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「てかさぁ、」
とここで切り出したハルヒさんは、あえて――おそらく僕のために――話を切り替えたようではあったが、何かまたトゲトゲチクチクな調子である。
「ねぇじいじ、俺たち新婚なんだけど。」
「……、…」
ふと僕が見た左隣りのハルヒさんは、…明らかにロクライさんをむーーっと――不満げな子どものような目で――睨みつけている。
……ちなみにロクライさんはここまで、対面の祖父と隣のコトノハさんとじいやとで、プロ野球のどのチームが強いだのあの選手はだめだのと、そんな話題で談笑していた。が、ハルヒさんに話しかけられるとそれだけでちょっと嬉しそうに、その造りのいかめしい四角い顔に満面の笑みをうかべ、
「おおー知っとる知っとる!」
と、ハルヒさんの文句をも意に介さない。ので、ハルヒさんはロクライさんのその陽気な笑顔をにらみ続ける。
「…知っとるじゃないんだけど。…新婚、なんだよ? ねえ。新婚!」
「……、…」
しかし、ハルヒさんのその不満の伝え方が、…悪いが幼稚なせいか、ロクライさんは「おお、おお〜!」と笑顔のままうなずくだけである。
「……っ、…」
するとハルヒさんはキッと思いきり凄んだ。
そのあめ色の彫りの深い顔いっぱいに引き締まった険しい不満をたたえ、凛々しい濃い灰色の眉の端を威厳たっぷりに少しつり上げ、その小高い眉の下で翳った銀の長いまつ毛を密集した鋭い針のように冴え冴えと輝かせながら、そのまつ毛に彩られたタレ目をナイフのように鋭く細めて、珊瑚色の唇の両端を威嚇する獣のように小さくわななかせながら、…そうして恐ろしいほどの気迫を感じさせる――見方によればとても格好良い――勇んだ表情で、…
「じいじのばか。俺たちにもいろいろあるのに。ばか!」
「……、…」
僕は内心困惑して(正直いうと呆れて)いる。
その精悍な顔にうかべた表情こそ、敵を射殺さんばかりの迫真の凄みをあらわにしているというのに、そのひとの口から出てきた言葉はなんと、全く子どもの悪口そのものである。
……僕はありえない空想にかられて、ついチラリとハルヒさんの背後をうかがった。――他の人がアテレコしているわけじゃあるまいな? まさか、もちろんそんなことはなかった。誰もいない。
「おおっ?」とロクライさんは驚いたような顔をした。…それから彼はその太い雄々しい眉をちょっとだけつり上げ、ハルヒさんにこういうのである。
「こらシタ、ど〜してじいじにそんなこと言うんじゃ! めっ!」
「……、…」
うん……まあ、「めっ!」と言いたくなる気持ちはわからんでもない――表情はともかく――ちっちゃい孫vs無神経じいじの闘いとしか傍目にも見えないからである。
で……母が、
「なあにシタちゃん…? おじいちゃんが何かしちゃったの…?」
と……母のこの尋ね方もまた、小さな子どもに対するやさし〜い猫なで声のそれである。
息子とはいえ(何千歳の)成人男性相手ともなると、ともすればバカにされている、と感じて無理からぬ母のその態度だったが――やっぱり子どもっぽいところのある――ハルヒさんは味方を得たような勇ましい顔になり、体をちょっと前に傾け、母を見ながらこうつげ口をする。
「俺たちの邪魔したの。…じいじ俺たちの領地に入ってきたんだよ、勝手に!」
「…あらまあ…そうだったの…、それは可哀想でしたわね……」
「……、…」
ここおレ(たち)の陣地〜〜ってか…? どうも脳裏に小学生男児の影がほのめいてしょうがない。
……ただ、ここで「いろいろと察した」らしいコトノハさんが、「はぁ…」と呆れたため息をついて、隣のロクライさんに呆れ顔を向ける。
「父さん…、わかるよ、一家揃って…こと可愛い孫たち二柱とやっと一緒に暮らせるようになった、その喜びは…――僕ももちろん彼らの父として、こうして一家みんなで暮らせるようになったことを、とても喜ばしく思ってはいる…――ただ、彼らは父さんの孫であるのと同時に、もう夫夫でもあr……」
「まあそう固いことを言うなーコヤネや! なあ、なあ、何も夜に邪魔をしたわけじゃなし!」
しかしやっぱり意に介さないロクライさんは、(息子の説教をさえぎり)ニコニコと愛想のよい笑顔をコトノハさんに向けながら、バッシンバッシンと彼の肩をぶっ叩いている。――「いた、」と小さい声でそれを痛がっているコトノハさんは、だがそれでも更に困惑の表情をうかべてこう続ける。
