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128 ※微

 僕は今何を論理的に考えていたわけでも、また何か謎を解こうと思考内での模索、探索、はたまた整理や推理をしていたわけでもなかったのだが、ふとあることにひらめくようにして気が付いたのである。  ちなみにハルヒさんが言っている「約束」――ウワハルとシタハルとが取り付けたその「約束」の記憶は、今の僕にはふと容易に思い出すことがかなった。  ……といっても、僕が小さな頃からくり返し見てきた「あの夢」のうちのあるひと幕こそ、その双子神がまさにその「約束」を取り付けていた場面だったらしいのだが――だからなのか(すでに()()()()()いる記憶だからなのか)はわからないが、…今回は、以前のように僕の魂に記録されている「神の記憶」が解放され、それの映像が勝手に頭に流れ込んでき、否応なく追体験させられる、といったような感じではなく、そのときの内情を本当にふと「思い出した」感じである――。  ――「あの夢」のなかでウワハルは恐れていた。 〝『死ねば何もかもを忘れてしまう御前(おまえ)の、その私への未練無くして…どうして我ら、再び巡り逢えよう…』〟  と…――そして、 〝『御前は妙なところ楽天家だから…、私のことなどすっかり忘れても、御前は案外私なくして、楽しい人生を謳歌(おうか)するだけかもわからない…――私に対する未練など、やがてその楽しさに色褪(いろあ)せて、いずれ欠片(かけら)と残らず消え失せてしまうかもしれない…――ならば、このような小さな未練を積み重ね、御前の魂に未練というものを少しずつ刻み込んでゆけば……』〟  ……これから地上へ降り立つにおいてウワハルは、自分自身が何もかもを忘れてしまうことを恐れてもいたのだが、こう言っているときはなお、自分がシタハルに忘れられてしまうこと…――ひいては、これから地上で「祁春(チハル) 春日(ハルヒ)」という一人の人間として生きてゆくことになる自分の片割れ、最愛の夫神が、この何千年間ひたむきにただ自分へのみ向けてきたその一途な想いはおろか、天上春命(アメノウワハルノミコト)という、唯一無二の運命られた夫神である自分の存在をさえすっかり忘れ――そして何も覚えていないばかりに、他の誰かを愛してしまうかもしれないこと、また地上で別々の人格を形成したふたりが、それによって万が一にも結ばれられないかもしれないことを恐れていた。  だからせめてシタハルの魂に、自分への未練を蓄積させ――魂という、もっとも深く強力な指針をしめす場所に「自分への渇望」を刻みつけ――、たとえシタハルが地上で何もかもを忘れてしまっても、心の奥底では自分だけを求めるように、自分だけを愛するように、自分だけに恋をするように――仮にも自分の夫神が「運命」をもわすれた地上で他の誰かを愛しても、決して魂ばかりは満たされないように――仕向けたかった。  ところがシタハルはそうしたウワハルに笑いながら、『(一旦人間として地上へ降り立ち、そのさい神の記憶を失ってしまっても)自分がウワハルへの未練を失ってしまうことなど有り得ない』と答え、彼を安心させようとした。  ……しかしシタハルはそれのみならず、自ずからウワハルに「ある約束」を持ちかけたのである。 〝『我々はたとえどの世に身を置こうとも…、否応なしに強く惹かれ合い…引き寄せ合うに違いない。それとは一つが二つに分かれ、引き離れてしまった深い未練が故…――我への強い執着が故…――ははは、…そう…そなたはまた考え過ぎなのだ。』〟  と、そう言っていたシタハルは困り笑顔を浮かべていたが、その笑みを深め、白い獣っぽさのある犬歯を覗かせて笑った。――なおシタハルの言う「我」とはもちろん自分自身のことでもあるが、自分の半身、ある意味では「自分自身」であるウワハルのことも指している。彼らは文字通り異体同心の双子神であり、そして一柱ともなれる一心同体の双子神である。  そしてそうして笑いながら、シタハルは心のなかでウワハルへ…――。 〝『しかし、ならば私はそなたに約束しよう』〟  とだけ言ったのだ。  ……すると目を伏せたまま、ウワハルもふふ…と困り笑顔を浮かべたのである。  そして、実はウワハルのその含み笑いは、その「約束」を受け入れたことをあらわしたものだったのだ。  