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第7話 愛し合う方法【R-18】
あれから数週間、アランたちの生活は大きく変化した。開発部の研究員とリモート会議中のアランの部屋の前で、落ち着きなく行き来しているイリスを見つけ、ユウリは小さく首を振った。
「イリス、アラン様は会議中ですから行ってはダメですよ」
不満げに鼻を鳴らす彼女を連れて調理場に戻る。おやつのジャーキーを渡すと、イリスは部屋の隅まで持っていき、前足で押さえながら大事そうにかじりだした。そんな様子を眺めていると、上の階からアランが降りてくる足音がした。
「ユウリ!明日の午後から研究施設に試作機を見に行く」
「かしこまりました。楽しみですね」
「あぁ、制御回路の改良はしたから問題なく稼働すると思うが……」
週に3回、アランは研究施設に通い、身体ケア用アンドロイドの開発を進めていた。肩書は研究員助手だが、その活躍は目覚ましいものだった。アランのアイディアで外装は簡易化され、顔は液晶ディスプレイに、皮膚は自動殺菌清浄作用を備えた樹脂複合素材に変更された。ユウリから収集した学習データをもとに、行動アルゴリズムと患者に寄り添う感情モジュールを慎重に調整している。まずは医療や介護現場で、人間の指揮のもとケア業務を行うアンドロイド。試作機に問題がなければ、関連施設での導入が予定されていた。
レナードの心配をよそに、開発部の面々は、アランの参加を両手を挙げて歓迎した。名門校ヴァレンシュタイン工科大学を首席で卒業した才覚。その目覚ましい活躍は学生時代から知られており、“会社の御曹司だから”ではなくアラン自身の優秀さを知る者も多かった。
「ユウリ、いい匂いがするな。昼食はなんだ?」
「鶏肉のトマトスープです。いま、パンを焼いています」
「楽しみだ。いつもありがとう、ユウリ」
「アラン様……」
あれから大きく変化したことがもうひとつ、アランとの距離感だ。ユウリに愛の告白をしたアランは、返事を急かさなかった。それでも、時折向けられる視線にはどこか期待の色が差していて、ユウリはそのたびに落ち着かない気持ちになった。
アランの気持ちに応えるならば、同じ“感情”を返さなければならない。しかし、愛とはなんなのだろう。アランが見せてくれた映画には、いろいろな愛憎劇や、愛にまつわる物語があった。与える愛、奪う愛。誰かのために自分を変える話もあれば、自分を貫き通す愛もあった。定義化が難しい。ただ相手を慈しみ、守ることが愛情とは限らず、相手のために突き放すことさえ“愛”として描かれている物語もあった。
「内部照合プロセスを起動。感情に関する学習データから『人間の愛』を定義化してください」
ユウリは演算装置で検索を試みたが、『不確定要素が多く、統合処理ができません』というエラーが表示され、演算は途中で停止してしまった。
「本当に、難しいですね……」
「なにが難しいんだ?」
部屋に戻ったと思っていたアランが背後に立っており、ユウリはびくりと肩を跳ねさせた。
「い、いえ……なんでもありません」
「演算ユニットを起動していたな。なにかわからないことでもあったのか?」
言い淀んだ末に、ユウリはぼそぼそと「先日言われたことについて考えていました」と答えた。アランは片方の眉を上げた。
「『愛してる』と僕に言いましたよね、
「急になんで……あぁ、そうか」
「どうされましたか、アラン様」
口の端をゆがめ、どこか嬉しそうにニヤニヤと笑い出したアランに、ユウリは訝しげな表情を向けた。
「いや、無理に一般化するからわからなくなるんだ。
ユウリ、もっと身近なことで考えてみろ」
「身近なこと、ですか?」
「例えば、俺はイリスを愛している。そうだよな?」
「はい、間違いないです」
アランはイリスを溺愛し、イリスも彼を世界で一番愛している。ユウリが頷くと、アランは続けた。
「俺はユウリも愛していると伝えたな?この愛は、イリスへの愛と同じものと思うか?」
「え、と……」
ユウリは唇に触れたあの温度を思い出した。濡れた唇に感じた震える吐息も。
「違うと思います……」
「そうだ。俺のユウリへの感情はただの家族への愛情じゃない。独占欲も……下心もある」
「下心ですか?」
「あぁ。もう一度お前にキスしたいと思うし、それにユウリともっと深く触れ合いたいと思う。」
