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さて、一家そろっての楽しい夕食の時間が終わり、僕とハルヒさんは自分の寝室へ…――と行くその前に、まず僕の部屋にやって来た。
……というのも――実はつい先ほど、僕のスマホにリリカからこうした連絡が来た。
『かすみん生きとるか…? 大丈夫か…?』
と。…リリカは僕がChiHaRuさんにガチ恋しているのを知っていた。
そして今日発表されたChiHaRuさんの結婚報告に、――まさか彼の結婚相手が僕だとは知る由 もない上に、昨日のあの例の配信後すぐ、僕がリリカに『もう終わった』というような泣き言メッセージを送ってしまっていたのも相まって、――彼女は僕のことを心配して連絡をくれたのだった。
それで僕はというと、『大丈夫、ありがとう! ところで今ビデオ通話とか出来る? ちょっと報告がありまして……』なんてリリカに返信した。
……というのも僕は、僕の唯一無二の親友であるリリカにだけは、いつか折を見てこの結婚を報告するべきだ、と今日、仕事の休憩中にもなんとなし考えていたのだ。
他の友人たちに関しては――けっして信用していない、ということではないにせよ――この結婚を打ち明けるには、およそまだ時期尚早だ。…悪気がなくとも人の口に戸は立てられないものだからだ。
しかし、肝胆 相 照 らす親友のリリカにだけはなるべく早いうちに報告を――それこそ明日にでも連絡してみようか――と思っていたところ、彼女のほうからああして連絡をくれたこの機会に、僕はできることならいっそ今日のうちにその報告を済ませてしまおう、と思い立ったのだ。
そして僕が今からビデオ通話が可能かうかがったなり、リリカからは『すぐにでも行けるお〜〜(`・ω・´)』とすぐさま返ってきたので、じゃあ十分後に、と通話の約束を取り付けた。
……なお僕はもちろんハルヒさんにも、親友に貴方との結婚を報告したいから、寝室に行く前にちょっとだけその子と通話してもいいですか、とうかがっている。――すると彼は嫌な顔ひとつせず、いいよ、とむしろそのタレ目を明るませて微笑み、リリカとの通話を許してくれたのだった。
そうして僕は二階の自室までやってきて――なぜかハルヒさんも着いてきたが――、そして今やっと仕事机の上のデスクトップPCの前に座って、リリカと通話をはじめたところである。
となればもちろん今僕のそのPC画面には、リリカのバストアップが映っている。
あたたかみのある室内光に照らされているリリカのふくよかな顔は今ミルク色と見え、またメイクするために剃っているのか、彼女の眉は薄く細い――ほとんどないように見える――ので、要は彼女は今すっぴんのはずだ…が、その小さい唇は濃いめの桃色に染まり、頬もほんのりと桃色に染まっているように見える。光の加減かもしれないが。
さらにリリカは白に近い薄ピンクのふわふわしたパジャマを着て、いつもの細ぶちの赤メガネをかけ、また茶色に染めている髪も一つの三つ編みにして、真っ白な首の横からふくよかな胸にかけて垂らしている。
そしてリリカは僕の顔が映ったなり、その愛らしいそばかすの散った白いまんまるな頬をニコッと引き上げ、
『かすみ〜ん、ひさびさぁ〜〜。こんばんわ〜!』
と、僕にぽてぽてした真っ白な両手を振るので、僕も片手で振りかえしながら、彼女の笑顔につられてニコッと笑う。
「こんばんはーリリカ、…はは…、……」
僕はその実、今日は少し緊張していた。
もうほとんど幼馴染に近い親友とのビデオ通話ともなると、いつもならば全く緊張などしなくなっているのだが、やはり今回の通話の目的が「結婚報告」ともあっては――それも順序立てて説明しないことには、さすがのリリカも混乱するような「青天の霹靂的結婚」ともあっては――、僕の緊張した頭の中はその説明の順序がぐるぐるとしている。…が、…
『んーとまあ、でも久しぶりっつっても一週間…いや、二週間ぶりくらい? あは、思ったら久しぶりでもないか〜。』
「…うん…そうだね…、……」
何だろう……?
