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 最近俺は、愛する君をとろめかせるコツをつかんできたところ。  たとえばこうやって…――君のやわらかな少し甘い唇を、俺の唇でやさしくじっくりと、たっぷりもみほぐすように食んであげて……――はぁ…と、君が震えたつややかなため息をついたら…――今にもまた君のかわいい唇を食べちゃうぞ〜…なんてちょっとハラハラ、ドキドキさせられるような距離でじっと、君の潤んだ天然のブルーパールみたいな瞳を見つめる。 「……、…」  そうすると、俺のうっとりとゆるんだ上下のまぶたに挟まれた瞳を、愛おしげに見つめかえしてくる君――そのうっすらと青い光沢をおびた白っぽい瞳が打ち震えている。と、潤沢な瞳の表面にチラチラと星のような極小の光がまたたいて、よりうるうると可憐な感じが増して見える。 「ふふ…」俺は両目を細めて、やっぱり俺の旦那さんってすごく綺麗なひとだなぁ、なんてほほ笑む。  それにすごくかわいいなぁ、絶対絶対俺が護ってあげたいなぁって、すごくやさしい気持ちも含ませて。 「ハヅキの目、ほんとうに綺麗…――君ってほんとうに、ほんとうに綺麗でかわいくて、カッコいい…――俺、君みたいな素敵なひとと結婚できて、ほんとうに幸せ者だね…。…へへ、大好きだよハヅキ、愛してる……」  俺はほんと、君にくびったけ。  それにハヅキは、こうやって俺が思ったことをちゃんと口にすると、それでも頭をぽーっとさせてくれるの。――大事なんだよね。愛してるのは別に言わなくてもわかってるでしょ、って高をくくっちゃだめ。  ……というか、俺は素敵だなぁって思ったら言わずにはいられないタイプだから、そもそもそんなふうに思ったことはないんだけれども。…ううん、でもそれはハルヒとしての俺が、だ。――完璧なシタハルとなるとまた別かも(だからウワハルにも「褒めなきゃ抱かせない」とか、そんなことを言われていたの。まあちゃんと言うのがある種の習慣になった今はともかく)。  とにかく俺は、ほんと君にくびったけ。  ……だけど…――それは君もおんなじ。 「……は…、……」  と切ないか弱い吐息をこぼした君は、今にもそのツリ目を閉ざしてしまいそうなくらい、とろんとした目をしている。  ね、ほら…――俺の言葉に、自分の目を見つめてくる俺の目に――俺に、君もくびったけ。…でしょ。  ……ねえ、「忘我(ぼうが)」って知ってる?  それは何かに夢中になりすぎて、うっとりしすぎちゃって――そのせいで我を忘れちゃう、ってこと。  ねえ君は、今は忘れなきゃいけない。  天上春命(アメノウワハルノミコト)である君の魂が、(おぼ)えていることを思い出すために、今だけは忘れなきゃいけない。  我――自分を――天春(アマカス) 春月(ハヅキ)という、人間の自分を。  ……俺は自分を愛おしく求めるハヅキのその切ない、でも恍惚としたまなざしに胸をときめかせ、だから「はは…」と彼を愛おしむ笑いをこぼして――ふ…と目をつむりながら、またその半開きのもも色の唇を斜めから食む。  じっくりと…お互いになめらかに顎から動かして、唇をはみ合う…――『好き…』――俺の胸の奥底のほうから、ぷくぷくと泡がのぼってくるようにくすぐったく、君の声が聞こえてくる。  目をつむって…――ざざあ…ざざあとおだやかな、規則的な波の音を聞きながら…――こうやって君とキスをしていると、頭の芯がぼやけてくる。  頭の中の「真我(しんが)――ぼやけてゆく……。  君は俺だ。  俺は君だ。  これは俺の声でもある。  君の声ではあるけれども――俺の声でもある。  