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 白亜のチャペル――真上のガラス天井から射しこむ、南国の昼の陽光がまばゆい真っ白な講壇の前にしゃがみ込んでいる僕は、透きとおった海水とベージュの砂に散りばめられた貝がらや珊瑚のすきまをすばやく、直線的に、ピュッ…ピュッと泳ぐ色とりどりの熱帯魚が、あるいは、ひらりはらりとなめらかに優雅に泳ぐその熱帯魚たちが(こと)に美しい、この「海のバージンロード」――その陽に照らされて水光ゆらめく、ガラス張りの床に立った十センチ足らずの小さな男神、… 「っとに、オイッシタ! オメーやっぱり反省してねェじゃねェかこのクソッタレ、…まァた性懲りもなく風吹かせやがって、コンチキショーめ!」 「…えぇ〜? んーん、反省はしてるってばぁ〜…――あはは…っ、だってしょうがないじゃぁーん…? 少彦名(スクナビコナ)のおじさんも知ってるでしょぉ…? 俺、感情がたかぶるとすぐ風吹かせちゃうの…、春風の神でもあるからぁ…――てかさぁ、今の風では別にぶっとばなかったでしょー…?」 「チッ、そういう問題じゃねェ!」  ……などと、僕の隣にしゃがみ込んでいるシタハルとじゃれあうように喧嘩をしている――というよりか、弟に一方的にからかわれて(いつものことながら)癇癪(かんしゃく)を起こしている――黒いタキシード姿の、そのスクナビコナのおじさんをなごやかに眺めおろして、 「――ふふふ…、……」  と思わず含み笑いをこぼしながら、目を細めた。  精霊さん――いいや、厳密にいえば「お酒の精霊さん」――結局彼は、僕たちにとってはいつまでも「精霊さんのお友だち」なのであった。  そして、あらためてこの男神との「記憶」を回想してみて思うに、何というか、スクナビコナのおじさんは結局「可愛い」のである。――なおもちろん僕のいう彼へのこの「可愛い」は、動物や子ども、本物の精霊たちへのそれでもなければ、まさかマスコットキャラクターへのそれであるはずもなく――ぶっきらぼうで無愛想、癇癖(かんへき)もちで、ついでに酒豪で口もすこぶる悪いがしかし、それ以上に憎めないところが数えきれないほどにたくさんある、という意味での「可愛い」なのだ。  ……僕の含み笑いを聞いたスクナビコナのおじさんが、「何笑ってやが…」と文句を言いかけながら、はたと僕へ顔をあお向けた――が、しかし彼は僕の目を見たとたん、「ンだオメー…?」といぶかしげな顔をする。 「……? (いわ)く、オメーはまだ人間・天春(アマカス) 春月(ハヅキ)――要はオメー、まだ神としての自我を取り戻せてねェんじゃなかったのかよ? ――だがその目…その傲岸(ごうがん)な鋭い伏し目、――その目つきァどう見たって間違いなく、あのいけ好かねェウワハルのソレだぜィ……」 「……、――ぁ……」  ところが……その男神の指摘をきっかけに、僕は今にはたと(ハヅキ)にかえった。 「……は、…はは…、…、…」  すでに思い出していた「記憶」をふたたび思い起こすだけでも、「戻って」しまうものなんだな…――まあ今もある種のトランス状態といえる、「追体験」型の思い出し方ではあったので、あるいはそれのせいかもしれないが…――何にしても、…  僕は困惑と焦り、そして何よりの怯えとで眉尻を下げながらも思わず笑ってしまいながら、またしきりに片手で後ろ髪をもみつつ、慌ててスクナビコナノミコトにこう早口で詫びつつ弁明する。 「あ、はは、すみません、…何か僕、今感じの悪い目つきで貴方を見てしまっていたようで、…いやそうなんですよ、――実は僕、〝神の記憶〟を思い出したあと、…まあいつも一時的ではあるんですが、何かウワハルに戻ってしまうらしくて…――今も、実は貴方との〝記憶〟を思い出していた…というか、…すでに思い出していた〝記憶〟を今も思い出していた…? というか…? あははは、…それで僕、自分ではそんなつもりは全然なかったんですが、…」  ……我ながら(まさか我知らず()()()()ような目つきで他人(ひと)様を見てしまっていただなんて、…と小心者ゆえの焦りと怯えのせいもあり、)説明がちょっとややこしいものになってしまった。