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濡れて泥みたいになった波打ち際の砂浜で、ハヅキが『あれ…?』と偶然見つけたもの――それは……、
……俺はその場にすぐしゃがみこんで、…一方のハヅキは立ったまま腰を深く折るようにして、――泥に埋まって、その小さい頭を出している――「それ」に指を伸ばし、ちょっと泥に指先をつっこみながら、つまむ。
「……、…」
つまみ上げる。そして彼は背を正すと、今指のあいだに挟んで拾い上げた「それ」をしげしげと観察している。
俺もつまんだその一個を手のなかに握り込んでから、また立ち上がって、その手をひらき――そして、自分のあめ色の手のひらの上にぽつんと置かれた、濡れているこの……、
「…〝玻璃の宝石〟だ…」ハヅキがつぶやいた。
「…あは、…ね。…すごい宝物見つけちゃったねぇ、俺たち…――?」
この、今偶然見つけた「玻璃の宝石」――今風にいったらシーグラスってやつを見下ろして、笑った。
ちなみにそれの大きさは一センチないくらいで、もちろん綺麗なまん丸ではなく、俺の見つけた――俺の瞳みたいな赤味の強いオレンジ色の――それは、なんとなく三角っぽい(見方によってはしずく型っぽい)し――じゃあハヅキのほうはというと、まず、まるで彼の瞳みたいなかなりうすい水色で、そして俺のよりももう一周り小さくて、一つの角が引っぱられたみたいな四角ってかんじの形をしている。
「……、…」
でも偶然っていうか…――ううん、やっぱ偶然じゃないかも。…ていうか、世の中の出来事には何一つとして「偶然」なんてものはない。
全ては神が仕組んだことだ。つまり、全て必然だということ…――と俺は、お互いの瞳の色によく似たそのシーグラスを見ているうちに、はたと神らしく思い当たった。
そういえば…結局……――。
俺は思いを馳せる――ああしてさっきハヅキが思い出せた「記憶」、その続きに……。
あのとき――そう、深海で青龍になったセオリツのお姉さんに泳ぎを教わっていた俺たちは、実はあのあと、本当に綿津見 の国へ行ったのだ。
ちなみにトヨタマヒメ様は、たしかにその国への道を固く閉ざしてしまっていたけれども――幸い、トヨタマヒメ様と親交の厚いセオリツのお姉さんがいたからか、俺たちもその国に入れてもらうことができた。
そうして俺たちは海底にあった門に身を投げた――もともとその門は誰もが出入り自由な、目には見えない境界線というだけのことだったらしいものの、ホオリ様との一件があってからは、海底に大口をあけた恐ろしい激流の渦潮 になっていて、それで拒まれる者は入ってもベッッ! とすぐに吐き出されてしまうらしいけど、俺たちは鼻先を入れたなりそのままぐうっと吸い込まれて、ぐるぐるぐるぐるぐる! とその渦に呑み込まれていった――ら、
空が深海になっている陸地、というか四方を海に囲まれた砂地に出て、…そしてその空(厳密には渦潮の終わり)から、俺たちは黒龍と白龍の姿のままヒューーーッ…と落っこち――、
「うああぁあああぁあ…――っ!?」
さらに俺はやがて、その乾いた砂地にドガッ! とまずはたわんでいたお腹を、それから顎の下から尻尾の裏側まで、つまり長い体の裏側全部をベチャアッッ!! と、
「……ぐあ゛っ…!!」
殴られたくらいの勢いで打ちつけた。
……めっちゃくちゃ痛かった……その上、
しかも、
「……ッんあ゛あっ!」
俺は思わず大きなうめき声をあげた。
……それは、――でなくっても体のあちこちがヒリヒリズキズキしてるっていうのに、――俺よりちょっと遅れて上から降ってきた白龍姿のウワハルが、砂浜でぐったりダウンしている俺の上にドスンッ!! っと落ちてきたせいだ。
つまり、そ の 上 上 か ら ウ エ が 落 ち て き た ってわけ…――で、そのせいで俺の体は裏も表も痛めつけられたってこと。
それこそそのときその衝撃で、俺の長いからだは軽いエビ反りになったくらいだ。――いや、いくら今はこの硬い黒い鱗に全身を覆われてるとはいっても、…だって龍になった俺たちの体重は、(正確に測ったことはないけど、)単位でいったら多分「トン」で表さなきゃならないくらいの重さなのだ、当然だろう。
「…痛 ッッてぇええええ!!」
俺は頭をもたげて背中に乗っかったままの兄にふり返りながら、糾弾のためにそう叫んだ。
でも高慢ちきな兄はけろっとしていた。それどころか冷ややかに俺を見下ろし、そしてこう言い放ったのだ。
「いつまでもこんなところでだらしなく伸びているお前が悪いんだろう。――しかしまあそのお陰で、体力バカのお前とは違って繊細な体をもつ僕は、幸い怪我をせずに済んだ…――よかったなシタ、その身を犠牲に将来の夫を殊勝 に守れて。…存分に光栄に思うがいい。」
「……チッ、…、…」
あーほんっっとこいつ嫌い!! せめて「ごめん」のひと言くらいあってもよくない!? あるいは俺のおかげとか言うなら「ありがとう」だろ!?
