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南国ハワイの真昼はとても清気 にみちて明るい。
と僕は、この白亜のチャペルの出入り口扉の前に立ってみて、つくづくそう思ったのであった。
壁も床も真っ白なこの広々としたチャペル――高い天井、山なりになったそこの一番高いところにあるドーム型のガラスから降りそそぐ、透きとおった太陽の光は、「海のバージンロード」――出入り口から対面の、まっしろな講壇へむけてまっすぐに伸びたガラス床の下、澄明な薄青の水のなかでカラフルな熱帯魚がちらほらと泳ぐ、また象牙 色の砂にところどころ珊瑚や貝がらの散りばめられた、海中を模 したらしいバージンロード――を明るく神秘的に照らしだし、キラキラと輝かせている。
「…………」
「…………」
自然とふたりで背すじをピンと伸ばし…燕尾服を着た僕たちは――僕は瑠璃色、ハルヒさんは茶色とベージュ――、腕をくみ、ゆっくりとそのバージンロードを一歩一歩踏みしめながら、その道の先の講壇へむけて歩んでいく――。
バージンロードの左右にずらり、整然と並べられた日陰の白いベンチには、誰も座っていない。
……ただしその代わり――まっすぐなバージンロードの上、その太陽光に照らされた空中には、微細な金粉をチラチラと輝かせているたくさんの精霊たちがふよふよ…、僕たちのことをじっとその可愛い無垢な瞳で見て…――そして僕たちが近くにくるとふわり…、精霊のだれもが道を開けるように避けてくれる。
そうしてハルヒさんと並び、金粉の舞っている陽光のなかをおもむろに歩んでいくうちに、講壇が近づいてくる。
まっしろな講壇の裏に広がる中・大・中の大きなアーチ窓から望めるのは、太陽の明るさにうすまった水色の空、その下のエメラルドグリーンの海は奥へゆけばゆくほどその青緑が濃く、しかしグラデーションをして手前は色がうすく…、そして、そのおだやかな波が打ちよせるのは、まぶしいくらいの白い砂浜だ――。
「…………」
「…………」
こうしてその神聖で美しい講壇を見つめながら、そこへ向かう一歩一歩の重さを味わうと、精神ばかりか自分の表情まで引き締まってゆくのを感じる。
さて――やがて僕たちは、ひときわ太陽光の降りそそぐ講壇の前にたどり着いた。
その明るい真っ白な講壇の上、その手前のほうにはもちろん、黒いタキシードを着込んだ小さい男神――およそ十センチ足らずの少彦名命 が、腕組みをして仁王立ちしている。
「よーし、来たなオメーら。」とスクナビコナのおじさんが厳 めしい顔を上げて、ちらりちらりと僕たちを交互に見る。
そしてその男神は、「さあさあさあ!」と声をかけながら両手をパンパンパンと叩き、僕たちのまわりにふよふよと浮かんでいる、たくさんの精霊たちの注目を集める。
「オメーら全員、この新郎二柱に注目でィ。」
すると一斉に、あまりにもたくさんのつぶらな両目が、講壇の前に並んで立っている僕とハルヒさんとに集中する。
「……、…」
う゛…何か緊張してきた……。
ただ僕のこの緊張は、いわば単 な る 緊 張 である。
それこそ今は人目が怖い、人の視線が自分 に集まっていて生きている心地がしない、という戦慄 くような怯えの感情はない。
つまり僕は今、多くの目が自分 を凝視していること、そして(擬似的とはいえ)結婚式というおごそかな儀式の最中であること、それらを原因とした、これで失敗したらめっちゃ恥ずかしいな…という感じの、単純な緊張をしているだけ…ということである。――まあ、それは我ながら不思議なのだが……。
ここで不意に、僕の耳もと近くで精霊の可愛い甲高い声が、
「おめで…」と言いかけて「むっ…」と口をふさがれたように途絶えたので、ふとそちらへ顔を向ける。
僕の肩よりもう少し離れたところで、頭に花冠 をかぶった髪の長い女の子が、波うつボブカットの黒髪に一輪の花かざりをつけた女の子の手に口をふさがれ、目をまんまるにしている。
「まぁだ! まぁだ!」
「んむむ…?」
「おめでとうはまぁだなの!」
「……、…ふふふ……」
なるほど……ただもしかすると、僕が今恐怖心を抱かずに済んでいるのは、今僕たちへ視線を集中させているのが人間ではなく、こうしてあどけない印象ばかりを僕に与える――子どものような無邪気ないたずら心はあっても、悪意や偏見やはそう抱きそうもない――精霊たちであるから、なのかもしれない。
「んん゛っ…」――ここでスクナビコナのおじさんがにごった咳 払いをしたので、僕はハッとしながら彼を見下ろす。
彼は「オイ、オメーらの結婚式なんだぜ」と、よそ見をしていた僕を呆れ顔でたしなめてから、「ンじゃあ始めンぞ」――そして僕をじっと真剣なまなざしで見上げながら、低い固い声で、しかしこうくだけた物言いで、神父的な質問をしてくる。