――すると僕のその弁明のさなかに、スクナビコナノミコトは「あぁあぁ」と眉をひそめながら、僕へ向け、片手でなにかを押しさげるようなジェスチャーをしつつ、 「わァったわァった、チッ、もう何も言うンじゃねェや、…」  と(わずら)わしげにもう何も聞きたくない、と――僕の説明のつたなさも相まってか――彼をいら立たせてしまったようで、…僕は萎縮して目を伏せる。  いや…いや、…そもそも、謝るというときにヘラヘラと笑いながら…、そんなに失礼なことがあるだろうか…――。 「あ、あ…す、すみません、…僕……」 「…ううんハヅキ」すると隣のハルヒさんが僕に話しかけてくる。 「ちがうよ? だいじょうぶ。――少彦名(スクナビコナ)のおじさんはさぁ、別に怒ってたわけじゃなくて…――大好きな〝お友だち〟の君が、今この地上ではウワハルってだけじゃなくて、ハヅキっていう人間でもあるって…――ん〜だから、えっとぉ…、別人格…? なんだけどぉ、でもウワハルでもあるしぃ…でも、今はハヅキでしかないからーってかんじのこと…? はわかっててもぉ、ねぇ、やっぱ〝お友だち〟にいきなり他人行儀なかんじで謝られたから、ちょっと寂しくなっちゃ……」  しかしハルヒさんのその言葉のさなか、「違ェ!」とスクナビコナノミコトが激して否定する。 「オレぁ別に寂しいンじゃねェ! やりにくいったらありャしねェってンだ、…あのウワハル(高慢チキ)ならオレに何言われたって傷付くどころか、却ってもっとドギツイ嫌味で返してきたっつーのによ、――ところがハヅキっつー人間になった途端、おどおど怯えながらオレに謝ってきやがって、…」 「……、…」  僕がチラリとその小さい男神へまた目を向けると、彼は不機嫌そうな顔をぷいっとそむけながら、「へんっ…」と腕を組む。 「……オイハヅキ、断っとくが、オレぁ今オメーさんを責めたんじゃねェや。オレぁ根っから口が悪いンでィ。…チッ、ほんとにやりにくいったらありゃしねェ、――まず責められてから謝れってンだ!」 「…はい…、すみ、ません…、……」  ……僕もわかってはいるつもりなのだが…と、また目を伏せながらうつむく。  それこそ今思い返していたあの「記憶」にも見るように、スクナビコナノミコトは一見怒りっぽい、つっけんどんな感じの性格ではあるものの――本当は熱いくらいあたたかい心をもった、いわば誰よりも義理人情に厚い神なのだ。  ただ今の僕はウワハルではなく――ハヅキだ。  そもそも、思えばたしかに僕は、スクナビコナノミコトに責められたわけではなかった。  だが今の僕は、自分に対する誰かの反応や、また誰かに嫌われてしまうことを、――間違えれば、またいじめのような目にあってしまうのではないか、との恐怖心から――過剰なくらいいちいち気にしてしまいがちな、ハヅキなのだ。  もちろんスクナビコナノミコトがそんなことをするようなひとだ、と思っているわけではないのだが、…しかしほとんど条件反射的に、もはや無意識的に、もはや相手が誰であれ、――僕はどうしてもそのあたりをいちいち気にしてしまう。  一方自信家のウワハルなら、きっとこうじゃないんだろうが……、 「……、…」  自分でも気にしすぎなのはわかっている…――あるいはもっと気楽に考えられたら、そしてもっと細かいことを気にしないで済んだなら、僕自身ももう少し生きやすくなるのかもしれないし、それこそ対する相手にも「気にしすぎだ」と、煩わしく思われないで済むのかもしれない。  ……僕はうつむいたまま眉をひそめ、しかし()いて笑いながらこう言う。 「すみません…、僕、ちょっと…いちいち細かいことを気にしすぎですよね…――あの、気を付けます…というか…、僕…、…僕は、どうしてこうなんでしょうか…――はは…、きっとほとんどの人は、こういうときもっと気楽で…、別に気にしない、んだろうに…、どうして僕は……」 「アン? ケッ、随分しおらしくなっちまって、」  とスクナビコナノミコトが、やはり不機嫌そうな低いしゃがれ声で、取りつくろおうと話せば話すほど、嫌でも卑屈めいてしまっていった僕の言葉を封じる。 