141 / 150

139

 イザナミの大お母様がイザナギの大お父様へむけ、泉守道者(よもつちもりびと)という使者に頼まれた伝言…――それはこうした内容のものであったそうだ。 『あなたはいまだわれわれには生み出すべきものがあるだなんぞと申しましたが、あれほど国を産み神を産み、もうわたしは沢山でございます。どうしてこれ以上子を望めましょう。よってわたしはこの黄泉の国に留まり、あなたと共には参りませぬ(※要約・愛想が尽きました。もうあんたなんかとは金輪際えっちしません。つまりわたし、もう二度とあんたの子なんか産みたくありません。離婚もしたいならあんたのお好きにどうぞ。少なくともわたしたち別居しましょ)。』  ……それを聞いたイザナギの大お父様は大変ショックを受け、そこに無言で立ちすくんだという。  いやしかし…ご自分から離縁宣言をされたのだろうに、とは思わざるをえないが…――結局これでいざ妻に「本当の終わり」を突きつけられ、少し我に返ったら、『ほ、ほんとうに…これでよかった、のか…』とだんだん果てしれぬ虚無感が足もとからこみ上げてきたんだそうである…――。  ただここで、ちょうど大お父様のそばを通りがかった菊理媛神(ククリヒメノカミ)という賢い女神が、彼にこそこそと耳打ちした。 「どうぞ悪しからず…ちょうど通りがかった折、少々お二方のお話を小耳にはさみましたゆえ、つつしんで申しあげまする…――あたくしも女神ゆえにわかりますの。全ては男を愛する女心がゆえのことでございますわ。…時が経てば伊弉冉尊(イザナミノミコト)も、あなた様という偉大なる男神の愛を思い出され、夜ごと枕を濡らすほどに今のお言葉を悔やまれることでしょう…――。」  すると大お父様はククリヒメさまのその言葉に上機嫌になって、 「そうか…それは良いこと聞いた。褒めてつかわす」  と…まあ要するに『ふんざまあみろ、逃がした魚は大きいぞ伊弉冉(イザナミ)、存分に悔いるがいい!』と――せいせいした気持ちで、その場を去られたんだそうである。  ところが…――なのであった。  人間の子らの多くは、彼らご夫妻をそうして永遠に離縁されたっきりの、いわば「離婚した夫婦(神)」だと勘違いしているが…――ご夫妻で(まつ)られている神社が二百以上地上にあってなお、(たた)りもなにも起こっていないように…――実は(人間の子らの知らないところで)ずいぶん前に復縁されている。  あのあと…――黄泉の国からおひとりで帰られたイザナギの大お父様は「穢れた国を見てしまった」というので、清らかな川で(みそぎ)をされる。  そしてそれによって彼は次世代の統治者たる三貴神――天照大御神(アマテラスオオミカミ)月夜見尊(ツクヨミノミコト)建速須佐之男命(タケハヤスサノヲノミコト)――を生みだされたが、そののちすぐ天寿をまっとうされ、おひとりでの隠居生活をはじめられた。  のだが…――その頃、黄泉の国の女神ともなられていたイザナミの大お母様と彼は、  結局わりとすぐに再会することとなる。  それはなぜか…――?  国産み・神産みの偉業をなし遂げられたそのご夫婦神には、まだ「仕事」が残っていた…――というよりかは、あらたにそれが課せられた。  ……神としての人間の子たちのサポートである。  神代という(神にとっての)一時代が終わり、それから次第に「神」という存在が、人間の子たちにとっての遠い存在――目に見えない存在――となったころ、彼ら夫妻にも、人間の子らに利益(りやく)をさずける…というその仕事が任せられることとなった。  しかしそれのみならず、イザナギの大お父様は、あらたな人生を歩むこととなる人間の子の魂を地上へ降ろしてできたての肉体へ入れ、またイザナミの大お母様は、寿命をむかえた人間の子の肉体から魂を優しく抜きとる…――いずれにしても造化三神のさだめた通りに…――という仕事を(あの喧嘩の内容にインスピレーションを受けた創造主に)任せられたのだが、…そもそも生と死は隣り合わせのものである。  