……なんて――この頃は俺たち多感な時期だったから、お互いに終始「蓋」をしていたし、兄にその俺の心の声は聞こえていなかったけど――まさかもう少ししたあとにウワハルに恋をするとは、このときの俺はまだ夢にも思っていなかったから、ほんとにむしゃくしゃしてたまらなかったな。
ちなみにセオリツのお姉さんは慣れているからだろう、俺たちみたいに天の渦潮の終着点からビューッと落ちてくることはなく、ふわふわふわぁ…と泳ぐように飛びながら下りてきて、俺たちのもとへ「ウエちゃんシタちゃん、ねえ大丈夫…? 痛かったね…」と心配そうに声をかけてくれた。…お姉ちゃんは! ――
で。――綿津見の国は、その浜のような砂地のようなところを少し進んだ先にあった。
首里城の朱色の豪華な守礼門をもうちょっと豪華に、大きくしたような入り口を抜けて――そうして俺たちが初めて見た綿津見の国は、色鮮やかで豪華 絢爛 な大きな寺院のようなお城――海神 の宮――がドドンッと高いところに建てられている周りに、ずらーりと段々畑のように、平屋の民家が階段状に建ち並んでいて、そしてその下の平地に、いろんな店が軒 を連ねる繁華街がある感じだった。…ちなみに、空はやっぱり(多分海)水でできていたけれども、まるで昼間の海の中から海面を見上げたように、その水から射しこむ昼間ほどの明るい光が、この国にたっぷりと降りそそいで明るくしている。
あと高天原と違って、そのおだやかに揺らぐ水影まじりの光に映える建物も、そこにいる人々の衣服や宝飾品も何もかもが色鮮やかで、色とりどりで、また装飾もかなり凝っていた――それこそ中華要素に沖縄要素をくわえて足して二で割った感じの、あのキラキラ、カラフル、金ピカって感じの豪華さだし、服飾品に至っては沖縄の伝統衣装そのものって感じ――。
ただ「人々」とはいうけれども、この国には半魚人や二本足で歩行する服を着たワニ、はたまた――水がないのにふよふよ泳いでいる――人魚だとか、…そうして完ぺきに人間っぽい姿をしているひとが見つけられないくらいで、それこそそういうひとを見つけた、と思っても、一見そうというだけで、よく見ると頬に鱗がついていたり、耳がヒレみたいになっていたりするのだ。……ほんと面白い国でしょ。
……で、俺たちは龍神姿だとちょっと幅を取りすぎるので――要はデカすぎて往来する人々の邪魔になるし、かえって目立ちすぎるので――、綿津見の国には空気もあるし、一旦元の人間のような姿に戻って――俺は黒に中は赤の狩衣 、ウワハルは白に中は青紫の狩衣で、セオリツのお姉さんは青い天女のような衣装で――、――海神の宮へ向かうついでに――その国のなかを軽く観光した。
そしてやかましいくらい賑わっている、広々とした市場通りに行くと、溢れんばかりにひとがたくさんいて、活気のある商人の呼び込みの声が飛び交うなか、露店で魚やカニなどの海の幸を売っていたり、真珠や貝がら、珊瑚なんかで誂 えた首飾りや耳飾りを売っていたり、はたまた俺たちには使い方もわからないような道具がずらーり…――なんて、これもまた高天原じゃまず見ないような、めずらしい光景がそこにあった(いわゆるバザールみたいな感じだ)。
それで…そうして市場通りを先導するセオリツのお姉さんのあとを着いてゆくウワハル、次いで(まだ兄をゆるしてないから)ちょっと離れてウワハルにつづく俺、と、めいめいあちこち見まわしながら、その市場通りを進んでいたら……、
「ぃよおっそこのカワイ子ちゃんたち!」
と緑色の鱗をもった恰幅 のいいワニの商人のおじさんが、俺たちに――というかセオリツのお姉さんと、そのひとのすぐあとに続いていたウワハルに――声をかけてきた。