「ウエ、よォ、天春 春月 ――オメーは病めるときも健やかなるときも、こ の 悪 餓 鬼 を自分の夫神 として永遠に愛し慈 しみ守り、……チッ、…まぁたソイツが悪さしようモンなら、そのときャきっちり叱ってやると誓うか? んエェ?」
「…ぷっ、」僕は思わず吹き出してしまった。が、…必死に腹の底をふるわせる笑いをおさえ込み、しかし前歯が見えてしまうほどの笑顔を浮かべながら、それでも一応真剣に、
「はい、誓います。」
とはっきりした調子で答えつつ、コクンと頷 いた。
するとスクナビコナのおじさんは「よーし誓ったからな!」と僕を指さし、言質 を得た的な勝ち誇った顔をする。
「よォ、それも大事な夫神の役目のウチの一つだぜハヅキ、誓ったからにャぁやっぱし手に負えねェなんて言うんじャねェぞオメー、アン? キッチリ締めるときャ締めやがれってんだコンチキショーめ!」
「…あはは、…はい…」
……よっぽど迷惑だったんだろうなぁ…ハルヒさんの強風――まあそれに吹きとばされたばかりか、扉にビターンッと打ちつけられたんじゃ当然か――。
「ほいじゃァ次。オイ、オイこのクソ餓鬼、祁春 春日 、」とおじさんは次にハルヒさんを睨むように見上げて、(ハルヒさんは「はーい!」と元気いっぱいな返事をしたが、)――いまだちょっと怒った感じの――トゲトゲした声で、おざなりにこう言う。
「オメーは病めるときも健やかなるときも、…チッ、あー七 面倒くせェ、以下同文。――さっさと隣の夫神に対して永遠の愛を誓えコンニャロー。」
「はいはいはーい。」するとハルヒさんは、(僕の手と繋いでいるのとは反対の)手を高く上げ、にこにことご機嫌にこう言う。
「もちろんもちろん、永遠の愛誓いま〜す! えへへへっ…」
「……ケッ…、……」
と、そうスクナビコナのおじさんが面白くなさそうに目を伏せたのは、ハルヒさんの――自分の嫌味な態度がまるで通じていない――やたらとごきげんな様子に、だろうか。
しかしその小さい男神はすぐに、「ンじゃあオイ、オメーら。ほら」と顎をしゃくる。ので…――僕はてっきり『さっさと誓いのキスをしろ』と急かされたのかと、ハルヒさんのほうへ体を向けた。…すると彼も僕と同時にこちらへ体を向け、そうして向かい合う。と……、
「…ふふ……」ハルヒさんが、僕にやさしくほほ笑みかけてくれる。
「……、…」
僕はつい見惚れてしまう……上から惜しみなく降りそそいでいる神々しい陽光が、ハルヒさんのエキゾチックな彫りの深い美しい顔に、精巧かつ美麗な彫像のそれのような陰影を生じさせている。
……それでいてその光に煌 めく銀糸のような、彼のハーフアップにセットされた銀髪と、高い眉骨の下で陰るその伏し目の銀のまつ毛、その長いまつ毛のややそり返った尖端 ――そして、凛々しい眉の下の異国風な影のなかにある、神秘的なほど優しいやわらかな微笑をたたえているそのひとのたれ目は、その甘やかにとろけそうな赤味の強い夕陽色の瞳はじっと、ただ僕の両目だけを愛おしげに見つめている。
彼のなめらかなあめ色の頬には、長いまつ毛の繊細な影が落ちている。――彼の日本人ばなれした高い鼻の下、そのやわらかそうな艶 のある珊瑚色の唇はきゅっと、その両端をどこかあどけなく引き上げている。
「……、…」
僕がそうしたハルヒさんの、あまりにも美しい慈愛の微笑みにぼんやりと見惚れているなか、彼は僕の両手を下からやわく掴んで持ち上げ――そして僕のみぞおちの前あたりで、その手の指先を両方きゅっとやさしく握ってくる。
「…ふふ…、ハヅキ…」
「………、…――。」
……僕は彼のその優しいたれ目を見つめながら、ゆっくりと顎をあげつつ両目を細めていく。――ハルヒさんからの「誓いのキス」を受け入れるためだ…――が、…
「ねぇねぇ」
とここでちょんちょん、僕の手の甲をくすぐったく叩いた何 か に、僕はハッとしてそちらを見下ろす。
するとそこには――先ほど「おめでとう」と言いかけて口をふさがれていた、頭に花冠をかぶっている五センチくらいの女の子と、それからその子よりは少し大きな、頭にまっすぐな草のかんむりをかぶっている男の子とが、にこにこしながら並んで僕を見上げていた。
……それも彼らの両手には、なんと僕たちの結婚指輪――金と銀のラインが波打ちながら絡まりあっているデザインの指輪――らしきものが、まるで車のハンドルを握っているかのように持たれている(おそらく先ほど僕の手の甲は、その指輪で「ちょんちょん」と叩かれたのだろう)。
「――えっ…? あれ…っ?」
と僕は慌ててサッと――ハルヒさんに指先を握られている――左手を、もっと言うと、その手の薬指の根本を見下ろした。
……無い。…すなわち彼らがその小さい両手に握っているのは、正真正銘僕たちの結婚指輪であるということだ。
「……、…、…」
僕は目を見開き、がく然とした。
――い、いつの間に、また……!?