……画面に映ったリリカのその明るいやさしげな微笑みに、ほんのささいな違和感を見つけた僕は、それの正体が何なのかわからないで、ふしぎと画面上の彼女に見入ってしまう。
光の加減か、またはこの通話ツールの加工フィルターのせい…だろうか? 今日は珍しくそのフィルター機能をつけているんだろうか? 普段リリカは、少なくとも僕との通話ではそれを使わない。
『……? 何 人 の顔ジーーっと見て、…ねぇ。』
リリカは半笑いでそう冗談っぽく迷惑ぶる。
「…ぁ、ああいや、ごめん…、……」
なぜだろう……?
何かリリカのその真っ白な、顔から手から首からやわらかそうなその肌が、今日は一段とふっくらとしたハリのある、磨き立てられたかのように綺麗なものと見えるのは――ましてやその表情が普段の彼女のそれよりもやさしげな、やわらかな、女性らしい美しいものと見えるのは、…なぜなのだろう?
……いや、もちろん僕のその感想に他意などないにせよ、親友とはいえ女性相手に「なんか綺麗になった?」なんて、男の僕が今思ったままの言葉を口にすることは、何かと勘違いを生みそうな気がしてはばかられるのだが――あるいはリリカの近くに住職さん(旦那さんの通称である)がいないとも限らないし――。
ということでリリカのそれに関してはさておき、僕は早速本題に入ろうと思った。のだが、
ただ僕がその報告を切り出す前に、リリカのほうがわざとらしい怪訝 をその薄眉に漂わせ、しかしニヤニヤとした笑みをその濃い桃色の唇に浮かべながら、
『え、待ってねぇてか、聞きたいことありすぎるんだが、…まずはあのー……』
その赤ぶちメガネのレンズの奥の目をチラリ、斜めやや上――僕の左肩の上あたり――に向ける。
『――その後ろの方は…どなたかしら……?』
「……あぁ、はは…、えっと……」
……リリカが今それは誰だと訝 っている人物は、僕が今座っている茶色のレザーチェアの肩部分に両手を置き、そこに立っている――ハルヒさんである。
それもリリカには、彼のあめ色の左手の薬指によく映える、その金銀の結婚指輪が見えているはず――むしろ彼女は今彼の指にはまったその指輪をじっと見ているよう――なので、…まあそれをもって彼が僕の夫になったひとでは、と疑っているかどうかは定かじゃないが、…といって『報告があるからちょっとビデオ通話出来ない?』と僕が言い出したのちのこの通話では、
『もしかして…そ う い う こ と ですかハヅキくん? ねぇ…んん〜…?』
……この女はやっぱり察 し て い る ようだった。
「…あの、まあ、…実は話せば長くなr……」
「…こんにちはぁ…、…ぁ、こんばんわぁ…?」
と僕が話すより先に身をかがめ、ハルヒさんが画面内に――リリカの目に――顔を映してしまった。
すると当然リリカは、
『……っ!? ぁ゛え゛…っ!? え゛…っ!?』
……案の定そのメガネの奥の、それでなくとも大きい目を限界までひん剥き、その口を今にも叫びだしそうなほどかっぴらいて、…そうして顔面崩壊するほど驚愕している。
『まっ………、ぇ、見間違いじゃなかったら、…』
「……っはーー…、……」
僕はしわの寄った眉間をおさえて軽くうつむきながら、思わずため息をついてしまった。
こうなることは目に見えていた。だから順序が大切だと、僕は一つ一つ順を追って説明しようとしていたというのに…――昨日のコトノハさんの苦悩が今身をもってよく理解できた…――。
しかしハルヒさんはどうしたものか、と悩む僕をよそに、リリカに早速こう、いつもののんびりとした鷹揚 な態度で挨拶している。
「はじめましてぇ…、ご存知がどうかわかんないですけどぉ、ちょっとChiHaRuなんて名前で歌なんか歌ってご飯食べてる、ハヅキの夫のハルヒと申します〜〜…――えへへ…よろしくねぇ、ハヅキの親友ちゃん…?」
するとリリカは当然まだ驚愕も冷めやらぬ様子で、ほとんどおっかなびっくりに近い感じでこのように返す。
『…うっっそ゛、…え、ぁ゛、あ、は、はじめまして、…えっ知って、もちろん知ってますよ、…っえーChiHaRuく、…ち、ChiHaRuさん、…あ、あの、あー、あ、私その…優木 梨々花 っていいます、…かすみ、…ぁ、は、ハヅキくんの、友達で…――え、えーと、…えぇ、えぇー何これどいうコト、…あっすみません、なんか、なんか私混乱しちゃって、…アハ、アはは、…』
