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「そうだ…、あのさ…――。」
と俺がハヅキの耳もとに唇を寄せて話しかけると、彼は「はい…」と生まじめに俺の話に耳を傾けよう、って感じでやや顎を引く。
……でも俺はハヅキの耳の中に、突然舌の先をにゅるっとつっこんだ。――するとハヅキは「ぁ、!?♡」とビクンッ、大きく肩を跳ねさせたなり、ふいっと俺から顔をそむけながら、今俺に舐められた耳をパッと指先でおさえる。
「ちょ、ちょっともう、…はは、…悪戯はやめてくださいよ、…」
そして、ハヅキはみるみる真っ赤に染まってゆく顔をうつむかせて、そう恥ずかしそうに笑う。
けど俺は「ん〜〜…?」なんてニヤニヤしながら、一旦太ももの上に抱えていたギターを、ウッドデッキの上に丁重にそっと退 かして置いた。
それからふっと改めて見る。
可愛く恥じらった微笑をうつむかせているハヅキの、その整った横顔…から、ついつい下まで…――そう、ハヅキは今白いワイシャツと瑠璃色のスラックスだけの姿になっている(ちなみに俺は黒に赤いハイビスカスのアロハシャツと、白い半パンに着替えた)けど、今は楽に第三ボタンまで開けているから、その開放的な襟もとからは彼の白い鎖骨や、勾玉 と天然石ネックレスのチェーンが垂れ下がる胸板も、少し覗いてみえている…――やば、…い…、色っぽい……っう、
一応(今は)我慢しようとは思っていたんだけれど…――今日はまだ一回もえっちしてないのも影響しているみたいで……、
俺はハヅキの綺麗な横顔に鼻先をずいっと寄せながら、彼の白いワイシャツの左胸にぺったりと片手をあてがう。…正直、下心で。
……すると俺の手のひらに、ドクドクと速く、荒々しくなったハヅキの心臓の鼓動が伝わってくる。――このくすぐったい感触すらやばい、愛おしくてたまんない……。
「…へへ…ハヅキ、ドキドキしてるね……」
「……そ…れは…、いや、だって、」
とハヅキが少しだけ俺に顔を向けて、可愛く俺を睨みつけてくる。
「は、ハルヒさんがいきなり耳なんか舐めてくるから、それでびっくりしちゃって、…だから、…」
「……はは…、ね……」
俺はハヅキの熱くなった片頬に手をそえて、そおっと自分のほうを向いてもらう。
それから彼の潤んだ真珠色の――とはいえ、前よりも青味の光沢が増した――瞳をじっと、まっすぐ見つめながら、自分の口もとにちょっと夫をからかう笑みを浮かべる。
「でも…ほんとうに、それだけなの…? ほんとうにびっくりしちゃったってだけ……? ハヅキがドキドキしてる、原因……」
「……、…、…」
ハヅキは俺を見たままムッとする。――『わかってるくせに…、ハルヒさん、たまにこういう意地悪を言うのだ』と、内心でも彼はムッとしているけれども。
……俺はふっとハヅキの首すじに顔を寄せて、「ねえ、どうなの……?」とあえてそこで吐息たっぷりに聞いてから、はむ…と彼の薔薇 のにおいの首を唇で食んだ。彼は不意なそれにびく、とする。
「ん、…ぁ…」――それからハヅキは俺に文句をいうために「あ」と言ったけれども、その声はすでにしっとりとした吐息に包み込まれている。
そして俺がはむ…はむ…と動きは大きく、でもゆっくりと、ハヅキの首のうすい皮膚 を唇でつまむように食みつづけるなか――彼はぞわわ…とその皮膚を粟立たせながらも――色っぽい小声で…、
「ちょっと…ハルヒさん…、…ん…駄目……」
そう俺を叱るように言うのだ。
俺の二の腕をふんわりと掴み、本気なのかどうかもわからない弱々しい力で、俺の体を押し返そうとしながら。
