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僕はリリカに「本当のこと」を打ち明けた。
本当はChiHaRuさんとは昨日初めて会った。
本当は、実は、彼は自分の婚約者だった。らしいと、昨日聞かされたんだ。
本当は…――昨日起こったすべてのことを、僕はリリカに打ち明けた。
彼女は時おり相づちを打ちながら、僕の話を真剣な顔をして聞いてくれていた。
……僕はリリカのその真摯 な態度に胸を打たれ、最後に思いきってこう打ち明けた。
「それと…信じられないかもしれないが、僕…本当に神なんだ。――不老不死の、神らしいんだ。」
思うとこれは、リリカには言っておかなければならないことだった。
なぜなら僕は、リリカがやがて年老いて、天寿を全うするその日まで――彼女と親友でいたいからだ。
だが自分の正体が神であることを打ち明けないままでは、僕はそのうち彼女の前から去らねばならない。
それはどうしてか。――それは…彼女がおばあちゃんになっても、僕のほうはずっと若いこのような姿のまま、決して年老いてゆくことがないからである。
僕が人間ではあり得ない、事実上の不老不死の身だからである。…僕が神とは知らないままのリリカなら、やがて自分と共に年を取らない僕をいぶかることだろう。
そして自分が神であることをリリカに隠しとおすつもりなら、僕はそうなる前にリリカの前から消えなければならなくなることだろう。
僕は、それは嫌なのだ。
叶うのなら僕は、彼女とはずっと親友のままでいたい。――彼女がこの世を去るその日まで、僕は彼女の親友のままでいたいのだ。
だから、そのために…――自分が天上春命 という神であることを、僕はリリカに告げなければならなかった。
だから僕は――リリカにそのことを告げた。
そして僕は自分のみならず、ハルヒさんを含めた僕の家族全員が神であることも打ち明けたのち、リリカにこの想いを切実に伝えた。
「信じられないと思うし、信じてなくてもいい。だけど僕、叶うならリリカが死ぬまで…――叶うのなら…それこそ君のことを看取りたいくらい…――僕、本当にリリカのことが大好きなんだ。…リリカとはずっと親友でいたい。…だから、…だから……」
僕は泣きそうになりながら、リリカに切実に願うようにそう言った。
……彼女は笑った。仕方なさそうに笑った。
『ねぇ水くさいよ。私さっき言ったじゃん。』
リリカは優しい笑顔を、その可愛らしい色の白い顔に浮かべて、画面向こうの僕の目を見つめた。
『どんなにあり得ないことでも、かすみんが言うことならぜーんぶ信じてあげるって。…言ったでしょ。』
「……、…、…」
僕は唇を内側に巻き込んで、それを前歯で噛み、こみ上げてくる嗚咽 をこらえた。
そしてリリカはニコッと、その桃色の唇から白い歯列を覗かせて笑い、何度も深く、たしかにうなずきながらこう言った。
『私信じるよ。全部。…全部信じる。』
「……、…っ」
しかしこらえきれず、僕は息を詰め、うつむいた。
……リリカは『泣くなよぉもう〜〜』と僕を慰め半分にからかったが、すぐ誠実な態度でこう言う。
『……はは、話してくれて、ありがと。――もちろん他言無用の約束も絶対守るから。もう墓場まで持ってってやるから安心して。――大丈夫、…私もかすみんのこと大好き。…私も、かすみんと死ぬまで親友でいたいよ。ありがとう、ほんとに。』
「……は、…っありがと、…信じて、くれて、…」
僕の下げられた頭をハルヒさんが撫でてくれる。
……彼はここまで静かに僕たちのことを見守ってくれていたが、「よかったね…」とほほ笑みをふくませた声で言ってくれた。
「ほらね、リリカちゃんなら大丈夫だって…言ったでしょ」
