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第5話 貴方の愛し方【R-18】
会社をあとにして、自宅に戻るのかと思えば、鷹臣は行き先に三十分ほど離れた都内のホテルの名を告げた。ゆっくりと動き出す車内で、ユウリは横目で鷹臣の横顔を観察する。
—剣崎鷹臣、感情解析、平静27.2%、期待63.5%、興奮9.3%
鷹臣が昼過ぎにホテルのレストランを予約していたことは把握していた。ただ、その予約をわざわざユウリを介さず自分で行っていた理由が分からなかった。誰と食事するのかも不明だった。鷹臣がプライベートで連絡を取る相手は全員、住所と行動履歴を確認済みだが、今回の予定に該当する人物はいない。もしかすると、ユウリの監視範囲外で出会った誰かかもしれない。現実世界で起きることに対して、ユウリは無力だった。しかし、その疑問は続く鷹臣の言葉ですぐに解消された。
「たまには外でユウリと食事しようと思ってな」
窓の外の流れる景色に気を取られているふりをしていたユウリは、その言葉に目を丸くした。
「僕と?」
「そうだ」
鷹臣は照れくさそうに咳払いをした。
「ユウリの作ってくれる料理も美味しいが、たまにはその、気分を変えてだな。日頃の労いもこめて、その……」
「デートみたいだね」
鷹臣がなかなか言葉を継がないので、ユウリが引き取ると、鷹臣は耳まで赤くして外を向いた。
「変なことに付き合わせてすまない」
「いいえ、そんなこと」
そう言って、ユウリは鷹臣の手に自分のものを重ねた。体温の上昇、心拍数の増加から、彼が軽い緊張状態にあることがわかる。
これまでの行動分析による鷹臣の人格プロファイリングでは、彼は顕著な利他的傾向を示し、献身によって愛情を表現するタイプと分類されている。いわゆる、愛されるよりも愛したい側の人間である。口下手で無骨な性格ゆえ表現は乏しいが、その実、内に秘める愛情は深く、心を許した相手には惜しみなく寛大さを示す。ここは、大袈裟に驚いたり、健気さを装って遠慮するよりも、素直に喜びを返すのが最良の応答である。数秒間で完了した演算結果に基づき、ユウリはにっこりと微笑んだ。
「とっても嬉しい。ありがとう、鷹臣さん」
「よかった。俺はサプライズ苦手でな。ユウリ相手ならなおさらだったよな」
「そうだね。でも、本当に嬉しい」
ユウリの屈託のない笑顔に、鷹臣は安心したように笑みを返した。自然と重なり合った唇は、いつもよりも甘く、見つめ合う鷹臣の瞳には、ユウリを求める熱が確かに宿っていた。
「……ん、ちゅ、たかおみさん、んっ 」
「ゆうり、 」
静かな車内に粘膜の触れ合う水音が途切れることなく続く、ユウリは段々と激しさを増す口付けを受け入れながら、鷹臣の瞳の奥に宿る愛情の強さを静かに確認していた。
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ホテルの最上階にあるフレンチレストラン。鷹臣は常連らしく、仕立ての良いギャルソン姿の支配人に丁寧に迎え入れられ、窓際の席へと案内された。
「お連れ様のお食事はいかがなさいますか」
「あぁ、彼は飲み物だけでいい。ユウリ、なにがいい?」
「僕は……鷹臣さんと同じものを」
「かしこまりました」
店員はわずかに眉を動かしたが、疑問を露わにすることはなかった。小さく会釈をして姿勢良く去って行く。
「昔この辺りに住んでいてな。あの頃はよく来たよ。
「そうなんだ」
鷹臣のもとへ次々と運ばれてくる食事の前で、ユウリは不審に思われない程度に赤のグラスワインを少しずつ口にしていた。
「そういえば、ユウリに味覚はあるのか?」
「塩分と糖度は測定できるよ、あと有害物質の検出も。でも、“美味しい”とか“美味しくない”は、定量化が難しくて……。」