「しっかしまァ、ハヅキだろうがウワハルだろうが、オメーさんがこの少彦名(スクナビコナ)様の友であることには違ェねェ。――オイ湿気(しけ)(つら)すんじゃねェやハヅキ、…別にそれでいいじゃねェか。」 「……、…」  僕はまたふと、スクナビコナノミコトを見下ろした。――彼は腕を組み、ムッとした顔を僕らからそむけたままである。 「オメーさんは気にしすぎって言うがよォ、そらそんだけ一個一個をキッチリ大事に(とら)えて向き合ってるってコトだろォが。んアァ? むしろいいコトだぜそりゃ、――まァ確かに内面の要領は悪ィ、…だがな、世の中にャぁオメーさんみてェな、人がなかなか気が付けねェようなコトに気が付ける几帳面ヤロウも必要だってンだよ。…何でかわかるか? ――このシタハルみてーにいい加減なヤツばっかじゃ、世の中しっちゃかめっちゃかになっちまうからでィ。」 「……、…」  ここで、口を少し開けたまま固まっている僕をチラリと見たスクナビコナノミコトは、少し顔を赤らめながら「なァに口ぽかーんと開けて見てやがンだゴラ、魚じゃあるめェに、」と気恥ずかしそうに顔をしかめた。が――怒ったように彼はこう言う。 「チッ…とにかくそら一個のオメーさんの能力だ、才能だ、アァ? そもそも長所だ短所だっつーのは、持ってる特徴が悪く作用すっか良く作用すっか、そンだけの話よ。…なら要はテメェでソレを良く作用させりゃァいいだけの話なンだよ、わかったか餓鬼? エェ? ――取り越し苦労だって時にャ役に立つコトもあンだ、きっとな。――だァらオメーは、()()()()()()()()()()()()()()()()!」 「……、…」  僕は彼のその叱咤(しった)にハッと、驚いたような目が覚めたような心地がして、自然両目を大きく開きながらコクコクと何度も浅くうなずいた。――するとそれを見ていたスクナビコナノミコトは、ニカッと得意そうに白い歯を見せて僕に笑いかけ、鼻先を親指でピンッとはじいた。 「オイオメー、このオレ様を見直しやがったな?」 「…はは、…はい。…ありがとうございます、少彦名(スクナビコナ)の…」 「おじさん。でィ」  彼は両手で自分の腰をつかみ、屈託のない笑顔を僕へむけてそう言った。  僕は「はいっ」と満面の笑みをうかべながら、あらためてこう、 「ありがとう、少彦名(スクナビコナ)のおじさん。」 「オウ。……なァ、ウエ。」  しかし――スクナビコナのおじさんは腕を組んだまま、僕のことを少し切ない笑顔で見上げている。 「ウエ。…どうなったって、オレたちャいつまでも〝お友だち〟だろィ。――オメーが〝記憶〟を思い出せねェくれェのコトで、オレたちの絆は揺らぎやしねェや。――なァ、」 「はい…」  と僕は真剣に、スクナビコナのおじさんの話に耳を傾ける。――彼は真剣な顔で僕を見すえて、こうつづける。 「たとい何千年前のコトだって、過去の記憶っつーのは消えやしねェんだぜ。――忘れてようが思い出せなかろうが、オメーがウワハルとして経験してきたコトはぜんっぶ、オメーの中にちゃんとある。…そいで、ハヅキとして経験してきたコトもぜんっぶ、ウワハルの中にちゃんと残る。…なァハヅキ。」  とスクナビコナのおじさんは、ここで少しだけ厳しい顔をする。 「オメーがハヅキだろうがウワハルだろうが、オメーはオメーにしかなれねェ。いいや、自分以外の何にもなりようがねェんだ。――だってのに、テメェの持ってるモンを悪いように見てばっかじゃ()()ねェ。…それを活かすか殺すかはテメェ次第、…にしても、他が持っててテメェには無ぇモンなんか数えてったって、そらキリないぜ。…それこそ、オレの身長がもうこれ以上伸びねェのと一緒でィ。――だが、このちっこい背丈が役に立つときもあるンだぜ。」  彼はそう言いながらいたずらに笑うと、「オイ、手ェ出しな」と僕に顎をしゃくりながら言うので、僕はその男神の足下に片方の手のひらを置いた。――すると僕の手へ向けて目を伏せたスクナビコナのおじさんは、僕の手のひらに「ふっ…」と息を吹きかけたあと、 「……あっ…!」  と驚いて目を丸くしている僕を、また得意げな笑みで見上げる。