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「……は…、……」  僕は目をつむったまま斜め下へ顎を引きながら、そ…とパジャマの上から自分の片胸を手のひらで包み込む。――今日何度もハルヒさんに触れられたこの胸に手のひらをあてがうと、そこの皮膚が記憶しているあの幸福な快感が、じんわりと僕の手のひらの下ににじみ出してくる。 「……♡」  こうしてやさしく撫でまわされるのも…、こうして強めに揉みしだかれるのも――乳首をカリカリとされたり、 「……ッ♡」  つままれ、たり…全部好き…好きだった――ハルヒさんに触れてもらえたというあの幸せな快感、求めてもらえたというあの幸せな陶酔、…朝から何度かハルヒさんが僕の体を求めてくれたという、その狂おしいほどの幸福……。 「……、…」  本当は……えっち、したかったな……。  ちょっと…いや、…実は…――すごく楽しみにしていたというのに……。  しかし僕もいけなかったのだろう。…朝から何かと理由をつけて彼を拒みつづけてしまったし――といって僕がその気になるとそのたびそのたび、何かしら他の要因が起こって中断せざるをえなくなってしまったのも事実なのだが――、…今だって僕が拒んでしまった、逃げてしまったといえば、そうだった。  とここでギ、ギギ、ゴソゴソ、と音を立てながらハルヒさんが寝返りを打った。 「……っ!」  そのために僕はビクッと怯えた身をすくませながら、ドキドキしつつも固まる。  ……ややあってから目を開け、チラリと横目にハルヒさんの様子をうかがう。 「…………」 「……、…、…」  ……寝て、…いる…――綺麗だが、彼のその目をつむった無感情の顔は、あきらかな寝顔であった。 「……は…、……」  僕は安堵をしながらまたそっと目をつむり、胸にあった左手の、その薬指の根本にある指輪を唇に押し当てる。――なくさないよう眠る前には外そうと決めているこれだが、まだ外したくはないのだった。  そして僕のぎこちない右手がそ…っとパジャマのズボンのゴムを浮かせ…――薄くやわらかな下着越しに触れた自分の陰茎はしっとりと熱くなり、完全に勃起しているわけではないが、少なくともその準備段階という程度には息衝(いきづ)きはじめている。  ……する…する…と撫でまわしてみる。 「……っ♡」  お風呂場でハルヒさんにイかせてもらって、あれはあれでとても気持ちよかった…が――それなのに、いつもなら射精を終着点として、それで身も心も満足できるというのに…――足りなかった。  ――本当はあのまま、僕……。 「……♡」  あのまま…――。  今さっきハルヒさんに首筋にキスをされたとき、僕はつい逃げてしまった、が……あのまま、身をまかせていたら…? ああやって逃げてしまわなかったら…あるいは、抱いてもらえた…――?  いや、疲れからかあんなにも眠たそうだったハルヒさんに無理はさせられない。それこそあのまま、というのを僕が受け入れてしまうことは、きっと彼への思慮が足りない自分本位な選択であった。  だから僕はきっと、先ほどは正しい選択をした――はずなのだが…、…それなのに今、僕は少しだけ後悔している。 「……、…」  僕は期待していたのだった。  期待というものを裏切られてしまう恐怖から、それをしないようにしないようにと気を払って、しかしそれでもふと期待してしまう。…するとそのたびに慌てて、その掴めないが狂おしいほど望ましい期待の手を払い除けて、なんとか今日一日をやり過ごしていたが――つまり何とか抑え込もう、殺してしまおうとしていたところで、結局のところ僕は期待していたのだった。  それこそハルヒさんのマネージャーさんが来てしまって、中断せざるをえなくなってしまったあと――彼には夜のご褒美、だなんて上から目線の生意気なことを言ってしまったが…――僕はハルヒさんが出かけたあとから、仕事をしつつも、休憩中にはふとしばしば「今夜のこと」に思いを馳せて……むしろ僕のほうが、今夜起こるだろうことをご褒美のように思っていた。  