それだけでその双子神の「約束」は成立した。  また、そうして内約されたその「約束」の内容は、シタハルの魂に未練を刻み込もうとしたウワハルの望み通りのものであった。  すなわちシタハルはその「約束」によって、たとえ地上で何もかもを忘れてしまっても、自らの運命られた夫神であるウワハルにのみ執念を燃やし、ウワハルだけに貪着(とんじゃく)し、そしてウワハルだけに心酔というほどの恋をし、ウワハルだけを深く、耽溺というほど愛する…――と、そうしてとにかくウワハルのみを求めるとの誓いを立て、他の誰を愛そうとも決して魂までは満たされない、身を焦がすほどの未練ゆえの「ウワハル(運命られた夫神)への執着心」を、その「〝我〟への渇望」を己の魂に自ら刻みこんだのである。  ちなみにその「誓い」はこのようにして立てられた。…シタハルがウワハルへ向けて「考えすぎだ」と言い、また心の中で「約束しよう」とその約束を持ちかけ、ウワハルが含み笑いのみでそれを(だく)したのちすぐ、ウワハルとシタハルは真っ向から見つめ合い、こう(おごそ)かに声を揃えて言うのだが…――。 〝『『我は一つにならねばならぬ運命(さだめ)なり――。』』〟  またその後、あの(ふじ)棚の下で口づけをする直前にも……、 〝『咲き誇る藤の花…』〟――とウワハルが言い、   〝『その藤の香を春風が運ぶ時…』〟――とシタハルがつづけ……、  そして…――、     〝『『――我々は、必ずや再び…巡り逢う……。』』〟  そう…その実これは、ウワハルとシタハルがその「約束」を取り交わしていた……いや「約束」というよりか――それよりももっと重い――「誓約」を取り交わしていたシーンだったのである。  それこそ「(何もかも忘れて、自分への未練さえなかったら)自分たちは地上で巡り逢えないかもしれない」だとか、巡り逢えても結ばれられない――「統合」、いわば地上では「一つ」になれない――かもしれないだとかと弱音を吐いたウワハルを、シタハルはこうした「誓約」をもって安心させてやったのだ。  まあただ、一見そうは見えないが――それこそ僕も今ふと「思い出す」までは、ふたりのこのかけ合いがまさかその実「誓約」を取り交わしていたなどとは、その実少しも気がついてはいなかったのだが――しかしこれは、わざわざ明確な言葉を交わさずとも魂で通じ合い、お互いが我が身の半分であると知っているウワハルとシタハル、その一心同体、あるいは異体同心の双子神ならではの、彼らだからこそ言葉少なで十分こと足りる「誓約」なのであった。  さて…ハルヒさんの、その彼を無性に焦慮させるような独占欲や支配欲、征服欲など、そうした僕への並々ならぬほの暗い執着心は、「あの夢」にもあった通り、ウワハルとシタハルが取り交わした「未練の約束」がゆえ…――。  そう…――僕は今ふと気が付いたのである。 「…それなら僕は、」と自分の肩の上あたりに顔をうずめているハルヒさんの、その片耳にこう囁く。 「どうやらウワハルの分霊の中でも殊更(ことさら)、貴方のその僕への強い想いをぶつけられること…、貴方のその闇を受け容れることを…――至上の幸福だ、と感じるように出来ているみたいなんです…。」  むしろそうでなければおかしいじゃないか。  なぜならそもそもその「約束」は、ウワハルが望んだからこそ成されたものであるからである。…つまり「僕が」それを望んだからこそ、ハルヒさんは僕に対してそうした強い感情をいだくようにできている――その強い感情が刻みこまれた彼の魂には、「僕のために」そうなるべくしてなる、ならざるを得ないシステムが組み込まれている――のである。  ……すると僕が、僕の魂が、まず彼のその感情によろこばないはずもないのだ。  そして事実…――。 「だって僕、ハルヒさんに束縛されたり、たくさん…たくさん乱暴なくらい求められると、とにかくすごく幸せで…――むしろ貴方にならもっとそうされたい…、もっと求められたい…、もっともっと貴方に愛されたい…。僕は本気でそう思ってしまうんです…――さっきも、正直…すごく幸せでした……」  僕は恍惚と頬を熱くしながらそう言った。  ハルヒさんが『もっとハヅキが欲しい』と貪欲になっているとき――その一方の僕は、『もっとハルヒさんに求められたい』と貪欲になっている。  これは慰めではない。事実なのだ。