「……、…、…」
そりゃあ混乱するだろう……当事者である僕だって昨日それくらい混乱したのだ。…だから僕は昨日コトノハさんがそうしてくれた、…そ う し よ う と し て く れ た ように…、リリカには順序立てて説明してあげたかったのである(リリカを混乱させるのを完全には防げずとも、せめてその混乱を多少なりやわらげてあげられたらと)。
しかしここからどう収集をつけたものか…――もういっそ流れに身をまかせてしまったほうが得策なのか……。
……リリカは驚動する舌をあわやもつれさせかけながら、ほとんど悲鳴みたいな裏がえった声で僕に聞いてくる。
『えっ!? じゃあ、ぁ、あの、ぇ、あの、あのさ、…てことはじゃあ、あの、か、彼の…ChiHaRuさんの結婚相手って、つまりか、かすみんってこと…ッ?!』
「うんうん」とハルヒさんが事もなげに肯定する。
僕も眉間を押さえながらこう答える。
「…そ、そう…なんだよね、実は……、まあ僕も、…僕自身も正直、めっちゃびっくりはしてるんだけど…――はは、ほんと、…なんていうか…あの…人生、ほんと何が起こるかわからないっていうかさ……?」
『えーー嘘…! おめでとうかすみん…っ!』
するとリリカは興奮ぎみに、しかし明るい笑いを含ませてそう言ってくれた。…僕はふと目を上げ、画面にうつる彼女の顔を見る。――リリカはそのぽってりとした頬を今や真っ赤というほど赤らめ、赤ぶちメガネの奥のその目をより大きくしてキラキラと輝かせながら、口もとにはにっこりとした笑みをうかべている。
『えー成功したオタクすぎんっ? やだもぅほんと、…え、いつ? いつの間に? えーー知らなかったんだけど、…言ってよもぉ〜〜っ! えっ何、どういう感じでそうなったん?』
するとハルヒさんがおそらく僕の横顔を見ながら、こう自慢げに答える。
「俺がハヅキに一目惚れして、プロポーズしたんです。…だってリリカちゃんも、ハヅキ、綺麗だと思うでしょ?」
その回答にリリカはちょっとコノヤロ、惚気 かよ、みたいな意地悪な笑顔を浮かべる。
『ぇ、うふふ、…はい。…こいつ全然自覚してないけど。』
「…そうなんだよねぇー…、ほんと困ったちゃんだよね〜…?」
『…ほんとそうですよね。ねぇハヅキくん?』
「……はは…、……」
僕はごまかすように笑い、ふと目を伏せる。
……するとリリカが『〝はは〟じゃないんだよ』と笑いながらツッコミを入れたが――わずかに三者のあいだに沈黙がそぉ…っと舞い降りてくると――彼女はすぐ間をつなぐように気を遣って、明るい朗らかな声を張ってこうまくし立てる。
『…えーでも、そうなんだぁーっ! へーー、あれだね、なんていうの、事実は小説より奇なり? あはは、なんかさーでも夢あるよねー。…そしたら私もワンチャン宝くじ一等当たるかもとか思えてきたわ〜〜。ほんとおめでとうね、やだなーーもう、報告とか言うから薄々わかってはいたけど、…まさかお相手が…ねえ? まさかのChiHaRuさんとか思わんじゃーんふつう〜〜。…あ、でもさ? ねねね…』
「……、…」
僕はリリカの呼びかけにふとまた目を上げる。
彼女はきょとんとして、僕の顔と、僕の片頬に頬を寄せているハルヒさんの顔とをチラチラ見比べている。
『…どういう繋がりで…? とか聞いても、大丈夫そうですか? あの、ダメだったら別に、無理には聞きませんけど。』
ただそれに関しては僕が説明しようと口を開く。
「…なんかその…それ話すと長くはなるんだけど、…まず――結婚したんだよね……」
『いやそれは聞いたってもう。はは…』
「…違う違う、…あの、僕のママとおじいちゃんも結婚したんだ。…ちょっと複雑っていうか、…」
リリカは『へーー』ときょとんとした顔はしつつも、こう言う。
『いやまあ…ママさんの結婚は知ってたけどね?』
「…え」
『え? だって、結婚式の招待状もらったし?』
「……、…」
おい。…マジで知らなかったの僕だけなのかよ、一週間後ハワイの結婚式の三泊四日・新婚旅行、知らぬ間にリリカにまで招待状を出していたとはな、…
……僕は正直またちょっとムカッとはしたものの、切り替えるためにふっと目を伏せ、「ま、まあとにかく…」
