のはなはだしい胸がぐっと重苦しく詰まり、なかなか肺の深いところへまで空気が行き渡らないせいで、浅く入り乱れた呼吸が往来してばかりの僕の喉は、それを言葉にできるだけの余裕を持ってはいなかった。
はぁ、はぁ、と僕の喉は、口は喘ぐばかりである。
しかし僕の頭の中には、どうして今自分がパニックに陥ってしまったのか、その――自業自得の――経緯が思い浮かんではいた。…彼に精いっぱいそれを説明しようとはしていたからである。
すると僕の頭に浮かんでいるそれを読み取ってくれたハルヒさんは、僕の背中を撫でさすりながら真剣な顔を浅く何度もうなずかせ、「わかった、わかったから大丈夫だよ」と、「無理に口に出さなくていいよ、全部伝わってきたよ」と優しい心配そうな声色で言ってくれた。
僕はハルヒさんのその言葉に安堵したが、…しかし僕の動悸はもとより、浅い断続的な呼吸もなかなか治まらなかった。――ハルヒさんはしばらく僕の背中を撫でさすりながら、「大丈夫だよ、俺そばにいるよ、大丈夫だからね」と、とにかく僕にやさしい言葉をかけ続けてくれた。
しかしそれでもなかなか僕のその苦しい状態は治まらない。…それは僕がハルヒさんに申し訳ない、早く落ち着かせなければ、迷惑をかけてしまっているのだから、と焦燥に駆られていたせいだろう。…僕は――そのときはもちろんそんな自覚はなかったが――自分で自分を追いつめ、余計にその症状を悪化させてしまっていたのだ。
するとハルヒさんは、僕が無意識に握りしめていた前髪の、その硬直した拳の指をそっと撫でるようにしてほどき――そして僕の両腕を自分の首の裏に導くと、僕のことをぎゅっと抱きしめ――それから僕のお尻の下に片手を差し込んで、そのまま僕を抱き上げた。
なおハルヒさんのその僕を抱き上げる動作には、僕の体重が五十キロなかばほどとはいえ、そもそも彼が膂力 自慢の男神・天 下 春 命 であるからか、全く危ういところがなかった。
そうしてまるで、小さな子どもを抱っこするかのように軽々と僕を抱き上げざま背を正した彼の胴体が、僕の両方の内ももに挟まっていた。また僕の上半身は彼の上半身に密着していた。
つまりそれはあたかも「抱っこ」の体勢であった。…僕はそのとき不意にハルヒさんの確かな男らしさを感じ、するとこの体勢による気恥ずかしさのなかに場違いなときめきを覚えてしまっては、ふと自己嫌悪した。
そしてハルヒさんはそのまま僕を――この部屋の若草いろの掛け布団がセッティングされたシングルベッドまで――運び、僕を抱えたままそれの縁に腰掛けた。
すると僕の両ひざは自然曲がりながらその布団に着き、また僕の脛 もそこに着いた。
そうした状態でハルヒさんは僕を抱きしめたが、片手では絶えず僕の背中をゆっくりと撫でさすりながら、「はい…ゆっくり、大きく息を吸って……?」などとまずは僕の乱れた呼吸を整えようと、僕に呼吸の指示を繰り返してくれ――僕はハルヒさんの首にぎゅうっとしがみつきながら、素直にその指示にしたがった。
すると次第に僕の呼吸は落ち着いていった。
ドクドクと危険信号の動悸を起こしていた僕の心臓も、少しずつその動悸のスピードを落とし、また鼓動の強さも徐々にゆるまっていった…――ハルヒさんに抱きしめられ、ゆっくりと背中を撫でてもらい、ひたすら優しい声がけをされて…――そうして僕の心と体は、ハルヒさんという存在の頼もしさに憩 うように安息を覚えていったのであった。
しかし僕はその彼への有り難さの反面、迷惑をかけてしまったことへの申し訳なさ、そして愚かな自分への自責、その自分の情けなさへの失望に目を潤ませながら――先ほど自分を追いつめたせいでなかなか落ち着かなかったのだ、というのをわかっていてもなお、この状況で自分を責めないとは今の僕には難しく――今少し離れて、ハルヒさんの顔を見た。