「あ〜〜? うふふ、俺の指輪もなくなってるぅ。」としかし、それを受けてのハルヒさんのリアクションといえば、そうして呑気 なくらいの〜んびりとしたものである。
そして彼は僕の手を自然と手放し、腰をかがめて「可愛い盗 っ人 」たちふたりと目線を合わせると、彼らのふっくらとした片頬をぷにぷにと指先でやさしくつつきながら、わざとらしいニヤリの顔で、冗談っぽくその子たちをにらむ。
「ん〜〜このくせ者どもめぇ…、こんなかわい〜ぷにゅぷにゅほっぺの持ち主のくせに、やるねぇ〜君たち…、す り の名人だねぇ〜…?」
するとふたりは「キャハハ…」と面白そうに笑った、が、
「二柱でボケーッとしやがって、式の前に盗まれてンのに今更気が付いたオメーらもオメーらでィ」とそこで、スクナビコナのおじさんがすかさずツッコんでくる。
「…つーか、今回はこのオレ様の指示だったンだよ。――いいからホラ、さっさと指輪の交換しやがれ。」
「…ふーんそうだったのぉ…おじさんもなかなかのワルだねぇ〜。……」
といたずらに目を細めたハルヒさんであるが、彼はもうすでに背を正し、さらにそのひとの目線は指輪をもつ女の子へむけて伏せられている。つまりそう言いながらもちゃんとおじさんに従い、――精霊の女の子が両手で掲げるようにして彼へ差し出している――僕の結婚指輪をつまみ取っているのだ。
「……よし。…ありがとね。……」
そしてそう女の子にほほ笑みかけたハルヒさんの、そのあたたかい片手は、僕の生白い左手を丁重にすくい上げ――美しいほほ笑みをたたえている彼は、その長い銀のまつ毛を伏せて僕の薬指を見下ろしながら、そっと…ゆっくりと…――僕の薬指の指先から、陽の光にキラリ、キラリと煌めく指輪を通してゆく。
「天春 春月 さん…」とハルヒさんはそうしながら、優しいささやき声で僕の名前を呼ぶ。
僕はそれにドキリとしながら、自分の背中がときめきに粟 立つのを感じた。
「俺と結婚してくれて、ほんとうにありがとう…。この世のだれよりも君を愛しています…――だから…俺の永遠の愛の証 に、この結婚指輪を君に贈らせてください…。……」
僕の薬指の根本に指輪がはまる。そしてハルヒさんは静かに目をつむると、おもむろに僕の左手を持ち上げて――その嬉しそうな珊瑚色の唇で、ちゅ、と僕の薬指も指輪がはまった近くにキスをする。
「……、…、…」
……一方の僕はどうにかなりそうだ。とにかく顔も耳も首まで熱くて熱くて、心臓が痛いくらい高鳴っている。
そうして…若干口をあけたまま固まっている僕をふと見下ろしたハルヒさんが、「ふふ…」と優しくそのたれ目を細めて笑う。
「……、…、…」
しかし僕は、今は彼のその笑顔さえ――死にそうなくらいときめいてしまうせいで――まぶしくて見ていられず、ふと目を伏せた。
が、そこでハルヒさんの指輪を持っている精霊の男の子が、「ほら、はめてゆびわ、ゆびわ」と僕に急かすように言ってくる。
「あっごめんね、はは、…ありがとう、…」
僕はハッとして、その子が両手で差し出している指輪をつまんで受け取り…――両手から指からカタカタと震えてしまうが、――まずはハルヒさんの大きなあめ色の左手をすくい上げる。