「はは…、実は、満更でもない……? ……」
と俺はハヅキの首もとで優しい低い声で尋ねたあと、……ぺろー…とほんのり甘い首すじを舐め上げながら、ハヅキの片方の胸をワイシャツの上からなで回す。と――「ぁ、」と焦ったような小さい声をあげたハヅキは、さすがに強い力で俺を押し返し、「駄目っ」と、…(可愛がってるわんこを叱るような甘さの隠しきれない声で)…、言いながら、キッと俺を睨みつける。
「こんなところで、…そろそろじいやだって帰って…」
「でも今日、一回もえっちしてないんだよ……?」
俺はしゅんとしながらハヅキをじっと見つめた。――ハヅキは俺の子犬 顔に弱いの。
……でも今度のハヅキは――ほんの一瞬「うっ…」とダメージを受けた顔はしたものの、すぐに立て直した――真っ赤な怒り顔で(といってもそんなに怖いものじゃないけれども)、もう一度「駄目」と厳しい態度をくずさない。
「駄目なものは駄目です。…途中でじいやが帰ってきたらどうするんですか、全くもう…――夜寝る前、本当の意味で二人きりになったとき、まとめて三回しましょう。」
「……ふ〜〜ん……」
でも俺はすねて、じとー…と半目でハヅキを見る。
それでさらに、こうぼそそ…と小さな声で言い返す。
「心の中じゃまた〝うあああ可愛すぎる僕の夫にして推し…っ! このしゅんとした子犬顔に僕は死ぬほど弱いんだよなああ…っ!〟とか、俺の可愛さにノックアウトされてもだえてたくせにねぇー……」
「っそ、」するとハヅキは痛いところを突かれた、と目を見開く。
「それは…ッそ、……っ」でも、…またキッと叱る鋭い目つきで俺を見る。
「いや、それとこれとはまた別の話です、…あと僕はそう思ったあとにちゃんと、〝しかし相手が推しとはいえ、あくまでも対等な夫夫たるもの、厳しくするところはきちんと厳しくしないと〟と続けました…っ! …よって、駄目なものは駄目でsぅおあぁぁっ…!?」
俺はハヅキのことを横抱きにして立ち上がった。…やっぱり口じゃ勝てそうにもないから。
むーっとしながら――すると、彼の太ももの上にあったスケッチブックがバササ、鉛筆はポト、とウッドデッキ下の砂浜に落ちた。でも気にせず――そのまま夜の海のほうへずんずん歩いてゆく。
すると…、
「ちょっちょっとハルヒさん、ま、まさか…」
とハヅキは嫌な予感がしたみたいで、『まさか海に向かってなんかないよな…』と――で も そ の ま さ か 。俺は星々が浮かんだ夜の海を見すえたまま、そこへ向けて歩きながらコクコクとうなずく。
「…うんうん…、えっちしちゃだめなら、ちょっと泳いで気分変えようかなーって……」
「いやそれ…僕、…僕は別に、あのー…」
そう困惑しながら『僕は別に気分転換は必要ないんだが(ていうか何なら困る…、お願いだからその気分転換とやらに巻き込まないでくれ…、今濡らしたらまず死ぬほど怒られるだろう、礼服の上等なスラックスを穿いているのに…)』とかハヅキは思っているけれども、俺はかまわずビーサンを履いた足で渚 へ向かってゆく。――でもその最中に、ワンチャンハヅキの心変わりをうながせないかと、にんまりとしながら彼を見下ろしてこう言ってみる。
「ねえねえハヅキわかってるぅ〜…? 夜の海は危険でいっぱいなんだよぉ〜…? うふふふふ……」
「……、…」
ところがハヅキは呆れ顔で俺を見上げるだけだ。――『いや…じゃあ連れて行かないでくれよ…、僕をその危険な海に連れて行こうとしているのは一体どこの誰なんだよ…』と。