彼は少し悲しそうな顔をして僕を見上げた。
僕は自分が悪いのだ、だのに貴方に迷惑をかけてしまった、本当にごめんなさい、と謝ろうとした。
「…っごめんなさ…、…っ」
だがハルヒさんは僕のうなじを掴み寄せ、僕の唇をそのやわい唇でさっとふさいだ。――僕は驚きに目を見開きながら、また呑気 にもドキッと胸をときめかせてしまったものの、そうした自分にさえ嫌悪感を覚え、眉をひそめる。
「……、…、…」
僕はなんて不誠実なんだろう、今はハルヒさんのキスに浮かれている場合じゃないというのに、…
ハルヒさんはちょっと唇を離してこう言う。
「ハヅキ、ただいま…」
と。それだけを嬉しそうに言って、また僕の唇に唇を押しつけ、今度ははむ…はむと食んでくる。
……しかし、やさしく…そうしてじっくりと唇を食まれると、彼からのそれを拒むのも生意気だと思われてしまうような気もして、拒むことはしない。
ただ、はみ返すことも、しない。…今の僕は、彼とのキスを楽しむ資格などないように思われて仕方がない。
「……ん、……っ」
自分の鼻腔がふっと弾むなりもれた声に、僕はより険しい心持ちにさせられた。募る自責の念が僕の両目を固くつむらせ、僕は支えに両手を置いていたハルヒさんの鎖骨、そのあたりのパーカの厚いがやわらかい布をきゅっと握る。
今の僕はハルヒさんからこうして優しいキスをしてもらうにふさわしいだろうか、――自業自得だった、いけないとわかっていたのにどうして見てしまったんだろう、…それに、どうしてあのほとんどあたたかい声援といえるようなコメントたちに、僕は自意識過剰な恐怖を覚えてしまったんだろう、…
迷惑をかけてしまった、こうなってしまうかもしれないとわかっていて、僕はそれでも自分であれらを見てしまったのだ、…それでこうしてハルヒさんに迷惑をかけてしまったのだ、…これじゃあ自分の失敗の尻ぬぐいを彼にさせてしまったようなものだ、――僕はなんて愚かなんだろう、僕はなんて恥ずかしいんだろう、僕はなんて、…
ハルヒさんがふと唇を離した。
彼は眉尻を下げ、しかしほほ笑みながらも僕をやや見上げて、こう優しい声で言った。
「…自分を責めちゃだめ…。ねぇハヅキ…? 何でもかんでも自分でなんとかしようとか思ってない…? 俺、迷惑だったなんてちっとも思ってないよ…――今はむしろ…めっちゃ幸せ……」
そう自慢に笑って言うハルヒさんの、その長い銀のまつ毛に縁どられたタレ目は今穏やかにゆるまり――その赤味の強くなった夕焼けのようなオレンジの瞳は、慈しむようにただひたすら優しい潤みを帯びている。
「大好きなハヅキの役に立てたのが誇らしくて、嬉しいし…すごく幸せ…、ほんとうに。」
「……、…」
僕はぼんやりとハルヒさんのその慈しむような、どこまでも優しくやわらかい微笑を眺めている。
「それにハヅキ、昨日自分で言ったんでしょ…?」とハルヒさんが、ちょっと僕をからかうような笑みを浮かべて言う。
「これからは誰かに頼ったり…甘えたりするのも、がんばるって…――夫の俺に、ちゃんと頼ってくれるって…――こうやって、俺に……」
と目を伏せたハルヒさんの人差し指が、僕の「心」にそっと触れ…――くる…くると、やさしく塗りこんでくれる。…つとまた目を上げた彼は、やさしい目をして僕を見つめる。
「〝傷薬〟…毎日塗らせてくれるって…。君は昨日、そう言ってくれたでしょう……」
「……、…、…」
泣きそうになっている僕のまぶたがチカチカと震える。僕はコクコクとうなずいた。
するとハルヒさんは、「ね…?」とまたやさしく僕に微笑みかけてくれる。
「そうでしょ…? だから…全部自分のせいとか、全部ひとりで抱え込んじゃうのとか…もう禁止ね。だって俺、ハヅキの夫だもん。…君のそういうのも分けてもらう権利、俺にはあるでしょ…――ほら、…だからおいでよ…、俺に、ハヅキをぎゅうーってさせて……?」