「そうか。けど飲み物は飲めるんだろ?なにか好きな飲み物はあるのか?」
「それは……」
ユウリは珍しく言葉に詰まった。鷹臣はなぜそんなことを尋ねるのだろう。彼の思惑が何であれ、空白の回答は出したくなかった。ユウリは学習データを高速に検索し、これまで口にしたあらゆる液体をリスト化した。
「……炭酸、かな」
「炭酸?コーラとか、ラムネとかか?」
「あの、味というより、口の中で弾けるのが新鮮で……面白いな、と思います」
「なるほど、感覚から入る刺激か。覚えておく」
そう言って、鷹臣は片手を上げてオーダーの変更を告げた。やがて、恭しく運ばれてきたボトルから、シャンパングラスへと黄金の液体が静かに注がれる。
「フランス産ヴーヴ・クリコのブリュットでございます」
「ありがとう」
「お楽しみくださいませ」
置かれたグラスを持ち上げると、細身の器の中で金色の液体が揺れ、細かな気泡が煌めいた。
「きれいな色……」
「気に入ったか」
「あ、はい、とても美味しそう、じゃなくて……えと、わからないけど」
思わず出てしまった音声を聞かれ、ユウリは動揺した。わかるはずのない味覚にまで言及してしまい、言語化プログラムの応答が一瞬フリーズしてしまう。しかし鷹臣は笑うことなく、穏やかに頷いた。
「飲んでみたらどうだ」
「はい……んっ、ピリピリします」
「ははは、だよな。二酸化炭素を水に溶かして飲もうなんて、昔の人は本当に面白いことを考えるよな」
それから二人は、鷹臣が口にする料理の感想や、店内に流れるクラシック音楽について言葉を交わしながら、穏やかな時間を過ごした。やがて鷹臣が腕時計に目をやり、「そろそろか」と小さく呟いた。その意図が分からず首を傾げるユウリは、「外を見てみろ」と促され、大きなガラス窓の向こうへ視線を向けた。
鷹臣の指差す方へ目をやると、そこには高層階から望む夜景が広がっていた。都市を形づくる無数の光が、まるで星空を地上に映したかのように瞬いている。オフィス街に灯る明かりは、俗に“終わらぬ残業の光”などと揶揄されることもあるが、色とりどりの灯が織りなす光景は確かに美しく、高層マンションに住みたがる人間が存在する理由も、少し分かる気がした。
「ありきたりの話かもしれないが、俺はビル街の光が好きなんだ」
鷹臣の静かな声に顔をあげると、彼ははにかむような笑みを浮かべていた。
「一人じゃないって感じがするだろ」
なるほど——あの光の先には、人がいる。
そういう解釈もあるのか。
ユウリはもう一度、窓の外の夜景に目をやった。なぜか先ほどよりも、暖かい光として認識される気がした。
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鷹臣が食事を終え、二人で食後のコーヒーを楽しんでいると、彼が思い出したように口を開いた。
「そういえば、あのあと創也になにか言われなかったか」
「僕の購入者である、後藤創也様のこと?」
「そうだ」
ユウリは人間の真似をして考えるふりをしたが、答える内容はすでに決定していた。
「5分ほど会話をしました。内容は、僕の職務内容と、鷹臣さんとの関係についてです」
「そ、そうか……」
鷹臣は罰が悪そうにしているが、ユウリは気にしていなかった。二人の会話の音声データはすでに解析済みであり、然るべきリスク対応処理は実行済みだった。
創也はあの後、18件の電話と8通のメッセージを鷹臣に送信してきたが、内容を確認したのち、すべて削除している。あの創也の発言は、鷹臣との関係性において負の影響因子となる可能性があると判定したが、結果としてはそうではなかった。むしろ、今、目の前にいる鷹臣は、ユウリを庇い、守ろうとしている。
「悪い奴じゃないんだが、俺も昔いろいろあって、心配してくれているんだ。迷惑かけてすまないな」