彼はそのワニの両手いっぱいに、真珠や貝がら、宝石などで作られた首飾りをジャラジャラといくつもぶら下げている。――またそのおじさんの背後にある露店にも、首飾りや耳飾り、髪飾りなんかがたっぷりと雑然と並べられている。――つまり、多分このひとは宝石商ってやつ。
「あら、何か?」とお姉ちゃんが愛想よく応えながら止まる。と、兄も必然的に止まった。…まあ、(蚊帳の外の)俺も、だけど。
するとワニのおじさんはニカッと鋭い牙を見せながら笑って、ウワハルとセオリツのお姉さんとを交互に見い見い、
「いやあー大そうなべ っ ぴ ん 姉 妹 だねぇ! 驚いちまったやこりゃあ、…一体どっちがお姉さんなんだい? それで、どっちが妹さん?」
なんてやたら親しげに言う。と、セオリツのお姉さんは満更でもなさそうに明るくにっこりと笑って、「えっ…やだあーもう〜〜」とその綺麗なほっそりした片手でぺいっと空 を叩 きながら、嬉しそうなワントーン高くなった声でこう答えた。
「お姉ちゃんですって? えへへっ…お姉ちゃんはねぇ、まあねぇ、わたしですけど〜〜!?」
「…………」
……ただウワハルは何も言わない。が、…やっぱり満更でもなさそうな誇らしげな笑みを浮かべている。…自惚 れ屋のこの兄は、そうやって性別を間違えられても、それを怒るでも訂正するでもなく、今はただひたすら「大そうなべっぴん」という言葉に満足しているのだ。――ウエはひとが思っているより単純なところあるから。ほんとに。
「……、…」
で、そのふたりをちょっと後ろから眺めている俺はというと、呆れながらうんざりしている。
まあたしかにウワハルは少し女性的な繊細さのある美貌をもった男神ではあるけれども、とはいえ――よく女の子と間違えられていた小さな頃ならまだしも――今はどこをどう見たって男、って感じだ。
……いや、でもやっぱそれは言いすぎかも。
兄は前から見れば誰もが男とわかる容姿をしてはいるけど、後ろから見るとガリガ…細身かつその黒髪が長い、しかも肌も死人みたいに白いから、その後ろ姿だけであれば女神とまちがえられることはたまにある。
でも、もちろん兄自身も自分のことを男としか思っていないし、――そういえばおかしかったのが、この前ウワハルが乗馬の演習中、俺とじいじたちとちょっと遠乗りしたとき、休憩時間に汗をかいたから、と近くの昼の泉で沐浴 をしはじめた。
そうしたら当然だけど、ウワハルはまっ裸に――ちなみに俺はその泉の近くの木にもたれかかって、後ろ頭と木のあいだに両手をはさみ、兄の水浴びを何の気なしに眺めていた(だって何でか見張ってろっていうから)――そして兄は俺のほうにそのほっそりとした背中、…まあたしかになまっ白くて、やたら腰が細くくびれていて、…まあたしかに女神の美しい背中、とも見えなくはないその背中を俺に向けて、お尻の下ギリギリまで清らかな水に浸かり、
『……、…』
……なんでか、ときどき俺のほうをチラチラ恥ずかしそうに見ながら――なんでか頬をうっすらと桃色に染めながら――(いや俺に見られたくないなら、別にじいじのどっちかに見張りを頼めばよかったじゃん、とは思ったけど…)そうやって体を清めたあと、洗うために下ろしていた長い黒髪をまたまとめ直していた。
……そうしたら突然、ガサガサッと俺の隣の茂みから『頼もう、』なんて出てきたある若い男神が、自分の名を名乗ったあと、『是非美しいそなたを我が妻にと思っている! よって、そなたの名をお聞かせ願いたい…!』と兄に情熱的に申し込んだ。…結婚を。
つまりこの男神、ウワハルを美しい女神だと勘違いして、(笑っちゃうけど、兄の生白いほっそりとした背中に、)一目惚れした末に求婚したっぽい。
でも、そうしたらウワハルは長い黒髪を頭の高い位置で両手で押さえたまま、ふっと顔だけで振り返り、その横目で、本当に怖い目つきをして、
『我が名は天上春命 。僕は男神ゆえに、誰の妻にもなれないが…何用だ。』とか、男のひっくい声で言ったわけ!