「……っ、……」
僕は息を止め、涙をこらえながら、素直にハルヒさんに抱きついた。…僕を受け留めてくれた彼はすぐに「ぎゅうーっと」してくれた。
「っはぁ、……、…、…」
僕は眉を寄せ、きゅっと目をつむった。つーと僕の熱くなった頬に涙が伝ってゆく。
そしてハルヒさんは僕を抱きしめながら、僕の耳にこうやわらかい声で囁きかけてくる。
「怖かったんだよね…。でも、だいじょうぶだよハヅキ…、俺が絶対護ってあげるから…――へへ…だいじょぶだいじょぶ…、ねぇ俺、誰にも君を見せてあげないつもりだよ…。こんなに綺麗な俺の旦那さんは、みんなには見せてあげない。…だってひとり占めしちゃいたいんだもん。…はは…、なんてね…」
「……、…、…」
彼のあまやかな声色が癒やしの光となって、僕の怯えている心のかすり傷にじんわりと沁 み込んでゆく――さらにハルヒさんは、ひ、ひ、とかすかに跳ねる僕の背中をゆっくりと撫でさすりながら、こう続ける。
「でも実は俺ねぇ…、ハヅキのこと…ほんとうは、みんなに見せびらかしちゃいたいんだよ…? みーんなに自慢したいの…、いいでしょー、羨ましいでしょー、俺の旦那さん、すっごい綺麗でしょーって。…ふふ、――そりゃあそうでしょ…。君はほんとうに美しいし…すごく魅力的で、身も心も、全部がものすごく綺麗なひとだから……」
ただハルヒさんは、すぐにのんびりとした調子で「でも…」
「ひとり占めしちゃいたい…、君がすごく綺麗だからこそ、だーれにも見せてやんないってきもちも、ほんとう。…はは…――だからね…俺、ハヅキのこと…みんなに見せびらかしちゃいたいくらい、自慢の旦那さんだとおもってはいるんだけれど…――でも…ひとり占めしていいよって、君が許してくれるなら…俺、喜んでハヅキをひとり占めしちゃお。…いいんでしょハヅキ…? 俺、君をひとり占めしちゃって。…えーやった。ふふふふ…っ」
「……は…、……」
僕はハッとした。気がついたのである。
言うまでもなく、ハルヒさんはあくまでも僕の容姿は不細工なんかじゃない、と僕に伝えてくれている。たとえ君の姿が世間の目に晒されたところでも、自分は恥ずかしく思うどころか、むしろ君という夫の存在を誇らしくさえ感じられる。
なぜなら君は美しいからだ。君はみんなに自慢してしまいたくなるくらい、自分にとって「自慢の旦那さん」だからだ。だから、君が不安に思っているようなことは決して起こらないよ。
でも――君が怖いなら、君を「ひとり占め」しちゃうね。
愛する君のことを、まるで秘蔵の宝物のように――世間の人の目から、喜んで護ってあげるね。
……だって、俺がそうしたいだもん――。
ハルヒさんの優しさは、まるであたたかい春風のようにかろやかで、すると僕が受け入れようと思う間もなく、彼のその春風は僕の胸の中にやさしく吹きわたった。
彼のそれは僕が望むなら、というのでさえなく、自分がそうしたいからそうするね。と、僕に恩義をさえ感じさせないように気配りがなされた、神々しい優しさであった。
たとえば花冷えの季節に吹いた、あたたかい春風のように――ふと冷えきった頬を撫でる、そのぬくもりのように――不思議な感謝のきもちにさせる、しかし決して恐縮はさせない、優しさだった。
ほんとうの、優しさだった――。
「……、…」
僕はハルヒさんのあまりの優しさに茫然とし、そっと離れて彼の顔を見た。
すると僕をちょっと見上げたハルヒさんは、やさしくおだやかに微笑んでいた。
ただ僕の目をじっと見つめてくる、ハルヒさんのその透きとおったガラスのようなオレンジ色の瞳は、何か僕の胸の奥を見透かすような聡明な落ち着きを帯びていた。
「…ねぇハヅキ……悪いことをした人が…罰を受けるもの、なんだよ…?」
「……え…?」
ハルヒさんは微笑したまま、その濃い灰色の眉の端をすこし下げた。