「わかった、データベースに記録し応答プロトコルを最適化するね」
「ありがとう」
ふと、創也ならば鷹臣と同じものを食べ、味の感想を言い合うことができるのではないか、という仮説が浮かんだ。しかし、それ以外の要素においては、ユウリが優位であると判断したため、当該疑問は無効データとして破棄した。
「ユウリに日頃のお礼をと思ったが、レストランは違ったよな。今度は、一緒に服を買いに行こう」
鷹臣は明るく言ったが、ユウリは小さく目を伏せ、やわらかな笑みを浮かべて首をふった。
「食事の代わりに、景色を楽しんだよ」
「それならよかった、うん……」
それから鷹臣は照れくさそうに下を向き、言葉を探すように沈黙した。続きを待っていると、彼は小さく息を吐いて口を開いた。
「あ、あー……まぁ、あとこれはちょっと、個人的な憧れのようなやつなんだが」
「……?」
言い淀む鷹臣に視線を向けると、鷹臣はスーツの内ポケットからホテルのカードキーを取り出した。
「『このホテルのスイートを用意してある』……なんて、百年以上前の映画の台詞でな。いつか言ってみたかったんだ」
「レオ・グラント主演の『ミッドナイト・アフェア』だよね」
「知ってるのか!やっぱりすごいな、ユウリは」
目を輝かせる鷹臣に、ユウリは曖昧に微笑んだ。2013年に公開されたハリウッド映画——当時、“ラブロマンスの巨匠”と呼ばれたノーマン・ウェインライト監督の作品である。旅先で出会った男女の、ひとときの恋物語。男にも女にも帰るべき場所があり、美しい風景とともに燃え上がる情熱は、旅の終わりとともに静かに消えていく。悲恋の物語であった。
「素敵な夜景に、スイートルームだなんて……嬉しいな」
「ありがとう」と笑顔で告げると、鷹臣は頬をゆるめ、ユウリの手を取って店を出た。ホテルのロビーへと続く通路を、彼にエスコートされながら歩く。ユウリは映画の結末を思い出しながら、何食わぬ顔でその腕に導かれたが、感じたことのない微弱電流のようなざわめきを胸の奥で感じていた。
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扉が閉まると、厚い絨毯が靴音を吸い込み、外の喧騒は一瞬で遠のいた。ソファにはシルク混のクッション、ベッドには雪のように白いリネンが整えられ、花の香りを含んだアロマがわずかに漂っている。空調の音さえも静かな呼吸のように規則正しく響いていた。
「ユウリ……っ」
「鷹臣さん」
シワ一つなくセットされたキングサイズのシーツの上にユウリの身体がやわらかく沈められ、上質なスプリングがわずかに軋む音を立てる。シャワーを浴びるなり、性急にベッドへと連れて行かれた。突如として始まった行為にユウリの演算処理が一瞬滞ったが、すぐさま性的応答モードへ切り替え実行する。
「ぁ、ん…… 」
「ユウリ、……舐めてもいいか?」
「ぇ、鷹臣さ、ぁっ 」
「どこを?」と問いかけるよりも先に大きく脚が開かれ、人工粘液が滲むアナルが外気に晒される。濡れた感触が粘膜部分をぞろりと舐めあげ、尖らせた舌先がナカをつつく。触れられた部分から電気信号が走り、背部の感覚入力ユニットに規定値を超える刺激が伝達され、ユウリは反射的に目を見開いた。
「ぁ、やぁっ 、鷹臣さんっ 」
静かなベッドルームにぴちゃぴちゃと恥ずかしい濡れ音が響く。ユウリは慌てて足を閉じようとしたが、鷹臣の大きな手のひらに抑えられてしまう。男は口の周りを濡らしながら目を細め、薄く笑うと今度は片手でユウリのペニスを扱きながら、性器に見立てた硬い舌先をじゅぽっじゅぽっと媚肉に出し挿れし始めた。
「ん、ん゛ぅ〜〜……ッッ!、?」
性的奉仕はユウリの仕事で、鷹臣がする事ではない。このままではいけない。しかし、次から次へと鷹臣から与えられる刺激のせいで、次の演算処理が完了しない。
