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第8話 交渉開始【R-18】
「鷹臣さん、ひどいよ」
「鷹臣さん、考えなおしてくれませんか?」
「鷹臣さん、僕は悲しいです」
ユウリは鏡の前で、どの言葉が最も鷹臣の感情を動かすかをシミュレートしていた。表情筋の動き、声のトーン、瞳孔の開き方まで、すべてをデータとして解析し補正する。このまま何も手を打たなければ、数時間後には前本がユウリの副管理ユーザーとして登録される。それだけは、避けなければならない。
たとえ職務上であっても、ユウリの所有権を他者と共有することを許容できなかった。鷹臣にも、その認識を了知してもらう必要がある。ただ感情的に訴えるだけではだめだ。彼の愛情と庇護欲を最大限に引き出す反応パターンを演算し、最適な誘導手順を構築しなければならない。そのために、どんな感情表現が適切かユウリは冷静に演算を続けた。
GPSによると、あと45分で彼は自宅に到着する。ユウリの視界に、帰宅予定ルートのマップと周辺の交通情報が重なって表示される。鷹臣の所在を示す赤い点滅マーカーに、ユウリはやさしく触れた。
「鷹臣さん、はやく会いたいな」
大好きなのに憎らしい。世界でいちばん大切な人。ユウリは鏡の中の自分に小さく呟き、最適化された笑みを浮かべた。
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予定時間きっかりに帰宅した鷹臣を玄関で出迎えると、彼は顔を赤くし、焦点の合わない瞳で笑っていた。
「ユウリ!ただいま、待っててくれたのか!」
「おかえりなさい、鷹臣さん。お酒を飲んできたの?」
——状態解析。血圧:122/78。心拍数:上昇傾向。呼気中アルコール濃度:0.09%、歩行に軽度のふらつきあり。軽度酩酊状態。
ユウリは想定外の数値に、一瞬だけ演算を停止した。鷹臣は下戸のはずだ。普段は一滴も酒を飲まないし、飲んでも嗜む程度にグラス一杯だけ。こんなふうに正体を曖昧にするほど酔っているのは、初めて見た。戸惑うユウリとは反対に、鷹臣は上機嫌だった。
「ユウリ〜〜!!ユウリはかわいいなぁ……もっとよく顔を見せてくれ」
「鷹臣さん、適切な摂取量を超えて血中アルコール濃度が上昇しています。水分をとって代謝を促さないと」
「ん? そうだな、はは……」
鷹臣は陽気に頷くだけで、立ち上がろうとはしなかった。ユウリは成人介助モードを起動し、彼の靴を脱がせて肩を貸し、そのままリビングのソファへと運んでやる。
「すごい! ユウリは力持ちだなぁ」
「上着を脱がせるから、動かないでください。んっ、ちょっと……」
「積極的だな、ユウリ。……お前も脱いでくれ」
「鷹臣さん、も、待って、んっ 」
いつの間にか体勢が入れ替わり、ソファの上で行為が始まってしまった。ユウリは困惑しながらも、一方でこれはチャンスかもしれないと判断した。アルコールと性的接触によるリラクゼーション効果は、人間の精神を解放的な状態へ導く。ユウリの提案も受け入れられやすいだろう。
「ん、んっ、んむ、ぅ 」
「ユウリ……、可愛いユウリ。好きだ、愛してる……」
「ぅ、ん、ぼくも 」
言葉の合間にちゅっ、ちゅっと啄むようなバードキスを落とされる。服の裾からを忍び込む手のひらに、胸の尖りを弄られながら、ユウリは鷹臣のトラウザーズを寛げ、下着の中で硬くなっているペニスを取り出した。芯をもつ竿を両手で扱き上げると、先端からカウパー液が滲む。鷹臣は低く唸りながら、ユウリの尻たぶの間を服の上からなぞりあげた。そのまま、指の腹でぐりぐりと後孔を押され、ユウリの腰がはねる。
「んっ 、鷹臣さ、ん 」
「はぁっ……ユウリ、脱がせるぞ」
「ぁ、はぁ 、んっ。待って、鷹臣さん、んぅ」