「深く、触れ合う?」
つまりアランはレナードと同じようにユウリとセックスをしたいということだろうか。じっと動きを止めるユウリにアランは苦笑した。
「……嫌なら、しない。ユウリに無理強いはしない」
「いや……ではないです」
想像してみる。アランがユウリを整備するときの繊細な手つきで、もっと奥に触れられたら。あのキス以上の触れ合いをしたらどんな気持ちになるのだろうか。真剣な顔の表情のアランと目が合い、ユウリは思わず視線を逸らした。
「……?」
胸の奥がずくんと脈打ったように感じて、ユウリは思わず胸に手をあてた。内部センサーの異常だろうか。
「……なるほど」
「なんですか、アラン様」
「今夜、してみるか、その……」
「セックスですか?」
「そうだ」
言い終えて、アランの顔にじわじわと熱が集まる。耳まで赤くした彼を見るのは初めてだった。なんだか、ユウリまでそわそわしてしまう。
「かしこまりました、今夜ですね」
「あぁ……」
焼き上がったパンを食卓に並べる間、ユウリは背中にアランの視線をずっと感じていた。それからアランは仕事に戻り、ユウリも先日の嵐で荒らされてしまった庭の整備に取りかかった。庭には折れた枝やひっくり返った植木鉢があちこちに転がっている。庭で走り回るイリスが怪我をしないよう、一つひとつ丁寧に片付けていく。水の溜まった砂利道は小型ポンプで排水し、アランたちが転ばないよう、乱れた砂利を均して舗装し直した。そうこうしているうちに空はいつの間にか夕暮れに染まり、気づけば、あっという間に約束の時間がやってきていた。
夕食を終え、ユウリが片付けを済ませると、アランはイリスに、今日は隣の部屋で眠るように優しく言い聞かせた。昼間にたくさん遊んではしゃぎ回っていたイリスは、お気に入りのクッションの上で丸くなると、そのままさっさと眠ってしまった。朝までぐっすりだろう。
「ユウリ、行こうか」
「はい、アラン様」
手を取られ、寝室へ向かう。アランの看病や世話のために何度も足を運んだ部屋だが、共寝するために入るのは初めてだった。ドアノブに触れるアランの手がわずかに強ばっているのが分かり、ユウリの胸の奥にも、正体の分からないざわめきが静かに広がった。
「アラン様、あの」
「シャワーを浴びてくる」
バスルームへ足早に向かっていくアランにかける言葉を失い、ユウリはしばらくその背中を見送った。静かになった部屋を見まわす。照明は最小限に落とされていて、柔らかな灯りだけがベッドの白いシーツを淡く照らしている。少し考えて、ユウリはベッドの端にそっと腰を掛けた。家の外から、動物の鳴き声がかすかに聞こえる。とても静かな夜だった。シャワーを浴びて戻ったアランは、なんだか気まずげな顔をしていた。
「ユウリ、悪いと思ったが、仕様書を確認させてもらった」
「仕様書ですか?」
聞けば、ユウリのセックス機能を使用する上での注意点を確認したかったらしい。どんなプレイもできるという謳い文句の通り、後膣は粘度の高いローションで自動で濡れ、たとえ愛撫なしで挿入しても問題ない。口腔内での奉仕も、精飲も可能。読んでいるだけでクラクラしたが、なにより身体の至るところに性感を設定されており、ユウリの姿をまともに見ることが出来なくなりそうだった。
「僕はその、多少乱暴にされても問題ないように設計されています」
「多少?乱暴にされたことがあるのか?」
「……回答した方がよろしいでしょうか?」
「い、いや、そうだよな。ユウリは試作機だし、そういう機能を試されたこともあるよな」
誰としたのかはあえて尋ねなかった。聞いたら最後、きっと正気ではいられない確信があった。そして始まった時間。アランの触れる手つきはどこまでも優しかった。背後から抱き締められ、服の下に入り込んだ手のひらが肌の上を這いまわる。胸の尖りの周り、薄桃色の部分を爪先でそっと掻くようにされ、ユウリは腰をくねらせた。
「ぁ、はぁ……っ、ん」
「ユウリ、かわいい……」
顔が近づき、唇同士がぴったりと合わさる。角度を変えて何度も啄むようにされ、隙間から侵入した肉厚な舌先が口腔内を舐める。
「は、ぁふ、ん……」
きもちいい。規則正しく適度な強さで与えられるそれはあたたかな泥濘に揺蕩うような心地よさを感じた。ユウリとアランはいつの間にか折り重なるようにシーツに倒れこみ、両手をしっかりと繋ぎながら夢中でお互いの舌を絡め合った。