チェ。――しょうがないので俺はそのまま強行、また前を見て、ぐにゅぐにゅとした余波 ――波が引いていったばかりの濡れた砂浜――を踏み、そのままジャバジャバと浅瀬に踏みこんでゆく。
俺がビーサンのつま先で蹴ってゆく海の水はちょっとだけ冷たい。
そうして俺が海にどんどん入ってゆくと、いよいよハヅキはこう制止してくる。
「あの、あのーは、ハルヒさん…? お願いですから戻ってくれませんか…、僕今ご覧の通り、絶対に濡れたくない服を着て…」
「えぇ〜〜だいじょぶだいじょぶぅ〜。…この気温なら濡れてもすぐ乾くよぉ…、ほら、気持ちいい風も吹いてるしさ…――何なら日本に帰ったら、どうせすぐクリーニングにも出すんだし〜〜……」
でも俺は遠く海のむこうを見ながら、そう答えた。
実際ハワイの五月の気温は、夜でも二十度以下にはならない(らしい)。――だから俺は一個も嘘は言っていなくて、くわえてこのあたたかさなら風邪も引かないだろうし――そんなに心配することない。でしょ。
「いやっ…いやいや、」でもやっぱりハヅキは懸念している。
「でもこれかなり上等な…、潮水はちょっと…、あとクリーニングに出すとは言っても、それ最低あと三日後になって……」
「あ〜〜そっか。でもそしたら…」と俺はもう膝くらいまで海水に浸しながら、ふとハヅキを見下ろして、くいっと顔を傾けた。
「ハワイでクリーニング出したらいいんじゃない?」
「……、…」
ハヅキは呆気にとられながら言葉を失った。――『どうしてそこまでして……?』
どうしてって…まあきっかけはすねたからだけど、…今はとにかくハヅキと海で遊びたい気分だから。それと、ハヅキにちょっと意地悪したい気分だから。
「ていうか、多分じいやがなんとかしてくれるよ。ね、でしょ。」と俺はにっこりハヅキに笑いかけた。
でもハヅキはげんなりとした顔で、
「いやそういう問題じゃ……」
なんて、疲れたような小さな声で言う。
――ただそのあとすぐ、
「…ぅあっ冷た、…濡れちゃいますってばもう、」
と俺の首にぎゅっと抱きついて、なんとかお尻を浮かせようとする。なぜって、実は今もう彼のお尻すれすれまで水位が迫ってきているからだ。――でも、海の水面は波の影響で少し盛りあがったり引いたりするから、結局はもうすでに彼のお尻はちょっとだけ濡れてしまっているんだけれども(だから「冷たっ」といったのだ)。
……まあ、さすがにこれ以上奥に進むのはやめてあげよう。と俺は足を止めた。――ただ、それにしても大好きなハヅキにぎゅうっと抱きつかれて、ときめかないはずもなく、
「はは、かわいーハヅキ…。…ん♡」
そうして俺は、すごく近くにあるハヅキの耳にちゅっとキスをした。
「やっ、♡ …ッは、ハルヒさん…っ!」
するとハヅキはそう、文句言いたげに俺の名前を呼びながら、さっと俺から自分の耳を遠ざけた。けど、何より今は濡れたくない思いのほうが強いから、軽く首をかしげるようにしてちょっと逃げたばかりで、俺の首にはしがみついたまま――つまりハヅキの顔はまだ俺の顔の間近にあるまま――だ。
そして彼は――うるうるとどこか火照 った甘い目色なのに――俺を不満げに睨みつけながら、「ううぅ…」ともどかしそうにうなると、いよいよこう文句を言ってくる。
「ぬっ濡れちゃう、ほんとに濡れちゃいますからっもう、こんな、…これ以上はもう駄目、本当に駄目、これ以上入ったら本当に怒りますよ、…早く、早く戻ってください、」
「……んえ〜〜…?」
濡れちゃう…これ以上入ったら駄目…――それにそのうるうるの目…――なんか、やば。
「うふふ、なんかやらしい意味に聞こえちゃう〜…」