「いやしかしね父さん、新婚…というか若夫夫の彼らには、その実夜も日もないのだよ、…父さんたちだって、そういった頃があっt……」
しかしコトノハさんのその冷静な――僕たちのためにしてくれている――忠告は、ハルヒさんのこの不満を噴出させた大声にかき消されてしまう。
「もう夜! もう夜だったもん! 夜なの! 外真っ暗だったでしょ!」
すると意地になったロクライさんが、「いーーや!」と意地悪な――可愛い孫をからかうような――顔をしてこう言う。
「…夕方じゃあ夕方ぁ! そもそもなぁ、一緒に暮らしとるんだから、ある程度は家族の生活リズムに合わせて行動するのが筋ってもんじゃろがい!」
「……、…」
まあ、それは正論ではある。
……それにはむむむ、とハルヒさんもさすがに言葉に詰まり――すると勝利を確信したようなにんまり笑顔を浮かべたロクライさんは、ぐいーーっと大ジョッキから残りのビールを飲み干し、ぷはぁっと息を吐きながら、ジョッキの底をテーブルにガコッと叩きつけたなりこう、
「っなあーそんな水くさいこと言うなやシタ、…そうだお前たち、今日は久しぶりにじいじたちと一緒に寝よう! じいじたちの部屋にはお菓子がい〜っぱいあるぞぉ?」
とでれでれの笑顔を僕たちに向けてきた。
が――ハルヒさんはむっとしたまま、
「やだ!」
と子どものように言って、その力強い不満の目で前にいるじいやを見る。『じいや、もうしつこいんだけど、なんとかしてよ』というのである。
……しかしじいやはというと、彼に対して威厳のある困り笑顔を浮かべるのだ。
「いやいやシタ様、どうぞご自分で」
なるほどじいやのそれは、ここはハルヒさんのために、彼自身に言わせなければ、ここで甘やかしてはならない、という教育係らしい父のような態度である。
……ちなみに実父・コトノハはというと涙目を伏せ、
「どうせ…どうせ僕の話なんて誰も……」
とぼやいている。かわいそ……どうもコトノハさんって話を聞いてもらえない苦労人(神)ポジションである…いや、自 戒 も 含 め て 思うことだが……。
ましてや先ほどは特に、彼は僕たちのためにああして父・ロクライに物申してくれたわけである。
「コトノハさん…、すみません、僕…」
僕はそうして、これからはきちんと話を……なんて言いかけたのだが、しかし対面の母が、
「あなた…わたくしは聞いておりますわ」
と、愛情たっぷりな美しい微笑みでコトノハさんを慰め――するとふたりはうっとり…♡
「…テル…ありがとう…」
「いいえそんな…、そんなのはあくまでも、あなたの妻として当然のことですもの…」
「…ふふ…♡」
「…うふふふ…♡」
「……、…」
すみません…せめて僕だけでもこれからはちゃんと話聞くからね、…とは僕も思ってはいたことだが、…こう(フォローしかかった息子度外視で)目の前でうっとり♡ 見つめあわれると、いささか僕はひねくれそうである。――チッ…まあ別に? 僕が聞かなくてもママが聞くんだろうし?
で、…じいやに「自分で言いなさい」と言われたなり、余計むーーっとしたハルヒさんだったが、…キッと勇ましい顔をしてロクライさんを見る。
そして、
「…わかった…」と彼は固い決意の声で言うのだ。
「今度俺たちの領地に勝手に入ったら、じいじ、もう二度と一緒にお酒飲んであげないから。――それにもう二度と一緒に寝てあげないし、もう二度と一緒に遊んであげないから! わかった!?」
「……、…」
……いや、脅 し 文 句 が あ ま り に も 幼 児 す ぎ ないか…?
まあお酒に関してはその限りではないが、…って、え、ていうかいまだにじいじ(ロクライさん)と一緒に寝ていたのかハルヒさん…?
……まあでも、といって別にそれくらいじゃ大した抑止力には…――いってしまえば知能でも力でも敵 わない大人へ向けた、幼児の精いっぱいの反抗、という程度の脅しであるし――……、しかし、
「……ハァぁァ…――っ!?」
ロクライさんは目も口もかっぴらいて大ショックを受けている。――そんな青天 の霹靂 みたいな顔しなくても……。
……それもアレ(幼児的脅迫)を言い終えてからややあって、ふっとしょんぼり顔で僕に振り向いたハルヒさんは、こう不安げに聞いてくるのである。
「…俺…酷すぎ……? やりすぎかなぁ……?」
「……ぇ、ぃ、いや、…別に……?」
まあ反応を見たところ、ロクライさんからしてみれば、ある種楽しみというか、生き甲斐みたいなものを奪われる…という感じなのかも、しれないが……?
