153 / 158

151

 ――ただ強がっていただけである。  もっとも、シタハルが雷の起こりにおびえてすぐに逃げ、押し入れに閉じこもっていたのは本当のことだ。  そして本当に、そこで恐怖をしのいでいる弟のそばにいた、…いや、弟とともにそこに閉じこもって隠れていた僕は、「シタハルが怖いんじゃしょうがないから、兄としてそばにいてやらねば」という、その押し入れに自分もいてもよい大義名分を、その怖がる弟によって幸いにも得ていた。が――しかし本当は自分も雷が怖かったので、その真っ暗な閉鎖空間で、シタハルとくっついていることでやっと、その震え上がってしまうような恐怖をしのげていたのだった。  とはいえそれと同時、僕はあんまり怖がるシタハルの前では無理にも強くあろうと――それには意地やプライドも大いにあったが、なにより兄の僕まで怖がっては、弟はもっと不安になってしまうだろうと――、雷なんてへっちゃら、ちっとも怖くない、むしろ楽しい、だなんて、そうして平気がっていた。 「ぅうぅ、…っ」  それだから僕は怖がって即座にうずくまり、両耳を手でふさいだ。――ましてや遠雷よりも増して、この至近距離でのすさまじい雷鳴と稲光は、僕の恐怖心をまる裸にするには十分すぎるほどのものであった。  しかし、タケ爺はそうしてしゃがみこんだ僕に、熱血な(意味不明の)なぐさめを、怯えた僕の上にこうかざした。 「ほおおれウエ! そう怖がるな、雷は怖いだけのもんじゃあないんじゃ! なぜってのお、この建御雷(タケミカヅチ)のじいじが鳴らしとるもんだからじゃあ!! ――それ一緒にやってみたら怖さなんざすうぐ吹きとんで、かえってきっと楽しいぞお!! さあふたりとも一緒に、――そおおおれ!!!」 「そおおれ!」――シタハルが両のあめ色の拳をかがけてちょっと飛び上がり、タケ爺の真似をしてそのひとと同時、その二つの拳を足もとの雲に叩きつける。  ――ドオオオオ…ン!!! 「……っ! ぅ、うるさいよぉ…っ!」  しかし僕はしゃかみこみ耳をふさいだままそう、あくまでも強がって迷惑そうに文句を言った。――ゴロゴロゴロ…と雷の(うな)り声が、足下から聞こえてくる。 「そうじゃ!! 目が覚めるようだろうウワハル! この(とどろ)く雷鳴! この(まばゆ)き雷光! ――世の中にはのお、ときどきせっつく役が必要になるもんなんじゃ! 穏やかに眠ってばかり、(なま)けてばかりじゃならんこともある!!」 「……、…」  僕はしゃがみこんだままふと顔を上げ、隣のタケミカヅチそのひとを見上げた。  ……そのひとは、口からはみ出すほど長い鋭い鬼の牙が上下左右に生えていてもなお、またその白目が黒く、その瞳がいつの間にか真紅から青白い強い光と変わっていてもなお、見覚えのある「タケじいじ」の顔で僕にニカッと笑いかけた。 「さあ目を覚ませ!! 忘れるなウワハル、これぞ万物の魂の目を覚まさせる〝神鳴り〟よ!! ――そおおれ!!!」  またタケ爺が足もとの雲に、両手のバチを叩きつける。ビカビカッとあたりを明るませる閃光がほとばしり、ドオオ…ン!! と雷がまた地上に落ちる。  そしてふたたび身を正したその男神は、雷をやどした片方のバチを天へかかげ、それを力強い笑顔で見上げた。 「雷ってのはのぉ、そりゃあ当たりゃあ大怪我、爆音に(まぶ)しい稲光と、そりゃあ恐ろしかろうがのお!! ――しかし〝稲妻〟というように、地上に、地上の万物に力を与え、作物を豊作へと導き、生き物の目を覚まさせ、更には、身を守ることの大切さを教える、大事な大事なもんなんじゃあ!!」 「……、…」  僕は呆けていたが、おもむろに立ち上がった。  タケ爺を初めて格好良い、と思った。