「いや違いますってば、っんもおぉ…っ!」
そう頬を赤らめて少し恥ずかしそうに怒るハヅキは、『僕は間違っても。間違っても!』と心の声でまで俺に文句を言ってくる。――『色っぽい意味で「濡れちゃう…♡」だなんぞと言ったわけじゃない。このままじゃマジでびっちょびちょに濡れてしまうから(そしてママやじいやに上等な礼服を潮水に濡らしたと絶対怒られるから)、嫌だ、戻ってくれと言ったんだ!』
……まあ、それは俺もわかってはいることなんだけれども。
怒ってるハヅキもめっちゃ可愛いから――もうちょっとだけ意地悪言っちゃおう。
「じゃ下ろしてあげよっかぁ…?」なんて。
するとハヅキは目をかっぴらいて、ほとんどこう叫んだ。
「はっ…こっ…ここで、!?」
――『正気か!?』
そしてハヅキはそのびっくり顔をふるふるふる、と必死に横に振る。
「いやっ…こ、こでは…っここでは困ります、むしろ下ろさないで、もちろんあくまでもここでh…」
「えー? あはは…、あ〜そっかぁー…、やっぱりハヅキ、俺に抱っこされてたいんでしょぉ…? そっかそっかぁ…、ハヅキってば甘えんぼさ〜〜ん…♡ ――うんうん、いいよ〜? 俺、好きなだけこうやって抱っこしててあげるぅ〜〜♡♡」
俺はそうニコニコしながら、横抱きにしているハヅキの体をゆうらゆうら、赤ちゃんをあやすように、左右にゆっくりと何度も揺らす。と…――彼は「うあっ…」と苦しげな声をあげ、落ちないようにともっと確かに俺の首にしがみついてくる――けれども……、
「…や…っ、…っやめ、……、…、…」
『いい加減にしないとマジで怒るぞ……。』――あっやば、これはさすがにやばーい……。
結構まじめに怒られそうな気配を察した俺は、すぐに「ごめーん…」と謝りつつ、揺らすその左右の動きをとめてから、――でもタダでは戻らないつもり――ハヅキの耳にこうささやく。
「でもさ、じゃあさぁ…――ハヅキが俺にちゅーしてくれたら、戻ってあげるね……?」
「……ちゅ、ちゅー、? ……、…」
するとハヅキは信じられない、みたいな険しい顔をふっと俺に見せた。
ただ彼はすぐにその顔の強ばりをゆるめて、仕方なさそうなげんなり顔になる。――『いいや…しかしこの一週間で、僕は「鍛えられた」からな。』と彼は心のうちでつぶやく。――『すなわち毎日行ってらっしゃいのキス、おかえりなさいのキスを自分からハルヒさんにしてきた僕は、これくらいのことじゃもう動揺なんかしない。…いや、まだ胸の中がもぞもぞとするような羞恥心がないでもないのだが、…はじめのほうに比べれば、もう十分に自分からのキスにも慣れてきた。…だから…まあ、それで戻ってくれるなら……』
そしてハヅキは現に「もう…」とちょっと呆れたように言うと、さっと目をつむり…、
「……、…」
ちゅ…――俺の唇に、その猫の口のような曲線をえがくうす桃色の唇を、そっと押しつけてきた。
……俺は目をつむり、はむ…と彼の唇を食む。とビクッとしながらその唇は「駄目、これ以上は…」と後ろへ逃げた――けれども、俺は追いかけてあむ、あむとやや斜めから食みつづける。
「ん、♡ …ぁ…やくそ、く…ぅん…♡ んん……♡」
「……、…ふふ…――。」
ハヅキは約束と違う、と言いたげだけれども、俺はこのまま深いキスをするつもり――。
だって実は――俺がハヅキに「ねえあのさ」と話しかけたのは、そもそもフェイント。
……俺がさっき彼とのキスの最中に、波音を聞いて思いついたのは――ある「お返し」だったのだ。
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