「…君は今、ものすごーくちっちゃな失敗をしちゃったのかもしれないけど、でも…悪いことはしてないでしょ…? ――たとえばズルいことしたとか、誰かを傷つけちゃったとかなら悪いこと、かもしれないけど、…まあ、自分を傷つけちゃったのは悪いこと、だけど…――ハヅキのそれはさ、ちーっちゃな失敗。…でね…――失敗ってね…君が幸せになるためのものであって…、君を責めるためのものじゃないんだよ。」
「……、…」
僕はそっと力ないまばたきをした。
ふと無垢な微笑み顔になったハルヒさんは、僕の濡れた両頬を、あたたかい大きな手のひらでつつみこむ。
「だって君は今、これからはもうなるべく世間の声とか、見ないようにしようって思えているはずだし…――それに…君が失敗しなかったら俺、こうやって君といちゃいちゃできなかったもん。…愛するハヅキを助けてあげられるって幸せ、俺も得られなかった。…でしょ。」
ハルヒさんはそう言ってにこっと笑った。
「…いいの…みんな失敗していいの。…だってそれは〝幸せの種〟だから。――自分を責めることなんかないよ。…失敗した人はね、だからって自分に罰を課しちゃだめなの。…悪いことしたんじゃなくて、た だ 失 敗 し た だ け だから。…だからそんな必要、ないんだよ?」
「……、…」
僕はまた少し泣きそうだったが、ただ僕の口角は自然に、かすかに上がっていた。
しかしハルヒさんは「それにね」と僕を見上げたまま、ちょっと拗ねたような顔をする。
「その失敗っていう〝幸せの種〟から得られた幸せを受け取るの、遠慮しちゃうのもだめ。…だめでしょぉハヅキ? 失敗しちゃった自分にはふさわしくないとか、迷惑かけちゃった、ごめんなさいって気持ちで受け取るんじゃなくてさ…――助けてくれてありがとぉって…、大好きな君を助けられて嬉しい俺と一緒のしあわせ、俺とおんなじしあわせな気持ちで…、ちゃんと、受け取って…?」
「……、…」
僕はハルヒさんのそのあたたかい言葉に瞳を揺らし、…感涙に濡れた片目から、ほろ、とその涙をこぼした。――コクコクとうなずいた。
素直に、努めてありがとう、という気持ちばかりにして、彼の愛情を受けとってはいるのだ。ただ、胸の中が彼のその愛情で満たされたあまり、それが上ってきた僕の喉や両目がふるえてしまって、その言葉を形にすることができないでいるだけなのだ。
それでもハルヒさんには、僕の感謝の気持ちは伝わっていた。――彼は僕の濡れた頬を親指の腹でぬぐいながら、僕の目をじっと見上げて、にっこりと笑う。
「うんうん…こちらこそありがと、ハヅキ。…俺も幸せだよ……」
「……っはぁ、…っ」
僕はいよいよ顔をしかめ、…またハルヒさんにぎゅっと抱きついた。
「っは、…、…〜〜ッ」
僕はなんて幸せ者なんだろう。
僕は、なんて素晴らしいひとと結婚できたんだろう。
それはハルヒさんが芸能人だから、というのではない。また神だからだとか、彼がそういったわかりやすい「特別な存在」だから、でもない。
僕はたとえハルヒさんがそうじゃなかったとしても、彼を愛したことだろう。…たとえば彼が地位も名声もない平凡な人であったとしても、僕はとりわけ優しく愛情深い彼を愛したことだろう。
縁起でもないが、たとえば彼がこれからどうなろうとも、僕は彼を愛しつづけることだろう。
ハルヒさんが僕に注いでくれたのは、そうした覚悟さえ容易にさせる尊い愛情だった。
ただただ、これほどまでにどこまでも優しく――これほどまでにどこまでも心から僕を愛し、大事にしてくれる――このひとりの男性と結婚ができた。
それこそが奇跡と呼べるほどに幸福なことなのだ。…心から愛するひとと結婚ができた。――それこそが何よりも特別な、最も尊い幸福なのだ。
僕は本当に――本当に、幸せ者だ。
「愛してます、ハルヒさん、…」
それに――世間の目が、なんだろう?