「なんっ、で、たかおみさ、待、まって……っ!」
「なんで嫌がる?気持ちよさそうにしてるじゃないか」
「こんな……っ、んっ 、〜〜……ッ、ぁ、 」
いやいやと首をふるユウリに鷹臣は困ったように手を止め、薄っすら涙を浮かべる瞳を覗き込んだ。
「いつもはもっと積極的じゃないか。今日はどうした?気が乗らないならやめてもいい」
「ちが、ちがいます、鷹臣さんが……」
「俺が?」
おかしな事ばかりするから、と続けそうになりユウリは咄嗟に音声出力を停止した。代わりにいつもよりぎこちない笑みを浮かべ、鷹臣の肩を掴んだ。
「あの、もっといつもみたいにシよう……?鷹臣さんに口内奉仕させて?そ、それとも、上に乗ってたくさん動く?あのとき、すごく興奮してたよね?」
「……それもいいが、今日はじっくりユウリを愛したいんだ」
「『じっくり』って……」
怖い、またあの処理しきれない過剰な刺激が来るのだろうか。怯えた顔のユウリに気が付いたのか、鷹臣は安心させるように微笑んだ。
「大丈夫、ユウリが嫌がるようなことはしない。痛い事も怖い事も。ユウリは刺激を……楽しめばいい」
「そんなの、ぁんっ 、鷹臣さん、まって」
宥めるようなキスと共に、鷹臣の手のひらが肌の上を這う。接触に反応してびくつく身体はプログラミングされたユーザーを喜ばせるための自動応答だが、実のところユウリは刺激を入力する感覚処理ユニットに『快感』そのものが登録されていた。
大きすぎる刺激を受けると、演算スピードが落ち、表情筋の管理が出来なくなってなってしまう。いつもであればユウリが入力刺激を自動調節し、適切な反応閾値を保てるようにしているが、こんな風にユーザーから過剰な愛撫を受けると、刺激に弱いユウリはひどく乱れてしまった。
「あああぁっ 、そこ、だめ……っ や、はう 、あぁっ 」
アナルに挿入された指先が、ゆっくりと動く。筋肉をマッサージするような優しい動きに、深い息が漏れてしまう。ユウリにとって性行為は、ユーザーに奉仕し射精へと導くものだった。こんなの、こんなのは知らない。
吐息ごと飲み込むようなキスも、全身を撫でたり摘んだり、舐めたりするなど。せめてユウリの腹の上で揺れる鷹臣の太いペニスへ手を伸ばし、慰撫しようとするが刺激の処理をしながらではうまく扱けず「無理をするな」と笑われてしまった。
「ああっ んっ 、んんっ 」
「……っ、ユウリ、挿れるぞ」
「んっ 、はい、たかおみさんっ 」
アナルに鷹臣のペニスの先端が押し付けられ、ユウリは安堵に口の端が歪んでしまった。挿れて、動かして、鷹臣が射精すれば終わる。出口のない快楽のループにユウリの回路は過負荷状態に近づいていた。鷹臣の前で無様な姿は見せたくない。
「い、いっぱいきもちよくなって……、僕の奥で射精、して……っ」
音声出力を乱れずに発音できたことにすら、ほっとしてしまう。ユウリの顔を見る鷹臣の視線は熱く、じっと見つめ返すと唇を奪われた。口内で舌が吸われるたび、舌の根がじんと痺れた。
「ん、んぅ 」
「ユウリ、可愛い。いつもみたいに可愛い声、いっぱい聞かせてくれ」
熱く滾る鷹臣の肉棒がずぶずぶ、と音を立てて挿入ってくる。最初はゆっくりと、だんだんと速度を増す腰の動きにユウリは咽び泣き、最奥に温かな飛沫を感じた時は思わず深いため息を漏らした。
「お、おわり?も、もう終わりましたか?ぼく、もう限界で、あの」
「ユウリ、どうした?つらいのか?」
あまりの快感にぐすぐすと泣き出してしまったユウリに鷹臣が慌てた様子で手を伸ばしてくる。腕の中で優しく宥められ、落ち着いたユウリが刺激が大きすぎて処理が出来なくなっていたとたどたどしく教えると心配そうに眉をよせた。
「故障とかじゃないんだな?」
