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「オイオメーら……そりゃねェだろ、オォ?」
と真っ白な講壇の上、腕組みをしたスクナビコナのおじさんが渋面で、僕とハルヒさんの周りにふよふよと浮かんでいる花びらたち――精霊たち――に、凄みを利かせる。
「……?」
しかし僕は、彼がどうして怒っているのやらまるでわからない。
――この子たちが一体何をしたというんだろう?
たとえば僕の挨拶を無視したどころか、「アロハ」と快 く返してくれたこの子たちが…、指輪の件も犯人だろう子が僕にきちんと謝ってくれたし(まあハルヒさんにはちょっとしたいたずらを仕掛けてはいたが)――あるいはまた何か、(指輪のときのように)僕らの気がつかないうちに、新たないたずらでもしてしまっていたんだろうか?
……ところが、なのであった。
「へっ…」とニヤリ――怖ろしい顔ですごんでいたはずの――スクナビコナのおじさんは口角の片側だけをつり上げ、ちょっと悪い笑顔をうかべたなり、一番そばにいた精霊のひとり(花びら)を、
「ッオラオラオラ! そォ〜らコチョコチョコチョッ…どうでィ、エェッ!?」
なんて威勢よくおどけながら、両手の指先を細かく動かして、こちょこちょこちょ…――。
そうして花びらの一枚――というよりか、精霊のひとり――をくすぐりはじめたおじさんに、その子はケラケラと笑いながら身をよじる。
「きゃははははっ…」
「そりャねェだろってンだィ、オイ、やァ、」
「きゃーっ…あははは…っ」――また別の方角からも、精霊の可愛らしい楽しそうな笑い声が聞こえる。と僕がそちらへ顔を向けると、ハルヒさんもちょっと悪い笑顔をうかべながら、肩にのっている花びらのおなか? あたり(中央あたり)を指先でこちょこちょとくすぐっている。
……すると――ぼふんっ…!
ハルヒさんにくすぐられていた花びらが金粉をまき散らしながら、小さな爆発を起こした。
「……ぁ、…」
……僕はヒヤッとして、もしや精霊の身に何かあったんじゃないかと心配になった――が、…それが杞憂であったことは、わりにすぐわかったのである。
「…あーあ! うふふふ、ばれちゃった!」
と…口を極小の両手でおさえながら楽しそうに言ったのは、五センチくらいの小さな女の子――まさに精霊…というよりか、…いっそ「妖精」といったほうが、その容姿のイメージには合っているかもしれない。
茶褐色のエキゾチックな肌色にウェーブがかった黒い長髪、頭にはまっすぐと伸びた草のかんむりをかぶっている彼女は、あの花びらでつくられたスカート――その花びらをもつ花をひっくり返してスカートにしている感じで、ちょうど白い根本が腰に、その白とグラデーションしている先端の濃いピンクは、ちょっとそり返った裾部分となっている――を穿き、おへそと肩は出して、ただしぺったんこな胸からみぞおちまでには、ハワイらしい柄の布のチューブトップを着ている。
……そうした、まるでハワイのお土産のお人形のような精霊のひとりは、やはり周囲にキラキラとした細かい金粉を漂わせており――ハルヒさんの肩の上にちょんと座って、その小さな素足をかわいらしくパタパタとさせながら、
「うふふ、うふふふ、花びらじゃないってばれちゃった! ばれちゃったぁ!」と、彼女はそう言うわりにとても楽しそうに、口を両手でおさえてクスクスと肩を揺らし、笑っている。
「うふふ…ねぇ。バレちゃったねぇ」とハルヒさんも彼女へ顔をむけながら、の〜んびりと笑う。
「…ンなこたもうとっくにバレてらァ!」
とスクナビコナのおじさんは――花びらをくすぐりながら――彼女を見上げてツッコんだのだが、…それから間もなく――そのくすぐられていた子も、…ぼふんっ…!