ところで僕の隣――母が、自分の隣の祖父にこそこそと何か耳打ちしている。
「……ほぉ…? ほお〜〜…そうか、そうか……」
何事かを母から聞いている祖父は、何か意味深な笑顔を対面のロクライさんへ向け、うむうむとうなずいている。
「…そうか…なるほど、なるほど……」
「……?」
何を囁いて……まあいいや、と僕は対するじいやを見――口からはみ出た大きなレタスを、もしゃもしゃと少しずつ口内に引き込んでいる(彼が牛だったと知った今にこの食べざまを見ると、なるほどたしかに牛だったんだな…と思わせる)――、「おかわりちょうだい」と空いた小皿を彼に差し出した。
するとじいやは口からレタスをはみ出させたまま『はいただいま』とコクコクうなずきつつそれを受け取り、中腰になってパエリアのおかわりを注いでくれたあと、その皿を僕に返してくれるので、
「ありが……」
と受け取りながら、僕がじいやにお礼を言おうとしたさなか――ロクライさんがこう哭 きながら悲痛げに叫んだ。
「…っなん、なんでそんな、…っそ、そんな酷いことを言うこたないだろぉシタあああ! なんじゃ、じいじが何したってんじゃあ!? ワシゃあただお主らに旨いパエリア作って、たぁぁだ飯だぞと呼びに行っただけじゃあああ!」
「……、…」
……ハルヒさんの(幼児的)脅しからもういくらか経っているのだが、…先ほどはショックすぎて言葉を失っていたんだろうか…?
で、しかもうなだれ、ぶっとい毛だらけの腕に目もとを押しあてて男泣きしはじめたロクライさんは、
「おおおぉ゛…っ、ウエとシタと一緒に暮らせるこの日を、じいじがどれだけ心待ちにしていたことか、…ワシの気も知らんでのぉぉ…っ! だのになんちゅーこと言うんじゃシタ、じいじは悲しいわい…っ!」
「……はは…、……」
孫バカ、…いや。
多分もう酔っ払っているとはいえ…泣きながらそんな可愛いことを言われてしまったら、僕としては、もう一晩くらいロクライさんと寝てもいいかなぁなんて、ついついほだされてしまいそうである。
「やだ。」――しかしハルヒさんはもちろん嫌がって、僕の肩をぐっと抱き寄せ、こう少し怒ったような低い小声で囁いてくる。
「このあとすぐ抱かせてくれるんでしょ…? 俺もう限界だって言ってんじゃん…――ねぇしらないよ…、君がそんなこと思うなら、もう誰かの前でも構わず襲っちゃうからね……」
「……、…、…」
そ、それは、…うつむいた僕の顔がみるみる熱くなってゆく。
とここで祖父が「ほっほっほ…」と仙人っぽい笑い声をあげ、ロクライさんにこう提案する。
「おタケ…どうもテル曰 く、四階のバーに、お前さまがかねてより飲みたい飲みたいと言っていた酒が仕入れられているらしい…――どうだ、今宵 は夫夫水入らずで飲むか。」
「何、」
するとロクライさんはそのめしょめしょ、くしゃくしゃの泣き顔だったいかめしい顔を上げ、その表情をパッとたちまち明るいものにして、
「それはそれは…! もちろんよフツ! ウエとシタとはこれからはもぉ〜いつだって一緒に寝られるからのぉ、――では、今宵は飲み明かすとするかああ〜〜! ガアッハッハッハッ!」
と、すぐに機嫌を直したのだった。
……ロクライさん自身の性格が単純…いや、明快なこともあるだろうが、それにしても祖父(夫)&お酒のパワー、恐るべしである。
「…はは……」
なんか、ほんと憎めないというか、ロクライさんって愛らしいひとなんだよなぁ。
と僕が微笑ましくなっていると、
「うふふふ…」――僕の隣で意味深に笑う母が、僕のわき腹をこつんと肘で小突いてくる。
ふと振り返る。彼女は口もとに手をあてがい、こそこそとこう言いながらニヤリ。
「これで…少なくとも今夜は、邪 魔 されなくってよ…?」
「……、…、…」
さ、策士だ…――。
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