「…〜〜〜っ」
僕はコクコクとうつむいたまま頷く。
リリカはあたたかい声で『もう…』と、呆れたふりをした。
『ねぇかすみん…かすみんがまず、私なら信じるって、約束もこいつなら守るだろうなって、私を信じてくれたからだよ? ――私を心から信じて…ほんとのこと、私に話してくれたから。…だからだよ。…そりゃ私も信じるしかないって。そうでしょぉ?』
「…っありがと、本当に、…ありがとう、…」
僕の鼻先から、ぽと、と涙がしたたり落ちる。
リリカに本当のことを告げられてよかった。はじめから嘘なんか用意する必要はなかったのだ。――ただ、それは後悔という感じではなく、僕を包みこむあたたかい幸せと安堵のそれであった。
『んーん。てかまあ、正直さぁ』
とリリカが、ちょっと茶化すような軽快な調子で切り出す。
『私も薄々かすみんは、多分普通の人じゃないなーとは思ってたんだよね。』
「……、…え、…それはどうして…?」
僕はふと顔を上げ、画面に映るリリカを見た。
彼女はちょっと困ったような微笑みをたたえている。
『…ん〜〜なんだろ…、まずその綺麗な目の色もそうなんだけど…、だってかすみんの目の色って、日本人っぽくないというか…もはや人間っぽくないし。…外国人でもそんな目の色の人見たことないし、てか多分いないでしょ? だから…、まあなんか、そんなの中二っぽいかもと思って私も言えなかったんだけど、――あと……』
「……うん…」
ここでリリカがいたずらな笑みを浮かべる。
『そもそも君、人間はね、どんな天才だって一日に五十ページも六十ページも漫画描けないですよ。…いや明らか人間技じゃないでしょぉそれ、今まで言うに言えなかったけどさーー』
「…ぁ、はは…そう、だよね……」
どうもそうらしい…とは、僕も今日知ったことだったのだ。なんて、僕は苦笑いを浮かべる。
「…というか、そうらしい…。僕、今日ハルヒさんに指摘されるまで気が付いてなかったんだが、…どうも神の力を使って漫画を描いていたみたいで……」
『だろーね? ふふふ…っ』
リリカは目を細めて笑い、ふとあたたかい微笑を浮かべたまま目を伏せる。
『でも逆に安心したわ、かすみんがびっくり人間じゃないってわかって。――そっかー、神様…か。』
「……、…」
それにしても今さらかもしれないが、リリカは案外驚いた様子ではない。
よっぽど僕の夫がChiHaRuさんだ、というのがわかったときのほうが驚いていた。――今の彼女はかえって、腑に落ちたような落ち着きを見せている。
先ほども自身でそう言っていたが、何かもしかすると彼女は、――僕よりも先に――僕の正体が神であることを、なんとなし直感していたのかもしれない。
『私ね…、昨日訳あって神社行ったんよ……』
とリリカが目を伏せたまま切り出す。
「うん…」
『…そしたらさ…、いやわかんないんだけど、なんか…お詣りして、旦那と手ぇ合わせてたの…――そしたらまぶたの裏に、かすみんにそっくりな、めっちゃ綺麗な神様がふっと見えて…――目の色もおんなじで…顔は…まあちょっと、かすみんのほうが子どもっぽい? 可愛いかな、神様のほうはもうちょい大人っぽい顔だったんだけど……って、かすみんも神様なのか、』
リリカは目を伏せたままにこっとちょっとだけ苦笑する。
『でさ…〝君は僕を知っているはずだろう、僕は君の親友だ〟…とか言われちゃってさー…――だからもしや…って、ちょっと思ってたんだよね……』
「……あぁ…、それ、…僕だね…」
僕、というかまあ――僕なんだが――厳密にいえば、天上春命 の分霊のうちの一体であろう。
なおリリカには分霊のことについても話してある。
「さっき話した…分霊ってやつ…」