――というのも、タケ爺はいつも僕たちにはでれでれと(だらしないくらい)鼻の下をのばしている、ひたすら優しく、しかしちょっとしつこい「じいじ」だった。  ……しかしこのときの彼は本当に格好良かった。見直した、といってよい。 「平和のうちにゆめゆめ忘れるな!!」と言いながら、タケ爺はまた二刀流の構えをする。 「雷の力は恐ろしいもんじゃが、一方で、自分の内の〝本当に大切なもの〟を気が付かせるもんよ!! 雷に当たってはならぬのは誰じゃ! 雷から守りたいもんはなんじゃ! この雷でお主は何を心配している!! ――ほら今すぐに! 雷がゴロゴロと鳴って警告をしているうちに、それを守りに駆けてゆけ! ――そしてこの閃光に照らし出されたそれを忘れず、これからも大事に大事にするがよい!! さあ、そおおおれえ!!!」 「そーーれえ!!」  とタケ爺と一緒に雷を落とした(真似をした)シタハルが、すっくと立ち上がって僕を見る。――弟の高揚した笑顔は、もうこの雷をちっとも怖がってなどいない。 「やってみたらさ、ねえ、近くで見てみたらさ、案外、こわくないよウエ。…やってみようよ、ウエも、一緒に。」 「……うん!」  僕の気持ちもいつの間にやら高揚していた。もう恐怖はなかった。――僕は腰にたずさえたひょうたんを取り、弟に目配せした。弟もうなずいてひょうたんを取った。  この「神鳴り」は、僕たちの大好きな優しいタケじいじが、地上に豊かなものをもたらすために起こしているものだった。――平和という地中で眠りこけた万物の目をハッと覚まさせ、万物にそのすさまじい力を分け与えてやるためのものだった。 「平穏なる平和の中でこそ見失いがちな、自分の大切なものを、急ぎ守るんじゃあ!! 雷鳴と雷光の驚異をもって、早う本当の幸せっちゅーもんに気が付くんじゃああ! ――よいかゆめゆめ忘れるな! その平和は、自分たちが守ろうとしなければ、決して保たれないものよ!!」  それに脅しているのではない。この大きな音と光で警告しているのだ。何か大事なことを思い出させようとしているのだ。――そしてゴロゴロという遠雷で、そろそろ大雨が来るぞ、雷がくるぞと教えてくれているのだ。  タケ爺の雷は格好良くて優しい。  音があり、光があり、雨がある。  心が、ある――。 「それに、怖かろうが、嫌だろうがのお!!」とタケ爺がすがすがしく笑いながら叫ぶ。 「時には恐れに、己に、敵に打ち()ち、闘志をもって立ち向かわねばならんことがあるもんじゃ!! まずやってみよ、空を切り裂く雷公の気になって本気で挑め、やる前の恐れに負けるでない!! 時にはうだうだと頭で悩むより動け、稲妻のように素早く動いて()りに行け!! さあ心のまま、迅雷(じんらい)のように決断せよ!! 決断しながら迅速に駆け抜けるんじゃ!! ――ワシはこの〝神鳴り〟で万物の目を覚まさせ、恐るべき強大な力を与えてくれよう!! その身の内に宿るその闘志を、その生命力を、その夢見る心を、このワシが目覚めさせて、後押ししてくれよう!! さああ…」  タケ爺が雷鼓と雷でつながった両手のバチを、また雲に叩きつけようとかざした。  僕も固くにぎった拳とひょうたん――バチの代わり――をかざし、シタハルも同じくかざした。 「「「――そおおおれ!!!」」」  ……ドガアアアア…ン――!!!!!  真っ白というほど、ひと際まばゆい閃光で雲の中が満ち、またひと際大きな雷鳴がとどろいた。 「そおれワシと孫たちの力を見たか、ガあッハッハッハッハッ!!」――タケ爺は嬉しそうに、腰に拳をあてて天をあおぎ、大声で笑った。 「「がっはっはっはっはっ!」」  僕たちも体勢にいたるまでそっくりに真似し、…そうしてみんなで豪快に笑った。  ……それからはみんなで、 「さあー行くぞかわいこちゃんたち!! もっともっとお! そおおおれ!!」 