そして彼の長い男らしい薬指の先からその指輪を、慎重に――うっかり落とさないようにと気をつけながら、ゆっくりと――通してゆく。
「…えっと…、……、…、…」
しかし、…と っ さ に は 出 て こ な い 。
というのは、…先ほどハルヒさんが指輪を通しながら言ってくれたような、あの気の利いた永遠の愛の誓い的なセリフなど、…当然だが、事前の打ち合わせなどなくぶっつけ本番でこれに挑んでいる僕には(およそ彼も先ほどは機転を効かせて、即興であれを口にしたのだろうが…すごすぎる)、すさまじい緊張も相まっては、そんなアドリブをうまくやってのけるのは難しい…――しかし、あんなに素敵なことを言ってもらったのに、片や僕は何も言わずに指輪を通し終える…だなんて、そんな失礼なこともできない。
「……、…、…」
まあいろいろそれっぽいセリフは浮かばないでもない…が、…と僕は眉を寄せながら、ハルヒさんの長い薬指、その第二関節まえで指輪を止め、それを難しく見下ろしたまま――、
「ちょっと…すみません、…考えさせてください…、えっと……」
などと「タンマ」を求める。が…、ハルヒさんは、こうやわらかな声で言ってくれる。
「いいよいいよ別にぃ…あはは、君は無理しなくてもいいよ? べつに無言でもだいじょ…」
「いやっそういうわけには、…」
しかしそうして僕が食い下がると、……しーー…んとチャペル内が静まりかえってしまった……――ので、僕はその気まずさにも焦り、間 をもたせるために、
「えっと、…えーっと…、……えぇ〜〜っと、…」
と…考えながら「えっとえっと」をくり返す。
冷や汗をかきながら…――いいや僕はこういうのも得意なはず、本来人よりもうんとそれは得意なはずなのである、なぜって僕は、これまでに数え切れないほどのロマンチックなセリフを思いつき、そして、それによってお腐れファミリーを喜ばせてきた「神BL漫画家」なのだから……っ!
ところが――苦慮 している僕を近くで見ていた――僕に指輪を渡してくれた精霊の小さな男の子は、僕が「セリフに」悩んでいるのではなく、単純に「指輪を通すのに」難航している、と思ったらしい。
「…だいじょうぶ? それちょっと重たいもんね、ぼく手伝ってあげるね」
とそしてそう言いながら、その子は僕の指輪をつまむ左手までふよふよと金粉を後引かせながらやってくると、ちょんと僕の人差し指に下り――そしてその指輪をつまむ人差し指と親指とを両足で踏みしめ、一生懸命「う〜〜〜ん…っ」と、両手で指輪を奥へ押してくれる。
「…はは、ありがとう…、……」
ぐああ゛ーー可愛すぎるーーっ!
が…そうして頑張ってもらってしまっては、これで指輪を根本まで押し下げないわけにもいかない。もっともその子の力ではビクともしていないのだが――いや…ぼくも手伝う、わたしも、と…どんどん集まってきてしまった、…五、六人の精霊たちがみんな「えいっ…」「うう〜っ」と、手や足や背中やで一生懸命指輪を押したり引っぱったり…――(二度目だがほんと、)可愛すぎる……っ!
