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 覚えて…――覚えて、いる。  日本という国、日本の神々、そして日本人の始祖――「国産み・神産み」という壮大なる偉業をなんとたった二柱で成しとげられた、偉大なる日本の父母神・伊弉諾(イザナギ)の大お父様・伊弉冉(イザナミ)の大お母様は、僕とシタハルとがいよいよ結婚をするというその前に――元祖「運命られた夫婦神」として、ご自分たちの経験をもとにしたある教訓を僕らに話して聞かせてくださった。 「――わたしとてその昔は、その精神の弱さから最愛の妻の心を傷つけてしまうような、若く未熟な夫神(おかみ)であったのだ……」  とイザナギの大お父様は難しい顔をされ、腕を組みながらおっしゃられた。なお彼はこのとき頸珠(くびたま)勾玉(まがたま)のネックレス)に「(きぬ)」と「(はかま)」、「()」など神の装束一式を身につけられていた(彼の肖像画に描かれがちなあの白い衣装のことである)。  ただこの頃には角髪(みずら)という、独特な8の形の髪を両頬にくっつけたような髪型ではなく、シルバーグレーの長髪をすべて後ろへ撫でつけ、その角ばった額を清潔にあらわにされていた。――そうした大お父様はこのとき、人間の子らの年齢でいえば七十代前半といったところの風貌であったろうか。  その高く大きな鷲鼻(わしばな)、太く剛毅(ごうき)な眉と近いところにある奥二重の切れ長の目、瞳は「日の瞳」――シタハルや母上と同様の、赤味の濃いだいだい色の瞳――をもち、またその口は横に大きく、素であれば口角がやや下がり気味ではあるが、それでいて笑うとどこか「ほがらか」というのが顔いっぱいに溢れるような印象となる。  また何より、その男神の威厳のあるお顔立ちには、あまりにも永き年月がつちかった偉大な年輪、その大いなる父らしい「包容力」――神聖な慈愛の柔和さ――があらわれていながらに、それは老いによる衰えなどではなく、あくまでも「美しい永き記憶」のあらわれ、くわえていまだその目もとには冴えた若々しい鋭さも健在であり、その精悍な美丈夫(びじょうふ)ぶりとその年輪の柔軟さとがうまいこと調和している。  そして…――。 「いいえ、それはわたしとて同じこと……」  とはイザナギの大お父様のお隣に端座された、神妙な面持ちのイザナミの大お母様のおっしゃることである。  人間の子らでいう七十代前半というのは大お父様と同様、そしてその長いシルバーグレーの髪をハーフアップに、また半円のかたちにたわめられたその横髪で、蒼白いやせた小さな両頬をおおわれている彼女のお顔立ちは、――兄妹神であるからか、はたまた、あまりにも永き時を仲むつまじく共に過ごされているからなのか――イザナギの大お父様と少々似た雰囲気がある。  大お父様のお顔のパーツを小柄に、かつ華奢にしたような、凛とした威厳のある――しかし優しげな、聡明な良妻賢母の慈愛のまなざしをもつ――イザナミの大お母様のその瞳は、僕のそれとおなじ蒼白い「月の瞳」である。  また彼女は痩せ型でそのお顔も小さく、華奢な体格のちいさい女神である。彼女も大お父様と同様、女神の――大お父様のそれよりもやや華美な、こと腰から下は赤と白の布が重ねられたドレスのスカートような――装束の一式を身につけられている。 「ウワハル、シタハル…よくお聞きなさい」と静穏な調子でイザナミの大お母様が、僕と僕の隣のシタハルとを落ちついて見比べる。 「どれほど腹がたったとて、けっして夫を傷つけようとしてはなりません。…といって…ふうふ喧嘩を恐れてもいけません。それを避けて通るのではなく、ふうふたるもの幾度でも、幾度でも喧嘩をなさい…――そして…その度別れたい、もう無理だと思ったとて、恐れずにたんとそう思いなさい。…まず己のその気持ちをありのままに受けとめ、それから何ゆえ自分がそう思ったのか、その不満のありかをしかと突き止めねばならぬのです。――なぜならば……」 「……、…」  僕は彼女の顔を見つめながら、こくんと頷く。  イザナミの大お母様もこくんとうなずき返してくださり、ひとまずこう締めくくった。 「ほんに別れるべきか否かというのは、結局のところ…自分のこころが一番に知っていること…――また、それで仲直りをするとこころに決めたとても…――そのふうふ喧嘩のすえの仲直りというものは、自分のこころがわからないままでは、どうせ元の木阿弥(もくあみ)となるものなのです。」 