どこを見たって星々がきらめく、十六夜(いざよい)(づき)の浮かんだ綺麗な夜空――月の真下で横抱きにした君とキスをする――濃紺の海のただ中、水鏡、さざなみに揺らめく双子の星々と月を従えて――心地よい波の音が、自分たちの耳の奥をひそかなふたりきりの渚に変えるのに、ただ身を(まか)せながら……、  ―― 君は今、また思い出せている ――  ………ゴポポポポ…―――。  ここは深海だ。  距離感も、広ささえもわからなくなるような真っ暗な深海――ただもちろん広いなんてものじゃないくらい、とにかくとにかく広大だけど――。  そして黒。とにかく黒だ。  でもその黒い黒い深海の底、その海底に棲息する濃淡のあるコーラルピンクや白の深海珊瑚、それから岩やさまざまな深海魚やを、ぬるりと撫でながら通りすぎてゆく、ぼんやりとした青白い光があった。  それは――。 「…どこまで行っても、同じような景色だな…」  と前を見ながら、つまらなさそうにつぶやいた白龍(はくりゅう)姿のウワハル――深海も海底ちかくを泳ぐウワハルの、その優雅にくねる細長い体をすき間なく覆う、ムーンストーンの透明感のある白い(うろこ)、その少し妖しげな青白い光沢をもった鱗がはなつ、ぼんやりとした光――それが海底をぬるりと撫でるように照らしている、青白い光の正体だ。  もっとも兄のそのムーンストーンのような鱗は、光の加減でさまざまな色彩をやどす。  それこそ少しだけ透けたその白地に、角度によっては、ひかえめな虹が宿って見えるときもあるくらいだ。――ちなみに龍の太い鼻梁(びりょう)の左右それぞれから生えた、よくしなる(むち)のような二本の(ひげ)もその鱗、つまりその細長い体と同じ色だ(体の鱗よりももっと細かな鱗で覆われているその髭は、まるで白蛇のようなのだ)。  ただ、その黒くて長いまつ毛は元の姿と変わらず、艶のある長く豊かなたてがみも黒――そして頭から生えた立派な牡鹿(おじか)のような二本の(つの)は金だけど、ほんのりと桃色の光沢を帯びている。要はピンク味の控えめなローズゴールドという感じだ。  で…――ちなみに俺はそうした白龍姿のウワハルの真隣を、おなじく龍、黒龍(こくりゅう)になって泳いでいる。  俺の黒い鱗は、艶はあるけど光ってはいないし、不透明だ。  まあ、しいていうなら俺の鱗は黒曜石みたいな感じ。…長細い髭もやっぱり黒(ウエが白蛇なら俺のほうは黒蛇)。  でも鱗のすき間から――まるで黒い岩石の割れ目からのぞく、紅い溶岩のように――おだやかに明滅する紅い光がもれ出ているから、結局は海底をぬらりと紅いぼんやりとした光が照らしては、すーっと通りすぎる(のが、下を見ると自分でもよくわかる)。  そして、もちろん俺の(長くてくるんっとした)まつ毛やたてがみは元の銀色――牡鹿のような、(でも、ウワハルよりももう少しだけ大きくて立派な!)角は、うっすらと水色の光沢を帯びたあわい銀色だ。  ……ちなみに龍神になればエラができるので、水の中でも溺れたりはしないのだ。  ただ、実はこの深海を泳ぐ龍はもうひとり――というか、今はもう一匹? いる。  それは俺たちの前を先導して泳ぐ、サファイアのような、キラキラと透明感のある青い鱗をもった細身の龍――その薄紫の左右の角に、いくつもの水晶の飾りをぶらさげた優美な青龍(せいりゅう)は今に、後ろを泳ぐ俺たちのほうへおもむろにふり返る。  細長い胴体をなめらかにしならせ、その龍の頭から背中にかけてゆたかに生えた長い、ホタルイカのように青く輝く毛髪をふわりと優雅になびかせながら。  その龍の顔はとっても上品で美しく、女性的だ。  毛髪と同じようにあわく青に光る、根本からそり返った長いまつ毛、そのアメジストのような透き通った瞳、長い髭もまるでサファイアそのものでできているみたいに、キラキラとしていて透き通っている。  ただ、それでいてどこかミステリアスなその美しい青龍は、俺たちにこう言った。 「かわいいかわいい双龍(そうりゅう)ちゃんたち…――ウエちゃんもシタちゃんも、ちゃあんと瀬織津(セオリツ)お姉ちゃんに着いてきてたね。