事実そうした僕たちの一見妄執的な欲望は、その実あまりにも完璧な具合でその複雑な凹凸(おうとつ)を組み合わせ、完全なる「一つの愛執」となっているのである。 「ねぇハルヒさん…、僕は貴方の、運命の夫なんですよ…――。」  そううっとりと言う僕の全身の骨髄(こつずい)に、たとえば今ハルヒさんに何をされても、きっと僕は今はなんら抵抗もしないでそれを何もかも受け入れてしまうことだろう、と僕に確信させるほどの無気力な心地よさが沈みこんでいる。――それは陶酔にもよく似た倦怠(けんたい)感だった。  いや、違う……抵抗もしないで、ではない。  今の僕はむしろ、よろこんで彼のすることの何もかもを受け入れることだろう。――それがどのようなものであれ、彼の感情を、肉体を、魂を、エネルギーを、愛を、欲望を、彼のその全身全霊を、今の僕は欠片とあまさずよろこんで受け容れることだろう。  ……それが僕の魂に組み込まれたよろこびだから、だ。 「僕は貴方の光も闇もその全てを受け容れられるように出来た、運命の…――貴方の、夫なんです…。」 「……、…、…」  ハルヒさんは僕の肩のあたりでふるふると震えているが、何も言わない。――僕は彼のえり足に差し込んだ指先で、そのぬくめられたしっとりとしたうなじをやさしく…ゆっくりとこする。 「僕、今気が付いたんです…――貴方が僕のことを、自分だけのものにしたいと強く願っているとき…――その一方の僕は、貴方だけのものになりたいと、強く願っていることに……――貴方だってわかっているはずでしょう…? 僕が望んだからこそ…貴方は約束通り、そうして僕だけを強く強く求めて、愛してくれている…、……」  自分を渇望するハルヒさんを想うと、僕は果てしのない恍惚と陶酔に見舞われてしまうのだ。  ……ハルヒさんのその妄執的な渇望こそが、僕の魂のよろこびなのだ――そして彼のその魂の渇望なくして、僕の魂に空いた穴、その穴の欠乏は満たされない、僕の魂の渇望もまた癒やされない――と、僕は気が付いたのだ。 「……だから……」  もっと…――もっと…僕を、求めて……。  もっと僕に執着して…、もっと僕を縛り付けて…――もっと、僕の髪の毛の一本まで貴方だけのものにして…――僕が余所見(よそみ)をしたらお仕置きをして…――僕を服従させて…、僕の肉体を、精神を、魂を征服して…――僕の上に君臨し、僕を完全に支配して……。 「だから、もっと…もっと…もっと…――もっと、…もっと僕を…、」  僕はわなないた囁くような嬌声でそう言いながら、恍惚と天井の木の木目をぼんやり眺め、さなかほろ…とまなじりからこめかみへ熱い涙をこぼし――そして、ふと悦びのあまり微笑した。 「僕だけを、愛して…――シタ、ハル…、……っ」  にわかに僕の眼球が高熱を宿す。  僕はその恐怖にとっさまぶたを固くぎゅっと閉ざし、彼の後ろ髪を握りしめ――しかし「彼の名前」を呼んだとたん、子宮から全身に素早くほとばしっている強い快感に、そうして子宮に溜まった彼の神氣が、僕の全身を(おか)して我が物としてゆくその悦びに、奥歯を噛みしめて耐える。 「は、♡ ぅ、♡ …ッ♡ …ッぅク、♡ ッふ、♡」  腰が浮き、内ももがぶるぶると震えて、僕の足の甲がぴんと伸び、かかとはベッドから浮く。  胸の中でぶるぶると心地よく震えている至上の悦びのせいである。それは快楽だった。――それはやむ気配のない絶頂のさざなみだった。 「ぁ…♡ ぁ…♡ だめ…♡ だめ、ぁ…♡ ぁぁ…♡」  声がどうしてももれてしまう。弾けた瞬間は強かったものの、今はそれほど強烈な快感というわけでもないのだが、ただ、そのさざめくような絶頂の快感は絶えず僕の全身にほとばしり、とにかく長い。下降してゆくことがない。上昇もないが、下降もない…――すなわちその絶頂は、本来ある程度で下降せねばならないところを、僕が恐ろしくなるほど今も平行線をえがきつづけている。  つまり…――ずっとイッている。 「っは、♡ あぁ…♡ ぁ…♡ だめ、…だめ、こ、こんなの…♡ ぁ…♡ こわ…ぃ、――…っ♡♡」  涙が止まらない。目が熱い…――。  ……僕はシタハルのうなじにぎゅっと両腕でしがみつく。――しかし、 「……、はは…、ねぇハヅキ……?」  ()()()()するり…僕の両頬をその大きな手で撫で…包みこみながら、涙目の微笑を僕に見せた。

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