「……へぁあ…、と、すると…」――シタハルがバカみたいなのんきな声で大お母様にこう言う。 「ひょっとして大お父様と大お母様も、昔は喧嘩されたんすか?」 「……、…」  僕は眉をひそめながら隣の弟を見、その男神のわき腹を肘で小突いた。――何を馬鹿な質問をしているのだこのマヌケは、――まさかこやつは知らないとでもいうのか、…()()()()()()()()()()()()()()()を?  ……すると、イザナギの大お父様はそのいかめしいお顔に苦笑いをうかべ、 「何、われわれとてもいまだにすることはある。百年に一度は、まだ。――しかし、必要ゆえにな。」 「ほぁあ……」 「……、…、…」  何が「ほぁあ」だこのバカ……っ。 「おほほ…」と大お母様が口もとをかくし、その切れ長の目を細めて上品に笑う。 「…あらあら、するとあなた…シタ、あなたはご存知ないのですね…、なればお話ししましょうか…」  そして彼女は「ねえ…」と穏やかな眼差しで隣の大お父様を見、すると彼は「うむ」と妻と目を合わせながら厳粛にうなずく。  大お母様もほほ笑みながらうなずき返し、それから彼女は微笑したまま僕たちを見すえた。 「…そう…、その実われわれも…昔は一度、大喧嘩のすえに離縁を決断したものでございます…――。」  そうしてイザナギの大お父様・イザナミの大お母様のご夫妻は、僕らにこうした昔話を聞かせてくださった。  それは、イザナギの大お父様の髪がまだ真っ黒であった若き頃――ひたすらに鋭い(つるぎ)のような美丈夫であった頃――、そしてイザナミの大お母様のその髪もまだ黒く、今よりももう少しうぶな乙女らしいお顔つきであった若き頃……。  まずそのご夫婦神は、「ある時点」で国産み・神産みの偉業を成しとげられた。  いや「成し遂げられた」とはいえ、それはその頃のご夫妻にとっては「道なかば」のことではあったそうだが、万物の創造をつかさどっている造化(ぞうか)三神(さんしん)――天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)高皇産霊尊(タカミムスヒノミコト)神皇産霊尊(カミムスヒノミコト)――の計画上においてはその「ある時点」……、  イザナミの大お母様の黄泉(よみ)入りこそ、ご夫妻の偉業の「達成」の段であった。  そう…大お母様は火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)という火の子神(ししん)を産みおとされた際、その神が全身にまとっていた火に女陰(じょいん)を焼かれ――黄泉入りされてしまった。  すなわち――あえて肉体の死の定められた「生き神」として地上へ降りてきていたばかりに――人間の子らの感覚でいうところ、そのとき彼女は亡くなられてしまわれたのである。  そして、運命られた最愛の妻のその「死」を嘆き憂いたイザナギの大お父様は、最愛の妻を追って黄泉の国へまでおもむく。  ところが大お父様は、彼女が己の運命られた妻神(めかみ)であってもなお、イザナミの大お母様の「女心」のわからない未熟な男神であった…――とは、イザナギの大お父様が過去のご自身のあやまちを忸怩しながらおっしゃられたことである。  というのも…――大お父様がお迎えに行かれたころ、すでにイザナミの大お母様は黄泉の国の食物をめしあがられてしまっていた。それはいわゆる「黄泉(よもつ)戸喫(へぐい)」という行為のことである。  ……すると彼女はその時点で、すくなくともその黄泉の食物が体から抜けきるまでは、黄泉の国からは出られない身となっていた。  しかしそのことを夫に伝えてもなおいまいちピンときていない。――イザナギの大お父様は「いまだわれわれ夫婦には生み出すべきものがある、愛しきわが妻よ、だからわたしと一緒に帰ろう」などとなお言いつのるばかりである。  ……するとイザナミの大お母様も、結局のところは最愛の運命られた夫神のもとへ帰りたくなり、「では少々ここでお待ちくださいませ。黄泉の国の神に相談してまいります」と答えた――が。 「けれどわが愛しき夫よ…。何卒(なにとぞ)…くれぐれもわたしの姿を御覧になられませぬよう……――。」  