…いい子♡ えらいえらーいっ♡」  ……そうなのだ。  この一見、美しいけどミステリアスな青龍は瀬織津姫命(セオリツヒメノミコト)――セオリツのお姉さんなのだった。  ちなみに、彼女は結構人間の世だと「正体不明の謎多き女神」だとか思われがちだけれども、ミステリアスなのはそのちょっと色っぽさのある容姿ばかりで、…まあ、たしかにちょっと掴みどころがない感じはあるけど、…少なくとも俺たちに対しては「ちょっとおちゃめな(親戚の)お姉ちゃん」だ。  そして彼女は、人にも神にもものすごく優しい、博愛精神をもった女神なのだ。  というのも、セオリツのお姉さんは「(けが)れ」――それはたとえば単なる不潔さばかりではなくて、誰かのネガティブな気持ち、不吉な感じのエネルギーとか、持ち続けていると苦しくて、どんどん精神的に後ろ向きになって、悪ければひねくれちゃうようなもの――を、(はら)い清める役目をもった神のうちの一柱なのだ。  それだから彼女は、そうやって穢れをため込んだ誰かを見つけるとそっと寄り添い、優しい神の力でそのひとの気持ちを楽にしてくれる。――それはたとえば、ぼーっと川のせせらぎを聞いていたら、なぜだか、いつの間にか、ふっと重苦しかった心が軽くなっていた……そんな感じのさりげないやり方で。  もうひとつちなみに――これはハルヒの俺が言うことだけど――だから彼女は、さっきハヅキに抱きついた。  たしかに、彼女はいつも俺たちをああして抱きしめてくれるけれど、彼女のあれは、単なる親戚のお姉ちゃん気分なスキンシップというだけじゃない。  落ち込んでしまった彼のネガティブな気持ちを、それで祓ってあげようとしたのだ。――でもそれをアマテラス様が止めたのは、見知らぬ彼女に抱きつかれたハヅキが困惑してしまったから…――すると逆に、また新たなネガティブな感情が湧き出てきてきっとキリがなくなるから、と、だからアマテラス様は止めるしかなかった。  ……でも、まあとにかく、セオリツのお姉さんは誰かの心のもやもやをそっと受けとめ、そして綺麗に洗いながして治してくれる、とても心優しい女神なのだ。  ただ綺麗好きもちょっと行きすぎて、若干潔癖症ぎみだけど……それはともかく。  さて…――セオリツのお姉さんはふっと妖しげに、その長いそり返った青光りのまつ毛を細めて、俺たちに微笑みかけた。 「まあ、すいすいすいすい…まるでお魚さんみたい。――よかった…、ふたりとも、もう大分龍の体でいるのにも慣れたみたいだね。」  ……セオリツのお姉さんがそう言った訳は、彼女が俺たち双子の「師匠」だからだ。  このときの俺たちはもう人間にして十五、六歳――こうして龍神に変化(へんげ)することもできるようになっていた。  ……けれどもそれは、ただ変化したらいいだけ、というような単純なものでもない。――当然だけど、人間みたいな普段の姿形と、龍の姿形はまるで違う。  まず歩けない。だって二本脚がなくなっているのだ。――だから龍の姿になったならば飛ぶか、水の中なら泳ぐかで移動しなきゃならない。  でも言うまでもなく体の勝手が違うから、練習が必要だったのだけれども――そう、それはもちろん独学なんかより、「師匠」がいたほうがうんと習得が早くなる。  ……ということで俺たちは、特に龍神として名高いセオリツのお姉さんに、龍の姿での飛び方や――それからこうして水中での泳ぎ方なんかも、手取り足取り教わっていたのだった。 「ううーん、慣れたというか…」とセオリツのお姉さんが、俺たちに向けてニヤリとする。 「これならもう、このまま〝海神(わたつみ)の宮〟にまで泳いで行けちゃうかも。…ふふっ…すごいね、ふたりとも。――きっともう、わたしが教えてあげられることはないなぁー」  そして彼女は「なんか寂しい」と、複雑な感じに眉尻をさげて笑った。  