もう大爆笑。ほんとあれは面白かったな。
だってウエが男神だとわかった途端、兄に声をかけたその男神は、顔を真っ赤にして『失敬!』って、それだけ言って一目散に逃げていったのだ。
……ただまあ、思うと兄は背後の俺のほうをチラチラ見ていたから、後ろ姿ばっかりじゃなくて、あの男神にも多少ウエの顔(横顔)は見えていたはずだから、…案外声さえ出さなければってこと……?
まあ凛々しい顔立ちのアマテラス様のような女神もいるし、ウエも見るひとによっては…なのかもね。
……ちなみに、なんでかそのあとやたら不機嫌になったウエに俺は、『おいシタ、君の将来の夫が求婚されたんだぞ。君何とも思わないのか? 普通、君がまず〝待った〟をかけるべき立場だろう。』とか文句を言われたから、『別に?』なーんて言ったら、……顔を真っ赤にして怒った兄が母上にそれを言いつけたせいで、(俺が家族全員に集中砲火されるっていう超最悪な)家族会議になったのは、また別の話……。
……まあ話は脱線したけど、そう、いつもならね。いつもならウワハルは女と間違えられたなり、ムッとして「僕は男神だが」ってすぐ訂正すんの。…いつもなら。
それが(どうせお世辞とはいえ、)べっぴん「姉妹」って、…もちろん本当に女神のお姉ちゃんはともかく、こいつ、「べっぴん」とつけば何でもいいのかよ。
……もっともこの国の男性はみんな短髪(というか帽子に髪をしまっている)か、あるいはワニとか半魚人とかだったりするわけで、すると、このワニおじさんはウワハルのような(ある種彼らにしてみたらよっぽど異形 寄りの)男はそう見慣れないのかもだし、ましてや総髪 (ポニーテール)ときたら、この国の女性たちよろしくそれは女の髪型だとも思ってはいそうだから、そうしたらまあそういう勘違い? をしたのも無理はないのかもね。
ただ、どうせ贋物 の宝飾品をぼったくり価格で売りつけるためのアレでしょ。どうせ褒めすぎなくらい褒めておだてて詐欺ろうって魂胆。
とか俺はしらーっと眺めていたんだけど。
……そうしたら案の定ワニのおじさんはニコニコ溌剌 と、
「こんなべっぴんさんたちゃ見たこともねえなあ! いやしかし、その天下一品の美貌も、引き立て役がなくちゃあちぃっと霞 んじまいますぜ! ときたらこれだ、お嬢さんたちの引き立て役にゃあこれ! ――ほぅら、この真珠の首飾りが一番だ!」
と商魂を燃やして、その首飾りをふたりに売り込もうとしたのだ。――
で…――結局どうなったかというと…、
「何という無礼者だったろう! なあ、君もそう思わないかシタ!」
……ところ変わって、海神の宮に向かうその清閑 な宮殿通り――ウワハルは歩きながら顔を険しくして、俺の隣で激怒していた。
――なんでこいつがこんなに怒ってるかって?
