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第31話 彼の生きる世界

田中が人を殺したことはネットニュースを見て満月は知ってはいた。 強面だが根は優しい田中が何故殺人など罪を犯してしまったのかは、今日初めて知ったことだった。 葬祭場ではその噂で持ちきりで、美月への陰口をどんな角度かららも聞くことになった。 「田中さんは美月さんの恩人なんです。美月さんが君と同じ高校生の頃誘拐されそうになったんです。それを観てしまった田中さんが助けて暴行事件、レスリング協会から追放されてしまいました」 「田中さんは美月さんを助けたのに、どうして……」 満月は怒っていた。 弱い人間を助けるのは人として間違っていないし、むしろ正しいことをしたまでなのに。 「美月さんの父親は病死しています、。今の組長は本当の父親ではないんです。そして会長は美月さんを自分の跡目を継がせたい。組長としては面白くないですよね」 満月は美月と情を交わしたとき、今まで接したどんなときよりも儚げで憂いを帯びた表情をしていた。 そのとき田中のことを堪えていたのだと気付き、美月の中でどんなに田中を大切にしていたのか、その存在に少しだけ嫉妬した。 「極道(ヤクザ)の世界はこんな感じです。人の命が簡単に消えたりするんですよ。そんな野蛮な世界に満月君は片脚を踏み入れてしまった」 「……」 まさかこんな世界が存在するなど、平和ボケが過ぎていたと思った。 そんな世界で美月は必死に生きていたのだ。 「後戻りするなら今しかありません」 「俺は後戻りなんてしません」 こんなにも必死にそんな世界で生きている美月を置いて満月は逃げたくないと思った。 「美月さんのためなら俺はなんでもします。学校を部活だって辞めてもいい」 「貴方をそうさせる理由を聞きたい」 「俺は美月さんが好きなんです」 満月は即答した。 我ながらどうしょうもない理由だと思ったが、これ以外の理由でしかなかったのだ。 「こんな理由じゃ駄目ですか」 好きな人がいる世界で生きたい、そしてその人を守りたい。 今のままでは守られてばかりの子供(ガキ)だが、いずれは守る側になりたいと思った。 「君の決心が揺らぐことがないことを祈っているよ」 どうやら満月は町屋に認められたらしい。 二人はまた告別式の行われている部屋に移動した。

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