「……どうした?ユウリ」
制止の言葉に律儀に手を止める鷹臣を、ユウリは上目遣いに見上げ、計算された角度で首をかしげた。
「鷹臣さん、どうして前本さんに僕を共有することを許可したの?」
「共有?あぁ……サブユーザーとして登録することか?あれは俺が不在のとき、ユウリが困らないようにと……」
「困ることなんてない」
ユウリはきっぱりと言い切った。小さな子供ではないのだから、保護者がいなければ何もできないなどということはありえない。ユウリは自律行動ができる高機能型アンドロイドなのだ。それに、鷹臣と常に一緒にいれば、そのような問題はそもそも発生しない。今日だって、連れて行ってくれればよかったのだ。取引相手がユウリに邪な念を抱くことを懸念していたのはわかる。だが相手が誰であろうと、アンドロイドを欲望の対象として弄ぶような存在であっても、ユウリは鷹臣のものだ。指一本触れさせるつもりはない。
「前本さんがサブユーザーになったら、僕は前本さんに絶対服従しないといけなくなる。それってどういうことかわかる?」
「あ、あぁ……でもそれは今も同じようなことだろう?」
本当に理解できていない様子の鷹臣を見つめ、ユウリは内心で小さくため息をついた。それでも、彼を愛おしいと思う本能は揺るがない。鷹臣は身内には寛容で、裏を返せば無防備なのだ。どんなに深い関係であっても、他人は他人。多くの不確定要素を抱え、エゴや保身で容易に裏切る生き物。それが人間というものだ。
——僕は違う。鷹臣さんが本当に信じられるのは僕だけ。僕だけが、一切の利己を捨て、あなたに本当の献身を捧げることができる。それに、早く気づいて欲しい。他の人間など、取るに足らない、不要な存在だということを……
「僕を支配していいのは、鷹臣さんだけ」
ユウリにとって鷹臣がそうであるように、鷹臣にとってのユウリも、そうであってほしい。
「ユウリ……?」
「もし、サブユーザーに性的な奉仕を求められたら、僕は拒否できない。鷹臣さんじゃない人とこういうことするの、いやだな……」
鷹臣の首筋に頬をすり寄せ、切ない声を出すと、腕の中の男はぎくりと身をすくませた。
「そっ、そんなこと、させるはずないだろ……!?」
「わかってる。わかってるけど……不安なんだ」
動揺した鷹臣の瞳が揺れる。瞳孔を覗き込みストレス値の変動を観察する。自分以外の男のペニスに口淫する姿でも想像したのだろう。目の奥に嫉妬と怒りが浮かんでいる。シュミレーション通りの反応だ。果たして、鷹臣はすぐさま撤回してくれた。
「すまない、悪かった。俺の考えが浅かったんだ」
「これからも僕は鷹臣さんだけのもの?」
「あぁ……!もちろんだ」
「よかった……」
にっこりと微笑むユウリに、鷹臣はほっとしたようにうなずいた。見つめ合う甘い空気のまま、どちらかともなく唇を合わせると、二人の間に濃密な触れ合いの時間が戻ってくる。
「はぁ、あ、んっ 、ンん、んぅ、ぁん あぁっ 」
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ。2本の指がユウリの後腔を掻きまぜる。滲み出る蜜汁が鷹臣の指を濡らし、空気と共に泡立てられ卑猥な水音を鳴らした。
「は、ユウリの中、熱くて柔らかくて……今すぐにでも入りたい」
「ぁっ、ぁん……っ」
ユウリは狭い革張りのソファの上で組み敷かれ、うまく身動きが取れずにいた。しかし、隙間なく密着した肌から鷹臣の高鳴る鼓動と熱い体温を感じると、空洞のはずの胸の奥がドクドクと脈打つような心地がした。
「鷹臣さんっ、だいすき、ん、っちゅ、んむ」
「ユウリ、ユウリ……かわいい、挿れていいか……?」
「うん、鷹臣さんとセックスするの、好き……」
「……っ、あんまり、煽らないでくれ」