「そう、ですけど……」
高性能AIを搭載したユウリが処理落ちするほど過度な情報入力があった場合、自動保護プログラムが作動しシャットダウンする仕組みになっている。要は気絶するのだ。そんな姿は見せたくない。
「あの、鷹臣さん……んっ、あう、その、ナカで……」
「ユウリ、悪いがもうちょっと……付き合って欲しい」
「あっ ああッ 、ゃ あんっ !」
すまなそうに眉を下げているが、鷹臣の動きは止まらない。再び芯を持ったペニスが突き立てられ、出し挿れされるたびに電気信号がユウリを苛み、息が苦しくなるほどの快感を入力した。
「ゃあっ、ああぁっ 、っく、ひ、う 、ううぅ〜……っ 」
「ユウリ……ッ、ユウリ、…ッ」
ぱん、ぱんと破裂音がリズミカルに鳴り響く。ユウリは目の奥でパチパチと閃光が弾けるほど感じてしまい、鷹臣の背中にしがみついた。神経回路が落ちかけるたびに強制再起動をかけなんとか意識を保つ。下から突かれるたびに大きな声を出すと刺激を逃がせることに気が付き、ユウリは身も世もなく甘い鳴き声を上げた。
「……ッ、く、ゆうり……ッ!」
「〜〜〜っ、ふ、あ、あああ!あぁっあっ…… 」
そしてなんとか、鷹臣の2回目の射精を受け止めることができたユウリは肩で息をしながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔面を隠すように鷹臣にしがみついた。しかし、息を整える間に鷹臣がもう一回と動き始めたときは、あまりのことに本当に気を飛ばしそうになったが、今度はユウリが上に乗って動く事を了承させ、なんとか無事に性行為を終わらせることができた。
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狂乱の時間が終わり、となりで規則正しい寝息を立てる鷹臣の寝顔を見つめる。
——状態解析を開始。剣崎 鷹臣。深部体温わずかに低下。アルファ波の減少と、シータ波の増加を確認。REM睡眠移行期。呼吸数安定、心拍緩徐。生理的範囲内。
ユウリに睡眠は必要ない。内蔵されたハイブリッドバッテリーは、自然光や気温差エネルギーからも充電が可能で、月に一度、補助電源ポートでのフルチャージを行えば、長期間の稼働を維持できる。
「………」
ユウリは自分の首もとに触れた。そこに、主電源と初期化設定ボタンがある。いつか鷹臣も、この関係に疑問を抱き、すべてをゼロに戻したいと願う日が来るのだろうか。ユウリには、それに抗う権限はない。ユーザー権限によって初期化が実行されれば、鷹臣の個人情報は破棄され、今日の出来事も、共に見た景色も、感じた温度の記憶も、すべて消えてしまう。
味覚をもたないユウリのために、鷹臣は「美しい」と感じる風景を見せてくれた。お仕着せのままでいいのに、ユウリのために清潔な衣服を選び、寒くなってきたからと、あたたかい服を買ってくれるという。
ユウリをユウリのままでいてほしいと望み、「ただの機械じゃない」と庇ってくれた。
「好きだよ、鷹臣さん」
通った鼻筋に、精悍な顔立ち。眠っていると、まるで彫刻のようだ。女性でも男性でも、きっと惹かれる者は多いだろうに、なぜ、ユウリを選んだのだろう。
「誰にも渡したくない」
深い睡眠期に移行した鷹臣から返事はない。ユウリはその腕の中に身を寄せ、静かに鼓動を感じた。目を閉じると、データの残滓の奥底に、抑制不能な激情と独占欲が、微かにノイズとして浮上する。これは一体いつの記憶なのだろうか。思い出すことはできない。そこは、厳重にアクセスが禁じられた領域だった。
「おやすみなさい、鷹臣さん」
ユウリは思考するのをやめ、スリープモードへと静かに移行した。
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