と念押し言いそえてから、イザナミの大お母様は奥へ――黄泉の国の神のもとへ――向かった。  ところがひとりその場に残されたイザナギの大お父様は、あまりにも妻の帰りが遅いというので痺れをきらし、ついつい髪に挿していた(くし)の歯の一本に火を灯して…――ついにご覧になられてしまわれたのである。  イザナミの大お母様の変わり果てたお姿を――。  ……(以前ハヅキとしての僕もそのように形容したが、)そのお姿を「ゾンビ」というのはまさに言い得て妙、といったところであろうか。  とにかく「ゾンビ」の姿を思いうかべてもらえば間違いはない。――そしてそのような、ある種見るに忍びないお姿、…言ってもよければその「(みにく)いお姿」を、イザナミの大お母様はだれより愛する夫神に見られたくはなかった。だから「くれぐれも見ないように」と念を押したのである。  伴侶を愛すればこそ己の美しい姿をばかりその――自分が愛した――目に映したい、…いいやそうでなくとも、せめて己の醜い姿だけは決して見られたくはない…とそう伴侶にも天にも(こいねが)う気持ちは、その実人間の子も神も、またもはや性別すらをもこえた、当然の純然たる恋心ゆえともいえよう。  ……いってしまえばこの場合、それこそはイザナミの大お母様の「女心」がゆえのことであった。  ところが当時の大お父様はその「女心」にまでは思いおよばず――彼いわく「まだまだ若き男神であったわたしの思慮が妻の切なる想いの上にまで及ばず」――、イザナミの大お母様がそのひとにだけは決して見られたくなかったそのお姿を、しかとその目で見られてしまった。  ただ、なのである。イザナギの大お父様は、愛する妻神のそのすがたを見られたとき――こうおっしゃられたのだそうだ。 「わたしはなんという醜く(けが)れた国までやって来てしまったことか!」  そう……彼は決して変わり果てた姿の妻を「醜い」と言ったのではなかった。――彼が「醜い」と(ののし)ったのは、あくまでも妻の背後にひろがる、魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)のはびこった黄泉の国の様相であったのだ。  ちなみにイザナギの大お父様は「無論ひどく驚いた」という。――率直にいえば、妻もまた恐ろしい姿になり果てたように見えた、と。  しかし、イザナギの大お父様がそれより何より恐れたのは、――それでなくとも誰より信じていた夫が自分との約束をやぶったばかりか、その夫神に一番に見られたくなかった姿を見られてしまったことで憤慨し、たちまち鬼神化されたイザナミの大お母様の、 「よくも…よくも約束を破り、わたしを(はずかし)めたな!! ほんに醜いのはそなたのその心よ! 私はいよいよそなたの本性を見た!」  この今に自分を絞め殺さんばかりの気迫であった、という…――。 「そ…そのようなことを申すのであれば、われわれは別れる他あるまいな、…」  と……イザナギの大お父様は逃げ出す直前、思わず、しかし何とか声をふりしぼって言ったんだそうだ。  というのも、彼はとっさ約束を破ってしまった自分を恥じた、が、それより何より『殺される、』と危機感をおぼえて狼狽(ろうばい)したと。――『まずい、これは逃げねば、わたしは道なかばながら妻に命を奪われる、…っ喰い殺される…っ!』と……。  それも必死に逃げている自分を、憤怒のあまり恐ろしい鬼気迫る勢いで、喰い殺さんばかりの勢いで怒涛(どとう)のように追いかけてくる、鬼神化されたイザナミの大お母様…――するとますます殺される、という大お父様の恐れはつのり…――そしてよもや自分を殺そうとしているとしか思えない妻に、もう無理だ、(約束をやぶった自分が悪いとはいえ)そのような殺意をまでいだかれてはもう一緒にはやっていけない、と、…いうことで……ご夫妻は離縁にいたる。  命からがら逃げのびた大お父様は「千引(ちびき)の岩」で道をふさぎ、大お母様の行く手を阻んだ。――そしてその大岩ごし、 「ええいよく聞けわが妻よ! これよりわれわれは離縁とする!」  などと…そう、今風にいったら「離婚宣言」を一方的に切りだした…――というよりかは、イザナミの大お母様に押しつけた。  ……ところが…なのであった。 「なんということ…っ! あぁわが愛する夫よ、なんというむごいことを…っ!」  