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 青空の下、見渡すかぎりの青い青い透きとおった海、打ちよせては引いてゆくおだやかな波が陽光にきらめく、その昼間の明るいベージュ色の広大な浜辺…――。  一見のどかなその場所で、「事件」は起こった。 「――ウエちゃん……っ」  と僕は駆け寄ってきた半泣きの母に、その浜辺でガバッと抱きつかれた。 「……? ま、ママ…、どうかしたの……?」  ちなみに僕は今、片手に長い木の棒を持っている。…赤く染まった木の棒を…――母が駆けてきた道をふと見ると、その道の先にあるビーチパラソルの下、プラスチックの白いテーブルと椅子のそば、コトノハさんがうつ伏せになって倒れている。…血だまりの上で…その赤はベージュ色の砂浜をその色に染めている……。 「……、…、…」  な、何ということだ……。 「違うわい、ワシじゃあない! ほっほんとじゃあ! ほんとなんじゃあああああ……っ!!」  僕の背後でロクライさんが大声で釈明している。 「…ど〜〜も怪しいねぇお前さま…」 「ぬぅあに!? フツ、お、ぉお主までワシを疑うってんか!!」 「え〜〜だって…、タケじいしかそんなことできないでしょ…? ――犯人はぁ……」  とハルヒさんが名探偵ぶって言っているのを、じいやがこうさえぎる。 「いやいや、ひょっとすると…犯人は奥様…かもしれませんなぁ…――。」  ここまでのいきさつを説明しよう…――。  はじめに、僕たちが今いる場所は海である。  この別荘の背面すべてに面した広さのある、プライベートビーチである。  まず……この別荘の出入り口となる扉は、教会などでよく見るような縦長の半円型の両開きの扉であった。――そして僕がハルヒさんに横抱きにされてそこから入ってすぐ、そこには青空の見えるドーム型のガラスの天井からシャンデリアがぶら下げられた、高級な格式高い、南国リゾートホテルのような白亜のエントランスが広がっていた。  ちなみに室内に入るとものすごく涼しかった。  五月のハワイの外気温は、初夏とはいえ最高三十度にも達するというので、それこそ入ってすぐは天国のようだったが…、しかし、ずっとここにいたらだんだん寒くなってきそうだな、とも思うくらい強力に冷房が効いていたのだ。――といっても、まあ実はハワイのスーパーマーケットなどお店のなかも、どこもこうしてキンキンに冷房が効いていたのだが(ひょっとすると常夏の国であるので、ことさら冷房の技術が発達しているのだろうか?)。  そしてそのエントランス、実は出入り口の扉からちょうど対面に、横長にひらけた――扉のない――南国リゾートチックな茶色基調の部屋が見えていた。  そこは茶色い木製の床と壁のなか、ソファやガラスのローテーブルやがいくつも置かれている、ハワイのカフェっぽい、談話室のような部屋である。――さらにもっというと、その談話室のような部屋は、蕩々(とうとう)とした青い海の見わたせる明るいベージュ色の浜辺――厳密にいえばテラス――に面しており、ただそうして室内から海は望まれても、内外はガラス戸で区切られている。  そしてそのガラス戸から出てすぐ、屋根のある濃い茶色の木製のテラスがあり、またそのテラス近くにはヤシの木が何本か――海への景観を邪魔しない、かえってその美しい眺めを際立たせる程度に――植えられている。  それと、そのテラス近くの浜辺にはビーチパラソルが立てられていて、その下には白いプラスチックの(まる)いテーブルと椅子もあった。  そして今日の昼食は、このテラスで海を見ながらバーベキューをしよう、ということになってた。  そもそも母とコトノハさんの結婚式は明日であるので、今日は時間に余裕があるのだ。また、だから食材を買いにゆく必要があったのである。  それで僕は、ハルヒさんに横抱きにされたまま別荘内へ入ってのちすぐ、じいや(A)に「食材の片づけはやっぱり自分が(昼食の下処理をしながら)やるので、先にテラスに行ってジュースを作っておいてくれ」と言いつけられた。ために僕は――横抱きにされたまま――ハルヒさんとこのテラスへ来て、ふたりでパラソルの下のテーブルに並べられたフルーツや野菜、ハーブや炭酸ジュースなどをてきとうに、一緒に置かれていたジューサーを使って撹拌(かくはん)し、そうして各種ジュースを作った。  そしてそのジュースは、いくつかの六リットルサイズのガラスのドリンクサーバー――ハンドルを押し下げるだけで蛇口から飲み物が出てくる容器――におさめた。  ……ちなみにハルヒさんは途中で味見、味見と言いはってフルーツや野菜やをつまみ、「すご〜い、おいし〜〜。ほらハヅキも」と僕の口にも入れ――コーラやサイダーなども遠慮なく飲み、「わぁなんか強い(多分炭酸が)、ハワイのやつって刺激的〜〜。はい、ハヅキ」と僕にも飲ませ――ひょっとして僕、「つまみ食い犯」の共犯に仕立て上げられた…? ――ただハーブだけはつまみ食いしていなかったが……。  とはいえ、僕はこんな平和な時間も幸せだった。  まさに見渡すかぎりの青い海…といっても、奥の地平線の真青からグラデーションして色がうすまってゆく手前のほうは、単なる青ではなく緑がかった水色というか、ちょうど薄い青と緑の中間のいろというかだが…――そして、浜のベージュを透かした波打ち際の白い泡とともに、その真青からブルーグリーンのグラデーションが穏やかに、なめらかに波たちながら、浜辺に押し迫ってはすーっと引いてゆく。  ざざあ…、ざあ、ざざあぁ……とその海のおだやかな波音が心地よい。なおハワイの暑さは日本のそれと比べてもかわいた感じで、何か清々しさがある。  やっぱり海っていいよな…――とても心が落ち着くというか、癒やされるというか……――と、そうして海を眺めながら、可愛くはしゃいでいる愛するひととの共同作業、…ああだこうだと言いながら…――それはたとえば、 「あの〜ハルヒさん…? レモンそんな何個も入れたら……」 「ほら、クエン酸取らないとだから。みんな。目が覚めるくらいのやつ。」 「…く、クエン酸……」  ……ハルヒさんがいたずらっ子の笑顔で、レモンを半分に切ってはそれを握りしめ、そのレモンの果汁をドリンクサーバーに直接しぼり、を繰り返していたので、…僕はそんなにレモンばっかり入れたら酸っぱくなってしまうと思うが、と止めようとはしたのだが…――結局彼は、用意されていた小箱入りのレモンをすべて一種のジュースに入れてしまった。  ……それもその大量のレモン汁を薄めたのは、他にも酸っぱい食材をこれでもかと入れたジュース…――ということで、各種用意したジュースのうち、実はある意味では「毒入り」のジュースが一種類だけあるのだが、それはある方法で「ステルス」されている。とは、僕とハルヒさんだけの秘密だ。  それから…――。  ……テーブルの上にあったナイフとまな板でトマトをみじん切りにして…――いや、()()()()()()()()ハルヒさんの、そのナイフの使い方があまりにも危なっかしかった(おっかなびっくり切ろうとしているせいで、なかなかトマトのハリのある皮に刃が入っていかず、ツルッとすべってカンッとまな板に刃がぶつかり、をくり返していた)ので、…僕も特別料理が得意というわけではないのだが、見かねて彼の背後からそっと手を伸ばし、上半身を傾けて手もとを見ながら、 「ハルヒさん、それじゃ危ないです…。こう…」  ……と、そのナイフの使い方を――ハルヒさんの右手からナイフを取り、もちかえた利き手の左手で――実践してみせるも……、 「へへ…、俺の旦那さん、やっぱり美人……」 「……、…いや、聞いてます…? というかちゃんと見てます…? 手元……」  僕がふと見上げた先、幸せそうなうっとり顔のハルヒさんと目があった。…これは見てなかったな……。 「うーぅん。ハヅキしか見らんない…、君って綺麗だ、ほんと……」 「…ふふ、…もう…、……」  なんて……デレデレしてしまったハルヒさんが、僕の顔しか見ていなかった…、それで僕もデレデレしてしまったり、…だとか…――。  とにかくふたりでのジュース作りも本当に楽しかったし――本当に幸せな時間だった。  そして僕たちがちょうどジュースを作り終えたあたりで、祖父とロクライさんも合流――ふたりが手ぎわよく火起こしをしてくれたあと――ひと息つこうと僕たちが作ったジュースのうち、ドリンクサーバーに満たされた真っ赤なジュースを、白い紙コップに注いでぐびっと飲んだロクライさんが、 「ん゛……っ! ――なんじゃあこれ!?」  とその(ひげ)をたくわえた四角い精悍(せいかん)な顔をしかめて叫んだ。 「あはは、()()()()〜〜」――ハルヒさんが『いたずら大成功!』と喜んで笑う。  ……ロクライさんはサングラスを額の上へずらして乗せ、そしてその緑の瞳を、いぶかしげにコップのなかの真っ赤なジュースに向けている。 「なんじゃ…やったらめったら酸っぱいのぉ…?」 「…はは…」  当然である。  その真っ赤なジュースには、ハワイ産のザクロ、アセロラ、グァバ、そしてトマトとなかなか酸味の強いラインナップに加えて、あれだけの大量のレモン汁が入っているのだ。