『あーやっぱり? そうだよね。はは…』
とリリカはにっと笑いながら、また目を上げて僕を見た。
『ところで…じゃあ今度、その新居に遊び行ってもいい? そのとき君のその神業とやらを私にも見せてくれよ。』
「…あはは、…うん。…ぁただ一週間後、急なんだけど…ハワイに行くんだ。」
『…ああ、はいはい』――リリカの目がキラリと光り、彼女の口もとがニヤける。
『結婚式でしょ』
「そうそう…ママのだけど。…リリカも来る?」
僕は何気なくリリカにそう尋ねた。
するとリリカはその顔に笑みを残したままながら、難しそうな表情をうかべる。
『…あぅーー行きたい…んだけど、…お断りしたんですね、これが……』
「あー仕事? いや、まあそりゃあそうだよね、こんないきなりじゃ…」
『いゃー違うんよ…』
「……?」
僕はじゃあ何、ときょとんとした顔でリリカに尋ねる。――リリカは少し苦々しい笑顔のまま、こう答える。
『実は今、私妊娠してて……』
「……っへ、…」
僕の声が裏返り、目は見開かれる。
リリカは照れくさそうに顔を赤らめて笑う。
『いや実は昨日確定したばっかでさ…だから余計この通話ちょうどいいかなーって、かすみんにも報告したかったから、――で、ごめん…、だから…まだ安定期入ってないからさ、ハワイまではちょっと行けない…、行きたいけど……』
「…そ、そっか…、……」
そりゃあ…無理、だな。
いや、…あぁそうか、――天上春命 は安産の神でもあるのだった。
それでリリカは昨日、安産祈願に奇 しくも僕の、…すなわち天上春命 の神社に夫の住職さんとお詣りに行ったのだ。
いや、…いや、それにしても、――僕は気がついたら満面の笑みを浮かべていた。
「…いやっおめでとう、そうだったんだ、…そりゃあ無理だよね、いいよ気にしないで、…うわーそっかぁ、それは嬉しいね…っ! ほんとおめでとう…っ!」
僕は驚いたが、自分事のように嬉しくなった。
リリカ夫妻に赤ちゃんか! にわかにテンションが上がり、僕の耳から頬からあちこちがかーっと熱くなってゆく。
……リリカは「へへ…」とやっぱりてれてれと笑い、しかし幸せそうな笑みをその口辺に浮かべて、こう話してくれる。
『ありがとー。…まあね、私もともと生理不順だし、仕事もあったもんだから、全然不妊治療とかもしてなくて。…だからさ、なんかもう、実は正直子どもは諦めてたんだよね…――旦那も別にリリが無理することないよ、リリがいてくれたら俺それでいいから、とか言ってくれてたしさぁ…』
「ああ……」
住職さんが心配そうな顔をして、彼女にそう言っている姿が目に浮かぶようである。彼は聞くにリリカのことをものすごく大切にしている、いわゆる愛妻家なのであった。
……リリカは「えへ」と破顔した。
『そうそう…、そうなんだけど、なんかね、自然に? ふつーに出来たのよ、奇跡だよほんと…、ほんとねだから、最近やったら眠いわ微熱っぽいわ、ご飯炊ける匂いがなーんか無性にムカつくわで、あはは、――で検査して、そしたら陽性で…――じゃあ病院行かないとねってなって、昨日仕事終わり旦那と産婦人科行ったら、…おめでとう、って感じでした。…へへへ…』
「えーー…本当におめでとう、…うわぁなんか僕まで嬉しい……」
僕は感慨深さにまたじわりと目が潤むのを感じる。
『まあそんな感じなので…』とリリカが、ちょっと面はゆげに言う。
『リリカは日本でおとなしーく、ハワイのお土産楽しみにしてますわ。――ねぇでも私あれがいいな、あの、マカダミアナッツチョコ。おねしゃす』
「…え、」しかし僕は目を瞠る。
「妊婦さんって、チョコ食べて大丈夫なの…?」
いや知らないが…何となく駄目そうな感じがないだろうか、妊婦さんにチョコは――?