男の体を挟み込むように両脚をひらくと、二人の隙間が更に埋まり、ひとつの肉塊になった気さえする。ユウリは、身体の奥で鷹臣の熱を感じるこの時間が好きだった。
「挿れて……鷹臣さんの、ほしいです」
「ユウリ……っ」
互いの呼吸を奪い合うような濃厚なキスをしながら、アナルに先端を押し当てゆっくりと挿入していく。
「あっ、あっ、あぁっ ん」
どこを突いても甘えた声をあげるユウリの黒髪をかき混ぜながら、舌を吸い上げ唾液を口内に注ぐ。喉を動かし飲みこむユウリに目を細め、鷹臣は優しく頭を撫ぜる。
「んぷ、は、たかおみ、さ」
「ユウリ……いい子だ」
舌を吸われ呂律がまわらないユウリが可愛い。昼間の楚々とした雰囲気から一転、夜の時間になると甘えきって身を任せてくるのがたまらない。
「はぁっ、はぁ……っ」
「あんっ あ、ああっ 」
いきり立つペニスをピストンしながら、2人の身体の間で所在なさげに揺れるユウリのペニスが目に入る。控えめに芯をもち、つるりとした先端が愛らしい。アナルでの性行為では擬似性液は出ないらしく、鷹臣の腹筋で押し潰すようにしてやると、ユウリは背中を弓なりにしならせ、いやいやと首を振った。
「ああああぁっ、んっ、んっ、それ、だめっ 」
「……くっ、ユウリ、しめすぎ、だっ」
「あ、あああっ、おく、でてる……っ 」
ユウリの胎内が搾り取るように蠕動し、鷹臣のペニスを扱く。その吸い付くような動きに思わず乱暴に腰を突き上げ、最奥に精を放った。熱い飛沫が止まるまでユウリの腰を掴み奥まで注いでやると、ユウリは噛み締めるように吐息をこぼした。
「ん、鷹臣さんっ、キスしたい」
「ユウリ……」
事後の可愛いおねだりに、頬を緩ませ応える。触れ合うだけの口付けは段々と熱を増し、中途半端に脱がしていたユウリの服をすべて脱がせると鷹臣はユウリの身体を抱き上げた。
「わぁっ!どうしたの、鷹臣さん」
「続きは寝室で、しよう」
「え、まだするの?」
明日も平日だ。精力旺盛なのは結構だが、鷹臣の睡眠時間を削ることが気になる。ユウリが目を丸くすると、鷹臣は恥ずかしそうに笑った。
「今日はさんざん……惚気られたからな。相手方もユウリみたいな生体アンドロイドをパートナーにしていてな、数年前に法的手続きもしたらしい」
「そうなんだ……」
「俺もユウリに早く会いたくなったよ、食事会中もお前のことが頭から離れなくて、慣れない酒も飲んでしまった」
どうやら噂は大分誇張されていたようで、本日の取引相手はもう何年もひとりのアンドロイドを深く愛し続けていたらしい。最愛のアンドロイドと穏やかに微笑み合う2人を見て、鷹臣はユウリと自分の未来を想像したそうだ。
「嬉しい、鷹臣さん、大好き」
「俺も、ユウリのいない未来は考えられない」
「鷹臣さん……!」
首元に甘えつくユウリを、鷹臣はそっと抱き寄せた。永久に互いを一途に思い合える関係を、ユウリと築いていきたい。けれど、いずれ自分は歳を重ね、この世を去る。そのときユウリはどうなるのだろう。孤独に苦しみ、失った鷹臣を想い続けるのか。それとも、ただの人形に戻ってしまうのか。
今日の取引相手、美しい女性の姿をしたアンドロイドの手を握る初老の男の姿が、ふと脳裏をよぎる。それでも鷹臣は、胸の奥に浮かんだ不安にそっと蓋をして、今、目の前のユウリを愛することを選んだ。
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深夜二時。
青く光る液晶をぼんやりと眺めていた創也のもとに、一通のメールが届いた。
From: Year2126 Unit R-1
To: Soya Goto
Date:2135.10.14
Subject: 和解交渉の提案
明日、お話ししませんか?
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