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第12話 炭酸水

「いらっしゃいませ」 満月はスナックのドアを開けると、月夜は苦笑いで出迎えた。 店の店内に客は居なかった。 客もこの日に借金取りが来ると分かっているのだろうか、それとも月夜の名誉のために来ないのか。 「……とうとう来ちゃったか、満月」 母親のスナックに来ることがなかったわけではないけれど、借金取りが取り立てに来る日は来たことがなかった。 「ごめん、母さん」 満月はパーカーのフードを深く被り、一番奥のカウンターに座った。 「オレンジジュース?」 「無糖の炭酸水、常温の」 「ふふ。……オレンジジュース好きなのに、大人ぶらなくてもいいのよ?」 「今は未成年だって相手に気付かれたくないから」 満月のその言葉に月夜は息子がこれから来る借金取りから母親を男として守ろうとしていることに気付いた。 「子供は何もしなくていいの。追い返したりしないから、大人しくしててちょうだいね」 満月の前に炭酸水を置くタイミングで店のドアが開く。 「いらっしゃいませ」 満月は借金取りかと顔を隠しながら内心身構えた。 「あれ?……満月?!」 テノール調の声色に聞き覚えがある。 そして夜によく見た夢で官能的な表情で満月に迫ってきた相手で、今までと違う意味で身構えた。 「北白川さん……」 「美月でいいって。満月が銭湯に来ないから、お母さんのお店にまで出向いちゃった」 自分の息子がスタイリッシュなスーツを着た美青年の客と知り合いなのに不思議で、少々警戒しながらも関係を聞いた。 「うちの息子とお兄さんは知り合いなんですか?」 「ええ、ここから近くのスーパー銭湯で。あそこの銭湯いいですね、来る人皆がいい人で」 美月は微笑みを浮かべながら言うと、月夜もニコリと微笑み返した。 「ふふふ、地元の憩いの場なんですよ」 「最高ですね」 母親と好意の相手が和気藹々話していて、満月は気不味さを感じ始めていたが、帰るわけにはいかない。 「美月さん、明日改めて会いましょう」 「俺はまだ帰るつもりはないよ?」 綺麗すぎる美月は満月から見れば守りたいと感じる対象で、守りたいものが多いと満月は不利になる。 「それに俺がいたほうが、まるっと収まるから」 美月は意味深な言葉を口にしてから、店で一番高い年代物のブランデーのボトルをキープした。

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