だが、ハルヒさんが眠たくなってしまったのは仕方のないことだ。もちろん彼を責める気持ちなどないのだが、ただ……リリカと通話しないほうがよかったのかな、明日にしたほうがよかったのか……。  朝、着替えていたとき…、自室で…、お風呂場で…あのまま…――僕が拒まなければ…何かをどうにか上手くかわせていれば…――あるいは今日、ハルヒさんとえっちする方法は、何かあったんじゃないか…?  こうした後悔の念はどうしても立ち現れては、後悔したところで意味がない、リリカとの通話は有意義だったろう、などという僕自身の制止によって消えてゆく……それはまるで、立ちのぼっては上のほうで儚く消えてゆく煙のように…――。  ……僕の右手が下着のゴムをくぐり抜け、しかしあえて多少の硬質を帯びた陰茎は軽く撫でる程度で、陰嚢のその下――とろ…と濡れている膣口を、中指の先でぬるぬる撫でてみる。 「……は…♡」  ハルヒさんの指…きもち、よかった……。  もっとしてほしかった…――でも、指だけじゃなくて…――もっと先に、進みたかった……。 「……ん、♡ ……、…、…」  つぷ、…と指先を挿れたなりかすかに声をもらしてしまった、…声を出したらハルヒさんを起こしてしまうかもしれない。…僕は唇にきゅっと力を込め、また喉や鼻腔にも注意を払いながら――つぷぷ…と自分の中指を一本、さらに奥へと押し進めてゆく。  たっぷりと濡れている。…それこそ今すぐハルヒさんを迎え入れられるほどに…――ただ、ぞくぞく、とはしたが、…ハルヒさんの指一本より物足りない。僕の指のほうが細いのだろう。  といって僕の指一本にさえ、なかの熱くやわい肉が隙間なくまとわりつき、きゅうっと圧迫してくる。思っていたよりかなり窮屈だ。…本当にここにハルヒさんのが入ったのかどうか疑わしくなってくる。 「……、…」  僕は初めて自分の膣内を自らの指で触ったばかりに、ふと不安になった。…実のつまった狭いなか、手前のコリコリと引き締まったやや硬いところを越えた先には、深い無数のやわらかいひだ、ざらざらとしたところもある――自分の体にいうのもなんだが、正直僕のなかはまるでギミックの盛りだくさんな、高刺激系オナホのような構造になっている。  しかし高刺激系かつギミックの豊富なオナホ(のようななか)なら、間違いなくハルヒさんを(よろこ)ばせられるのか――というと、そうとも限らないことは、僕自身も男であればこそよく知っているのだった。  快感に対する嗜好というのは人の数だけあるものであり、かえって刺激が強すぎたり、狭すぎたりするのを不快に思う男性も少なくはない。…世の中には締まりこそ男性を悦ばせる快感の(かなめ)、というような風潮はあるが、といって締まりも強ければ強いほどよい、なんて単純な話でもないのだ――結局世の男性はなかの圧に過不足がない、か、過不足がないよりややキツめなのを「締まりがよい」と言っているだけなのだ。また、なかには締まりのゆるいほうが好きな男性もいるくらいである――。  なんならオナホと膣やアナルというのは当然似て非なるものであり、オナホの人工的な快感は全く好まず、生身の相手との行為によって得られる快感のみを好ましく思うような男性もいる。  すると僕は不安になってきたのだった。  オナホ的でも、せめて凡庸的な――凡庸的というのがふさわしくなければ、万人受けするといってもよい――タイプの構造ならまだしも、高刺激系というのはある種「奇をてらった」ともいえる、いうなれば好き嫌いのキッパリ別れる極端な構造なのである。  ……ましてや自分のここに自分のものを挿れる、というのの感覚を想像してみても(変な想像だが)、それは当然実際には不可能ともあれば漠然としていて、いまいち高解像度の想像にはおよばない。