するとウワハルが、そんな彼女に親しげな――ちょっと年上に甘えるような――笑顔を向けて、こういう。 「…いや、お姉ちゃんのお陰だよ。――ふふ…初めて龍に変化した時の僕らは、一寸(いっすん)も前には進めなかった。…それこそ前に進めるようになるまでにも、結構時間がかかった…、そう……」  チラリと一変。兄の軽蔑したような冷ややかな青白い瞳が、真隣にいる俺を見やる。 「こいつに至っては…ふん、…途中で(いさぎよ)く諦めよう…と、…ただ無様に横にごろんごろんと転がって、それでまあ何とかなるだろうなどと、そんな馬鹿なことを本気で口にしていたが……」 「……、…」  だってウワハルの言うとおり、本当にたったの一寸も()()()進めなかったから――それなら機転を利かして、方向転換をしつつ横にゴロゴロと転がって移動をすれば、きっとそれで何とかなるだろうと…――あのときの俺は、あまりにも前に(は)進めなかったために、本気でそれが名案だと思っていたのだ。  ……ただ俺だって、その「ゴロンゴロン」で家の納屋(なや)をぶち壊しちゃったとき、大真面目にあらゆる大人からこっぴどく叱られたから、…あーこれじゃ駄目かぁ、とはその時点で気が付いていたけど。 「だが…」とウワハルは打って変わって、にこやかな明るいまなざしでお姉さんを見る。 「僕はもとより…()()()()()()鹿()でも、ここまで龍の体を自在に使いこなせるようになったのは、(ひとえ)瀬織津(セオリツ)のお姉ちゃんが、僕らに丁寧に、かつ根気強くそれを教えてくれたお陰だよ。――本当にありがとう、お姉ちゃん。」 「…えへへ…っ、いいんだよぉもぉ〜〜、かわいい双子ちゃんたちのためだものぉ…」  と、するとお姉さんはテレテレと照れくさそうに笑いながら、尖った紅い爪の長い龍の両手で頬を包み込みつつ、かつ、そのサファイアのように透き通った長い髭をたゆんたゆんとくねらせる。  ただここで、「ところで…」と俺の隣で小首をかしげたウワハルが、するりともう少しだけ前に――お姉さんのほうに――出て、遠くを眺めながらこう真剣な顔をしてつぶやく。 「〝海神の、宮〟…」 「…ああ、」それにはお姉さんがその紫の瞳をまんまるにして、兄にこう説明する。 「そう。海神っていう、綿津見(わたつみ)の国の王様が統治されている、とっても美しい国だよ。」  けどウワハルは「あぁいや、」と、少し笑いながら首を横にふり、セオリツのお姉さんを見る。 「それは、名前ばかりは聞いたことがあるんだが、…ただ、ここからは近いのかな、と思って……」 「…そっか、あぁそうね、それは…うーんここから…」  すると彼女はふっと後ろをふり返り見て、ちょっと首を傾げる。 「もう少し…行った先…、だね…多分。――はは、ごめんね。でも、真っ暗でいまいちわからないの。」 「…はは、やっぱりお姉ちゃんでもそうなんだ。――しかし一国ともあっては、そう気軽に入ることは出来ないでしょう? 流石に…――というのも、実は正直行ってみたい気持ちは少しあるんだけど、…ただ、それで何か問題が起きてもよくないしな……」 「…うん。でも、わたしたちなら多分大丈夫だとは思うんだけど…――ただ、昔豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)が、ちょっといろいろあってね、それで〝海神の宮〟への門をしっかり閉ざしちゃったから…――つまり、ちょっとだけ出入りが厳しくなっちゃったんだ。」 「……、…」  俺はふたりがそんな感じの会話をしているなか、ひとりだけじいーーっと海底の砂を見ていた。  だって、すごく綺麗な「何か」があったのだ――

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