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 スクナビコナのおじさんを真っ白な講壇の上にちょんと乗せたハルヒさんは、その小さな男神に「神父さんをやって?」と要求したのだった。  そしてハルヒさんはさらにその講壇の真ん前、腰をかがめてスクナビコナのおじさんと目線を合わせたまま、このようにのんびりとした調子でつづける。 「俺たちねぇ、少彦名(スクナビコナ)のおじさぁん…? ――知ってるかもしんないけどぉ、さっき、実はここで〝誓いのキス〟しようとしてたの。――でもさぁ、おじさんに邪魔されてー……」  するとスクナビコナのおじさんは「アン? 邪魔だァ?」と、不服げな険しい顔で抗議しようとしたが――ハルヒさんは「うんうんうん」とコクコクうなずき、あくまでもそれを肯定したのち、…いや、その「邪魔された」を肯定するばかりで――のんびりな口調のわり即座にこう続け、彼に口をはさませない。 「それで結局まだキスできてないからさぁ、今からやりたいんだけど〜…――えへへ、…でも、あれ、案外ちょうどいいかも! って思ってぇ。」  で…そう人懐っこいにっこり笑顔を浮かべたハルヒさんは、ここですっとかがめていた腰を正す。が、依然顎を引いて、――「オイ勝手言うンじゃ…!」と()ねつけようとしている――スクナビコナのおじさんを見下ろし(その男神の文句ガン無視で)、またくいっとそのニコニコ笑顔をかたむける。 「さっき俺、一人二役やってたの。…神父さん役と新郎役。――でもそれさー、なんかおかしくない? ね、俺は新郎に集中するべきじゃない? でしょ?」  そしてハルヒさんはちらりと垂れたまなじりの横目で、「ね。」と僕を楽しそうな赤味の強いオレンジの瞳で、同意を求めるように見てから、またふとその銀の長いまつ毛を伏せて、――ハルヒさんを不満げな呆れ顔で見上げながら、片頬をビキビキと引きつらせている――スクナビコナのおじさんを見下ろし、あくまでその珊瑚色の唇には笑みをたたえたまま、くりくりと目を大きくする。 「…でさ〜、でもふたりっきりだったら、それはまぁしょうがなかったけどー…、…でもでも、今はせっかく三人いるわけじゃん? 〝誓いのキス〟しなきゃな新郎の俺とハヅキと、あとぉ…――別に、()()()()()()()()()少彦名(スクナビコナ)のおじさん。…」  さらに彼は「だからぁ〜…」と続けながら、またおもむろに腰をかがめ――今度はやや曲げた両膝をつかみ――スクナビコナのおじさんと目線を合わせると、じーー…っと、圧をかけるような細目でその男神を凝視しながら、 「やっぱ…この三人のうちだったら、神父さんができるのはー、少彦名(スクナビコナ)おじさんしかいないなーってぇ…――てか…そもそもおじさんがさっき邪魔さえしなければぁ、こんなことにはなってないんだしぃ…――ね…? そうでしょぉ…?」  と、おっとりとした調子のわりに、…詰めてゆく。 「ていうか少彦名(スクナビコナ)のおじさん、ちっさい頃の俺たちに言ったよねぇ…? ――〝なんかあったらオレに一報ビュ〜〜ンと飛ばしてきやがれ、すぐに駆けつけてやる〟ってぇ…――で俺たち、実は今めーっちゃ困ってるんだぁ〜…? 神父さんも証人もいないなかで、〝誓いのキス〟しなきゃなんなくってぇ……」  そしてハルヒさんは、そのじーーーっと責めるような目つきはそのままに、しかし凛々しい濃い灰色の眉を八の字に、困り顔をつくる(するとなぜか余計に圧が増している…)。 「ねぇ少彦名(スクナビコナ)のおじさぁん…? 嘘だよねぇ…まさかさぁ…まさか、〝お友だち〟の俺たちがこんなに困ってんのに、まさかおじさん、俺たちのこと助けてくんないのぉ……? 俺たち〝お友だち〟…――ううん…、永遠を生きる神レベルの〝俺たちの友情永久不滅ズッ友〟…、なのにぃ……?」 「……、…、…」  するとさすがのスクナビコナのおじさんでも、ハルヒさんがかけてくるその()()()()()()に押されてか、険しく目を見張り、また大声で文句を言いたげにその口を開いたままながら、…しかし、そうして顔を強ばらせているばかりで何も反論はしてこない。  ……とハルヒさんは、普段喋々(ちょうちょう)文句を言いがちな彼が今度ばかりはだまり込んでいるその様子を見て、なるほど自分の要求を押しとおすも、これならほとんど叶ったものと――ある意味ではもうすでに「勝った」ものと――確信したらしく、…それなればこそ、にっこりとその両目を細めて笑う。 「……てことで。…よろしくねぇ♡」 「……、…、…」  そして彼のその笑顔をしばらく、片方の下まぶたを引きつらせながら眺めていたスクナビコナのおじさんは…――ややあってから腕を組み、困惑したような怒っているような顔を斜め下へ、そのひくついている両目とともに伏せる。 「…チッ、てやんでィ、…し、神父さんだァ…? しっかしオレぁそんなモン出来ゃしねェぜオイ、(やぶ)から棒に無茶言うンじゃねェやシタ、――そ…そら、そこまで言われちャやるっきゃねェが、…」 「えぇ〜〜? も〜おじさんらしくないなぁ〜、…だいじょぶだいじょぶ〜」とハルヒさんが、若干ひるみがちな彼に対してすかさず、そうニコニコしながら明るい声で言う。 「なんでもそうでしょお? ん〜できないかも〜ってやる前におもってもぉ、まずやってみなきゃ、ほんとにできないかどうかはわかんないしぃ…――で、もしほんとにできなかったとしても、やんなきゃそれできるようにもなんないじゃん? ――てか…」  そしてハルヒさんはさらに、キラキラとした無垢な尊敬の眼差しでスクナビコナのおじさんを見ながら、こう続けたのだ。 「なによりおじさんはさぁ、大国主(オオクニヌシ)のおじさんと大変な思いして天下取ったんだもん。…それに比べたら神父さんやるくらい、なんてことない挑戦。…でしょ?」 「チッ…」  するとスクナビコナのおじさんはそう不機嫌そうに舌打ちをしたが、――ほんの一瞬ばかりニヤッとしたのち――バッとハルヒさんを怒り顔で見上げ、 「わーったよクソ! ったくしャーねェ、神父だか何だか知らねェが、この少彦名(スクナビコナ)様に出来ねェこた一個もねェや! その神父役とやら、このオレ様が受けて立とうじゃねェか、――この際オメーらの友として全力尽くしてやらァ!」  と頼もしく、自分の黒タキシードの片胸をドンッと拳で叩くのだった。  するとハルヒさんは、パッと人好きのするにっこり笑顔をうかべながら両手を合わせ、 「うんうん、ありがとぉ〜少彦名(スクナビコナ)のおじさぁ〜ん♡」  そう…ご機嫌なあまーい声でお礼を言うのである。 「……、…」  なお、僕はこの一連のやりとりをただ傍観にしていただけにすぎないが…――さすが芸能人というか…人気商売をやっているだけのことはある、というか…、何というか、あざとい…? 人の扱いがやたらとうまい…というか…? とにかく人心掌握テクが…この人たらし…いや小悪魔…? っぷりが…――我が推しにして我が夫ながら、ちょっとだけ恐ろしいような……。  と…いささか複雑に思うところがありつつ、ただハルヒさんのその横顔を眺めていたが――彼が不意にかがめていた腰をまっすぐにもどし、くるんっと軽快な動きで隣の僕に体をむけてきたので、――目が合いそうになり――慌てて目を伏せる。  ……しかしそう…僕の心は「つつ抜け」…ハルヒさんは僕の耳の横に片手のひらの側面をあてがうと、こそこそとこう……、 「怖いことないでしょぉ、もう…――おれハヅキのためにがんばったんだよぉ…――いいよ…? じゃあ君がそんないじわる言うなら、ふふふ…♡ こうしちゃお…♡ ……」 「……ん゛…っ?!♡」  いたずらにちろちろと耳の穴を舌先でくすぐられた僕は、ビクンッとしながら眉をひそめ、羞恥やらちょっとした怒りやらで顔を熱くし――人(神)前で何を、――バッと勢いよくハルヒさんに向かいあう。  そして精いっぱい彼を睨みつけながら、今のいたずらを咎めようと、 「……っ! ……、…、…っ」  した…が…、しかし、推し可愛さに口をパクパクするだけ…――いや、 「だって俺、ハヅキのためにやったんだよぉ…?」  と、しゅん…そんな叱られた子犬のような顔、そんなうるうるの悲しそうな目で見つめられてしまったら、……責められないっ…!  ……なんなら僕が一番彼に「人心(弱味)掌握」をされているようである……。 「ンだオメーら、今からちょっとした結婚式するってのに喧嘩かよ? エェ? へん、夫夫喧嘩は犬も()わねェってか、オイ。」  するとスクナビコナのおじさんが、そう笑いながら僕たちをからかってきた。が…――彼はすぐ「まァいいや」と軽快に切り替えてすぐ、 「オイ精霊共、ちっとこの少彦名(スクナビコナ)に手ェ貸してくれや!」  と大声で呼びかける――精霊たち…に…? 「……?」  僕は直感的にハッと、バージンロードのほうへ顔を振り向かせた。  なお結果として、僕のその直感は当たっていた。  先ほどハルヒさんが吹かせた強風によって、この白亜のチャペルの茶色い両開きの扉、そこちかくの床に集められているたくさんの花びら――先端の赤っぽい濃いピンク色が、根本の白とグラデーションしている花びら――が、キラキラと微細な金粉をまとって、ふわ…ふわふわ…ふわふわふわ…とおもむろに、次々と床から浮かび上がり……、  ゆら…ゆら、はら…ひら、ふら…ふらと上下左右に漂いながら、また金粉の尾を引きながら、まるで風にのって運ばれてくる花びらかのように、しかし極めてゆっくりと僕たちのほうへ向かってくる――。 「……、…」  僕はその不思議な光景に目をうばわれ、こちらへ向かってくるその花びらたちをただぼんやりと眺めていた。が、 「へんっ…」とその得意げな笑いにふっと真反対を見下ろす。と、講壇の上で腕を組み、仁王立ちをしているスクナビコナのおじさんが、ニヤリと笑った顔をその花びらたちへ向け――その光景をあたたかい眼差しで眺めながら――、 「アイツらは()()()()()()()()のせいでオレと一緒にぶっ飛ばさて、扉にビターーンッ! とぶっつけられた、この国の精霊共でィ。――そらもゥアイツらも、あンときャ大層迷惑がってやがったぜ。」 「……あ…、……」  と僕はそのとき合点がいった。  ……()()()()()()()()――なるほど、そういうことだったのか。  つまりあの花びらの精霊たち(あるいはそのうちのひとり…?)は、それで密かに僕の結婚指輪を盗み、隠してしまったのだろう。  そしてハルヒさんもそのことに気がついたらしい。 「あぁ〜そうだったんだぁ…そっかそっか…」  と申し訳なさそうにつぶやいた彼は、口の両端に手のひらの側面をあてがい、 「ごめんねー精霊ちゃんたち! 俺、まさか花びらにまで君たちが宿っているって知らなくって、…悪気はなかったんだー! ほんとにごめーん!」  そう素直に謝った。が…――。  ひと足先にここまでたどり着いたある一枚の花びらが、彼の鼻の下までふわふわふわ…とやってきて――その濃いピンク色の先端で、彼の鼻をコチョコチョくすぐる。と、 「ふっ…ふぇ、はっ…ふぇ…っ――…っ!」  やがてハルヒさんは鼻ごと口を両手ではさみ込み、 「ぶえぇっくしょぉぃん!!」と軽く腰が曲がるほど、大きなくしゃみをしてしまった。 「…あははは、…これも仕返しかな…? ……」  僕はちょっと面白くなって笑いながら、自分の瑠璃色の燕尾服、それのジャケットの内ポケットからポケットティシューを取りだし、「どうぞ」とハルヒさんに差し出す。  ……彼はそれを「ありがとぉ…」と受け取り、ビーーッと鼻をかんでいる――さなか、ほんのわずかなくすくすくす…という笑い声が聞こえ、はたとあたりを見回すと……いつの間にやら、その一枚一枚に金粉を漂わせたたくさんの花びらたちが、僕たちの周りにふわふわと浮いている。  その様子を満足げな仁王立ちで眺めているスクナビコナのおじさんが、「クク」と喉を鳴らして笑う。 「まァだがその悪餓鬼のお陰で、オレとソイツらはちっとばかしウマが合ってよ。――そいで指輪も返してもらえたンでィ。」 「……あ〜なるほ…っわ、はは、…」  しかし僕はなるほどと言いかけて、自分の片耳をこしょこしょとくすぐる何か――いや、ここまでたどり着いた花びら精霊のうちのひとりの、そのふわふわとしたソフトタッチに驚きながら、笑って首をすくめた。  とはいえそれはいたずらというより、いわば「ねぇねぇ」と、僕の気を引くための「とんとん」だったらしいのである。  