――し、何より、先ほどにも思うように快感の好みは千差万別、仮に僕がそれで()くともハルヒさんはどうだかわからない。  となると…僕のなかは、ハルヒさんに気持ちいいと思ってもらえるものなのか、どうか…――無論(オナホ以外未経験の僕では)誰かとは比べようもないが、またハルヒさんが言っていたことが本当なら、おそらく彼にも比較対象などないのだろうが…――しかしこの様子ではともすると痛かったり、キツかったり、不快だったり…そうだったら申し訳ないな……。  ……いや、オナニーをたくさんしたら、少しは広がるだろうか…?  僕は中指に薬指を追加し、その二本の指をぬぷぷ…と根本まで押しこんでゆく。と、そのもぞもぞとくる快感に眉が寄ってしまう、し、 「……っん、♡ ふ……♡」  う、また声が出てしまった、…  ……だが、僕は早速その指二本を出し入れしてみる。  ぬるーっ…ぬるーっ…と、膣内は未経験ともあってどうしたらいいのかわからないが、とにかく指先が出るか出ないかまで引き、根本まで押し込み、とそれをくり返す。 「……ふ…♡ ……っ♡」  僕の腰の裏が浅く浮く。  ……どこが気持ちいいのか、それはわからない。  これでも気持ちいいには気持ちよかった。  ただ僕は、初めて触れた膣内の性感帯を自分で把握していないのだ。――だからこうして二本の指を出し入れしてみても、確信的な快感ではなく、漠然と気持ちいい…という感じなのである。  ましてやさっきは――おそらく僕の子宮が下がってきていた、ハルヒさんさんの指が長い、などさまざまな要素が重なって――ハルヒさんの指先が、僕の確信的な性感帯である奥を刺激してくれたのだが、僕の指は今そこまでは届かない。 「……は…♡ ……、…」  僕は声を出さずに『ハルヒさん』と彼の名前を呼んだ。――ハルヒさんの指を思い出した僕は、また彼が欲しくてたまらなくなってしまったのだ。  これじゃ…足り、ない……。  何より今の僕の肉体は、もっと激しく重圧の(はなは)だしい快感を求めていた。たとえば体を思いきり揺さぶられるような、魂の核心をまで突き上げられるような、息も絶え絶え、あわや酸欠になってしまうような…――僕のまぶたの裏に、ふっとハルヒさんのあめ色のたくましい肉体が現れる。  ハルヒさんのあの大きな体にのしかかられたい。  あの広い胸に抱きよせられて、あの太い長い腕のなかに無理やりにも閉じこめられ、ちっとも身動きが取れないなかで体をまさぐられてしまいたい。  ……無理やりでもいいのだ。犯されるのでも、暴かれるのでも、いいのだ。――縛り付けられても、噛みつかれても、痛くとも、…いや…かえって今の僕は、ハルヒさんの暴虐的な獣性をさえ心のどこかで求めてしまっているのかもしれない。  心優しい神様であるハルヒさんにあるかどうかもわからないそんなものを、僕は期待して…――。  僕は破れかぶれに、めちゃくちゃになかをこすってみた。  ちゅくちゅくちゅくと音が立つが、それは頭上のちょろちょろという音よりも小さいので、その音にまぎれていることだろうから、きっと大丈夫だろう。 「……は…、…っ!♡ …〜〜っ♡♡」  僕はもちろん優しいハルヒさんが大好きだ。彼の優しい優しい愛撫も本当に大好きなのだ。  僕のことを、僕の体を宝物のように大切に扱ってくれるハルヒさんに、僕は当然全身を包み込まれ、絶対的に護られているような筆舌に尽くしがたい幸福を感じている。  ……ただ、シタハルのあの記憶が…――ウワハルを獣のように暴いていたあのシタハルの記憶が、僕の欲張りでよこしまな期待をそそのかしてくるのだ。 「……〜〜っは、♡ ……、…、…」  だが、…これじゃ、イけない……。  イきそう、イきそう、僕は今イきそうだ、と自己暗示をかけてはみたのだ。実際なにか高まってゆくような感じもあった。気持ちよくもあった。  しかし何かが足りず、たどり着けない…――。  