「悪ければドン引きされるかも、なんだが、…この話をすると、ちょっと長くはなるんだけど……」
ただ、なるべくハルヒさんが今日発表したあの結婚報告に矛盾しないように――かつ、リリカに水くさいと思われないように――説明しなければ、と僕が話しはじめようとしたとき、…ハルヒさんが僕の耳もとでそっとこう言った。
「ハヅキ…? この子には嘘言わなくていーと思う。…リリカちゃんなら全部信じてくれるし、悪いようにもしないよ。――俺…リリカちゃんの顔見てわかった。…この子君のことめっちゃ信頼してるし、それに、君を裏切るような子じゃない。」
「……、…」
それは……僕は実は事前に、急ごしらえではあったが、リリカに向けた嘘を用意していた。
今日発表されたばかりのあの結婚報告に合わせた、ハルヒさんの面子 を保つためにはまずつかざるを得ないだろう嘘である。
それは、たとえば僕がハルヒさんと初めて会ったのは昨日だ。が――あの結婚報告においては、彼は以前会ったときに僕に一目惚れをした、しかし交際関係にはなかった、それで昨日僕にプロポーズし、晴れて結婚という運びになった、とあった。
……つまり多くの人を納得させるための嘘が、あの文章には含まれており――そうして僕は以前ハルヒさんに会っていた、ということになっているわけだが、すると昨日起きた本当のことをリリカに打ち明ければ、あの結婚報告とは辻褄 が合わなくなってしまう。
ましてやそれは、ともすれば、僕とリリカとの間に根付いた信頼をすこし揺るがしかねないような水くさい出来事、というふうにも思えた。
僕はあの虚偽の含まれている結婚報告の通りであれば、ガチ恋している推しのハルヒさんと以前会っていてなお、これまで何でも話してきたリリカに対してもそれを言わなかった、なんてことにもなってしまうのである。
だが僕はリリカに、自分が彼女のことを信用していないと思われるのが嫌だった。――僕は彼女を誰よりも気の置けない親友であると認めているからこそ、ハルヒさんとの結婚においてもこうして打ち明けたのだ。
したがって僕は、それとこれとの矛盾を埋めるような、そしてリリカに対してもあくまでも信用していることを示せるような、嘘を用意してはいたのだ。
が…――。
ハルヒさんはリリカにも聞こえるような確かな声で、僕にこうやさしく説いた。
「嘘って別に、必ずしも悪いもんじゃないけど…、リリカちゃんには必要ないっていうか…――むしろハヅキは、この子にはちゃんとほんとのこと、言うべきだよ。…だって…長く親友でいたいでしょ。」
そしてハルヒさんは画面に映るリリカを見て、
「ね。そうだよね、リリカちゃん。…リリカちゃんは、ハヅキの言うことなら信じてくれるでしょ。」
するとリリカは無邪気な笑顔をうかべる。
『え〜? うん、そうですよ? いや、かすみんの言うことは何でも信じるよ私? どんなあり得ないことでも信じるよー、かすみんが言うことならさぁ。…たとえば、実はかすみんが超能力持ちの神でしたー! とかでも。あはは、』
「……っ、…」
それにはドキッとした僕である。
それもすかさずハルヒさんが「ぁ、」なんて、
「リリカちゃん、もう知ってrむぐ、」
僕は慌ててハルヒさんの口を塞いだ。が…――。
「……、…」
……そうだ。と僕はリリカを真剣に見据えた。
――リリカには、真実を言おう。
彼女は顔も名も知らぬ世間の人たちではなく、何をどう思うかも多様な不特定多数の人々ではなく、リリカこそは僕の唯一無二の親友なのである。
「ごめんリリカ…僕、実は嘘をつこうとしたんだ。」
『…え? 嘘…?』
「…うん。…ChiHaRuさんが発表したあの結婚報告に合わせて、矛盾がないようにって…――でも、実はあれも不特定多数に向けた、嘘が含まれてるものでさ…――僕は、…僕はでもやっぱり、親友のリリカには本当のことを言いたい。…だから聞いてくれる…? だが誰にも言わないでほしいんだ。これはリリカにだけ言うことだから……」
僕の真剣な眼差しを画面越しに受け、リリカも真剣な顔をした。
『うん、わかった。いいよ、何でも聞かせて。』
「…ありがとう。……実は僕、昨日…――。」
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