「ん、んちゅ、んむ、 ふっ」
「ん、ユウリ、ユウリ、愛してる……」
「あらん、さま、 ん、」
全身をくまなく愛撫し、ユウリの目がとろんと蕩けた頃、アランはようやく下肢へと手を伸ばした。下着を脱がせ、尻の隙間に指を這わすと太腿まで濡れそぼるほどローションが滲んでいた。
「すごいな……ぐちゃぐちゃだ」
「や、アランさま……っ」
恥ずかしがるユウリの頬にキスを落とし、アランは2本の指を揃えてゆっくりと挿入した。出し入れするたびに媚肉が絡みつき、ユウリは切なげに眉を顰めた。
「あっ、あぁっ、ん、そこ、」
「辛いのか?」
手を止めるアランにユウリは小さくうなずいた。
「強すぎると、ばちばちってなって怖い、です」
「入力信号が大きすぎるのか、閾値が低すぎるのかもしれないな。ユウリがちょうど気持ちいいと思えるくらいに調整していいぞ」
「え、は、はい……」
ユウリは内心ほっとしながら、性感センサーの感度を下げた。ユウリを気遣うようにゆっくりと再開された動きは、穏やかな波に揺られるような優しい心地よさだった。
「ぁ、あん、ん、んぅ〜〜……っ」
「大丈夫か?強すぎないか?」
「あ、あらんさま、だいじょぶ、です、んっ♡」
それどころか、すごく気持ちいい。弱火でジリジリと炙られるような快感は叩きつけられるようなそれと違って、頭がぼーっとするような、全てを忘れて身を任せたくなる。
「んっ、んっ、ん〜〜…っ♡」
「ユウリ、腰を」
「はい……っ」
腰の下にクッションを入れられて、持ち上がった尻に両足が自然と開く。アランはトロトロと愛液をこぼすアナルにごくりと唾を呑んだ。
「挿れるぞ」
「は、はい……っ、ん、」
硬い亀頭部が入り口の輪を通り抜け、ぬかるんだ胎内をかきわけ奥まで挿入ってくる。最初はゆっくりと、だんだんと速度を増してゆく抜き差しにユウリは下唇を噛んだ。中を擦られるたびに、適度な電流がながれ背中にゾクゾクが溜まっていく。
「あ、あらんさまっ、アランさまっ、ん、きもちいい、はぁっ、あ、ぁん、それすきです、すき」
「ユウリ、かわいい。声も可愛い。キスしたい、口を開けてくれ」
「はい、アラン様……ん、んぅ、んっ♡」
濡れた唇が触れ合うとそこからも脳が痺れるようなじんじんとした快感が溢れ出す。こんな快楽を知ってしまって、明日からどうすればいいのだろうか。アランが触れる場所、全てが性感帯になってしまったようだ。肩に触れる指先にすら感じてしまう。優しく優しく、真綿で包み込むような快感にユウリは『快楽に溺れる』という言葉の意味を知った。
「す、すごかったです……」
「そういうこと言うな、もう一回したくなる」
全身に力が入らず、ベッドの上で身を投げ出すユウリにアランは顔を顰めた。
「もう一回、しても良いですよ?」
「あーやめろ!俺の理性を試すな!もう3回もしたんだ、ナカも綺麗にしないと」
セーフティセックスだったが、途中でコンドームが外れてしまい最後は中出しになった。ユウリは別に構わなかったが、アランは顔を青くした。事後にすぐに漏れた精液を掻き出し、濡れたタオルで清拭した。全てが終わり静かになった寝室で、2人はベッドに潜り込み、目を合わせた。
「今日はもうしない。ユウリの体温を感じているだけで気持ちいい。今日は充電ポッドに戻らず、ここにいてくれるか?」
「はい、アラン様」
「おやすみ、ユウリ」
「おやすみなさい、アラン様」
アランが目を閉じて、しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。その音に安堵しつつも、胸のどこかがきゅっと痛む。さびしい、と感じてしまう。さっきみたいに僕のことを見つめてほしい。触れてほしい。愛してる、と言ってほしい……。でも、彼が穏やかな夢を見ているなら、その静けさを壊したくないとも思う。
「アラン様……だいすき」
暗闇に包まれた寝室で、ぽつりとつぶやく。明日も、明後日も、アランとの日々が続けばいい。この胸の奥に満ちる感情の正体が“愛”であるならばいいと思う。アランが与えてくれたものと同じものを、僕も返してあげられるようになりたい。
それは、アンドロイドには許されない、束の間の夢。叶うはずのない、小さな願いだった
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