ふわふわと晴れてゆく、その金粉の煙のなかからあらわれたその子は、男の子であったみたいだ。――女の子の茶褐色よりももう少し肌の色が濃い、黒い短髪のあたまに草で編んだかんむりをかぶった、半裸(腰みのは花びら)の男の子である。やはりキラキラとした微細な金粉を、その七センチくらいの体のまわりに漂わせている。
「なぁーんだ、ばれてたのかぁ〜」――その男の子はおじさんを見て照れくさそうに笑いながら、そのぷっくりと豊かな頬をあからめている。
「…ふふ…可愛い…」
この子にしても、ハルヒさんの肩の上に座っている子にしても……僕はついニコニコしながらそうつぶやいた――我ながら目じりが下がっている感じがある――。
しかし、スクナビコナのおじさんは「オウオウオウ!」と怒ったような大声をあげると、凄むような眼差しでじっ…とりと周囲を――花びらの姿である精霊たちを――ゆっくりと見回しながら、両手の指をわきわきわき…と妖しく曲げ伸ばしする。
「――さァー…、次に擽られてェンはどいつだァ…? アァン…?」
すると(あくまでもはしゃいでいる感じで)「きゃーーっ!」と笑い声をおびた悲鳴があちこちからあがり、花びら たちが逃げまどう。
「…はは…、……」
僕はこのなんとも可愛らしい光景を――あくまでも傍観者的に――眺めながら、なごやかに笑う。
が、
「オイウエ!」とスクナビコナのおじさんが僕を呼ぶ。
「えっ…はい、…」
……ふり返り見ると、おじさんは逃げる花びらたちを指先で追うように示しながら――さながら指示を出す監督のように――、
「捕まえろ捕まえろ! ンで擽れ!」
「……へ、……へっ…? くすぐ…、……」
そんな…僕はとっさにはぽかんとしてしまった。
………しかし、ちょうどそのとき…――。
「……? …あ」
ちょうど「ぺち」と僕の胸板に張りつくようにぶつかってきた、一枚の花びら――そのときその子は「うわっ」と驚いたような声をあげ、今は「ぶつかってごめんね」と僕に謝りながら、ぺり…と離れようとしている…――ところを、僕はまんまとそのまま、指先でこしょこしょ…としてみる。
「うわ、うわ、あはははははっ…」
「……、はは、…かわい…」
するとほどなくして、ぽふっ…――その花びらは、たちまち小さな男の子になる。
そしてその子は…なんと僕の胸板に、自分からその小さな四肢でしがみつきながら、
「あーあ。見て見て、ぼく捕まっちゃったぁ!」と僕をくりくりの黒い目で見上げて、無邪気ににっこりと笑う。
「……ふふふ…、本当だね…。……」
いや、自分でくっついてきているのに……? なんて、僕は眉尻を下げて笑う。可愛すぎるー!!
しかし、ちょんっとその子の首根っこをつまんで離したのは、わざとらしい悪い顔をしたハルヒさんである。
そして彼は自分の目線の位置にその子をつり下げ、
「たーべーちゃーうーぞーー…」
「きゃあぁーっ! あはははっ」
「あはは…」
僕は可愛いやら楽しいやらで笑ってしまう。――とここで、
「…さて、」――と自分では追いかけるでもなく、スクナビコナのおじさんが両手で腰をつかみ、大股開きの堂々とした姿勢で立つ。
「冗談はともかく、…オイオメーら、いつまで花びらなんかに隠れてやがンでィ、――本当の姿も現さねェで挨拶交わすなンざ、滅法水臭ェことしやがって、…オメーらは全員これからコイツらの結婚の証人様になるってのに、そらねェぜ!」
そしてスクナビコナのおじさんは、さらにピッと前を指差しながら、やや指図の物言いでこう言うのだ。
「てことで…――オラ、全員さっさとテメェから正体現しな!」
すると…――。
「えーーっ」
「うふふふっ」
と大勢の甲高いかわいい声があちらこちらから聞こえたなり、たちまち僕たちの周りに浮かんでいる花びらたちが次々、くるんっ…くるんっと縦や横に一回転のち、ぽんっ…! ぱふっ…! ぽふんっ…! ぽっ…! ぽふっ…! ――といった感じで金粉の小爆発、そして小さな小さな男の子や女の子に変わってゆく。
……なお、アクセサリーや服の柄など細かな違いはあれども、みんながハワイ土産のお人形みたいな服装とサイズ感、かつ腰みのおよびスカートは一律あの花びら製である。
「……わ…、…はは……」
僕はそのファンタジーな光景に、視界が明るくなるのを感じた。
しかし…――どうしてその悲観的な考えが今思いついたのか、自分でもよくはわからないが――ふと寂しい気持ちになる。
「……、…」
というのも……花びらというものは、いつかしおれて枯れてゆくさだめにある…――それももしかすれば、今日のうちにも…――するとこんなに可愛い精霊たちもまた…、と僕が切なくなって眉間を曇らせていると、ハルヒさんがこそこそとこう耳打ちしてくる。
「ううんハヅキ…? 精霊はさぁ〜、んーなんだろ…、あのー…――や ど か り …? なんだよねぇ〜…」
「……、……?」
や、…やどかり……?