兄はうつむかせた怒り顔を真っ赤にして、わなわな震えながら、こうまくし立てる。
「引 き 立 て 役 な く し て は 僕 の 美 貌 が 霞 む ……!? すると僕の美貌が似非 のそれと言っているようなものじゃないか! 何故と言え、引き立て役なくしては美貌と見えぬ者など、所詮その程度だということだからな! ――じゃあ聞くが、月に星々は必要か? いいや要らない、星なくしても月は極上に美しい、…そうだろう、…それと同じく僕の美貌にも添え物など要らない、…そんなもの無しにも僕はこんなに、十二分なほど美しいというのに……っ! こんな侮辱を受けたのは生まれてこの方初めてだ、…っ僕はこんなにも完璧な美しさをもつ〝お花ちゃん〟だぞ! ああっ帰ったら絶対母上に言い付けてやる、…母上がこれを聞いたら何と仰 ることか、…」
「……、…」
まあ…ウエを一番「お花ちゃん」扱いしてるのは、母上だからね……。
「大体あの鰐 見る目がないのだ、僕はわりに真珠より宝石のほうが似合う質 の美貌の男神だ。」
そして兄は「なあっ君もそう思うだろうシタ!」と俺にふり返る。けど……、
「…ああ…ん、まあ…、うん……」
どこまで自惚れ屋なわけ、こいつ……。
そんなの言葉の綾 に決まってんじゃん…、ていうか天下一品だとかなんとかだって、どうせあの高そうな首飾りを売りつけるために言っただけのことでしょ。
あと正直、ウエに似合うのは宝石か真珠かどっちかっていうのも、そもそもウエをそんな目で見たことないし、正直俺にはよくわかんない。
で、ウワハルは(俺の微妙な反応に「チッ」と舌打ちしてから)またうつむき、こう怒る。
「そもそもお姉ちゃんに対してもそうだ! これほどの美しい女神に添え物が必要だと、…僕たちの美しさを馬鹿にするのも大概にしてほしいものだ!」
「……まあまあウエちゃん…あはは…、別に悪気はなかったと思うよぉ、あのワニさんも……」
「……、…」
……まあでも、あの直後にこの(自惚れ屋極まれりな)兄がそうして激怒したために――あるいはそのお陰で――ちょっと人(神)がよすぎるところのあるセオリツのお姉さんもふくめ、あのワニの商人に首飾りを売りつけられてしまうようなことはなかった。
むしろ、兄のその憤慨 っぷりに恐ろしくなったあのワニおじさんは、『わかった、すまなかった、』とお詫びになんて、あの真珠の首飾りをタダでくれようとしたくらいだ。…けど、『そんな上等な真珠をあしらった首飾りをタダで寄越そうというのか! この馬鹿め、それで貴様の生業 が立ち行かなくなったらどうするつもりなのだ!』とかなんとか…今度は謎角度から兄に説教されて、もうかなり可哀想なくらい萎縮していた。
で……もう本当に勘弁してくれ、これは売れ残りだから、頼む受け取ってくれ、と泣きながらウワハル(とついでにお姉ちゃん)に、翠玉 (エメラルド)の耳飾りを押しつけるようにして渡したワニおじさんだったけど、興奮している兄はやっぱりそれも『だから、大事な食い扶持 ともなろう品をタダで譲ろうだなどと…』と拒もうとしたので、――(あんまりワニおじさんが可哀想だったから、)俺がぼそっと……、
『まあでも…真珠の首飾りよりかは、そっちの宝石の耳飾りのほうが、ウエの美しさに調和する? っていうか…――そのほうが綺麗なんじゃん。多分。…似合うっていうかさ……』
と言ったら――あくまでも他意はなし、別に本音でもない、ただ長年連れ添った双子の兄はこう言えば引き下がるだろうとわかっていたから、とにかくもうもらってやんなよ(おじさんを解放してやんなよ)って、俺はおじさんに助け舟を出しただけなんだけど…――するとウワハルは何でか、ほんと変なことに、
『……まあいい。…ならばそれを買ってやろう。』
とか唐突に言い出したの。ムッとしながら。
いやもういいから、どうせ自分でも引き際わかんなくなってんだろうし、もうそれもらって終わりにしてやんなよって意味だっての。なんで買うとかになるわけ? とは思ったけど――結局ワニおじさんは『いい、いい、構ゃしねぇから、貰ってくんな!』とその翠玉の耳飾りをウワハルの胸板に押し付けて、そして自分の店をさえ捨てるように、『んじゃあオレは商談があっからよ、』なんて怯えながら逃げていった(よっぽど兄が怖かったんだろうね)。
しかも結局、
「いや、天下一品? 天下? いいやっ…! 天下においても天上においても僕たちの美しさは……」
とかまだキレ散らかしてるウワハルの片耳には、その翠玉の耳飾りが揺れて、キラリ…――何だかんだいって着けてんじゃん。
まあでも、当たり前ながら…――とにかくそうして道中プンプンカリカリ怒りつづけたウワハルも、海神の宮に入ったなり、さすがに静かになったんだけど。
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