あれほど怖かった世間の目が、ハルヒさんという愛する存在の傍 らでは、不思議と大して恐ろしいものとも思えなくなる。――たとえ世間にどう見られようとも、僕は彼と一緒にいられればそれでいい。
たとえ世間の人に何を言われようとも、どんな目で見られようとも、このハルヒさんといつまでも一緒にいられるということのほうが、僕にとってはずっと重要なのだ。
そう、気がついた。
……もちろん僕は「見て」しまえば、どうせまた気にしてしまうことだろう。――だからもう見ないようにすると決めてはいるが、…世間がどうだとか、僕の見た目が世間にどう思われるかだとか、…そんなことを気にしはじめたらキリがない。
そんなことより…――愛するハルヒさんといつまでも一緒にいるために、僕には一体何ができることだろう。
……僕が本当に恐れるべきは世間の目ではなく、…
するとハルヒさんはあたたかい深い声でこう答えながら、
「…なーんにも。…たとえばハヅキが俺に愛想を尽かしても、ずーっと…永遠に一緒だよ。…喧嘩してもね。…結局俺は、君のところにこうやって絶対帰ってくるから…――ね…、そういう失うの怖いって気持ちで何したらいいかなーって考えるより…――君と俺。ふたりでもっと幸せになるために何しようって…ワクワクしながら、ふたりで考えよ…?」
僕の後ろ頭をやさしくなで…なでと撫で――僕の涙が落ち着くまで、ずっと僕を抱きしめつづけてくれた。
その通り、――自分ももっと幸せになるために――ハルヒさんを幸せにするために、僕には一体何ができることだろう?
そうして僕は涙が落ちついたころ、ハルヒさんに改めて「ありがとう」と伝えた。
彼は「んーん。こちらこそ」とまたにこっと笑ってくれたが…――もじもじと、その長い銀のまつ毛を照れくさそうに伏せる。
「ねぇねぇ…でも…、ハヅキ、さっきさぁ…俺のこと幸せにするには何したらいいかな、って考えてたじゃん…?」
「…ぁ、はい。…」
僕は誠実な感謝の気持ちからコクコクとうなずき、それからにこっと笑った。
「あの、何か僕に出来ることはありますか? してほしいこと、というか……」
するとハルヒさんはテレテレ、ニコニコと目を伏せたまま何か照れくさそうに、
「…うん…あのさぁ…じゃあさー…そのぉ……」
と、…しかしなかなか…言いにくいこと、らしい。
「……何ですか? 何でも…僕に出来ることであれば、何だってしますよ。…そ、その…、……」
目を伏せた僕も、…その先は言いにくかった。
……えっちな…こと、でも…――いや、言いにくそうだからとそれは短絡的だろうか。…ましてや僕は大したテクニックなども持ち合わせてはいないので、そちらの意味で僕がハルヒさんをよろこばせられるのかというと、そもそもそこから疑問である。
「…ほんとぉ…?」
しかしその意味深な声につと見やった先、ハルヒさんはニヤリと細まった目で僕を見上げて――さらにこう僕にこう要求してきたのだった。
「…じゃあ一緒にお風呂はいろ…?」
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