するとリリカは『えぇ?』と可笑しそうに眉尻を下げて笑う。
『あはは、だいじょぶだよ? ちょっとなら大丈夫らしい。…まーなんとか一日一個二個で我慢しますので。うん、チョコお願いしまーす。…あ、マカダミアナッツ丸ごとのにしてね? ケチくせぇカットのやつは嫌だぞ。』
「…そ、そうなら…はは、わかったわかった。…マカダミアナッツチョコね。…」
覚えておこう。
……ついでに、…気が早いだろうか?
妊娠祝い、赤ちゃんへのプレゼント…――いや、その前に赤ちゃんの性別か。
ということで僕はリリカにこう尋ねる。
「あ、ねえリリカ、赤ちゃんの性別がわかったら教えてくんない? 何かプレゼントしたいから。」
しかし、なのであった。
リリカは苦笑いを浮かべるのだ。
『えぇ、それはまだ気が早いよぉ〜〜』と。
『いや、まだ豆粒よりちっちゃいんだよ? あれだよだって、エコー見たらまだちーっちゃい、た だ の 点 だったもん。…まだまだ人ですらないもん。』
「…ああ、そっか……」
それはそうだ、な。
……ハルヒさんも僕の隣でくつくつ笑っている。と、にわかに恥ずかしくなった僕だ。
「いや、でも、ぼ、僕だってそれくらいはわかって、…違うよ、わかったら教えてって、…」
『ははは、わかった。わかったらすぐ教えるね?』
「……うん。はは、楽しみにしてるね。……」
僕はリリカのお腹に宿った新しい生命――いや生命というより、親しみを込めて「赤ちゃん」と呼びたいその子を思うと、喜びに胸が熱くなった。
……もちろん自分の子ではないが、今からその子に会えるのが本当に楽しみなのだ。
どうか無事に、元気に生まれてきてくれますように…――。
さて。
「すごく幸せな報告してくれてありがとうリリカ、はは、僕、もう今からすごく楽しみだ。」
と僕が微笑みかけると、リリカもつられて微笑する。
『えー、それはこちらこそだよ〜〜。かすみんも、幸せのお裾分けありがとね。…ChiHaRuさんと幸せになれよ。…結婚式には呼んでくれ…って、行けるかどうかはわからんけど。』
「…ぅ…うん。…ふふ……」
……結婚式は…どうだか、するかどうかはわからないが――とにかく僕は本当に最高の友をもった。
数あるうちの幸せのうち、この幸せもまたかけがえのない、尊い幸せである。
リリカはちょっと厳しい顔をしてハルヒさんを見る。
『ChiHaRuさんも、ハヅキのことよろしくお願いします。…あのでも一応言っとくけど、ハヅキのこと泣かしたらいっくらChiHaRuさんでも、私怒りますから。憤怒 します憤怒。』
するとハルヒさんは目をまんまるにして微笑み、こう無邪気に言うのだった。
「うんうん。そしたら俺のことぶん殴っていーよ?」
『あははっ』
「…ははは、……」
よし、ではそろそろ…――と僕はリリカを見据え、
「あ、リリカ。じゃあでも、安定期入るまでうちに遊びに来たら駄目だよ。それに体冷やさないようにね。無理しないで。あともう寝て。あたたかくしてね。おやすみ。」
とこの通話を切ろうとしたが、リリカが困惑気味にこう言う。
『ぉ、おお、…実は今からネトゲにしゃれこもうかと思ってたのに、かすみんちょっと心配しすg…』
「駄目駄目駄目…赤ちゃんのために、もう寝ないと。じゃあね。ちゃんと寝るんだよ、僕ログインしてたから怒るからね。じゃあありがとう。」
僕は口疾 にそう言って、『ああ、はい、はーい、ありがと〜』なんて苦笑いを浮かべているリリカと通話を終えた。
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