――すると真っ赤、とそのいかにもおいしそうで甘そうな見た目のわり、まあほんのりとした甘味がないこともないが、知らないで飲むと噴き出しそうになるくらい、舌を刺してくるような酸の刺激が非常につよいジュースとなってしまっている。 「ほれどうだ、お主も飲んでみい」  とロクライさんは何気なく、祖父にそのジュースの入った紙コップを手渡した。祖父は「うむ」と平然とした感じで、まるでおちょこから清酒でも飲むかのように、くいっとそれを一口飲んだ…――が、 「……、…、…」  すっぱ……と、祖父が何も言わずに唇をすぼめ、顔をしわくちゃにしたのを見て、その場に大爆笑が起こった。――  そしてそこに(食材をもった)じいやABC、母、コトノハさん(ちなみに深緑に赤い衣装を着たフラガール柄のアロハシャツと、白いチノパン姿)も合流…――なおじいやはこのとき「ひとり」に戻った。  そうして晴天の下の海が見渡せるテラスで、バーベキューがはじまった。  下に炭火の燃えている網の上にのせられた食材は、定番のフランクフルトやとうもろこし、輪切りのたまねぎやブロッコリーなどから――ハワイらしい具材でいうと、タロイモや(ほくほくで、少し里芋のようなねばりと甘味があった)、フリフリチキンという甘じょっぱい味付け肉、それからパイナップル(焼いても意外と甘味が増してやわらかくなり、おいしいのだ)、アンガスビーフのステーキ、ポークバックリブ、ガーリックシュリンプ(にんにく風味の海老(えび))などなど……。  どれもこれも最高だった。  それも海が一望できるテラスで、潮風にあたりながら、家族みんなと和気あいあい楽しい会話をしながら食べるとまた格別であった。  それに、なんといっても炭火焼きだ。……たとえば母も、その炭火で焼いたポークランチョンミートで作ったおにぎりを食べ、口もとを抑えながら、 「あらどうしましょう、普通にフライパンで焼くよりおいしいわ…――明日ドレスが入らなかったら、どうしましょうわたくし…」  なんて目をキラキラさせていたし。  ……ただロクライさんがそこで「まあちっとくらい太っちまって入らんでも、ホロク(ハワイの伝統的な女性の衣装、花嫁も着るらしい)かなんかをレンタルしたらええんじゃ、な。気にせず食え食え!」と、(女心のわかっていない)フォローをしたので、母は彼をキッと睨んでいたが……。 「何、なんじゃ? なぁにをそんな怖い顔を…」 「はは…」としかし、コトノハさんが母にほほ笑みかける。 「テルは細いから、少しくらい食べすぎても大丈夫さ。…あの素敵なドレスが無駄になってしまうことなんか有り得ないから大丈夫。――そもそもあれだってオーダーメイドだというのに、貴女の体型じゃ少し余っていたくらいじゃないか。」  はい百点満点の回答はこちら。やっぱりわたくしの旦那様は素敵…――という感じで、コトノハさんのこのフォローに母はすぐ機嫌を直した。  まあロクライさんは伴侶も夫、つまり男性の祖父なので、女心はいまいちわからないのかもしれない……が、…といってコトノハさんは父であるロクライさんに(も)育てられているはずなんだよな……謎は深まるばかりである。  それから……、 「やだっ…酸っぱ!」  と母もハルヒさんの「真っ赤なクエン酸ジュース」の罠に引っかかるも――さすが「母」――、彼女、それだけで「犯人」を察し、すぐさまハルヒさんを睨みつけたのだ。 「シタハルっ…どうやってこんな酸っぱいものを作り出したのあなた、…」 「えー? どうやってってぇ…」  とハルヒさんは上のほうを見やる。 「うんと、アセロラと…ザクロと…レモンとぉ…、あと、グァバ…。あ、…トマトも入れたっけ……」 「…なんですって」  なんて母が怒ったような顔をする。 「……じゃあ美容にものすごくいいんじゃないこのジュース…――もう少しいただくわ。」 「……、…」  ……いや、多分ハルヒさんはただただ酸っぱくしようとそれらの材料を選んだのだと思う(美容によいジュースになったらしいのは、あくまでも結果的なものである)が、このあと母は真剣な顔をして、何杯もそのジュースをおかわりして飲んでいたのだ。――それこそそのジュースを、「あなたもちょっと飲んでみてちょうだい」と母に手渡されたコトノハさんが、 「……、…」  く、と飲み…――その青白い瞳を上のほうへ向けてやや考えてから……、 「ぶ…――ッ!」  と盛大に噴き出すほど酸っぱいジュースを……。  ……母の美容への執念、恐るべしである…――

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