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第1章 第1話 明日は高校の入学式

 四月の朝。明日は高校の入学式だ。  朝食を食べた後、二階にある自分の部屋の窓を開けると、春なのにまだ少し肌寒い風が入り込んできた。でも、気持ちいい。  明日着ていく|神陵《しんりょう》高校の制服を、ラックに掛けた。  偏差値がめっちゃ高い学校。勉強死ぬほど頑張ってやっと受かった。この制服を着られるのがすごく嬉しい。  時計を見るともうすぐ九時。  昨日、幼馴染みの|高橋尊《たかはしたける》から「明日、朝食べたら家行く」と連絡がきた。そろそろ来るかも? でもまだ寝てるかな。ま、いいや。  ふと、机の上の卒業アルバムに気付く。ベッドに腰かけて、最後のページを開くと、皆に書いてもらった色んなメッセージ。微笑んでしまいながら見ていると、いくつか同じ言葉が目に留まって、思わずため息をついた。  「|翠《すい》くん、いつまでも可愛く居てね!」「可愛すぎ、翠くん!」みたいな。女子のふざけたメッセージとハートマーク。  ページをめくって、パラパラと写真を見ていく。  ふっと、目に映った、笑顔の可愛い女の子。  胸の奥に痛みが走る。    ――中学を卒業したばかりのオレの短い人生には、思い出したくない過去が、ふたつある。  ひとつめ、人生最悪の記憶は、中学二年の終わり。  可愛くて女の子らしくて、中一からずっと好きだった子に告白した結果、大成功。人生で初めての彼女が出来た。  初デートに映画を見に行くことになって、待ち合わせ場所で会ったその時。  高校生くらいの男二人に声を掛けられた。 「可愛いね、君たち」 「――」  咄嗟に声が出なかった。  ……は? 彼女が可愛いのは分かる。  「たち」って?  まさか、こいつら、オレのことも言ってる? 「オレ、男だけど」 「あー、はいはい、男の子のマネしてんの? なんかますます可愛いね」  ますますムカついて、「マジで男だけど」と睨みつけると。 「え。そうなの?」 「マジで言ってる?」  めちゃくちゃジロジロ見られる。  つか、分かったなら、彼女も居るし、余計なこと言わずさっさと消えろよ。  そう思った時。 「えー、マジで残念。オレ、君の方がタイプなんだけど! 一目惚れしちゃって声かけたのに、男かよ~」 「ほんと。マジで彼女より可愛くてどうすんの?」 「は……!?」  ふざけたことぬかすなよ、馬鹿! 勝手に間違えたくせに!!  つか、彼女のほうが可愛いに決まってるだろ!  ……って言えたら良かったんだろうけど。  あの時のオレは、ただただ、あまりの怒りに震えながら、呆然とそいつらを見送ってしまった。  はっ、と我を取り戻した時に、彼女との間に流れる超気まずい雰囲気。  オレが、ごめんね、と彼女に謝る羽目になって、彼女は、ううん、と首を振った。  ――あいつらの心無い言葉に、多分、彼女は、相当傷ついたのだと思う。  その日は映画を見て、お茶して帰ったのだけど。時たま、じっと顔を見つめられていたのには気付いていた。  だけど、うまいフォローなんて、出来なかった。  次の日学校で呼び出されて、やっぱり付き合えない、と別れを切り出された。 「確かに翠くん、あたしより可愛いと思う。翠くんは何も悪くないんだけど……なんだかあたし、コンプレックスになりそうで。ごめんね」  そんな風に言われて、もう受け入れるしかなかった。  彼女の方が絶対可愛いのに、なんて、今さら言っても無駄なことは分かったし。  金曜に告白して日曜にデートして、月曜に振られた。そんなことってあっていいのか。  ずっと好きだったのに。  あの馬鹿二人の顔は、一生忘れないと誓ってる。  そして、あれ以来、可愛いって言われるのが、マジで嫌い。  一目惚れって言葉も大嫌い。  そういうの言う奴、全員、大きな穴掘って落としてやりたい。  可愛いって言われるたびに、心がちょっと冷えるくらい。かなりトラウマな出来事。  オレは大きくため息をついた。  嫌なこと、また思い出してしまった。  彼女の写真から目を逸らして、ページをめくっていく。尊の写真を見つけて、また時計を見る。そろそろ来るかなーなんて思いながら、自分のクラスのページに。  久藤 翠《くどう すい》と印字された上に映ってる、自分の顔。  ――染めてもないのに栗色のサラサラの髪。  くっきりな二重と、まつげが長いせいで余計に大きく見えてしまう瞳。  肌は嫌になるほど白くて、焼こうとしても赤くなって終了。  体はどんなに筋トレしても一定以上は筋肉がつかないし、華奢と言われても、言い返せない。  客観的に見て、嫌になるほど、つるんと可愛く見える。マジで嫌。むしろ「可愛い」は最大のコンプレックスだ。  不本意だけど、物心ついてからずっと、可愛いと言われ続けて生きてきた。  そりゃちびっこの時は、可愛いって言われて喜んでたけど。  制服を着るようになってからは、「なんで女の子が学ラン着てるの」ってからかわれるし。  私服で、どんなに男っぽい格好してても、女と間違われるし。  顔だけ見てナンパしてくる奴とか、ほんと最悪。  正直、顔が可愛くて得した記憶は全然無い。マジで普通が良かった。  道を歩いていて知らない大人に、可愛いね、と声を掛けられることも多かった。幼心に危機感があって、母さんに訴えた結果、小三から合気道を習うことになって、以来、ずっとまじめに続けている。護身用ってのもあるけど、今となっては、楽しいから。

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