とイザナミの大お母様はその大岩ごし、彼のその身勝手に失望した――そもそも彼女は大お父様を殺そうとして追いかけてきていたのではなく、(別れよう、などと言われたので)未練ゆえに、彼のことを引き留めようと追いかけていただけだったんだそうである――。  ……そして彼女はついカッとなってこう言った。 「…いいでしょう愛するわが夫よ、――そのような勝手なことを(おっしゃ)られるのであれば、わたしはそなたが治める国の者を、日に千人は絞め殺して差し上げましょう!」  すると大お父様もカッとなってこう返した。 「勝手にしろ…っ! もう勝手にすればよい…っ――ええいよく聞け愛するわが妻よ、…御前(おまえ)がそのような真似をすると言うのであれば、わたしのほうは、我が国に日に千五百人生むことにした! よいな!」  無関係な人間の子らをなぜか巻きこんだ、売り言葉に買い言葉…――だのにお互いの呼び方は依然「愛するわが妻・夫」……。  失礼ながら、お互いに未練タラタラである……。  しかも…――。 「ここから先には絶対に入るなよ!」 「…………」 「よ、よいな! ……よいなと聞いている!」 「…………」 「おいっ! おいわが愛する妻…いや、…妻…というよりか、――い…伊弉冉(イザナミ)、聞いておるのかっ…! 伊弉冉(イザナミ)! おい!」  ……そうして(岩越しに)イザナミの大お母様に大シカトをかまされまくったイザナギの大お父様はいら立ち、『何も無視することはなかろうが…っ! クソ、』と、捨鉢にこんなことまで吐き捨てたそうだ。 「このっ……わたしが御前の死に泣き惑ってしまったのは、…っこのわたしの精神が弱かった故だ!」 「…………」  しかし大お母様はそれをもシカトする。  いわく(めちゃくちゃむかっ腹が立っていたため)せめて負け犬の遠吠えにしてやりたかったそうで……ただ完全なるシカトではなく、彼女は『ふんッ何よそれ! メソメソしながら追いすがってきたのはそっちのくせに、…もう知らない、口も聞きたくない』と思いはしたものの、最後の情けで泉守道者(よもつちもりびと)という使者に伝言をたのみ、イザナギの大お父様へ申し伝えられたことがあるという。     ◇◇◇  皆さま、いつもほんとうにありがとうございます!  さてお知らせなのですが、たくさん考えぬいた結果、現在休載中である他二作品(「ぼくはきみの目をふさぎたい」ならびに「ぼくはきみに鍵をかけたい」)の更新を再開させていただくことにいたしました。  その理由といたしましては、 ・現在休載中であるにもかかわらず、そちら二作品をお待ちくださっている皆さまが、応援のおきもちをそちらにお届けくださっていること。また随分そちらの読者さまをお待たせしてしまっていること。 ・当作はもともとコンテスト用に書きはじめたものであり、上述二作品の休載は、コンテスト中における当作の更新に集中するためのものであったこと。  以上二点の理由から、上述二作品の更新を再開するとともに、もちろん当作の更新もつづけてまいりますこと、ここにお知らせさせていただきます。  ただ僕の時間や体力のかねあい上、どうしても一日に一作品しか更新ができませんため、 「春さる神代の記憶(略)」→「ぼくはきみに鍵をかけたい」→「ぼくはきみの目をふさぎたい」→「春さる神代の記憶」……という順番にて、一日一作品ずつ更新してまいります。  したがって、当作はこれから最速で二日おきの更新となってしまいますこと、当作を楽しくお読みくださっている皆さまにお詫びしますとともに、皆さまにはなにとぞご了承いただければ幸いです。  また「最速で」と申しましたとおり、僕のコンディションや私生活などによっては、それ以上のお時間をいただいてしまうこともあるかもしれませんが、できる限りつとめて「二日おき更新」を目指し、がんばらせていただきますので、今後ともどうぞよろしくお願いもうしあげます。  それでは以上、お知らせでした。  皆さま、季節は春めいてまいりましたが、まだ寒い日もございますので、どうぞお体に気をつけて、元気に! 春をたくさんエンジョイされてください!  皆さまがいつもお幸せでありますように〜〜! 🫎藤月 こじか 春雷🦌

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