生なくして死はあらず…――死なくして生もあらず…――それとこれともまた陰陽の関係性にあり、そして陰陽といえば夫妻の関係性を彷彿ともさせることだろう。…すなわち生と死というものにおいても、あるいは「夫婦関係」にも例えられる。  しかし、…といってもイザナミの大お母様のお役目は、単に人間の肉体に死をもたらすだけのことではない。彼女は母神として胎児の育成にも関わっている。  すなわち…――女性の子宮内に芽吹いた胎児の肉体に魂を入れる大お父様と、その胎児を育てる大お母様…――さらにその子が生まれいでたのちは、生ある限り、死のそのときまで面倒を見る両神…――つまりその二柱がどちらも欠けずそろわなければ、またその二柱がどうにも協力しあわないことには、そもそも人間の子の「生と死」をつかさどれない、という状況になったのである。  ……結局のところ彼らもまた運命られた夫婦神、すると彼らにおいても、はなから離れようにも離れられない運命にあるのだった。  ということで(一旦は)仕事仲間として、わりにすぐお二方は、改めて顔を合わせることとなったそうである。  しかし、ひさしぶりにイザナミの大お母様と再会されたイザナギの大お父様は…――。 「ああ……ま、まさか……御前、なのか……――?」  と目を見開き、非常に驚いていたそうだ。  ……自分の記憶のなかの姿よりも格段に、光り輝くように美しくなって目の前に現れた、イザナミの大お母様のその美貌に。  それについて大お母様はこうおっしゃっていた。――「男に悔しい思いをさせられた女は、〝ええい、あの時よりもうんと美しくなって、あの男を見返してやる〟と意地になるものなのですよ」  ……実はイザナミの大お母様は、必要性あって黄泉の国の食物を絶たれていた。  それは、死をもたらす女神としての仕事だけならばまだしも、母神としてのお(つと)めを果たすためには――また大お父様と再会のち、ある種そのひととビジネスパートナーとしてやっていくためには――、(黄泉の国を本拠とするつもりでも)しばしば天上に戻る必要があったからである。  するとたちまち(ゾンビのようだった)彼女の姿は、以前大お父様が愛された美しい女神のそれと戻られた…いや、…それどころか大お母様は、そのひとを見返してやろうと(これもまた一種の女心によって)さらなる努力をし、その美貌をより輝かんばかりに磨き立てられたんだそうである。  そして大お父様はそのときの衝撃を回顧し、こうおっしゃっていた。――『二度も一目惚れを経験するとは思わなんだ』  そうしてイザナギの大お父様は思いがけず、在りし日の、あの光り輝くようにお美しいイザナミの大お母様と再会された…――どころか、それよりも「うんと美しくなった」大お母様と再会され、…結果彼女にふたたび一目惚れをされた、と。  それも…――結局のところ大お父様は、ずーーーっと未練タラタラ……なんと(隠居先で)泣き暮らすようになったのは、まさかの大お父様(リタイア後、ひとりでのんびりと空白の時を暮らせばなるほどいやまさる孤独感、そして最愛の妻への未練、あのときの後悔、忸怩、それから猛省…)――かと思いきや、それは大お母様も同じこと……。  ……そもそもあの((あわ)れ、無関係もはなはだしい人間の子らがとばっちりをくった)夫婦喧嘩とて、ほとんど売り言葉に買い言葉…――彼らがいさぎよく、心から離縁を望んでああした激しい言葉を交わしあっていたか、というと(愛しいわが妻・夫と呼び合っていたように)、それは果たして疑問である。  そうしてあれほどの夫婦喧嘩をしてもなお、イザナギの大お父様・イザナミの大お母様の両神が愛してやまないのは結局のところ、いつまでたってもお互いのみ――とはいえ、運命られた夫婦神なのだからそれも当然か――。  ましてやその気の遠くなるような疎遠の時間、ただただ後悔をつのらせながらも一途に想っていた妻が、それも以前より美しい姿となって「帰って」きたのだから…――イザナギの大お父様にとってその「奇跡の再会」は、号泣されるほどに喜ばしいものであったらしい。 