ハルヒさんは「そそそ…」と小声で肯定する。
「たしかに…たとえばお花の精霊なら、芽吹きといっしょに生まれたりはするんだけどぉ…――もしそのお花が枯れちゃったとしても、それに宿ってる精霊が死んじゃうなんてことはなくてぇ…――だって、魂には死がないでしょ…? 精霊はスピリットともいって、要は魂のかたまりみたいな存在なの…」
さらにハルヒさんは「だからぁ、俺たちの目には精霊ちゃんたちが見えてるけど…ふつう人間の目には見えなくて、それこそこの子たちなら、花びらに宿ってないと見えないしぃ…」とつけ加えてから、「つまりね…?」
「あの花びらは、精霊 たちの肉体じゃなくてぇ…――おうち。…みたいなもん。…やどかりみたいに動かせる、おうち…的な?」
「……、…」
おうち、か。
……僕はここでふとなるほど、と合点がいく。
だから「(花びらに)隠れ」られるのではないか?
「そうそう…」とハルヒさんが少し笑う。
「だからだいじょうぶ。…この子たちもぉ…あの花びらがしなしなになっちゃったら、実家というか…親の神のところへ帰るか、あるいは別のおうちになる同じお花を見つけて宿るか…――精霊によっては、そのお花が遺した種に宿る子もいるしね…? ――だからまあ…あのおうちとは早くにお別れかもしんないけどぉ…、別にこの子たち自体は、死んじゃったりしないんだ…」
とそう説明してくれたハルヒさんは、おもむろに僕の耳もとから顔を引いてゆき――向かいあう形で僕を見下ろして、にこっと人なつっこく笑う。
「ね。…てことで…ど、安心した?」
「…はい、…そうなんですね。それならよかった…」
僕がそうほっとして笑うと、ハルヒさんは「うんうん」とうなずきながら、そのタレ目をきゅっと細める。
と――ここで「オイ」とスクナビコナのおじさんが、おそらくは僕たちに声をかけてきた。
「はい?」「ん?」――僕とハルヒさんは、ふたりでその講壇の上に立つ男神を見下ろした。
彼は少しからかうような笑みで僕らを見上げている。
「へへ、喧嘩してたかと思えャ今度はイチャつきやがって、――オイいいから、もうさっさと始めんぞ。…ったく、こっちャもう打ち合わせまで済んだンだぜィ。」
「……あっすみませ…ぉ、」
僕は驚きとくすぐったさに片方の肩をすくめた。
というのもここでいきなり、僕の耳に「あろは」と幼い子どもの声で囁いてきた子がいたためである。
しかし僕はすぐに笑いながらその子へ顔を向け、「アロハ」と挨拶を返した。すると、
「……ぁ、――ふふ、…ほんと可愛いな…」
その小さな女の子はちゅっと僕の頬にキスをしたなり、照れくさそうに真っ赤になって笑いながら、あわてて飛び去っていった。――僕は自分の頬のくすぐったいところに指先を当てながら、ふとあたりを見渡す。
「……、…――。」
精霊たちはみんな各々自由気ままに、しかしみんながニコニコとしながら、こまかな金粉をふりまいて――彼らのそのふわふわと舞っている金粉が、上のドーム型のガラス天井から射しこむ陽光に、キラキラとラメのように輝いている――、僕たちの周りをゆっくりと飛び交い、かと思えば空中で手を取り合ってくるくるとダンスを踊っていたり、それこそフラダンスをしているような子もいる。
「……、……」
何ていうか……ファンタジー…だな……なんて僕は微笑みながら、しみじみとこの真っ白なチャペルのなか、たくさんの精霊たちに取り囲まれている現実を、今さらちょっと非現実的に思っている。が…――それこそ彼もまた非現実的なはずの――スクナビコナのおじさんが、ここで「オイオイ」と僕を現実に引き戻す。
「ボサッとしやがって、――オイ! 準備はいいか!?」
「うんうん、俺はばっちりぃ」
「…あっすみません、…はい、僕も、……」
僕は慌てて、ふと向かいあうハルヒさんを見上げた。――彼は僕を見下ろして、あまりにも優しく微笑んでいる。
「よーし、ンじゃァ始めんぞオメーら! ――結婚式の始まり始まりィ!」
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