すなわちこれでは、余計もどかしくなってしまっただけだった。 「…は…、………」  あ、明日は…抱いてもらえる、のかな……。  明日、いっそ僕から誘って…――だが、どう誘ったらいいんだろう…?  どうしたらハルヒさんは、ムラムラしてくれるんだろう……?  えっち、しませんか、とか…、抱いてください…とかと直接言うのは、あんまりムードがないだろうか…――それならば僕のほうからキスをしてみたり、ハルヒさんの体に触れてみたり…抱きついてみる、彼の手を自分のお尻や胸や……いや、… 「……、…」  そんなことで…そそられてくれるの、か…。  ハルヒさんが今日何度か僕を求めてくれたからって、調子に乗ってはいないか。僕はなにか勘違いしてしまってはいないか。…僕なんかじゃ……。  いや、「なんか」はもうやめよう…、しかしそれを除いて考えてみても、…ハルヒさんが疲れていたら? そんな気分ではなかったら? たとえば仕事のことなんかで頭がいっぱいで、そんな僕の誘いが煩わしかったら?  ……きっと優しいハルヒさんは、それでも僕を抱こうとはしてくれることだろう。だが夫夫だからといって、相手の誘いには必ず応じなければならない、なんてことはないはずだ。  つまりお互いの気分が同じところにないと、そういったことには至らないものであり――むしろそうでなければ、夫夫の関係性としても不健全といえるのではないか。  忙しいハルヒさんに迷惑をかけてしまいたくはない。  すると結局のところは、自分の欲求は自分で満たすに限る、のかもしれない…――。 「……、…」  ……試してみようか。  バイブやディルドでのオナニーを――それらで満たされるということ、それらで満たされる方法、いわば代替的な欲求解消の方法をさえ知っておけば、僕はそれこそハルヒさんに誘いを断られても、さほどは傷つかないような気がするのである。  ただ…といって、僕のあの「(バイブなどアダルトグッズがそれはもうごっちゃりたっぷりと入った)おもちゃ箱」は今一体どこにあるのだろうか?  案外引っ越しの際に処分されていたりして……いやそうじゃなかった場合も、思うと僕以外の誰かがそれをも含めて荷造りをし、この新居で荷解きまでして…という可能性が非常に高いので、そうならそれはそれで非常に恥ずかしい――が、とりあえずハヅキの部屋にあったからそのまま運んでおこう、とあの中の見えない箱のままこの家まで運ばれてさえいれば、ワンチャン何が入っているかはバレていないままこの新居にある……という可能性も、なくは…ない、が。  しかしそう思えば、前の家でも僕の自室にあったその箱は、おそらくこの新居においても僕の自室に移動されているのではないだろうか。      ◇◇◇  ということで僕は自室に来た。  シングルベッドの下に収められていた。  アダルトグッズがたんまりと収納されている布製の三箱が――ちゃんとベッドの下にあった。 「……、…、…」  実に気まずい心持にさせられた僕だが、…あるいは中を確認されないままここに収められた可能性に賭け――というかそうであることを祈り――僕はそれを忘れることにした。  そして三つある赤青黄の箱のうち、赤いそれのなから僕が取り出したものは、バイブであった。  このやわらかなシリコンでできたバイブは、色はクリアカラーのピンクだが、勃起した陰茎を模したいかにもそれらしいものである。  ……さて、前戯なんてものはもう必要がなかった。先ほどのあれで十分である。 「……、…」  僕はベッドの前に立ち、左手にもったバイブを見下ろし、ゴクリと喉を鳴らした。――が、  ……ガチャッ…――。 「……っ!」  僕はあわててバイブを後ろ手に隠しながら、出入り口のほうに体を返した。 「……、ハヅキ……?」  ……そこには眠たげな顔をしたハルヒさんが立っていた。

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