「ああ…あぁ伊弉冉(イザナミ)よ、すまなかった、すまなかった愛しきわが妻の(みこと)よ、わたしが悪かったのだ、…未熟な男であったわたしをどうか許してくれ……」  と頭を下げられたイザナギの大お父様と…――、 「いいんです、いいんです、もういいんですあなた…あぁ愛しきわが夫の(みこと)よ、わたしもあのときはどうかしていました、…どうぞ、もう過去のことは水に流しましょう……」  ――と、あれほど傷ついてもなお、大お父様を涙ながらに許されたイザナミの大お母様は、  しかも、申し分ない時間を経ていれば当然お互いに冷静そのものであったと、お二方はおっしゃられ…――いや。  ……冷静?  ……本当に、冷静…――だったのだろうか?  余談だが…これは酒の席で、ほろ酔いのアマテラス様がなかば笑い話として愚痴っていた話である。  ある日、「話がある」とアマテラス様のもとへやってきたイザナギの大お父様とイザナミの大お母様は、…隙間のないほど密に寄り添いあって、アマテラス様のまえに現れたのだという。 「ということで…ね♡」  と…イザナギの大お父様の腕を胸にだき、彼をあまぁい笑顔で見上げたイザナミの大お母様…――大お父様はデレッデレの笑顔で「うん♡ ね♡ ね♡」 「けれど…わたしが言ってもいいの、ねえあなた…?♡ やっぱりこうした大切なことは、男神のあなたからおっしゃられるべきではないでしょうか…♡」 「ううん…♡ ううん…♡ ヨミちゃんが言っていいよ?♡ ヨミちゃんから言ってよ♡ 女神は男神のあとだなんて、もうそんなのはあんまり古い風習だよ♡」 「ほんとう?♡ うふふっ…♡ すてき…♡ ありがとうナギちゃん♡」  そうした感じで……復縁直後は(今の落ち着かれたおふたりからは想像できないほど)とんでもなくいちゃつき散らかしていたそうで…――。  そして…「じゃあわたしから言いますね…♡」とイザナミの大お母様は(報告相手、この国の最高神にしてかつ娘の)アマテラスオオミカミ――ちなみに彼女は聡明な切れ長の目をもつ凛々しき、かつ麗しき黒髪の女神である――を見据え、 「ということでアマテラスちゃん♡ ――母上と父上、復縁しました〜♡」 「……え…?」  ……アマテラス様はにわかに信じられなかった、という。 「は、…し、しかし父上と母上は、(わたし)が生まれる前に…」 「あ〜もうよせよせ、過去は過去よ。なあ…これからわたしはヨミちゃんと末永く仲良く、改めて夫婦神として暮らすから。…なんならわたしの主たる神社にもヨミちゃんを鎮座させるように。――それと、他にもバンバン夫婦で祀った神社を造ってくれて構わんぞ。…な♡」 「ええナギちゃん…♡ ――んーー…♡」 「……ヨミちゃん…♡ ――ん〜〜…♡」 「っあ、あの…我の前で接吻(せっぷん)はよして…! ――というか、」  我これでもめちゃくちゃ忙しいし、(あと両親のいちゃつきとか見たくないから、)もう我の前でいちゃつくんなら帰って……! とは、アマテラス様いわくのことである。  ……そう…もう一度「一目惚れ」をやり直したというのもさることながら、その離れていた時間というのがまた、お二方の愛を深める(こころよ)い刺激にもなってしまったのだろう…――。  すると他の神々が気がついたときにはもうすでにそうした感じで、いつの間にやら…――つねに二柱で隙間もないほど寄り添いあい、『え〜?♡』『もう〜♡』なんて(付き合いたてのバカップルのように)いちゃいちゃ、いちゃいちゃ…――誰がどう見たってすっかり復縁されていたどころか、以前よりやたらとラブラブ…、その「バカップル状態」はしばらくのあいだ続いたんだそうである……。  まあそうして晴れて復縁を果たされた――イザナギとイザナミの大お父様・大お母様は…今や高天原(たかまがはら)で、以前よりもうんと仲睦まじくなった夫婦神として過ごされているのであった。  ……あるいは、あの夫婦喧嘩のおかげで…――

ともだちにシェアしよう!