――その男神の息吹が手のひらにかかったなり、僕の手のひらの上にパッ…コロンと指輪、…抜けやすい(たち)の結婚指輪が現れたのだった。 「…オイ気ィ付けろや。…いや、これァ()()()()()()()()だったみてェだが、何にしても、この国の精霊が悪戯(いたずら)して、いつの間にかオメーの結婚指輪を(ふところ)に隠し持ってやがったンでィ。――だァらこのオレ様がオメーの友として、代わりにキッチリ返してもらったってワケよ。…よォ感謝しな。」 「……ぁ、…はは、――はい、あり、…ありがとうございます、……、…」  僕はこれ以上笑わないようにと唇に力を込める。  ……ちょっとした復讐…? というのはまあ気にはなるが、…しかし、まさか本当に「精霊さんに指輪を隠される」なんて経験をすることになろうとは…――さすがのハルヒさんも、あのときは冗談でそう言っていただけだったのだろうに…(現に僕の隣で彼、クスクスと肩を揺らして笑っている)。 「よォ、」とスクナビコナのおじさんは、にんまりと笑って僕を見上げたまま、こう言う。 「オレは確かにこの通りちっこい。…だがオレはちっこいからこそ、同じくれェちっこい精霊の懐に隠されてやがった指輪(ソレ)も見つけられた。――こうしてこのオレ様はちっこいからこそ、オメーらデッケぇのとは見ている世界が違わァ。」 「…なるほど…」  と僕が感銘をうけると、スクナビコナのおじさんは「オウ」と頼もしい笑顔でうなずく。 「だァらオメーも、テメェにしか見えてねェ世界っつーモンをもっと誇んな。…あとよ、オメーにしか見えてねェモンがあンなら、オメーが動かなきャいけねェモンもその目にャ見えてるってコトよ。――あとはどうするか…、まァオレなら動くがよ。オメーがどうにかしろ。オメーにしか出来ねェ。オメーにしか始めらンねェ。…そう覚悟決めて、動くけどよ。――まァだが、」  そして彼は「忘れンなよ」と、切ない眼差しで僕を見上げながら、少し笑った。 「何にしたって、オメーが誰だってオレにャ関係ねェや。――オメーがオメーである限り、オレはオメーの〝お友だち〟でィ。」 「…はい。…ふふ……」  僕はかすかに目を熱く潤ませながら、その男神の頼もしい笑顔を見つめたまま、じっくりと一度、うなずいた。  ……しかし、…ここで僕の隣にしゃがみこんでいるままの――またその両ひざを土台に、両頬を手のひらで包み込むような頬杖をついているままの――ハルヒさんが、人なつっこく甘えるような声で、 「ねぇねぇ、少彦名(スクナビコナ)のおじさぁん…?♡ ――もちろん俺も俺である限りぃ、おじさんの〝お友だち〟だよねぇ…? ――それでさぁ…、」  とその男神へ向けて言いながら、にへらぁ…とサモエドスマイル…いや、愛らしい無邪気な笑顔をうかべる。 「しかもぉ…俺たちがおじさんを必要にしたら、おじさん、たすけてくれるんだよねぇ…?」 「……ンあ゛…?」  するとハルヒさんを見上げながら眉をひそめたスクナビコナのおじさんは、何か嫌そうな顔をしてそれを肯定はせず、ただ片方の口角をヒクヒクとひきつらせている。  しかしハルヒさんはそれをも全く意に介さず、にっこりと笑ったまま――その小さな男神の首根っこをつまんで、ひょいっ……。 「っうぉあ!? チッ…オイこの悪餓鬼ャ、な、なァにしやが…」 「ね〜じゃあさぁー、俺たちのためにー…」  そしてハルヒさんはそう言いながらゆっくりと立ち上がり、くるんっと軽快なターンをもって背後に振り返ると、その小さい男神を真っ白な講壇の上にちょんとのせる。――なお僕も(ほとんどはスクナビコナのおじさんへの心配で、)一緒に立ち上がり、講壇のほうへと体を向けた。  ……そのあと、ハルヒさんは片方の手首を腰の裏でつかみ、甘ったれたにっこり笑顔をスクナビコナのおじさんの位置へまで下げ――要は目線をあわせるため、腰をかがめて――、さらにその笑顔をくいっとかたむけ、可愛くおっとりとした調子でこう言う。 「少彦名(スクナビコナ)のおじさんさぁ…――神父さん。やってぇ?」

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