しかしすぐに、
「あっ! やった!」と、はじめに手伝いはじめた男の子が嬉しそうに声を上げた。
続いてみんな「やったー!」「やったやった!」とキャッキャ喜ぶ――結局(可愛さに負けた)僕が指輪をハルヒさんの薬指の根本まではめたから、である。
「あはは、みんなありがとう。……」
さて、セリフ……なお、僕はもうウィットに富んだセリフは諦めた。なるようにしかならない。ということで――やったやったと喜ぶ精霊たちを微笑ましく見下ろしながら、(クオリティへの)諦めに眉尻を下げてこう言う。
「あの、僕もハルヒさんを誰よりも愛しています…。はは、貴方のようにあんまり気の利いたことは言えませんが…――それこそ陳腐 ですけど、――今日のことは、永遠に忘れません…。絶対ちゃんと覚えておきます…というか、…忘れようにも忘れられませんが、…ははは、…だから……」
僕はそこでふとハルヒさんを見上げ、笑顔のままこう晴れ晴れと誓った。
「――今日のこの素敵な記憶とこの指輪を、ハルヒさんへの永遠の愛の証に…、そして、それをもって永遠に貴方だけを愛し続けると…誓います。」
「……んえぇ〜〜っ、ウソ、どこが陳腐ぅ?!」
しかしハルヒさんは目を丸くしたびっくり顔で、そうほとんど叫んだ。
僕はきょとんとしてしまったが、次に彼は嬉しそうな満面の笑みをうかべて、その赤オレンジの瞳を無邪気にキラキラと輝かせる。
「さっすがぁ、めっちゃすてきぃ〜〜! 何なら俺のより良くない?」
「……、え、そう…ですか…? いやいやそんなことはないですが、…はは、でも喜んでもらえてよかった…。……」
……正直、自分としては陳腐と思われたセリフだったが…――ただ僕は今精霊たちのおかげでリラックスできたので、それであのセリフを思いつき、それもそれをすらすらとつっかえずに言えたのは確かである。
ただ、
「っちきしょぅ、う゛ぐ、泣かせやがって、…」
「……、…」
そのくぐもった声にふと隣を見ると、講壇の上でスクナビコナのおじさんが男泣きしている…――彼、やっぱり人情家らしく涙もろいんだな……。
しかしすぐ、その小さい男神は真っ赤になった顔をバッと上げて僕らを交互に見、怒ったようにこう叫んだ。
「てやんでィオメーら! ――ンじゃあさっさと誓いのキスをしやがれってンだよ、オラぁ!!」
「…あは、…はーい。……」
するとそう天真 爛漫 な返事をしたハルヒさんは、あらためて彼より背の低い僕に優しいほほ笑みを向けながら、僕の両手の指先をきゅっと握りなおし――そして自分を見上げている僕の額に、こつ、と上から額を合わせてくると…――その至近距離でうっとりと僕の目を見つめながら、途端に真剣なささやき声でこう……、
「ねぇ約束だよ…忘れないでねハヅキ…、今日のことも…君が俺の、世界で一番大事なひとだってことも…、そしてそのことが、どうなっても永遠に変わらないってことも…、ね…。覚えておいて…俺、これからも絶対、永遠に君を護るから…――愛してるよ……」
「……、…、…」
うぐあぁ゛…顔が、熱い。…ズルい。
……すると「えへへっ」と途端に、いたずらっ子のように目を細めてわらったハルヒさんは、
「……っ!」
サッとすばやく斜めからむにっ…僕の唇に唇を押し付けてきた。――それをしてきた彼は目をつむっている(ニヤけてもいる)が…、当然予想外なキスに驚いているままの僕は、かえって目を見開いて硬直している。
「きゃー!」と精霊たちのかわいい歓声があちこちからあがる。
そしてスクナビコナのおじさんはというと、
「ほらオメーらは曲がりなりにも証人でィ! コイツらの結婚を認めてやンにはほら、ほら拍手だ拍手!」と言いながら、自分がまず激しく手を叩く。――と、たくさんの精霊たちの小さい拍手が、やさしい雨音のようにチャペル内に鳴りひびく。
「……、…」
さらには、こうしてキスをしている僕たちのまわりを、たくさんの小さな精霊たちが――下からゆるやかな渦 をまくように昇ってくる、あたたかな春風に乗って――キャッキャとよろこびながら、拍手をしてくれながら、またキラキラと尾をひく金粉を舞わせながら…――まるでその花びらでできた腰みのやスカートをフラワーシャワーか、あるいは花びらが舞い踊っているかのようにひらひらと舞わせて…――飛びまわっている。
「きゃーーっ」
「うふふ、おめでとぉ〜」
「おめでとぉ、幸せにね〜」
「結婚おめでとぉ〜」
そう「結婚おめでとう」と祝福してくれる精霊たちの甲高い声が、そしてパチパチという拍手の音が、ぐるぅりとゆっくりながらも、周囲を回っている感じで聞こえる――。
「……ふふ…、……――。」
僕はそっと目をつむり、取られている両方の指先に力をこめて、夫の手を握った。――目をつむっていても、上から降りそそぐ陽光の明るさを感じる。
この海のバージンロードの上に立って、最愛の夫と誓いのキス…、上から太陽光の降りそそぐ真っ白な講壇の前で――その裏には三つのアーチ窓から眺められる、澄みわたった青空と白い砂浜、エメラルドグリーンの海…――、
この真っ白な広いチャペルの、いくつもの白いベンチには誰も座っていない。
「オメーら、末永く幸せになァァーー!!」
「…ぷっ……」
「…ふふ…、…――。」
僕たちは目をつむって唇を重ね合わせたまま、もう少しだけこの秘密の結婚式を、そして――あたたかい春風に乗せられた――たくさんの可愛い証人たちと、神父・スクナビコナのおじさんの祝福の雨を、静かに味わうことにした。
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