というのも僕の耳もと、子どものような高い可愛らしい声――小さな小さなその声が…、 「ごめんねぇ…」  としょんぼり謝ってきたからだ。 「……、ううん、むしろ僕たちもごめん…」  僕はちょっと驚いたが、微笑しながら謝りかえした。…指輪はもう僕の左手の薬指にきちんとあるし、結果として穏便に返してくれたようでもあるのと、何より扉に打ちつけられたんじゃ彼らもかなり痛かったことだろう。――これで仲直りだ。  ……ただ…――今僕たちの周りに、キラキラと金粉を舞わせながらふわふわと浮かんでいるこの子たちは、――ハワイの精霊…なんだよな……? 「……、……?」  まあたしかに、ハワイという国は比較的日本人にもやさしい――日系人が多かったり、日本人の観光客が多いこともあってか、わりと日本語が通じる場面もたくさんある……とはいえ…、 「…えっと、…今…日本語しゃべったよね、君…?」  と僕はその一枚の花びらを見つめながら、目を丸くする。が、その花びらは「?」と首をかしげるように傾いた。 「なァに寝ぼけたコト言ってやがンでィ」  するとスクナビコナのおじさんがそうツッコんできた。が、僕が目を丸くしたままはたとふり向くと、彼はハッとした顔をし――そののちすぐ困り笑顔を浮かべて、「って、オメーはそれに関しても忘れちまってンだったな、」と後ろ頭を()きむしる。  それから彼は「安心しろ」と腰を両手でつかみ、頼もしげな笑顔で僕を見上げた。 「神や精霊の(たぐい)にャ、言語の壁なンつーモンはねェんだよ。」 「…そう…なんですか…?」 「オウ。こうやって異国語しか話せねェ同士の場合は、オレたちャ言霊(ことだま)の力を(もち)いて会話してるンでィ。」  そう説明をしてくれる彼の周りには、ちなみに花びらたち――精霊たち――が群がり、ふわふわと興味津々というふうに漂っている。 「たとえばコイツらも、」とおじさんはその花びらに顎をしゃくり、腕を組んでまた僕を見上げ、聡明な感のある真顔となる。 「間違いなくハワイの言葉を使っちャいるが、その声に出した言葉に宿ってる意味っつーエネルギーは、何語だろうがそう変わりャしねェ。…〝ありがとう〟はマハロだろうがサンキューだろうが、カムサハムニダグラッチェシェイシェイ、メルシー…何だって意味はまァほとんど同じだろィ?」 「…ああ、はい…」  おぉ、とスクナビコナのおじさんが勇ましい顔でうなずき、そして「したら…」 「お互いに何語を話してようがもはや関係ねェや。――オレたちャお互いに、厳密にはその言葉にのせられた意味っつーエネルギーを受け取って、お互いに何を言ってンのかを魂で理解してる。…但し、オレたちの魂はコイツらの言葉を、頭でもわかるように翻訳してンだ。だァら今も日本語をしゃべってるみたいに聞こえた。――そうして神やらは相手がどこの何であれ、お互いに言ってることの意味がわかンのさ。」 「…なるほど…、教えてくださってありがとうございます。…そっか…それならよかった。…僕、正直日本語以外はあまり話せないので…、……」  僕はそう彼にお礼を言ってから、あらためて自分の周囲にふよふよと漂っている花びらたちを見まわし、自然ニコッと笑った。  ……言語の壁がないなら、それこそ僕でもこの精霊たちと「お友だち」になれるんじゃないか?  そこでまず僕は、 「はは、――えっと…こんにちは」  そう、僕は彼らに挨拶をしてみた。  すると――クスクスクス…とかすかな可愛い笑い声とともに、あちこちから子どものような声の…、 「あろは」 「あろはぁ」 「あろーはぁ」 「アロハーー!」 「アロハ〜」  …というさまざまな調子での挨拶が返ってきながら、キラキラと金粉をまとったたくさんの花びらたちがふよふよふよ…と、僕の近くへ集まってくる。 「…ふふふ…アロハ。…」  うわ〜可愛すぎる…――ニヤニヤしてしまう。  しかし、ここで…――。 「オイオメーら……そりゃねェだろ、オォ?」  とスクナビコナのおじさんが、不機嫌そうなしかめっ面で、どうしてか精霊たちにすごむのだ…――

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