「「そおおおれ!」」  ドーーーン…!! ――ゴロゴロゴロ…。 「ガッハッハッハッハッ!」 「「がっはっはっはっは!」」  ……と、これを大変楽しく、真夜中になるまで繰り返しつづけた。  そして僕たちは家に帰ってから、興奮気味にタケ爺のすごさや、雷のすごさなどを父母とフツ爺に聞かせ、…そうして僕たちの雷嫌いは克服された。  いやむしろ、それからはしばしば…――。 「ねぇじいじー、まだ雷鳴らさないのぉ?」  とまた別のよく晴れた夏の日、僕は龍神となったそのひとの背にまたがり、そのひとの角をつかんで、待ち遠しいあまりに少し上半身を傾け、龍神となったそのひとの顔をのぞき込んだ。  僕の腰をつかんでいるシタハルも「そうだよぉ」と身をかたむける。  しかしタケ爺は「おお」と苦笑いをする。 「落ちんようにな、…まあ〜〜落ちたって絶対とっ捕まえてやるがのお!」 「…ねえってば、雷は? ねえねえねえ!」  と、しかし僕は脚をバタバタさせて、またがっているタケ爺の体をその両脚で軽くたたき、せっついた。シタハルも真似して両脚をバタバタ、 「ねえはやくう〜〜、早く〝そーれ〟しようよぉ〜」 「おお、おお〜このやんちゃどもめ、ハッハッハ、やめなさいやめなさい、危ないでしょうが、…ま〜元気じゃのお全く、ワシの可愛い孫たちは、…いや…――しかしのぉ……」  としかし、ここでタケ爺がしゅんとする。 「ウエ、シタ、じいじだってかわい〜〜かわい〜〜お主らのために、ここでおっぱじめてやりたい気持ちは山々じゃ…――しかしじいじのお、実は地上じゃ決められているところで、決められただけの雷を鳴らさんと、偉い神たちにそりゃあ〜もうこっぴどく怒られちゃうんじゃあ…」  ……というのも、実は初めのあの日…――タケ爺は僕たちと一緒に「仕事」をするのがあまりにも楽しすぎたらしく…――天上に帰ってすぐアマテラス様に呼び出され、『おいっやりすぎだこの大馬鹿者め…っ、此度(こたび)は幸い被害無く済みはしたが、不要に人の子や動植物が生命を損なったらどうするのだ!』と、…要するに予定されていたより多く、長く雷を落としてしまったらしいタケ爺の身には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだそうである。  ……しかしそれを知らなかったこのときの僕は、「そうなんだぁ」とあまり同情もせずに言った。 「天照(アマテラス)さまに怒られちゃうの?」 「いかにもそうじゃあ。のお、大好(だぁいす)きなじいじが怒られちまったら、かわいそうだと思うじゃろうが?」  そこでシタハルがこう言う。 「うん…、じゃあもうついた?」 「まぁだ。まだまだ…こんっな晴ればれとした青空が一面に広がっておって、ど〜してもう着いたと思うんかのぉ」 「……えー…、――わぁー手がびちょびちょぉ…」  とシタハルはがっかりした気分転換に、雲の中に手を差し入れ、手が濡れるのを楽しみはじめる。  しかし今度は僕が、 「ねえ、もうついたんじゃない? 早く〝そーれ〟しよーよお!」 「まぁだじゃ。さっきも言ったじゃろうて、もうちょっと。…全くもう、かわいーのおウエとシタは、ククク…――もうちょっと先にいかんと、〝そーれ〟は出来ないんじゃ。すまんのお…」 「「えーっ、早く〝そーれ〟したいよお〜〜!」」  まあ……といった具合に、僕たちはそのひとが仕事にいくとなると、しばらくは毎度のように、一緒に連れていってくれるようねだるまでになり、――するとタケ爺もまんざらでもなく、こうしてよく仕事に連れていってくれたのである。  そうして僕たちは雷嫌いから一転、タケ爺のおかげで、雷好きになったのだった。

ともだちにシェアしよう!